「まえがき」より
複素関数論は理論の美しさと応用の広汎さを兼ね備えた 19 世紀数学の精華といってよい,
微積分の初歩を習得した読者をこの豊かな世界に案内するのがこの分冊の目標である.
とある。言い忘れたが、本書は「岩波講座 現代数学への入門」全 10 巻( 20 分冊)
のうちの第2回配本のうちの 1 冊である。本書は、
上野健爾著「代数入門1」
と同時配本である。
私は学生時代に複素関数論を学んだが、 覚えていることはいくつかの専門用語だけで、身についたことはほとんどない。 ただ、いくつかの定積分の値が魔法のように得られることだけが印象に残っている。
次の例題とその解には驚いた。
例題 4.35 `a, b, c, d` が相異なるとき次の等式を示せ:
` (bcd)/((a-b)(a-c)(a-d)) + (acd)/((b-a)(b-c)(b-d)) + (abd)/((c-a)(c-b)(c-d)) + (abc)/((d-a)(d-b)(d-b)) = -1 quad (4.19)`[解] 直接通分すると面倒である.かわりにいま
` f(z) = (abcd)/((z-a)(z-b)(z-c)(z-d)) 1/z`とおけば,(4.19)の左辺は` underset(z=a)("Res") f(z)dz = (bcd)/((a-b)(a-c)(a-d)) `などの和になる.そこで命題 4.34 を用いれば,求める和は`sum_(alpha = a, b, c, d) underset(z=alpha)("Res") f(z) dz = -underset(z=0)("Res") f(z) dz -underset(z=oo)("Res") f(z) dz = -1 - 0 = -1 `と簡単に計算することができる.
演習問題を解いてみた。誤植があるという指摘があったので、確認のためである。
5.3 次の公式を導け.
(1) `(Gamma'(z))/(Gamma(z)) =- 1/z - gamma + sum_(n=1)^oo (1/n - 1 / (z + n))`
(2) `d/(dz)((Gamma'(z))/(Gamma(z))) = sum_(n=1)^oo1/(z+n)^2`
巻末のヒントに従ってやっていく。まず (1) は、次の公式を用いる。本書の p.115 にある (5.14)式である。
ヒントによれば対数微分をとる、と書いてある。まず上式の対数をとって両辺に -1 を掛ける。
この等式を `z` で微分する:
確かに本書と同じ通りである。これには誤植はないようだ。次に (2) を導く。(1) の両辺を微分すればよい。
つまり、本書の和は n = 1 からになっているが、正しくは n = 0 からの和ということだ。 これが誤植の意味か。
言葉遣いがおもしろいと思った個所を引用する。
p.9 では、複素数の計算についてこう注意している。
一般に複素数の計算では絶対値と複素共役を活用すると見通しがよくなる. 実部と虚部に分けて計算するのは最後の手段,と思った方がよい.
この最後の手段
という脅し文句が効いている。その直後の例題 1.4 では、
実際に最後の手段
を用いて計算をしている。
p.17 は、2章のベキ級数の導入で、特徴を次のように表現している:
収束円の中ではベキ級数も多項式に毛の生えたようなものであって, 微分や掛け算の取り扱いが自由にできる.
この毛の生えたようなもの
というのが、なぜかおかしい。
p.34 では、ベルヌーイ数 `B_(2n)` に関してこう述べている。
`B_2 = 1/6,` `quad B_4 = 1/30,` `quad B_6 = 1/42,` `quad B_8 = 1/30, ``quad B_10 = 5/66, ` `quad B_10 = 5/66, ` `quad B_12 = 691/2730, ` `quad B_14 = 6/7, ` `quad B_16 = 3617/510, ` `quad B_18 = 43867/798, ` `quad B_20 = 174611/330, cdots`
と,なかなか神秘的である.
この神秘的
というひとことがいい味を出している。
ベルヌーイ数といえば、
学生時代の某くんが、高校生のときに自分の数を発見したといって喜んでいたが実はベルヌーイ数だった、
と自慢していた。高校生でベルヌーイ数を発見するとはたいしたものだ。
p.52 では、複素関数が微分可能であることの条件に関連して、次の例を挙げている:
例 3.3 `f(z) = bar z = x - iy` は文句なく滑らかな関数であり,実部・虚部は何回でも実微分可能である.(後略)
この文句なく
という副詞を選んだところに迫力を感じる。
p.129 では、ワイエルシュトラスによる関数要素の概念を説明したあとで、 次のようにまとめている:
関数要素というのは言ってみれば解析関数の細胞である. それがどこまで接続可能か,1 価であるか多価になるか,といった情報は遺伝子コードとしてすべてそこに組み込まれている. しかし遺伝子の解読はベキ級数を眺めているだけでは難しい.
細胞
や遺伝子
、解読
という生物学の用語を持ち出してきたので驚いた。
このページの数式は MathJax で記述している。
書 名 | 複素関数入門 |
著 者 | 神保 道夫 |
発行日 | 1995 年 11 月 6 日 |
発行元 | 岩波書店 |
定 価 | 2分冊合計定価 3495 円(本体) |
サイズ | A5版 163 ページ |
ISBN | |
その他 | 越谷市立図書館にて借りて読む |
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