雨上がりの夜空に
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{6・・・照り降り雨〜てりふりあめ}
盆一杯の飲み物とつまみを抱えた兄チャンが気の毒で、わしはドアに手をかけ、開けたった。 「お待たせしまし・・・た」 軽く会釈した後、兄チャンは明らかに動揺しとった。 そらそやろ、この部屋ホンマに異様やもんなぁ・・・。 どっから見ても普通のサラリーマンには見えない、強面の中年男三名、 まったくと言っていい程カラオケボックスに似つかわしくない、和装のきれいな婦人。 そしてその中に居るほどミスマッチに見える学生服姿の男女。 一体誰が、アットホームな二家族合同のカラオケ大会やなんて思うやろうか・・・。 兄チャンは盆を置くと、見たらアカンもんやり過ごすときみたいに、薄い笑いを浮かべて出て行った。 察するに、今、彼の頭ン中はわしらの正体の追求に忙しいこっちゃろう。 「大滝ハン!」 耳慣れた澄んだ声に我に返ると、テーブルの向こうから、 くりくりした目をこちらに向けて和葉ちゃんが本を差し出した。 「大滝ハンも折角来たんやし、歌わな損やで」 「おおきに」わしは本を受け取り微笑み返して、成り行きとはいえ、なんでこんなことになったんかと考えた。 複雑な事件やと躍起になってた。 けど、殺人自体が保険金欲しさの偽装工作だ、と言う遠山のおやっさんの勘が当たった後は もうそれは殺人事件なんていうものでは無くなって・・・お粗末なもんやった。 「平和が一番やな」 そう言いながら本部長が少し拍子抜けしとったみたいやなんてコト口が裂けても言われへんけど。 片付けを終えて報告のために本部長室に行くと、耳元から放した受話器を本部長が置くのを 見計らって遠山のおやっさんがわしに言うた。 「大滝、ちょうどエエ、お前も来いや」 それがこういう事やったとは。 ちょっと困ってしもとんねんけど、あっちに居る平ちゃんはもっと困ってるみたいやな。 どう考えても、若い二人のデートを大人四人が邪魔しとるし。 しかも、昔から知っとるいうても、彼女の父親まで一緒やし・・、かなんやろな。 はじめに、大阪弁で歌うんやて聞いたときかて、何気ないおやっさんの 「大阪弁・・・なァ・・・」いう一言に口ごもってた平ちゃん。 「めちゃめちゃオモロイんやから!」て、横から声かけた和葉ちゃんが天使に見えたんちゃうか? 案の定、おやっさんはにっこり「偶にはエエかもな」てご機嫌やった。 それから後は和葉ちゃんがおやっさんとデュエットしとる。 ・・・ま、かわいそうやけどこの位でガマンやな、平ちゃん。 相変わらず仲のエエ親子やな。ウチも娘が居ったらあんな風に一緒に歌うてくれるんかいなあ? ・・・・・・そやけど遠山、その曲はないんちゃうか? ・・・・なんで親子で「昭和枯れすすき」なんか歌うねん。 しかも、楽しそうやなァお前ら。 まあ、あの、どん底の歌詞も大阪弁にするとなんやふざけとるみたいに聞こえんでもないな。 オモロイわ。ん?お、静華、なんやどうした? 「見てばっかり居らんとアタシらも歌わんと!」やて? ちょお拗ねたようにワシのこと見上げとる。 ・・・・・この仕草、若い頃とちいとも変わらんのう・・。 なんや?デュエットか・・・ふんデュエット言うたらこの曲 「ええで静、それにしょうか?」 なんやの、さっきからじーっと和葉ちゃんと遠山さんの歌うてるの見ながら考え込んで。 ・・あかんわ、こういう時のこの人何考えとんのかわからへんもん。 せやけどまあええわ、あたしの選曲に異存は無いみたいやし、嬉しそうに笑うてるし。 ・・・・二人で歌うのなんて何年ぶりやろ。 あの頃はまだ、スナックの片隅にカラオケの機械が置いてあるようなんが殆どで。 仕事で遅うなったこの人と待ち合わせして、心斎橋やら行って夜中まで遊んで・・・・・・・? ・・あらまあ・・・ウチの息子、なんや元気のうなってしもて。 ・・・はーん遠山さんに和葉ちゃん取られてもてしょげとんねんな・・・ まあ、あたしらの歌聞いて元気だし! ・・・・・・・・「浪花恋しぐれ」ねェ。 「ずるいぞ、オカン!」言うたら、オヤジに睨まれてもた。 まあええわ、その歌ほんまにアンタらに似合うとるし・・・ハハ・・・。 ・・・なんで、こんな事になっとんねん。そもそもオレ、何しに来たんやったっけ? ・・・・疲れたなあ。まあ、さっきみたいに女二人に一人で太刀打ちするよりマシやけど。 う・・・遠山のおっちゃんが「平次君歌わんのか?」なんて聞いてきよる。 おれ、この人苦手やわ・・・。 昔はそうでもなかった気ィすんねんけど・・・ いつからアカンようになったんやったっけ? 小ちゃい時はよう遊んでもろてたしなあ・・・・ まあ、考えてもしゃあないねんけど。 ――――おっちゃん、まだオレの事じーっとみとる。 なんか・・・・どないしょう・・・・ あ、大滝ハンが暇そうにしとるやんか・・! ・・・・・・・・アンタもこんなオヤジ二人に連れて来られてエエ迷惑やろなァ。 ・・・・・・よっしゃ!二人でストレス解消しょーか?! 「大滝ハン、オレと歌おうや!!」 ほう、「Born to be Wiid」を大滝が英語で歌うて、平次君が横から 大阪弁で翻訳か、中々オモロイ事考えよんな。 大うけやないか、こらええわ・・ 平蔵、おまえの息子ナカナカやるのう。 ・・・・・? ・・・・見たれや!! ・・・・おい、何、静華はんと話し込んどんねん? 子供は頑張ってる所見たらな、あんじょう育たんもんやぞ。 まったく昔っからお前は・・・・ 不器用な奴っちゃいうのは分かっとるけど・・・・・・・・・・・なんかイライラしてきてもた。 ハア、ちょっと渇入れたるか! 久しぶりやわァ! お父ちゃんの「勝手にしやがれ」 本家本元のジュリーはほとんど覚えてないけど、お父ちゃんのはよう聞いてたしな。 けど大阪弁でなんて初めてや、結構カッコエエやん。 へへ、実はチョッとアタシの自慢やねん、このお父ちゃん。 ・・・・あれ? 平次驚いとる。 えーとお父ちゃんのコレ見たこと無かったっけ? あー一緒にカラオケなんてあんまし無かったか。 でも、・・・・はあー。なんかよう分からんかったけど、楽しかったな・・・。 最初ここに来たときより大分元気でたわ。 こんなんなると思てへんかったけど・・・・・ ・・・・・アタシ、頑張ったっていえるんかなあ・・・美咲? |