舞い降りた天使
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次の日の日曜日、俺は明日から始まる新しい学校生活の準備をしていた。 と言っても、出来上がったばかりの制服をデパートまで取りに行っただけだけど。 学ランなんて中学のとき以来、まさかまた着ることになるとはね・・・ デパートからの帰り、バスの中で膝にある荷物を眺めながらそんなことを思ってると ふと窓の外に、ポニーテールをした少女の後姿が見えた。 彼女かどうかを確認しようと、俺は窓からその少女を目で追いかけたが、日曜で人が多いのと バスが進んでしまったために、彼女かどうかはよくわからなかった。 でも、もしかしたら彼女かもしれない。 俺はバスから降りると、急いで一旦マンションに戻り、学ランを置いて公園へと走った。 すると、ちょうど公園に入ろうとしている彼女の姿を見つけた。 やっぱり、彼女だったんだ・・・・・・ 俺は自然と緩んでくる頬を押さえながら、彼女のいる公園へと足を進めた。 公園の入り口から東屋のほうを見ると、ちょうど彼女が腰掛けている所だった。 今日は日曜だからだろう、さすがに制服を着ていない。 私服姿のせいか、何だか印象が違って見える。 少し、オトナっぽく見えた。 「昨日は、ごめん」 昨日のヘタレ具合を反省した俺は、今日は男っぷりを挽回しようと、少し気合を入れていた。 とりあえず、自分から声をかけるという最初のハードルはクリアできた。 「えっ? ・・・あ、昨日の。ごめんて、何かあったん?」 「俺、一人で爆睡してただろ? 宿題してたのに、迷惑だったよな」 「ああ、そんなこと。全然気にしてへんから、ええよ」 今日もまた、彼女は全開の笑顔を向けてくる。 全然気にしてないという言葉には、少しは気にして欲しい・・・と思いながら、俺もベンチに座った。 「せっかくの日曜なのに、どこにも行かないの?」 「ここに来てるやん?」 「ああ、ごめん、そういうことじゃなくて・・・」 「買い物とか、映画とかってこと? 今日はここに来たかったから、ここに来てん」 俺の質問に、一枚上手の返事をしてくる。 さて、どうしたものかな・・・と次の質問を考えてると、今度は彼女が質問してきた。 「そっちも、どっかに行かへんの?」 「俺? 午前中出かけてた。で、さっき帰って来たところ。俺ん家そこのマンションだからさ」 「そうなん? アタシの友達も同じトコ住んでんねん。そっか、それで毎日ここに来てたんやね」 いや、君に会いたくて来たんだけど・・・とは言えなかったが、彼女の友達が俺と同じマンションに 住んでいるという、思いがけない情報が転がってきた。 それなら、これからも会えるかもしれない。 「そういえばさ、俺らお互いの名前、知らないよね。俺、陽太。徳永陽太」 「アタシは遠山和葉」 「和葉ちゃんかー。どういう字書くの?」 「平和の和に葉っぱの葉」 ずっと知りたかった彼女の名前を聞き出せて、俺は第2ハードルも越せた。 そして、もう一つ、ずっと知りたかった彼女がここに来ている目的を聞こうと思ったときだった。 俺の携帯がティロリロリン、ティロリロリンと鳴り出した。 くっそ、誰だよこんなときに・・・と思い、かかってきた電話を無視しようと決めたが 早よ出んと切れてまうよ、という彼女の言葉に、仕方なく携帯を取り出した。 電話の相手は親父だった。 何だかよくわからないが、とにかく家に戻れということだった。 「ごめん。俺、ちょっと家に帰る。和葉ちゃん、まだここにいる?」 「んー、多分おると思うけど・・・」 「そしたらさ、なんか飲み物持って来るよ。暑いだろ?」 そんな、ええよ・・・という彼女の言葉を遮るように、俺は急いで家に戻った。 親父の用件がなんだか知らないが、さっさと片して早く公園に戻ろう。 とりあえず、彼女の名前と、今日はまだここにいることがわかっただけでも収穫だ。 俺は、完全に彼女にノックアウトされたことを認めながら、マンションのスロープを上がっていた。 親父の用件は大したことじゃなかったが、思ったよりも時間がかかってしまった。 あれから1時間以上経ってしまっている。 家の冷蔵庫からコーラを2本取り出し、どうかまだ彼女がいますように・・・と 半分祈るような気持ちで俺は公園へと走った。 マンションの角を曲がり、公園の入り口が視界に入ると、さっき公園から出て行くときには 見かけなかったバイクが、入口の所に停まっていた。 