待っていた天使
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放課後、アタシは友達からの遊びの誘いを断って、平次と約束をした公園へと向かった。 公園といっても、子どもの頃よく遊んだ公園じゃなくて バトミントンとか、フットサルなんかができそうな、広場のような感じのところだ。 家からは少し距離があるけど、学校の友達とかとバーベキューをしたり 体育祭のパフォーマンスの練習に使ったりと、結構役立っている。 そんな広さのあるところだから、平次は花火をするのに選んだのだろう。 夏休みに入ったばかりの頃、剣道部のみんなと夕飯帰りに花火をしたときも 遊具が沢山ある公園じゃなくて、ちょっと距離のある河原までみんなを連れて行った。 何で? って聞いたら 「小っさい子どもが遊ぶようなトコに、花火の燃えカスなんかが残っとったら、危ないやろ?」 と、さも当たり前のように平次は答えた。 いつもは傍若無人だったりするのに、時々さらりと優しさを見せる。 こういうとき、オバチャンに育てられたんだなあと改めて思う。 アタシのおかずを横取りするのはよくあるけど、「いただきます」と「ごちそうさま」の合掌は ちゃんとする。 年上に対して平気でタメ口を聞いたりもするけど、子どもと話すときは屈んだりして 目線の高さを合わせようとする。 そういうのを、意識的に心がけてやってるわけじゃない。 当然なものとして、フツーにやってるところが平次だなって思う。 そんな平次だから、打ち上げ花火をするなら広くて安全なところを選ぶのも自然なことだ。 河原じゃなくてここを選んだのは、アタシが待ちやすいからだろう。 東屋があるから、日よけも雨よけもできるし、コンビにもすぐ近くにある。 大通りまで街灯もちゃんとあるから、帰るときも怖くない。 何時にどこどこで待ち合わせという時は、結構適当だったりするのに 初めからアタシが待つとわかっているときは、ちゃんと場所を選んでくれる。 元々そういう人だったけれど、付き合うようになってから、アタシはそのことに気が付いた。 前は。 連絡もなく待ちぼうけになるたびに、悲しくなったり虚しくなったりするばかりだった。 やっぱり、アタシのことなんてどうでもいいのかな、と、嫌な考えだけが頭を回って 平次が選んだ待ち合わせ場所についてまでなんて、あまり意識が働いていなかった。 でも今は。 相変わらず待たされるけど、遅れるときには連絡をくれる。 必ず「待っとって」と一言残してくれる。 たったそれだけのことで、アタシは待っててもいいんだと信じられる。 不安が緩和される。 そうして生まれた余裕のおかげで、今まで見えてなかったものが幾つも見えてきた。 そのひとつが、アタシを待たせている場所のことだった。 だから、今では平次を待つのも結構好きだったりする。 もちろん、たとえ事件でも、一緒に行く方がずっと嬉しいんだけど。 そんなことを思いながら、アタシは公園へとやって来た。 シュパーン、パシーン、シュパーン、パシーンと、ミットがボールを捕らえる小気味良い音と 母親の子どもを励ますような声が聞こえてくる。 公園には、キャッチボールをしている小学生と、母親と自転車乗りの練習をしている子どもがいた。 補助輪なしの自転車にチャレンジしている子どもは、転んでは起き、転んでは起きと ズボンを汚しながらも、歯を食いしばって頑張っていた。 アタシは、その様子を眺めながら、大きな木製のテーブルとベンチのある東屋へ足を運んだ。 ほんの数時間前、勢いよく飛び出していった平次は、さすがに今日は来ないかもしれない。 でも、実は大したことではなくて、すぐに戻って来るかもしれない。 来るかどうかわからないけど、平次との約束どおり5時まではここにいよう。 数学の宿題を広げながら、アタシは平次がやってくるのを待つことにした。 4時半までは確かに記憶があった。 キャッチボールをしていた小学生が、塾に間に合わなくなると言いながら 急いで公園を出て行くときに、アタシも自分の携帯を見た。 その時、5時になったらアラームが鳴るように、お知らせタイマーをセットした。 そう、そこまでは覚えてるんだけど・・・と、ぽわーんとした意識のまま携帯に手を伸ばした。 携帯が示す時間を見た瞬間、アタシはパッと起き上がった。 思わず「あっ!」と驚きの声まで出てしまった。 「アカン、もう5時過ぎとる。帰らな・・・。さすがに、今日の今日やと来られへんか」 フーッと溜め息を洩らしながらひとり言を呟いたとき、ここから少し離れたところに 人の気配があることに気が付いた。 その気配があるほうへ顔を向けると、同い年くらいの男の子が、MTBを押しながらこっちを見ていた。 アカン、今のひとり言、全部聞かれてしまったかも・・・。 「あっ・・・今の聞いてはった?」 聞かれてたら恥ずかしいなぁ・・・と思いながら尋ねてみると、その男の子はコクンと首を縦に振った。 「そうなん。聞かれてもうてんな・・・」 アタシは、通りすがりの人にひとり言を聞かれてしまった恥ずかしさから 軽く肩をすくめて笑ってしまった。 そしたらその男の子も笑い出したので、何となく救われた。 何こいつ、とシカトされるより、笑われた方がまだ気が楽だった。 もう会うことのない人と、自分のことで笑いあってしまった、何だかおかしな時間だった。 |