especially




―8―






「・・・これでやっと話ができるな」

平次が茜に向かって開いた口は、少し重いものだった。
ついさっきまでの眠そうな姿は、すっかりと消えている。
そんな平次の様子に、和葉はただならぬものを感じ取っていた。

「この脅迫状が届くようになったんは、いつ頃からなん?」

平次はそう言いながら再びソファに腰掛けると、3人もそれぞれ同じようにソファについた。
テーブルには、先程渡された脅迫状が広げられる。

「確か、3ヶ月位前からです」
「3ヶ月前・・・?」
「ちょうど、徹さんとの結婚話が本格化した頃です。
それまでは私が橘流を継ぐというのは、確かなものやなかったんです。
でも半年程前から祖父の・・・あ、祖父は橘流の今の家元なんですけど、その祖父の体調が芳しうない
状態になってきてしもたんで、そろそろ次期家元を決めなアカンことになって・・・
ホンマはこの結婚も、私が成人してからの予定やったんです。
せやけど、祖父が次期家元は私やということを、ハッキリ披露しようと言い出して・・・」
「それで正式な継承は後々に回したとしても、婚約発表だけでもして、事実上の次期家元披露に
しようと言うことになったんよね?」
「そうどす。さおり先生はみんなご存知やと思いますけど、最近、家元が作らはった遺言書には
橘流の次期家元、つまり22代目宗家のことも書いてあるんです。
もっとも、今は理事会の承認も必要なんですけど、結局は家元の一言が一番ですから・・・」
「華道の世界も大変なんね。・・・あれ、せやけど和泉先生、橘流のこと何でも知ってはんの?
茜さん、今そう言うてんかった?」
「ああ、そやね、不思議に思うわよね。ほら、橘流とは家同士の付き合いがある、言うたでしょ?
うちは祖父の代から橘流の弁護士しとんねん。私の兄も、弁護士しとるしなァ・・・
守秘義務があるから、仕事上知り得たことは話さへんけど、今回のことは家元から直々に聞いてん」

そんなやり取りを聞きながら、平次は手帳にメモを取り出した。
脅迫状の内容からして22代目宗家の地位が関わっている以上、橘流の実情を把握する必要がある。

「なァ、その遺言書て、いつ作ったんや?」
「できあがったのは1週間ほど前やったと思います。このパーティに間に合うようにて急いでたし・・・」
「脅迫状の内容が酷うなってったんは、もしかしたらその頃からとちゃうか?」
「そういえば・・・その頃からやったと思います。今までは週に1度くらいやったし
内容も『家元に向かない』とか『家元候補から降りろ』程度のものやったんで
大して気にかけずに捨ててたんです。せやけどこの1週間は毎日届くようになって・・・」
「封筒も見せてくれへんか?」
「封筒?」
「ちゃんと投函されたんやったら、消印があるやろ」
「確かに消印が押されてますけど、みんなバラバラやし、誰からかなんて特定は無理やないかと・・・」
「どんな小さなモンかて、何が手がかりになるかはわからんもんや」

日によって異なる消印は、どれも茜の家からそう遠くない消印で、逆に言えば消印の地域を
線で繋いでいくと、茜の家のある地域が中心に来る、そんな感じだった。
そのために、茜の身の回りの人間が出している可能性も、十分考えられる。
しかしこれだけでは安直過ぎるので、それだけで結論を出すわけにはいかない。

「ほんで、このことは誰かに話したんか?」
「いえ、誰にも言うてません。誰に話しても心配かけるだけやしと思うて・・・。でもこの1週間
毎日届くようになって、何や薄気味悪うてかなわんのです。
それで今日、さおり先生に相談しよ思って、残しておいた分の脅迫状を持って来たんです」
「それやったら、誰も知らんわけなんやな?」
「はい」
「・・・なァ姉ちゃん、さっき碧さんが奥の部屋から来たとき、一瞬、顔が硬直したやろ?」
「あっ・・・バレてたんですなァ・・・。碧おば様は、半分母親みたいなところがありますよって
心配かけたないんです。せやからさっき、私が脅迫状言うたの、聞こえてたらどないしよと思て・・・」
「ホンマにそれだけか?」
「えっ?」
「他には何もないねんな? 何や、白石にはキツイ感じがしてたけど」
「・・・確かに、碧おば様はちょっとキツイところもありますけど、それはこの橘家のためにと思て
頑張らはってのことですから。親代わりなトコがありますから、そうなってしまうだけやと思います」
「それやったらええけどな」
「平次、碧さんのこと疑うてるん?」
「そういうわけやあらへん。他の人のことも、これから聞いてみなわからんしな。
ただ身内やからて、信じてええとは限らんっちゅうこっちゃ」