いつもだったらそのバイクに興味を示す俺だけど、今はそんな余裕がない。 公園の入り口から慌てるようにして東屋を見ると、彼女はまだそこにいた。 急いで近づいていくと、どうやら持って来ていた雑誌を読んでいるようだった。 きっと今日も5時までいるんだろう。 「良かった、まだいて」 「へっ・・・あ、徳永君。ちょ、大丈夫なん? 汗だくやで?」 「ああ、へーきへーき。ちょっと走ってきたからさ。これ、おみやげ」 「おおきに。・・・せやけど走ってきたんなら、暫く飲まれへんね、このコーラ」 「あっ・・・そだね」 思わず、やっちゃったよ・・・と呟いた俺に、彼女がクスクスと笑い出した。 俺は何だか力が抜けて、テーブルを挟んだこっち側のベンチにどかっと座った。 何でだろう? いつもだったらこんな失敗しないのに、彼女の前ではうまくいかない。 ダサ過ぎるよ、マジで・・・・・・。 とりあえずこの失敗から話題をそらしたくて、俺は違う話を彼女に向けた。 「和葉ちゃん、今日も5時まで?」 「ううん。もう少ししたら帰るわ」 今日も5時までいるんだろうと勝手に思い込んでいた俺には、予想外の返事だった。 5時までならまだあと2時間近くある。 だから沢山話せるだろうと、そう期待をもって尋ねたのに、あっけなくその期待は裏切られた。 「あ、そうなんだ・・・。でもさ、何でいつも5時なわけ?」 彼女がもうすぐ帰ると言うので、俺は慌ててその理由を尋ねた。 すると彼女は、大きな目を一度パチクリと瞬きして、視線を下に降ろした。 「やって暗なるし、ご飯も作らなアカンから。それに・・・」 「それに?」 「うん、ちょっとな・・・・・・」 そう言って、はにかむように微笑んだ彼女の顔は、今まで見たことのない顔だった。 今までの満面の笑顔とは違って、優しくやわらかく空気を包み込むような笑顔。 何だか、話し掛けることを躊躇ってしまうような、そんな笑顔だった。 「あ・・・あのさ・・・」 どうにか平然さを装って搾り出した俺の声に、彼女は視線を俺に向けて、いつもの笑顔に戻った。 いつも通り微笑んでいるのに、さっきの笑顔は、それよりもずっとずっと幸せそうな笑顔だった。 なんだったんだろう・・・? そう思いながら、もう一つ聞きたくて仕方なかった質問を彼女にした。 「和葉ちゃんは、なんで毎日ここに来てるわけ?」 「アタシ?」 「そう」 「今、何時?」 「えっ? 何?」 それは突然だった。 俺の質問に対して、聞いたことのない男の声が聞こえて来た。 どこからだ・・・? と周りを見てみたが、そんな姿はどこにもない。 空耳かと怪しみ出したら、もう一度同じ声が聞こえて来た。 「和葉、今何時?」 「3時過ぎ」 3時過ぎ、と答えた彼女は、自分の太腿の方に視線を落としていた。 俺が空耳かと疑った男の声も、そっちから聞こえてくる。 「何や、結局1時間寝てしもてんなァ・・・っあー、腹減った。和葉、何か食い行かへん?」 「平次、お昼食べてへんの?」 「昼だけやのうて、朝から食ってへんわ。誰かさんを待たせ過ぎて、婆ちゃんになったら困るよってな。 早よ帰らなアカンなーと思っとったら、飯食う時間なくなってもうた」 「えっ、アタシのために急いで帰って来たん?」 「さーなー?」 「何や、アタシのためにお腹空かせてるんやったら、お好み焼きでも奢ったろうと思ったのに」 「それ、ホンマか?」 その返事とともに、こっちからは全然見えなかった男の姿が、突如として現れた。 どうやら向こう側のベンチで寝ていたらしい。 間にあるテーブルのせいで、すっかり死角になっていた。 俺はてっきり彼女は一人だと思っていたので、正直言ってかなり驚いた。 浅黒い肌を持つその男は、起き上がるとベンチに跨りながら彼女のほうを向いた。 「ホンマにゴチ?」 「うん。その代わり、夕飯は平次持ち」 「そんなことやろと思ったわ。・・・よっしゃ、わかった。夕飯はオレ持ち。 そうと決まったら、早よ食いに行くで」 そう言って男は、彼女の手を引っ張りながらベンチを立つ。 そして漸く、俺のことに気が付いたようだ。 「誰や? 和葉の知り合い?」 「うん。平次待っとる間に、知り合いになったん」 「へぇー」 そう言いながら、その男は俺のほうに視線を寄越す。 それは明らかに好意的なものではなかった。 それどころか、そこはかとない畏怖感があった。 