舞い降りた天使
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彼女と最初に出会ったのは、夕空の下だった。 昨日、俺は大阪の街へとやってきた。 親父の転勤で引っ越しには慣れっこだったけど、中学からの4年半、それも青春真っ只中の 高校2年生を過ごしていた東京を離れるのは、正直言ってイヤだった。 来年は受験だし、親父が単身赴任するか、俺一人を東京に残すかしてくれたら良かったのに アメリカ生活が長かった親父の「家族は一緒がいい」の一言で、全員で大阪に来るハメになった。 親父の勤める会社は外資なので、転勤が中途半端な時期になることが結構ある。 今回の転勤も9月の半ばからというものだったが、家族で大阪に引っ越す条件として 下旬にある文化祭が終わってから転校する、というのを親父に出した。 何をするにも家族一緒が大好きな親父のことだから、引っ越しも一緒じゃなきゃダメだと 言われると思っていたら、あっさりと「そうしなさい」と言われたのには拍子抜けした。 でもそのおかげで、毎日部活と文化祭の準備に打ち込めて、学校を辞めるちょっとした 淋しさを紛らわせることができたし、東京での生活に未練を残さずに済んだ。 ただ、半月前に別れた彼女が、新しい男といるのを目撃するというおまけはいらなかったけど。 そんなわけで、東京での思い出を引っさげて大阪にやってきた。 新しい学校には来週から通うことになったので、今週は束の間の秋休み。 昨日からしていた荷解きも一段落したところで、夕方、俺は新しく住むことになるこの街を チャリであちこちと散策しに出かけた。 街並をさーっと見渡した感じでは、前に住んでいた所とさほど変わった感じはしない。 でも、店の中を覗いたり、聞こえてくる話し方は、やっぱり向こうとは違っていた。 新しいこの街で、楽しくやってけるかなという不安よりも、期待のほうが高まった。 寒くなってきたし腹も減ったし、そろそろ帰るかと新居のマンションに向かっていたら 道を1本間違えて、マンションの裏手にある公園に出てしまった。 これなら今来た道を引き返すよりも、公園を突き抜けたほうが早い。 俺は住宅街にある、割と広くて緑もあるその公園へとチャリを向けた。 入り口は車や原チャが入れないように、オブジェみたいなガードレールが置かれている。 俺は愛車のMTBをひょいっと持ち上げて、公園の中へと入った。 ここは公園といっても、ガキが遊ぶような遊具はほとんどない。 あるのは大人も乗れるようなブランコと、シーソーくらい。 どちらかというと、キャッチボールをしたりするのに向いている。 向こう側の入り口近くに東屋と水道があるので、バーベキューもできそうな感じだ。 そんな風に公園を眺めていたら、その東屋で一人テーブルに突っ伏している女がいた。 夕方、日がもう半ばまで沈んでいるこの時間、公園には他に誰もいない。 引っ越してきたばかりの土地で、厄介なことに巻き込まれるのはごめんだと思った俺は 東屋から少し距離をおいて公園を横切っていた。 といっても、東屋はマンション側の入り口の近くにある。 どうかアヤシイ女じゃありませんように、と思っていると、その女がむくっと顔を上げた。 あ、かわいい・・・ 東屋にいた女は、予想に反してかわいかった。 前の学校が私服だったので、彼女が着ていたセーラー服は目新しかった。 前の彼女が茶髪にショートだったので、黒髪にポニーテールも新鮮だった。 でもそれよりも、薄暗い中でもはっきりとわかるくらい、彼女はとてもかわいかった。 思わず彼女を目線で追いながらチャリを押していたら、彼女は「あっ!」と声を上げた。 「アカン、もう5時過ぎとる。帰らな・・・。さすがに、今日の今日やと来られへんか」 ほとんどTVでしか聞いたことのないイントネーションで、彼女は何やら言っている。 この子、やっぱりアヤシイんじゃ・・・と立ち止まったときだった。 思わず彼女と目が合った。 「あっ・・・今の聞いてはった?」 突然、彼女が話し掛けてきた。 は? と一瞬思ったが、彼女の少しバツの悪そうな顔を見たら、思わずうなずいてしまった。 「そうなん。聞かれてもうてんな・・・」 そう言うと、彼女は軽く肩をすくめて微笑んだ。 その笑顔につられるように、俺も少し笑ってしまった。 今思えば、あの時無視することもできたのに、俺はそれができなかった。 あのちょっと困ったような感じの彼女の表情に、体の中をビリッと電気が走った。 そのあとパーッと花が咲いたみたいに笑った彼女の笑顔に、俺は一瞬にして落とされていた。 そう、それが彼女との出会いだった。 |