高橋 渉:現代解析学入門

作成日:2021-06-26
最終更新日:

概要

はしがきから引用する。

(前略)高校や大学1年で習う数学(特にここで微分積分学)を余裕をもって理解しようとすると, もう1つ高い立場でそれを眺めなければならない. そこでこの本では大学1年で習う微分積分学を一段高い立場(距離空間の立場)で眺めることから始め, そのあと再び,実数上の級数や関数の連続性,極限,そして微分,積分といった微分積分学の問題に立ち返り, それらを議論している.

本書の目次

以下、本書の目次を紹介する。なお、実際の目次には、問題の略解、記号索引、索引もあるが、 これらは割愛した。

 第1章 命題と推論
  1.1 命題
  1.2 推論
  1.3 命題関数
 第2章 集合と写像
  2.1 集合演算と写像
  2.2 集合族の演算・直積
  2.3 同値関係と順序関係
  2.4 無限集合
 第3章 実数
  3.1 上限・下限,収束
  3.2 上極限・下極限,コーシー列
  3.3 `n` 次元空間と関数空間
 第4章 距離空間
  4.1 距離空間の例
  4.2 開集合と閉集合
  4.3 収束性
  4.4 連続の定義
  4.5 連続性
  4.6 完備性
  4.7 コンパクト性
 第5章 級数
  5.1 級数の定義
  5.2 絶対収束
  5.3 べき級数
 第6章 微分
  6.1 極限
  6.2 平均値の定理
  6.3 凸関数とテイラー展開
 第7章 積分
  7.1 定積分の定義
  7.2 定積分の基本性質
  7.3 一様収束性
  7.4 広義積分
 第8章 特論
  8.1 完備距離空間の存在定理
  8.2 微分方程式の解
  8.3 近似定理(1)
  8.4 近似定理(2)

感想

本書のはしがきでは大学数学を一度は学んだ人を本書は対象としているように思えるが、 実際には大学数学をこの本から学んでもよさそうに思える。私は大学に入る前、 `epsilon - delta` 論法を全く知らなかった。それほど高校で、大学ではどんなことを学ぶかを全く知らなかったのだ。 余裕がなかったともいえる。それでもこの本を読んでいれば、なんとかなったかもしれない。 私の学生時代は、当時私が住んでいた市の図書館に行って、石谷茂の「`epsilon-delta` に泣く」とか、 田島一郎の本(題名は思い出せないが、岩波全書の「解析入門」ではないことは確か)とかを借りて凌いだ覚えがある。

なお、以下本文の R、 ≧、≦ を引用に際してそれぞれ`RR` 、`ge`、`le` に変更している。

第1章は「命題と推論」である。丁寧に叙述されている。p.5 では次の記述がある。

否定 命題 `P` に記号 `'` をつけた命題「 `P'`」を`P` の否定といい, 「`P` でない (not `P`) 」と読む.

現代では命題 `P` の否定は「`P'`」の代わりに「`not P`」のように記号「`not`」を命題 `P` の前に置いて使うのがふつうだと思う。

同じく第1章の p.22 では次の記述がある。

解析学では3変数の命題関数というのもまれではない. 例えば,「`x_n` が `a` に収束する」ということを 「任意の正の数 `epsilon gt 0` に対して,ある自然数 `N` が存在して, `n ge N` となるすべての自然数 `n` に対して,`abs(x_n - a) lt epsilon` が成り立つ」 と定義するが,これを限定記号を用いて表すと

`AAepsilon(gt0)(EEN(AAn(n ge N -> abs(x_n - a) lt epsilon )))`
となる.かっこがいくつもついてかっこうが悪いから,混乱の恐れがない限り
`AAepsilon(gt0) EEN AAn (n ge N -> abs(x_n - a) lt epsilon )`
のようにいくつかのかっこを省略することが多い.(引用者注:傍点ママ)

ダジャレをわざわざ傍点をつけて目立たせるところがなんともいえずいい。

第4章は距離空間である。p.99 に応用上大切な次の定義をしておく.と述べて、こう続ける:

定義 4.4.6 `X` を距離空間とし,`f` を `X` から `RR` への関数とする. このとき,`f` が `X` で下半連続であるとは,任意の実数 `a in RR` に対して

`{ x in X; f(x) gt a}`
が開集合となることである.また,`f` が `X` で上半連続であるとは,任意の実数 `a in RR` に対して
`{ x in X; f(x) lt a}`
が開集合となることである.

