舞い降りた天使





彼女と会った翌日、俺は公園に寄ってみた。
確か昨日、今日はアカンかった、と彼女は言っていた。
ということは、またあの東屋にやって来るんじゃないだろうか。
そんな風に考えたのだ。

東屋のほうを見ると、彼女の姿はそこにない。
やっぱりそう簡単には会えないか・・・と、俺は何だかガックリ来た。
でもその反面、少しだけホッとした。

また彼女に会ってしまったら、確実にはまってしまいそうな予感がする。
いや、もうはまりかけてるのかもしれない。

だからこそ、もう会わないほうがいい。
今ならまだ引き返すこともできる。
そうだ、それがいい、諦めて家に帰ろう。

そう自分に言い聞かせて、オレは東屋に背を向けた。


・・・でも、もう一度会いたいなぁ・・・・・・


頭の中では、もう会わないほうがいいと言うように、危険信号が点滅している。
彼女と会ってしまえば、気持ちはきっと押さえずにはいられないだろう。
だからやっぱり帰ったほうがいい。
所詮、通りすがりに会っただけの人なんだから・・・。

・・・そう思っていたのに、俺はいつの間にか東屋にあるベンチに腰掛けていた。



ボーっとしたり、ダチにメールを打ったりしながら待ってみたが、彼女はやってこない。
今日は真夏日に戻ったような暑さのせいか、彼女だけでなく誰もやってこない。
公園には俺以外誰もいない。
もう帰ろうかなぁと何度も思うが、いやいや、帰ってすぐにやってくるかもしれないと思うと
ここを去る決心がなかなかつかない。
とりあえず、今やっているゲームをクリアしたら帰ろうと、新しい言い訳を作っては居残っている。
ゲームをクリアしても、もう1ゲームしてから帰ろうと、また新しい理由をつけて待ってしまう。

そんなことを繰り返していたら、1時間ほど経ってしまった。
そんな自分に、なんだかこれってプチストーカー? と思ったら、ちょっと引いてしまった。
たかが公園で見かけただけの、来るか来ないかもわからない女を待つなんて
冷静に考えたら、かなり間抜けでアホらしい。
やめた、帰ろう。
そう思って、携帯をポケットにしまいながら腰を上げたときだった。

「あれ、もしかして昨日の・・・?」

テーブルを挟んで反対側のベンチに、彼女が腰掛けた。
昨日と同じ、セーラー服にポニーテール姿の彼女だった。

「もう帰るん?」

ベンチから立ち上がりかけて中腰になっている俺を、彼女は軽く見上げながら話し掛ける。
昨日よりも全然明るい中で見る彼女は、一段とかわいかった。

「あ、いや、何か座りっぱなしは疲れたなーと思って、ちょっと立とうとしただけ」

俺は適当な理由をあげて、今まで座っていたベンチに再び腰を下ろす。
そんな俺の言葉に、確かに長時間座っとると腰に来るもんな、と彼女はマジメに相槌を打ってくる。
それも、昨日見た以上に華やかな笑顔付きで。

ああ、やべえ、完璧はまったかも・・・・・・



「土曜なのに、制服なの?」

いつの間にか、俺の口からそんな言葉が滑り落ちた。
彼女は一瞬きょとんとしていたが、私立やから土曜も学校あんねんと、笑いながら言った。

「せやから、制服。・・・あれ、東京弁?」
「ああ、俺、おととい引っ越してきたんだ」
「東京? そうなんや。アタシも東京に友達おんねん。東京のどのへん?」

と、彼女はさっきまでやっていた宿題らしきものから、視線を俺のほうに向けた。
よくよく思うと、真正面から彼女の顔を見るのは初めてだった。
こちらを見る瞳は大きくて、何だか吸い込まれそうになる。
彼女の質問に俺が答えるような形で話をしていたが、その間中も俺は彼女の姿や仕草に
情けないほど目を奪われっ放しだった。