平次の言葉に、茜の顔が青ざめていった。
無理もない。
自分の身近に犯人がいるかもしれないという不安がなかったわけではないが
こうして客観的に言われると、認めざるおえない事実を突き出された気分だ。
和泉先生は、意気消沈している茜の肩を抱くと、努めて明るい声で話しかけた。

「茜さん、大丈夫やから、そんなに心配せんとき」
「・・・・・・」
「こんなん、ただのイタズラや。ひがみや。一々気にしてたらアカン」
「さおり先生・・・せやけどホンマに何かあったらどないしよう? なァ先生、私どないしたらええ?」
「茜さん・・・・・・せや、服部君と遠山さんにもパーティに出席してもろたらどう?」
「そうや、それやわ! あの・・・お願いしてもええですやろか?」
「おう、ベツに構へんで」
「アタシも構へんよ。お役に立てるんやったら・・・あ、せやけど平次、蘭ちゃんと工藤君どないしよう?」
「アカン、そやったなァ・・・姉ちゃん、オレら友達がおるんやけど、もうふたり増えててもええか?」
「ええ、大丈夫です。受付にそう言うときます」
「そのふたりな、工藤新一君と毛利蘭ちゃんて言うねんけど、工藤君も平次みたいによう頭切れるし
蘭ちゃんはホンマええ子やし、2人ともめっちゃ心強い味方やで! せやから安心してや」
「遠山さん・・・ホンマおおきに」
「和葉、オレは?」
「へっ?」
「今のお前の言い方やと、オレは頼りにならんみたいやん」
「何言うてんの。平次も頼りにしてんねんで?」
「なーんか付け足しみたいやなァ」
「付け足しなァ・・・でもお茶漬けにわさびと漬物は大事やんか」
「わさびィ?」
「そうそう」

平次と和葉のやりとりに、脅迫状の話をして以来ずっと強張っていた茜の顔がようやく崩れた。
和泉先生はそんな彼女を励ますように、優しく話しかけた。

「この2人、いっつもこの調子やねんで」
「ホンマに?」
「そう。せやけどとっても仲ええねん。もう学校内じゃ有名なんやで?」
「そうやの? 何や羨ましいわァ」
「茜さんも・・・徹君と、少しずつでも仲良うなれたらええなァ・・・」
「・・・私がそう思てても、向こうはそんな気ないみたいやわ」
「えっ・・・?」

茜の顔は表情を無くし、静かに目を伏せた。
まずいことを言ってしまったかと和泉先生も口を閉ざしていると、軽やかな和葉の声がこちらを向いた。

「ちょー茜さんも言うたってや? お茶漬けにわさびは欠かせへんて」
「えっ、わさびですか?」
「そう」
「和葉、おまえ論点がズレとるで?」
「やって・・・」
「フフフ・・・ふたりとも楽しい人ですね。そうやわ、パーティに来てもらうお礼にもならないでしょうけど
よかったら会場の花を活けるの見て行って頂けません? 私にできることはそれくらいやし・・・」
「ホンマ? めっちゃ嬉しいわァ。ぜひ見せてぇな」

茜と楽しそうに話している和葉の横で、平次はひとり神妙な面持ちに戻っていた。
脅迫状に目を落としたまま動こうとしない。
やがてもう一度一通りそれらを見直すと、茜の方に顔を向けた。

