especially




―6―





「さおり先生やないですか」

声をした方を振り向くと、そこにはどっしりとした落ち着きのある男性が立っていた。

「あら、家元。本日はおめでとうございます」
「嬉しいことですわ。今日は孫のためにご足労頂きまして、えらいすみませんなァ」
「そんな、おめでたいことやないですの。喜んで参りますわ」
「そうですなぁ・・・早いもんですわ。おや、そちらは奈緒さん・・・とはちゃいますなァ?」
「すみません、妹の奈緒は今日は急用で来れなくなってしもたんです。こちらは私の勤める学校の
生徒さんです。そうそう、茜さんと同じ歳なんですよ。遠山さん、こちらが橘流の家元でいらっしゃるの」
「はじめまして、遠山和葉です」

家元は、ちょこんと頭を下げる和葉を微笑ましく見て頷いた。
そんな彼らにまたひとり、近づいてくる少年がいた。

「それと、今こちらに来た彼は服部平次君。西の高校生名探偵やて言われてるんですよ」
「ほう。高校生で探偵さんかね。それは大したモンやなぁ」
「おーきに。何かあったらいつでも呼んでや」
「ハッハッハ、頼もしいボンや。徹君もこれくらい頼もしいとええけど」
「家元、そろそろお時間ですから・・・」

家元の言葉に対して何か応えようとしていた和泉先生より一瞬早く、家元の斜め後ろに控えていた
お付きの人が口を挟んだため、話の腰が折れてしまった。
そしてそのまま「それでは・・・」とだけ言うと、家元をエレベーターホールへと促した。
その様子に、一瞬眉をひそめた和泉先生だったが、軽く溜め息をつくと、笑顔で2人と向かい合った。

「で、あなたたちは何でここにいるんやったけ?」
「アタシら? アタシらは、出版社のパーティに誘われて来てん」
「工藤優作っちゅー推理作家、先生知ってんか? その息子がオレらの友達やねん」

平次の口から出た言葉に、和泉先生の表情が一瞬で変わった。
気持ち三日月のような形をしていた目は丸くなり、上がっていた口角が一瞬で閉じられた。
明らかに、笑顔から驚きの表情になっている。

「あら、そうなん? それやったら工藤優作も来てはるの?」
「ちゃうちゃう、その息子が代理で来てて、オレらも誘われて来てん」
「なんや・・・そうやの・・・。残念やわぁ。・・・せやけどそのお友達、おらんやないの。どないしたん?」
「工藤君はもう授賞式の方に行っててん。平次が授賞式なん堅苦しいから、パーティだけ出る言うて・・・」
「そこのラウンジで休んでたっちゅーわけや。和葉かてケーキ食えたんやし、まぁええやん」
「でもなァ平次、工藤君と蘭ちゃんに悪いなァって思わへんの?」

先生がいることなどお構いなしに、ホテルのロビーのど真ん中で、2人はいつものやり取りを始めた。
キチンとした格好をして大人びた表情を見せても、中身は変わっていない2人に、和泉先生は笑い出した。

「先生、どないしたん? 急に笑い出して」
「アホみたいやで?」
「服部君、子どもみたいなワガママ言うアンタに、アホやなんて言われたないわ」
「なんやて?」
「こんなええ服着てても、中身はまだまだ子どもやし、遠山さんも大変やね」
「ホンマやわ」
「和葉には言われたないわ。ガキやのはどっちやねん」

「平次」「和葉」「平次やて」「和葉や」と、小学生みたいになじりあう2人に和泉先生は笑っていたが
いつのまにか瞳が潤みだしていた。

「先生、どないしたん? どっか痛いん? あっ、コンタクトとか?」
「えっ・・・? あっ、ううん、そんなんとちゃうのよ」

和泉先生は携えていたバッグからハンカチを取り出し、化粧が落ちないように気をつけながら
零れそうになった涙を拭き取った。
ごめんごめんと呟きつつ、少しマスカラが滲んでしまったハンカチを折り返した先生の顔は
笑ってはいなかった。
先生は心配そうに覗き込んでいる和葉と目が合うと、軽く呼吸を整えて口を開いた。

「・・・いえね、茜さんと徹君も、あなたたちみたいやったらええのにな・・・と思ってな・・・」
「茜さんと・・・徹君?」
「誰や、それ?」
「今日私が出席するパーティの主役よ。・・・ねえあなたたち、まだ時間ある? あるんやったらちょっと
付き合わへん?」

平次と和葉は顔を見合わせ、ええけど・・・という返答をすると、先生はニッコリ笑って歩き出した。
わけのわからないまま、2人は先生のあとを追って行った。





2人が先生に連れて行かれたのは、先生が出席するパーティの会場だった。
ちょうど新一たちが出席している会場のすぐ上にあり、7時から始まるというパーティの準備で
慌しく人が出入りを繰り返していた。
先生はそんなことはお構いなしに会場の奥へと進んで行く。
途中、和服姿の若い女性に声をかけられ型どおりの挨拶だけ済ませると、
先生は会場奥に設置されている雛壇の方まで歩いて行った。



