especially




―7―





「これがその脅迫状です」

控え室を兼ねて押さえていたホテルの一室で、茜が差し出した幾つかの封筒。
これが悲しい事件の始まりだった。
じっくりと中身を見ようと、4人は窓側に設置された応接セットのソファに腰を下ろした。
エグゼクティブスイートと思われるその部屋はホテルの高層階にあり、大きな窓からは
大阪の街並みがよく見えた。

「・・・ほんで、これやけど・・・」

平次が話を始めようとしたとき、突然奥の部屋のドアが開いて小さな子どもがバタパタパタと
勢いよく走り出て来た。

「千尋、走ったら危ないやろ・・・?」

突然走り出てきた男の子の後を追うように、着物姿の凛とした女性が姿を現した。
茜の顔がほんのわずかだが硬直した。
だがそれもすぐに消え、和葉らと最初に会ったときの顔に戻っていた。

「あら、茜さん・・・今日はおめでとう」
「おめでとうございまーす」

母親らしい彼女に続き、蝶ネクタイを付けた男の子もちょこんとお行儀良く頭を下げた。

「碧おば様・・・おおきに。千尋君もありがとう」
「茜ちゃん、今日はお人形さんみたいやなぁ。ボクはどう?」

千尋君と呼ばれたその男の子は、くるりと一回転してみせた。
茜はその千尋に目線を合わせるようにしゃがむと、かわいいかわいいと頭を撫でた。
だが彼はそれが不服だったらしく、ぷうっと小さな頬を思いっきり膨らませた。

「茜ちゃん、ボクは男なんやで? カワイイやなくてカッコエーや」
「ごめんごめん。カッコエーわ、千尋君」
「やろー? なぁ茜ちゃん、徹君もええけどボクと結婚しよなー?」
「千尋、あんた何言うてるん?」

碧という女性に千尋君が諌められてると、キンコーンと呼び鈴の音が聞こえてきた。
「誰やろ?」と言いながら和泉先生がドアを開けると、茜と目元が良く似た女性がそこにいた。

「睦月さん・・・」
「あらさおり先生、お久しう。茜、おりますやろか?」
「いてますよ。茜さん、睦月さん」
「睦月ちゃん? ホンマ?」
「そう。アタシ」
「やあ、久しぶりやわぁ」

茜は訪れた女性に嬉しそうに抱きついた。
睦月は笑っていたが、ふと思い出したように口を開いた。

「そうそう、そこで茜の伴侶に会ったんだった」
「えっ・・・?」
「徹君、入んなよ」

そう呼ばれて姿を現したのは、紋付袴姿で背筋のピンと張った少年だった。
平次たちと同い歳だという茜の婚約者・白石徹はその歳以上の風格を感じさせるものがあったが
表情はとても穏やかで、その手にはかわいらしいブーケが握られていた。

「あ、徹君やー」
「こんにちは」
「徹君、そのお花、茜ちゃんにやるん?」
「そうやで」
「なーなー、茜ちゃんはボクのお嫁さんになるねん。徹君、諦めてやー」
「アハハ、そりゃええわ。千尋、茜と結婚したいん? アタシやとアカン?」
「睦月ちゃんはアホやなぁ。睦月ちゃんはボクのおばちゃんやから結婚できひんやん」
「せやなァ、千尋は賢いなァ。徹君、アンタどないしはる? 千尋、茜と結婚したいんやて」

ひとり楽しそうに笑っている睦月をよそに、徹はほんの少しだけ眉根を寄せて微笑んだ。
茜は近くにあった椅子に腰掛けると、その話題を遮るように徹に話しかけた。

「徹さん、何か用があっていらっしゃったんとちゃいますの?」
「ああ・・・これ、茜さんに渡そ思て来たんです。今日のブーケ」

そういって差し出された小さなブーケ。
ピンク色のグラデーションがかわいらしい。

「私に?」
「そうです」

目の前に出されたブーケを見たあと、茜はこの日初めて徹と目を合わせた。
だがそれもわずかの間で、すぐに視線をブーケへと戻した。

「このブーケ、徹さんが作ってくれはったの?」
「いや、僕やのーて睦月さんに作って貰うたんです」

徹の言葉に、はしゃぎ過ぎて髪が乱れた千尋の髪を直していた碧の手が止まった。

「何や徹さん、ご自分で作らはったわけやないんですの? 剣道に勤しむのも結構ですけど
お花のお稽古もちゃんとしておくれやす」
「はい・・・」
「姉さん、そんな言い方あらへんやろ? 徹君はわざわざ芦屋から父様のおる京都のうちまで
橘流を習いに来てんねんで? ブーケ作るにはアレンジメントの勉強もせなならんやん。
学校かてあるんやし、そんなん一度にできるわけないやん」