「なァ、この脅迫状やけど、姉ちゃんの相手には届いてへんのか?」
「えっ・・・?」
「ここに『白石徹との結婚はやめろ』ってあるやろ? 白石の方にも同じの届いてへんのやろか?」
「・・・聞いてへんですけど・・・」
「そやろな。それに仮に届いとったとしても、白石のことやから姉ちゃんには話さんやろな。
こら白石にも聞いてみんとアカンなァ・・・」
「それは・・・私は徹さんの信頼に値しないということですやろか?」
「あん? ちゃうやろ。姉ちゃんに心配かけへんようにと思て黙っとるんやろ」
「そんな・・・徹さんは私の心配なんて・・・」
「何言うてんねや? 自分ら結婚するんやろ?」
「・・・・・・」

茜はどこか気まずそうに目を伏せた。
さっきから徹の話題になると口を閉ざす茜に、違和感を覚え出した平次だが
横からのかわいい声に思考の向きが戻った。

「平次ィ、あんた徹さんのこと知っとるん?」
「ああ、なんぼかな・・・」
「そうなん? それでさっき徹さん、平次の方をずっと見とったんやね」
「和葉、それホンマか?」
「うん」
「それいつや?」
「いつ、て・・・」

だがその会話は、部屋に響いたチャイムの音に閉ざされてしまった。



先程と同様に和泉先生が応対に出ると、家元ともう1人の男性が姿を現した。
家元はその男性に支えてもらう格好で歩いており、先程会ったときよりも顔色が土気色を帯びていた。

「おじいちゃま! どないしたん? 顔色悪いわ・・・。具合良くないん?」
「ちゃうちゃう、ちょっと疲れただけや。せやからそんな心配せんでええ」
「でも・・・」
「茜ちゃん、大丈夫やて。少し横になったらまた元気になるわ。なぁ、兄さん」
「尚之の言うとおりや。ほれ、今日の主役がそんな顔するんやない。橘流を継ぐんやろ?」
「おじいちゃま・・・」
「茜、しゃんとしなさい」
「・・・はい、おじいちゃま・・・いえ、家元」

心配で今にも泣きそうだった顔が、橘家の後継ぎとしての顔つきに変わった。
そんな孫の凛々しい姿に、家元は目を細めた。

「そうや、その顔や。・・・おや、そちらさんはさっきの元気なボンとかわいいお嬢さんやないですか」
「まいど」
「お邪魔してます」
「そや家元、服部さんと遠山さんにもパーティに出席して頂こうと思てんの。おふたりのお友達も
お呼びしようと思てんねんけど、構へんよね?」
「茜の祝いの席や。好きにしたらええ」
「嬉しい! おおきに。そしたら家元、私みなさんとまた会場の方に戻ります。尚之おじさまもまた後で」
茜は笑ってそう言った。
その言葉に促されるように、平次たち4人は会場へ行くことにした。

部屋を最後に出た茜の手には、しっかりと徹からのブーケが握られていた。




「服部君、ちょっとええかしら・・・?」
「何?」
「さっき話が途中で終わってしもたやろ? もうちょい詳しい話をしておきたいねん」
「ああ。オレもしっかりと聞いときたいわ」
「実はな、橘家は少し複雑なんよ・・・」

茜の前では気丈だった先生の顔が、この日初めて曇った。



「カラー、まだ届いてへんの? ・・・そう、遠山さん、堪忍な。もう少し待っててください」
「ううん、ええよ。気にせんといて」
「せっかく見てもらおうと思うたのに・・・ごめんなさい」

着物の上からでもよくわかるくらい、茜はしょんぼりと肩を落とした。
今日は彼女のおめでたい席なのに、嬉しくない知らせばかりが舞い込んでくる。
そんな茜がいたたまれなくて、和葉は雛壇の方へと目を向けた。

「あっ・・・キレイやなぁ、あのグラス・・・」
「えっ・・・?」
「今、雛壇のトコのテーブルに飾ってるグラス。近くのライトが当たって、キレイに光ってるやん?」

200近くあるだろうか。
クリスタルのグラスが、白いテーブルクロスの上に整然と並べられている。
それらのグラスが、金屏風に備えられているスポットライトに照らされて、目映い光を放っている。