「カラーはどこやの・・・?」
「茜様、あの、それが色が間違えて届いておりましたので、新しいの持って来させてる所なんです。
もうすぐ着きますので、お待ちいただけますでしょうか?」
「・・・そう。仕方ないわね。いいわ、休憩にしましょう」

そう言ってはさみを置いた茜に、和泉先生は「こんにちは」と声をかけた。

「さおり先生・・・」
「茜ちゃん、今日はおめでとうございます」
「ええ・・・ありがとうございます」

茜ちゃんと呼ばれた彼女は、優雅な動作とはこう言うことを言うのだという実演のように
静かに美しい角度で上半身をゆっくりと下げた。
そんな彼女の動作に目を細めながら、先生は彼女がつい先程まで触れていた花々に目を向けた。

「キレイやねぇ・・・この雛壇の脇を飾っとるお花、みんな茜ちゃんが活けたん?」
「ええ。テーブルの方はおじいちゃまが活けてくれはるので、せめてここくらいは自分でと思って。
でも花が全部届いてないんで、まだ途中なんですけど・・・」
「そうなん? せやけど相変わらず優美に活けはるねぇ。さすがやわァ。
今日みたいなおめでたい日にはぴったりやわ」
「・・・おおきに」
「どないしたん? 浮かない顔やね?」
「いえ、そんなことは・・・」

先生の問い掛けを避けるように、茜は視線を横にずらした。
その視線の先に止まったのは、鮮やかな玉虫色と、華奢な白い腕だった。
茜は顔ごとあげ、眼に映っていたものの持ち主の少女の顔を見た。
その少女には見覚えはなかったが、全てが一瞬止まってしまうほど、見惚れてしまう少女だった。
そして、少女の隣にいた少年もまた、独特の魅力に満ち溢れていた。
特に、こちらを見る瞳は、深く焼きついてしまうかのように鋭く光り、まるで自分の内面にあるものを
全て見透かされているようで、畏怖感を感じずにはいられなかった。

「先生、あの、そちらの方々は・・・?」
「あ、この2人はな、私が勤めている学校の生徒さんで、服部平次君に遠山和葉さんて言うんよ。
茜ちゃんと同じ歳なんやで。さっきロビーでバッタリ会うてね、茜さんに会わせよ思て連れて来てん」

先生に名前を言われ、2人は「はじめまして」と会釈した。
茜は、先程の家元と同じように穏やかな目で、微笑ましそうに2人を見た。

「はじめまして、橘茜と申します。さおり先生には、ようお世話になってます。どうぞよろしう」
「そんな、お世話やなんて・・・。そんなんとちゃうのよ」
「・・・なぁ先生、茜さんといいさっきお会いした家元といい、なんで先生のこと『先生』って言いはるん?
学校の関係者やったらわかるけど、茜さん、ちゃうんやろ?」
「ん? ・・・ああ、それはな遠山さん、私が茜さんの家庭教師をしてたからやわ」
「さおり先生が大学に通われてはった4年間、ずっと面倒見て貰うてたんです。でも先生就職してしもて
家庭教師は辞められはって・・・ホンマはずっと見て欲しかったんですけど・・・」
「堪忍な、茜ちゃん」

優しく諭すようなさおりの言葉に茜は淋しそうに目を伏せたが、ふと思いついたように平次の方を見た。

「あの・・・違うたらごめんなさい。服部さんて、あの高校生探偵の服部さんですか?」
「おう、そやで」
「ホンマですか? どんな事件でも解いてしまうって聞いたことがあるんですけど・・・」
「まかしとき。なんぼ難しい事件や言うても、オレが解いたるわ」
「そや、茜ちゃん、なんや相談したいことがある、て言うてたやろ? どないしたん?」
「・・・・・・」
「ここやとまずい?」
「・・・・・・」

再び伏せ目がちになった茜を見て、和葉は平次の袖を軽く引っぱった。

「平次、アタシら席外そか? 茜さんもその方が話やすいんとちゃう?」
「せやなァ」
「いえ、いてください!」

そう言うが早いか、茜はパシッと和葉の細い腕を力強く握った。
そして懇願するように和葉と平次の方を交互に見て、小さな声で呟いた。

「実は・・・脅迫状が届いているんです・・・」









今回は思いのほか短いです。そのうえ単なる説明シーンですみません・・・。
このままのペースでは一向に進まない、あー、どーしましょう!(あたふたあたふた)
それどころかとてつもない量になりそうな気がしてきました。エンジンをかけなくてはー!
頑張るデス、頑張るデスよー!











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