17歳







「で、うちにやって来たっちゅうわけやね?」

返事をする代わりに、コクンと首を小さく縦に振った。
1週間前、一緒に試験勉強をしたアイちゃんの部屋で、アタシはクッションを抱えている。
アイちゃんはソファにもたれかかって、天井を見上げている。
アタシはアイちゃんの顔がまともに見れんと、抱えてるクッションに顔をうずめた。

「うーーーん・・・」

アイちゃんはそう呟いて、黙ってしもた。
あんまり沈黙が続くから、ちょっと不安になって顔を上げると、アイちゃんが口を開いた。

「まァ、どっちもどっちやな」
「えっ・・・?」
「和葉も服部君も、コドモだった。そういうこと」
「・・・それだけ?」
「それだけって、和葉」

アイちゃんは言葉を切って、アタシの目をじっと見つめた。
どうしたのかと思ってアタシが首をかしげると、アイちゃんはしゃあないなぁって顔をして
デスクの引出しから煙草とライター、それに灰皿を取り出した。

「あのな、和葉、ホンマは自分で考えなアカンことなんやで」

ボックスから1本、煙草を取り出しながらアイちゃんが言うた。
いつものアタシやったら止めときやって言うんやけど、今はそんなことはどうでもよかった。

「和葉はな、たぶん、服部君とは精神的に繋がってたいんとちゃう?」
「精神的?」
「服部君が、自分のこと好きやって想っててくれたら嬉しい、ってこと」
「ああ、うん。そら嬉しい」
「で、精神的に繋がってたら嬉しいんやけど、やっぱり何も手ェ出してくれへんかったら
ちょっと不安になってしまう。こないだみたいにな」
「・・・・・・」
「せやから、たまに抱きしめてもろたり、キスしてもらえたらそれでええと思ってる」
「うん・・・」
「そんで、Hはまだしたいとは思ってない。それはまだ先でええ」
「・・・うん・・・」

アイちゃんに次々にアタシの気持ちを言い当てられて、アタシはめっちゃ恥ずかしかった。
クッションを抱きしめる手に、知らず知らず力が入ってた。

「けど、服部君はちゃうねん」
「えっ? どういうこと?」

ふーっと煙りを吐き出したアイちゃんは、窓の方に視線を向けていた。
アイちゃんの次の言葉を、アタシはじっと待っていた。
アイちゃんはもう一度煙を吐くと、アタシの方に向き直った。

「服部君は、和葉のこと好きやから、肉体的にもかかわりたいっちゅうこと」
「肉体って・・・そんな、アイちゃん・・・」
「そんなって言うても、そうなんやから仕方あらへん。それが事実なんやからな。
服部君は和葉のこと、抱きたいって思うてた。そういうこと」

アタシ、どうしたらいいかわからへんなって、俯いてしもた。
平次がアタシのこと抱きたいって思ってたやなんて・・・。

「せやけど平次、そんな素振りいっぺんも見せへんかったよ?」
「見せんようにしてたんやろ。和葉に嫌われたら困るからって」
「でも・・・」
「やって服部君、アンタが帰るときに言うたんやろ?
抱きたいと思うとったのはホンマやから、謝ることはせえへんって」
「そうやけど・・・」

アイちゃんは再び黙って煙草を吸うと、それを灰皿に押し付けた。
そのままソファから立ち上がって、アタシの隣にやって来た。
そして隣に腰掛けた途端、アタシに軽いデコピンを食らわした。

「あのなァ、アンタたちふたりの気持ち考えて、今まで黙っとったけど。
服部君、結構前から和葉と寝たかったみたいやで」
「えっ、ウソォ! だいたい、何でアイちゃんがそんなこと知ってるん?」
「やって、服部君本人から聞いたんやもん」
「は?」

アタシ、ビックリして目を見開いた。
そのままアイちゃんを凝視してたら、アイちゃんはバツの悪そうな顔をして視線を外した。

「和葉、前に自分に魅力がないんか、心配してたことあったやろ?」
「あ、うん」
「その話聞いてからちょっと経った後なんやけど、たまたま電車で服部君に会うたんよ。
そん時、まだ寝てへんやって? って鎌かけたら、服部君、あっさり吐きよった」
「吐いたって、何を?」
「『べ、べ、ベツに、自分には関係あらへんやろ?』って」
「えっ、それが吐いたってこと?」

アタシがちょっと拍子抜けの返事をすると、アイちゃんはおかしそうに微笑んだ。

「やって、もう耳まで真っ赤になって怒鳴るんやもん。あれはホンマのこと言われて
男のプライドとしては傷ついたんやろなァ」
「アイちゃん・・・あんまり平次、からかわんといて」

まだ少し笑ってたアイちゃんにそう言うと、アイちゃんが視線だけこっちに寄越した。

「和葉、そもそもアンタが原因なんやけど」
「あっ、ごめん」
「まァええけど。そんでその後、服部君がボソッと洩らしたん。
和葉が受け入れてくれるかわからへんから、怖くて手ェ出せんって」
「・・・・・・」
「私、服部君がそう思うのもわからなくないからな、そんだけ大事にしたい女やねんなって
言うたらな、服部君、答えない代わりに赤くなってた。わかりやすい男やわ」
「平次が?」
「そ。せやから、ようガマンしたと思うよ? よっぽど好きなんやな、アンタのこと」