索引を見てみると、「下半連続」は「下積分」の次、「可付番集合」の前に配置されているので、 「かはんれんぞく」と読むことは間違いない(念のため、「下積分」は「かせきぶん」と読む。 これは「下積分」の前に「可算集合」が置かれていることからもわかる)。同様の理由で、 「上半連続」は「上積分」の次、「証明」の前に置かれているから、 「じょうはんれんぞく」と読むといえるだろう(念のため、「上積分」は「じょうせきぶん」と読む。 これは「上積分」の前に「上限和」が置かれていることからも明らか)。どうでもよいが、 数学用語で「上」が出てきたら「じょう」と読み、「下」が出てきた「か」と読む。ただし、 「(上|下)に有界」は「(うえ|した)にゆうかい」と読み、 「上への写像」は「うえへのしゃぞう」と読むことに注意する。 間違っても、「下界」を「げかい」と読んではならない。

読み方はともかく、この下半連続や上半連続という用語は、初等解析学ではほとんど主に学ばないのではないか。 わたしが所持している「岩波講座 応用数学」で「下半連続」という用語は全巻のうち「逆問題」 という巻に1回だけ出てきたが、この下半連続という定義はなかった。 測度やルベーグ積分の本では触れられていることもある。たとえば、 西白保敏彦「測度・積分論」では下半連続・上半連続が、 また、吉田洋一「ルベグ積分入門」では半連続が取り上げられている。 それはそうと、応用上大切なという形容句は、第8章「特論」で回収されている。

第8章は特論である。この特論で、本書の表題である「現代」という用語が、ここに生かされている。 ここでは p.192 の定理を紹介しよう。一部の人からは(下記にある条件を緩めた形で) 高橋の最小値定理と言われている:

定理 8.1.2(最小値定理) `X` を完備距離空間とし,`f` を `X` から `RR` への下半連続で,下に有界な関数とする.このとき

`underset(x in X)("inf") f(x) lt f(u)`
となる `u in X` に対して,`u != v` かつ `f(v) + d(u, v) le f(u)` となる元 `v in X` が存在するなら
`f(x_0) = underset(x in X)("inf") f(x)`
となる `x_0 in X` が存在する.

証明は本書を見てほしい。この不等式を利用して、次の結果が示せる。 まず、カリスティの不動点定理である:

定理 8.1.3(カリスティの不動点定理) `X` を完備距離空間とし,`f` を `X` から `RR` への下半連続で,下に有界な関数とする.また,`T` を `X` から `X` へのつぎの条件を満たす写像とする.

`d(x, Tx) le f(x) - T(x) quad (AA x in X)`.
このとき,`Tx_0 = x_0 `となる点 `x_0 in X` が存在する.

証明は本書を見てほしい。最小値定理を用いて、次の定理も証明できる。

定理 8.1.4(エークランドの ε 変分不等式)`X` を完備距離空間とし, `f` を `X` から `RR` への下半連続で,下に有界な関数とする.`epsilon gt 0` と ` u in X` を

`f(u) le underset(x in X)("inf") f(x) + epsilon`
となるものとする.このとき,つぎの (1) ~ (3) を満たす `u in X` が存在する.
(1) `f(v) le f(u)`.
(2) `d(u, v) le 1`.
(3) `v` と異なるすべての `w in X` に対して,`f(w) gt f(v) - epsilon d(v,w)` である.

証明は本書を見てほしい。

数式の表現ほか

数式表現はMathJax を用いている。

書誌情報

書 名現代解析学入門
編 者高橋 渉
発行日1990 年 4 月 20 日 初版
発行元近代科学社
定 価2400 円 (税別)
サイズ
ISBN4-7649-1018-7
NDC
その他越谷市立図書館で借りて読む

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MARUYAMA Satosi