「なァ、そう言えば、こんなに話してて時間平気なん?」

彼女はふと思い出したように、時計を見ながら尋ねてきた。

「俺は、引っ越してきたばかりだから、別に予定はないけど。そっちは?」
「アタシ? アタシは5時までここにおるから全然平気やけど」
「5時?」

そういえば、昨日もそんなことを言っていたな。
誰かと待ち合わせでもしているんだろうか?
でも、少なくても昨日は、そんな相手らしき姿はなかったし・・・。
何で5時半なのかと聞こうと思ったら、一瞬早く彼女のほうが口を開いた。

「ほんならアタシ、さくっとこの宿題やってまうから、ヒマやったらまた後で話そ?」
「えっ・・・?」
「イヤやったらええねんけど」
「あっ、いや、そんなことないよ。全然。俺、家帰ってもヒマだし」

彼女は俺の返事ににっこりと微笑むと、視線を手元のプリントと教科書に移した。
どうやら世界史らしかった。
前の学校より、少し先の範囲だ。
残念ながら俺には口出しできないところだった。

今まで、こんな風に手持ち無沙汰に待たされるのは、ハッキリ言ってニガテだった。
特に付き合ってた彼女と買い物に行くのは、正直ウザイくらいだった。
それなのに、今目の前にいる彼女を待つのはこれっぽっちも苦痛じゃない。
不思議なことがあるものだ、と思ってから、いつの間にか意識が薄くなっていた。



「なァ・・・なァ、起きてや?」
「・・・ああ?」
「あんなァ、起こして悪いねんけど、アタシ、もう帰らなアカンねん」

ぼやーっと覚醒していく意識の中で、彼女の声が聞こえてきた。
起こして悪い? もう帰らなアカンねん・・・?
俺は眠気のせいかだるくて重く感じる体を、テーブルから引き剥がすように起こした。

「・・・えっ、今何時? 俺、寝てた?」
「もう5時やで。何やぐっすり眠っとったから、起こさへんほうがええかなと思っててん。
せやけどアタシ帰るから、一応声かけとこうと思て・・・」

彼女は帰り支度ができた状態で、テーブルの向かい側にいた。
空はオレンジから紫色になっていて、辺りもすっかり薄暗くなっていた。
公園内や道路にある街灯も、その機能を果たして辺りを照らし出している。

「ほな、アタシ帰るわ」

ばいばーいと、掌をひらひらと振って歩き出した彼女に、待って! と思わず大声をあげた。

「あ、ほら、もう暗いし、送って行くよ」
「そんな、ええよ。うち、そんなに遠くやないし」
「や、でもさ、大阪って危ないっていうし・・・」

俺はもう少し彼女といたいという気持ちから、とりあえずの理由を必死に口に出している。
いつもだったらこんなカッコ悪いことは絶対にしないのに、何やってるんだろう。
そう思いつつも、カッコ悪くても彼女といたい気持ちの方が確実に上回っているのがよくわかる。
どうしたらいいのかとあれこれ考えているうちに、彼女が先に話し出した。

「大丈夫やて。そっちの方こそこの辺、慣れてへんのやから、気ィつけて帰りや」
「あっ、ああ・・・うん・・・じゃあ」

その時の俺は、後から考えたら情けないほど間抜けな返事しかできなかった。
そんな俺を余所に、彼女は俺が落とされた花のような笑顔で、もう一度バイバイと言った。
そしてくるりと向きを変え、東屋から離れていく。
その後姿も、背筋がピンと張っていて、とても綺麗に見える。

結局、俺はそれ以上何もできないまま、彼女の姿が消えるのをただ見送っていた。

「っっああ、俺ってバカじゃん? 何で寝んだよ? せっかくのチャンスだったってのに!」

しかも、よくよく考えたら彼女の名前すら知らないし、これからもここに来るのかさえ聞いていない。
自分のあまりのヘタレっぷりが情けなさ過ぎる。

自己嫌悪になりながら、仕方なく俺も公園を後にした。


・・・彼女、明日も来るのかな・・・?















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