アタシは何て答えたらいいか、わからへんかった。
アイちゃんは、ベッドに肘を付くかたちで頬杖をついていた。
黙ったまま、じっとこっちを見つめている。

「アタシ、どうしたらええ?」
「それは自分で考えなアカン」
「けど、どうしたらええかわからへんもん・・・せやから、アイちゃんトコに来てん」
「そう言われてもなァ・・・アタシの思とることが、和葉のためになるかわからへんし」
「それでもええよ。どうしたらええかは、後でちゃんと自分で決めるから」
「んー、それならまァ、ええか」

アイちゃんは頬杖をやめて、アタシの方に正面から向き合った。
アタシも姿勢を直して聞く。

「私やったら、寝る」
「えっ!」
「ほらなァ。和葉にとってええこととは限らへんやろ?」
「うーん・・・」

アイちゃんの答えに、アタシ、正直戸惑った。

「なァ、でも和葉。アンタ、服部君に抱きたいって言われたとき、嫌やった?」
「・・・イヤ、ではなかったけど・・・。たぶん、ビックリしたんやと思う」
「ビックリしただけ?」
「・・・わからへん。あの時は、ただ頭がボーっとしてて・・・でも、平次やからええって思った」

アタシは、数時間前の記憶を手繰り寄せながら、アイちゃんの質問に答えていた。

「和葉も、ホンマは服部君やったら抱かれたい、っていう気持ちもあるんちゃう?」
「えっ・・・うーん・・・うーん、ないって言うたら、ウソになる、と思う」
「せやけど、色んな不安もあるわけや。早いんやないかーとか、避妊は大丈夫かーとか」
「そう! そうなんよ」
「でも、いっちゃんの理由はちゃうんやろ? 服部君のこと好きやから、怖いんちゃう?」
「アイちゃん・・・どうして」
「わかるんかって? やって、私もそうやったもん」

アイちゃんが、微笑みながら写真立てを指差した。
写真立ての中には、アイちゃんと男の人の姿があった。
雑誌の表紙を飾れそうなくらいふたりの笑顔がステキで、とてもお似合いやった。
アタシはただもう素直に、アイちゃんの話を聞いていた。

「私の場合は年上やから、和葉とは違う不安もあったけど。やっぱり、好きやから怖かった」
「・・・・・・」
「どう怖いかなんて、説明せんでもわかるよね?」
「うん・・・」
「そしたら、ちゃんと服部君に自分の気持ち伝えなァ。何でもわかってくれる思うたらアカン。
そんなん大間違いやわ。和葉、服部君のこと好きなんやろ?」
「うん。それは絶対」
「やったら、伝える努力せんと。あんなァ、両想いになったからって、気ィ抜いたらアカンよ。
両想いやからこそ、もっとちゃんと自分のこと相手に伝えるようにするもんや。
そやないと、あっちゅう間にすれ違い。隙間風ビュービュー吹いて、破局やわ。
そうなりたくないんやったら、頑張らな」

アイちゃんが、今日会った中でいっちゃん温かい微笑みを浮べた。
ううん、今日どころか、今までのアイちゃんの笑顔の中でいっちゃんやった。

「もう、今日は彼氏に会う前から笑顔のバーゲンセールやわ。顔の筋肉、変になりそや」

アイちゃんが、自分の顔を両手で包みながらそう言った。
デスクの上にある時計を見たら、5時半を過ぎていた。

「アイちゃん、今から会いに行くの?」
「やって、私の彼氏、社会人やんか。会社終わってからやないと会えへんもん」
「あ・・・そやね」
「そう。せやからそろそろ出かけんと、約束の時間に間に合わへんのよ」
「そうなんだ・・・」

アイちゃんの言葉に、アタシはガックリと肩を落としてしもた。
今日はなんだか、アイちゃんともっと話していたかった。
このまま家に帰ったら、いつものクセでつい余計な想像を働かせてしまいそうやった。
そのせいで、また落ち込みそうやった。
そう考えたら、頭までうな垂れてしもた。
アイちゃんはそんなアタシを見て軽く溜め息をつくと、唇の端をキュッとあげて微笑んだ。
そしてキレイにネイルアートされた指でバッグを掴み、中から携帯を取り出した。

「しゃーないなァ。出かけるの、止めるわ。今日はうちに泊まってきや」
「えっ、でも・・・」
「ええよ。彼氏には電話するし。友達放ってはおけませんから」
「・・・ごめんな」
「こういう時はごめんやなくて、ありがとォって言うの」
「うん。ありがとォ」


アタシは、アイちゃんがいてくれて、ホンマによかったと思った。
そやなかったら、アタシ、後でもっと平次のことを傷つけることになってたかもしれへん。
今まで自分のことしか考えへんと、平次の気持ちまで頭が回らへんかった。
平次も、きっと苦しくて、傷ついただろう。
明日、ちゃんと会って話そう。
今日はまだ、気持ちの整理がキチンとできてない。
明日になったら整理できているわけやないけど、ちゃんと言葉にして伝えようと思った。

「なァ、アイちゃん」
「ん?」

アタシのために彼氏と会うのをやめてくれた、優しいアイちゃん。
アタシはそんなアイちゃんに、前から思ってた疑問を投げかけた。

「アイちゃんって、ホンマは幾つなん? 17っちゅうのはウソやろ?」
「バカたれ」















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