睦月は冷蔵庫から缶ビールを取り出しながら口を挟んだ。
千尋にもリンゴジュースを出してやると、それぞれをグラスに注ぎながら付け足した。

「だいたい、そのブーケかて、元々徹君の案なんよ。花選んだのもこんな風に作ってくれ
言うたんも、そこにおる徹君。アタシはただ束ねただけや」
「睦月は黙ってなさい。徹さんは茜の婿になるんです。橘姓を名乗る以上、お花のことで橘の名を
汚すようなまねだけは絶対に避けなならんのです。徹さん、厳しいこと言うかもしれまへんけど
茜と結婚するということはそういうことなんどすえ? よう覚えといてくださいねェ」
「はい」
「〜〜もー、徹君も姉さんの言うことハイハイ聞かんたてええわ」
「睦月かて横から口は出さんとき」



そんな橘家のやり取りなど興味がないのか、平次はみんなから少し離れた窓際に行って
軽く欠伸をしながら外の景色を眺めていた。
何度目かの欠伸をするために口を開けたとき、何か小さなものが入り込んだ。

「和葉、何入れたんや?」
「こーれ」

シャカシャカと振って見せたのは、ミント味のタブレットのケースだった。
それもかなりきついメンソール入り。

「平次、さっきから欠伸ばっかしてるんやもん。ちゃんと目ェ覚ましてや?」
「へいへい」
「ホンマ、わかってるの?」
「わかっとるて」
「平次ィ」
「わかった言うてるやろ?」
「ちゃうて。茜さん、何もないとええけどなぁ・・・」

茜宛に届いた脅迫状の数々。
それらが届き始めた頃は「お前は家元には向かない」「家元候補から降りろ」といったようなもので
こういうものに一々反応しては・・・と茜は割り切っていたらしいのだが、脅迫状の内容は段々と
エスカレートしていき、やがては「白石徹との結婚を止めないと、ただじゃすまないぞ」
「何度忠告したと思ってるんだ。誰かが犠牲にならないとわからないのか」
と、ただならぬ様子を帯びていった。
そして、今朝届いたという脅迫状には、「今晩悲劇が起きるであろう」の1文・・・。
和葉はこの脅迫状が橘家の人間には見えないように、こっそりと平次に渡した。

「この悲劇て、何やろな?」
「さーなぁ・・・まだ何とも言われへん」
「誰がこんなん出したんやろ?」
「それもまだわからん」
「後継ぎ問題が絡んでるってことやったら、茜さんのまわりの人かもしれんね」
「そうかもしれんし、全く違う人間かもしれん。姉ちゃんからもうちょい話を聞いてみんとな」
「そやね・・・今日は何も起こらんとええけど・・・」
「おまえは何も心配せんたてええから、オレに任せとけや」
「ん・・・」
「ほら、そんなしけたツラせんと、和葉はよう笑うとけ」

言うが早いか、両手で和葉の頬を軽く引っぱった。
これ以上不安を口にさせないように・・・。





「ところで、窓際に立ってるかわいらしいカップルは誰なん?」

碧とのやりとりに疲れたらしい睦月が、和泉先生に話の先を変えた。

「ああ、彼らは」
「私の友達です。パーティが始まったらお話する時間ないですから、今ここに来てもろたの」

和泉先生が返事をしかけた横から、それに被せるように茜が答えた
睦月も碧もさして疑問にも思わないのか、それ以上詳しく聞いてはこなかった。
ただ徹だけが平次に気づいたらしく、何か言いたそうな顔をしていた。
当の平次は和葉と共に、あと30分しかないなぁ・・・と時間が気になりかけていた。
だが時間がないのは碧も同じなのか、ふと睦月の方を見直した。

「睦月、悪いんやけど千尋のこと見ててもろてもええやろか? 私、会場の方の手伝いに
行かなならんのよ。家元の体調もようないし、茜ひとりやと挨拶も大変やろうから・・・」
「べつにええよ。何やったらパーティ終わるまで、千尋とその辺にいてるわ」
「助かるわ。千尋、今日はママ忙しいから、睦月と一緒におってな」
「うん!」
「ほんなら千尋、行こか」

睦月は手にしていたビールを置くと、千尋の手を取って部屋を出て行った。
碧もこちらに軽く頭を下げると、茜にまた後でと伝えて背を向けた。

「ほんならオレも行きます。司会の人と打ち合わせあるし」
「そうですか」

徹の言葉に、茜はそっけなく答えただけだった。
そんな茜を彼は切なそうな目で見つめている。
微妙に寄せられた眉根に何ともいえない辛さが見える。

「・・・茜さん」
「・・・何です?」
「あの・・・」
「何ですの?」
「・・・いや、何でもあらしません。ほな」

徹は言いたいことを飲み込むように頭を下げた。
そして茜と視線が合わないように頭を元に戻すと、一瞬だけ窓際にいた平次の方を見やったが
すぐに踵を返して部屋を後にした。
そんな徹の後姿を、茜はじっと見送った。
彼の姿が消えてしまっても、ずっとドアの方を見ていた。









なんだかまた中途半端なところで切ってしまってごめんなさい。しかも前半平和はほとんど登場してないし・・・(汗)
本当はここで導入編は終わりにしたかったんですけど、あまりに長くなってしまったので2つに分けました。
続きはほとんどできてますので、もう少しだけお待ちくださいませ。











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>>>> Detective CONAN






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