雨上がりの夜空に
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{7・・・甘雨〜かんう}
「ほな、行こか」 時計は8:30を廻っていた。 「なんかノド渇いてしもたのう」 「一杯行くか?」 「あ、ワシもつきあいます」 スーツ姿の三人が部屋を出る。 「静・・・・その、」 「分かってますて、飲みに行かはるんでしょ?ほなご飯は表で食べてきてもろてエエかしら」 静華が三人と供に階段を降りてゆく。 (やーーっと終わった・・・・・) 一人残った平次は荷物を掴んでドアを出ようとした。 と、その時突如、背後からイントロが流れてきた。 「誰やねん、ちゃんと消さんかったんは・・・・・」 ぶつぶつとリモコンを手に取り、スイッチを押そうとストップボタンに親指をかける・・・・が、 ・・・・・・ふと動きを止めると、そっとリモコンをテーブルに置き、ドアを内側から閉めた。 ガラス窓からチラッと外を窺うとカラオケ本体に近寄ってボリュームを落とし、マイクを拾い上げた。 「♪・・・こんな歌、歌いたいと思っててん、 めっちゃええ音楽 アイツに聴いて欲しいて、 もう、それだけ思てるオレや♪」 静かに、密かに誰が聴くわけでもない。けれど平次はどの歌より丁寧に丁寧に歌い続けた。 「♪この歌のええトコいつかお前にもわかってもらえるやろ、 いつか、そんな日になるやろ、 オレらなんも間違ごてへん、もうすぐやねん♪」 フレーズが終わりに近づく。 「♪いつかお前に会えるやろ、 嬉しい知らせ持ってってやりたいねん・・・・・♪」 ほ、と一息つくと、自分の行動に少し赤くなり、口元を緩めてマイクを置こうとした。 と、その時、 「平次、何やっとんのん?」 背後から高い声が刺さる。劇的な反射神経でリモコンのストップをかけ、 廻らない口を何とかコントロールする。 「お・・・っ、お前・・・下降りたんちゃうかったんか?!」 「え?トイレ行ってたんやけど・・・何?荷物あったやろ?」 「あ、ああ・・」 「早よ行こ!」 平次を促して先に行かせた後、和葉はその後姿にいたずらっぽく微笑んだ。 外に出ると、雨はすっかりあがっていた。晴れているわけではなかったが傘はもう必要なかった。 「ほなここで。静華さん和葉を頼んます」 遠山が静華に挨拶をして、平蔵と大滝の方へ足を向ける。 「和葉、帰ったら電話してくれや」 「うん、いってらっしゃいお父ちゃん!」 にっこりと娘に微笑んだ後、となりの平次に視線が走った。 「平次君、」 「え?はい!」 「英訳、一箇所間違うてたで。ほな!」 「・・・・・・・・・・」 にぎやかしく去る三人。 そして黙ったまま張り付いた表情を浮かべている平次を、静華と和葉が見つめていた。 「もォ・・お父ちゃんたら。・・・平次気にせんでええよ、いっつもあんなことばっかり言うて・・・」 (牽制された・・んやろか・・?) 和葉の声も遠く、心の内を見透かされた気がして、平次は口元でしか微笑み返すことが出来なかった。 「さて、と・・・・」 静華がおもむろにハンドバックから財布を取り出す。 「和葉ちゃん、これ、遠山さんから預かった和葉ちゃんの晩御飯代。」 「え?おばちゃん一緒に行かへんの?」 「あたしはエエわ、なんやおつまみでお腹膨れたし、こう蒸し暑いと食欲出ェへんわ。 二人で行って来てな。ほなね」 にっこり笑ってくるりと背を向けたが、息子の耳元でこっそり一言。 「気ィきかせたげるから、早よ行き!」 追って抗議しようとした息子の目の前でパシッと扇子を開くと 「あ〜、暑っついなァ」 と言いながら、すかさず車道に手をさしだしタクシーを止めると、 隙の無い身のこなしで乗り込み、あっという間に視界から消えてしまった。 言葉を無くした二人に、周りの雑踏が大きくなる。 沈黙に耐えかね和葉が口を開いた。 「・・平次、晩御飯、どうする?」 「・・・・・・・・・・」 「平次?」 消えたタクシーの方を見つめて立ち尽くす平次に、和葉が聞こえないのかと近寄りかけると、 「・・・・和葉・・オレ、おまえが剣道やっとるオレはカッコええ言うたから、 道場行くのは悪い事や無い思うてた。」 「・・え?」 突然の話題は、和葉にとってまったく不可解なものだった。 しかし、平次は続けた。 「せやから、別にお前が残念がっとったん無視したわけや無いねんて。」 「・・・???」 話の見えない和葉にようやく振り向いた平次は、またしても唐突に言った。 「お前、着替え持って来とんのやろ?」 「は?」 「行くで」 それだけ言うと、平次はすたすたと歩き出した。 「ちょっ・・何〜?なんなんよ!もう・・・」 |