17歳







「で? お子様クンは、まだ和葉に手ェ出さんの?」

アイちゃんが、自分のノートを見つめたまま、唐突に口を開いた。

「えっ・・・?」
「ん、最近和葉、前みたいなこと言わへんから、やってんかなーって思って」
「やっ、いややわ、アイちゃん。そんな露骨な言い方、やめてや」
「露骨って言うのは、もっとハッキリ言うもんやで? たとえば・・・」
「わ、アイちゃん、言わなくてもええって!」

アタシはアイちゃんの口を塞ぎとおて、慌てて両手を前に突き出した。
アイちゃんは何事もなかったように、淡々とノートとプリントを照らし合わせている。

明日で期末テストも終わる。
明日の科目は、そんなに辛ない組み合わせ。
アイちゃんに貸してた生物のプリント、彼女が持ってくるの忘れてしもたって言うから
それを取りに行きがてら、アイちゃん家で試験勉強をしてた。
顔も上げずに話すアイちゃんは、最終科目の古文の復習に取り組んでいる。
古典の時間、漢詩が好きなアイちゃんは、古文をやっているときはいつも退屈そうにしている。
時代劇は好きやのに、1000年以上前の話は興味がないみたい。
今彼女が見とるのは、後朝の歌が出てくる話やった。

「で? どうなん? 何もナシ?」
「何も・・・ってことはないけど・・・」
「あ、そうなん? やったんならええやん」
「うん・・・そうなんやけど・・・」
「どないしたん? 何を心配しとるん?」
「心配って・・・そら、やっぱり、アレ・・・」
「アレ・・・? ああ、アレ。ちゃんと付けてやってるんやろ?」

アイちゃんはそう言って、コーヒーに口をつける。
相変わらず視線はノートに落としたままや。

「えっ? 付けてやるって何を?」

アタシの返事のせいなのか、アイちゃんはコーヒーを咽こんで、ゲホゲホと咳き込みだした。

「ちょっ、ゲホッ・・・和葉・・・ゲホゲホッ・・・」
「アイちゃん、ちょっと大丈夫なん?」
「だい、じょうぶ・・・アンタまさか、ゲホッ・・・なんもせえへんでやっとるんやないやろね?」
「やってアイちゃん、何付けるん?」
「何って、あんた」
「口紅とかグロスとか?」

どうにか咳が止まったらしいアイちゃんは、コーヒーカップを持ったまま、漸くアタシの顔を見た。

「・・・和葉、ちょっと聞くけど、あんたが言うてるのはもしかして、キスのこと?」
「へっ・・・あ、うん。そう」
「そうなん・・・なんや、もう、驚かさんといて。何も付けてへんなんて、ちょっと焦ったわ」

また視線を落としたアイちゃんは、ふーっと一つ溜め息をついた。
そして再びアタシを見た。

「和葉、前に何べんか言うてたやろ? アタシ、魅力ないんかなァって」
「うん」
「せやけど最近は何も言わへんから、うまくいってるんやろなって思ってたけど」
「うん。あん時はごめんな」
「でもさっきの和葉の答え方からして、まだキスしかしてへんのやろ?」
「まだ、って・・・あっ! もしかしてアイちゃん・・・」
「『アタシ、魅力ない?』なんて聞かれたら、フツーはそういう発想するんちゃう?」

アイちゃんに言われて、アタシ、急に体温が上昇した。
顔が熱くなっているのがようわかる。
たぶん、耳まで真っ赤になってるやろう。

「あっ・・・せやからアイちゃん、焦らんでもええって・・・」
「そう。せやけど、それ以前の話やったんやね・・・あーあ、私ってばアホや」

アイちゃんががくんと肩を落とした。
もう一度軽く溜め息をついたアイちゃんは、バッグから煙草とライターを取り出した。
慣れた手つきで煙草に火をつける。
ゆっくりと煙を吐き出すアイちゃんが、眉間をちょっとだけ寄せて困った顔をしてる。
学校ではいつも淡々としていてクールなアイちゃん。
皮肉を言う時だけ、にっこりと微笑む。
そんなアイちゃんが、今日は色んな表情を見せる。
それがちょっと新鮮やった。

「アイちゃん、煙草・・・」
「ごめん。臭いつくと困るよね。今、ファブリーズ持って来る」
「そやなくて、いつから?」
「半年くらい前、かな。でも毎日吸うわけやないし、吸う日は1日1本て決めとる」
「それやったら、早いうち止めや。体に悪いで?」
「うん。ハタチになるまでには止める」
「ハタチまでって、そらあべこべや」

アイちゃんの、わけのわからへん返事に思わず笑ってしまうと
彼女はデスクの引出しから小さな灰皿を取り出した。
トンと軽く弾いて灰を落とすと、アイちゃんはふっと唇の端を上げた。

「そうやってな、思ってることちゃんと言ったらええんや」
「えっ?」
「私に煙草を止めろって言うたみたいに」
「やって、それとこれとは」
「違う?」

アタシが言い終わる前に、アイちゃんが口を開いた。

「私には同じことやと思うけど」
「同じ、やろか・・・」
「そら照れることやってあるやろうし、嫌われたらどうしようって思うかもしれへんけど」
「うん。そう」
「でも、言わないと伝わらへんこと、ぎょうさんあるし。しかも相手は服部君や。
服部君の場合、他人のことやったらようわかるのに、自分のことになると鈍やからな。
それに、他人のことがわかるって言うても限度もあるし、知って欲しいことはちゃんと言わんと」
「・・・・・・」

イタイ所を衝かれてしもた。
アタシ、いつも思ったことを口にしてきたのに、肝心なことは全然言えてへん。
平次にホンマに知ってもらいたいこと、言葉にする勇気がない。アイちゃんの言うとおりや・・・。
アタシは何も言い返せへんかった。

「まあでも、キスはするようになったんや」

黙りこんだアタシに、アイちゃんが煙草の火を消しながら尋ねた。

「えっ・・・うん。まぁ・・・たまに」
「ふーん。いつから?」

長い髪の毛をゆっくりと掻き揚げながら、上目使いで聞いてくる。
アイちゃんがたまに見せるオトナっぽい仕草は、なぜかアタシを正直にさせる。

「アイちゃんに相談してた頃やから、中間テストのあたり」
「そうなんや。まあ、あんたらふたりの問題やから、私はベツに口挟まへんけど」
「けど?」
「当分、今まで通りのほうがええかもね」
「うん?」

アイちゃんはアタシの返事に応えずに、またノートとプリントと睨めっこを始めた。
何を言いたかったのか、その時はわからへんかった。

でも、今にしてみたらようわかる。
アイちゃんは、そのときのアタシよりもアタシのことをわかってたんやと思う。
ほろ苦い思い出が残ったのは、それからすぐ後のことやった。















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