「ほらほら、平次、お腹空いとるんやろ? 行こう?」 彼女は、俺とその男の間にあるちょっとした緊張感になど全く気づく気配もなく、男の背中を押した。 男は「ああ」と返事をしながら、背中にあった彼女の手を取り、しっかりと握った。 彼女はその握られた手を見、彼の顔を見、そしてやっと俺のほうを見て一言言った。 「徳永君、バイバイ」 「あ・・・うん、かず・・・」 和葉ちゃん、と続けようとしたとき、平次と呼ばれたその男の視線が、冷たく突き刺さった。 それは、さっきの視線とは比較にならないほどの鋭さだった。 有無を言わせない、そんな威圧感がこもっていた。 どう考えても、今の俺では太刀打ちできない圧倒的な強さだった。 そんな男の横で、彼女はニコニコ笑っている。 それは、さっき見せたようなはにかんだ笑顔とは違うが、やはり幸せでいっぱいという顔だった。 俺に対しては一度も向けられなかった、不思議なオーラをもった笑顔だった。 俺はただただ、呆然と立ち尽くすしかなかった。 暫くして、バイクのエンジンがかかる音がした。 ああ、きっと、公園の入り口に停まっていたバイクだろう。 そうか、アイツのだったんだ・・・。 冷静に考えてみたら、バイクがあるのに公園には誰もいなかった。 だったらこの東屋にいそうなものなのに、俺はそこまで頭がまわっていなかった。 あの時はバイクの主がどこにいるかなんてどうでもよくて、ただもう彼女と話しがしたかった。 だから急いでここに走ってきたのだ。 でも、彼女にとっては、俺と話をすることは、特に待ちわびでいたものでもなんでもなかった。 そりゃそうだ。 たまたまここで知り合っただけの関係なんだから、当然のことだ。 「そっか、先約アリか・・・・・・」 彼女がここにいたのは、あの男を待っていたからだろう。 せっかくの日曜日、こんな公園まで来て雑誌を読んでいたら、当然考えられそうな理由なのに。 昨日、もう会わないほうが自分のためだと思ったとき、引き返していたらよかったのに。 俺ってマジ、バカだよな・・・・・・。 俺の最短失恋記録ができた翌日、俺は新しい学校で心機一転、楽しもうと思った。 そうだ、俺には新しい生活が待ってる。 きっとかわいい女の子だっているだろう。 でも、あんなかわいい子は、そうそういないよなぁ・・・・・・。 ハァと溜め息をつきながら校門をくぐる俺の横を、ケンカしながら通っていくカップルがいた。 「平次が早よ起きひんのが悪いんやんか!」 「そんなん、勝手に待っとった和葉かて悪いやろ? 誰が待っててくれって頼んだ?」 「先行くと怒るのはどっちやねん!」 あっ! あの2人・・・・・・。 俺の目の前を急ぎ足で歩きながらケンカしているのは、紛れもなく和葉ちゃんとあの男だった。 自分の制服しか見てなかった俺は、新しい学校の女子の制服を知らなかった。 彼女が着ていたセーラー服は、俺が今日から通う改方学園のものだった。 まさか、また再会するとは・・・。 俺の大阪での新生活は、どうやら波乱万丈らしい。 |
情けない男を書いてみたくて書きました。
そして、少しは平次の男っぷりをあげたくて書きました。 どうしてこれが平次の男っぷりをあげる話になるのかというと、次の作品(になる予定)の 「待っていた天使」を読んでいただけるとありがたいなー、というわけです。 「舞い降りた天使」は、結局、徳永陽太のもとに舞い降りた天使ではなく たまたま地上に降りていた天使を見つけてしまった、といった感じでつけたタイトルですが。 結局、天使は天使であって、人間には捕まえられなかった、といったところですね。 (↑何を言ってるのでしょう?) ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました★ 追記。 このお話は、いつもお世話になっているハナカミさんにお贈りすることにしました。 ハナカミさんにはいつもいつもいつもいつも(エンドレス)お世話になっているのに なーんにもお返しをできないでいたので、このお話をお気に召してくださったハナカミさんに ここぞとばかり、present for ハナカミさん と、お渡しすることにしました。 それに伴い、当初upしていたものに若干の加筆を致しました。 ごめんなさい。 最後に、ハナカミさんをはじめ、このお話を気に入ってくださった方皆様にお礼を申し上げます。 そして、ハナカミさん、いつもありがとねー♪ |