「ホンマにキレイやわぁ・・・」

茜は、その白い腕を伸ばして、近くのグラスを1つ取った。

「こうして手に取って見ると、キラキラ光るのは消えてしまうけど、グラスの繊細さがキレイやわ」
「そやねー。何や、茜さんの手にしつらえたように、ピッタリやなァ、そのグラス」
「そう?」
「うん」
「おおきに。このグラス、後でシャンパンが注がれるそうやから、それが入ったらまた違うように
キラキラ光るんやろなァ・・・。遠山さん、パーティが始まったら、また見てくださいね」

茜は和葉に優しく微笑んで、グラスを元の位置に戻した。
2人の反対側、つまり雛壇に向かって右側にいるボーイが、全てのグラスを並べ終えた。
時計の短針は、真下にある数字を示そうとしていた。




「茜さん、遅うなってすみません。カラー、届きましたので今お持ちします」
「そう、ありがとう。ご苦労様」
「それと茜さん、受付に翼さんがいらしてるのですが・・・」
「翼さんが・・・? ・・・わかりました。今行きます。遠山さん、そしたらまた後で」

茜は軽く頭を下げて、受付の方へと歩き出した。
そこにはさっきまで脅迫状に怯えていた姿はなく、代わりに跡取としての顔が存在した。
同じ18歳。
彼女がその双肩に背負っているものは、ひどく重いものだった。



平次と先生はまだ話ている。
和葉はもう一度会場内を見回した。
受付の方に向かう茜。
その受付の傍のソファに腰掛けている千尋君と睦月さん。
ドアとは反対側にある雛壇では、ホテルの人間がシャンパンを注ぎ始めている。
その雛壇で徹が先程の人と話続けており、雛壇の横では叔母の碧が飾りに使わなかった花などを
門下生と共に片付け始めている。
駿はまだ来ていないし、家元と尚之も恐らくまだ控え室にいるのだろう、やはり姿が見えない。

「・・・アカン! オレらもう行かんと。ほな先生、あとで。和葉、行くで?」
「あ、うん」
「じゃあ服部君、遠山さん、よろしうお願いしますわ」
「先生もあの姉ちゃんの傍についたっててや」
「ええ」

先生は先生としてではなく、茜の姉のように2人に頭を下げた。
そんな先生に平次は力強く頷くと、和葉の手首を掴んで急ぎ足で会場を後にした。

和葉は引っぱられるように歩きながら、違うことに意識が集中していた。
他でもない、茜のことだ。
さっきから気にかかる。
茜は徹とは一度も目を合わせようとしなかった。
これから婚約披露だという2人が、まるで反目するかのように冷たい関係のようだった。
2人とも、視線ではお互いのことを追っているというのに、なぜ・・・?
もう一度雛壇の方を振り返ると、徹がこちらを見据えていた。
その目が追いかけているのは、おそらく受付で話をしている茜だろう。

(あんな愛しそうな目で彼女のこと見てんのに、なんでなんやろな・・・?)



「なぁ平次、さっき先生と何話してたん?」
「あん? ああ、橘家のこと、もうちょい詳しく聞いとったん。あとで工藤にも説明せなあかんから
そんときにでも話したるわ」
「うん・・・せやけど誰があんな脅迫状なんて出したんやろ・・・?」
「さっきも言うたけど、まだ何とも言われへん。せやけど・・・」

言葉を発する代わりに、自分の手を和葉の腕からその掌へと動かした。
ギュッと握られたその手から、平次の気持ちが伝わってきた。
それが凄く心強かった。


でもまだこのときはこれから起きる悲しい出来事に、誰も気づいてはいなかった。









さー、これからどうなるんでしょう? 脅迫状が届いちゃって、あれあれ。
平和な平和はどこに行っちゃうんでしょう? 
しかも登場人物が多すぎて、把握できておりません・・・みなさまの記憶力に超期待!(他力本願)











>>> novel

>>>> Detective CONAN






Copyright(C)2001-2002 海月 All rights reserved.