雨上がりの夜空に



{4・・・遣らずの雨}



「うそォ・・・・!な、なんで?みんな帰ってもーたて・・・・」

力が抜けてへたり込む和葉を見やると、平次はおもむろに立ち上がって
インターホンを取り上げた。

「すいません、18番ですけど、カフェオレ二つ、あったかいので」
「へ、平次、ええの?皆ほっといて!」
「は?」
「だって、怒ってもーたんちゃうん、平次が無茶言うから!」

あまりの心配顔に平次は笑ってしまった。

「大丈夫やて」
「せやけど!」
「アイツらには嫌でも明日会うんや。怒っとったらその時謝るから心配せんでええ」

そんな言い草無い、と思ったが、口を開く前にドアが開き、カフェオレがテーブルに置かれた。
店員は、さりげない風を装いながらも思わず見とれてしまうほどに似合いのこのカップルに、
落ち着かない視線を走らせた。
しかし、盆を引こうとした瞬間、手をすべらせてけたたましい音を立ててしまった。

「あ、すんませんっ!」

さっと手をのばして和葉がそれを拾おうとしたが、平次はその肩を引き寄せ代わりに自分が盆を差し出した。

「気ィつけや、兄ちゃん」

にっと笑って差し出された盆ではあったが、店員はなんとなく威嚇されているような気分になり、
早々に引き上げていった。
パタリ、とドアが閉じる。
いつしか曲はすべて止んでいて、しかも平次の手は和葉の肩を抱くように置かれたままだった。
静まり返った部屋。
防音室なんだからと言われればそれまでだが、この部屋と来たらまるで音が無くて、
相手の息遣いまで間近に聞こえてしまう。
和葉は自分の心音すら聞こえてしまう気がして、無理やり声を絞り出した。

「コ、コーヒー冷めてしまわん内に飲もっと!」

その声に平次も我に返り、慌てて和葉の肩から手を離した。
二人してコーヒーをすするのも、時間稼ぎでしかなくて・・・結局決断したのは平次の方だった。

「和葉、何怒っとったんや・・・・?」

努めて普通をよそおって口を開く。

「え?・・・あ・・」
「傘も持たんと出てきたんやろ、傘くらい持ってって欲しかったで」
「・・・・ア、アタシが風邪引いたらそんなに困るん?アンタ」

冗談めかして意地を張る。

「せ、せやなっ、休まれてもたらどーせノートやらみんなオレが届けなアカンし面倒くさいわ」
「なんやのそれ、別に頼んでませんー!」
「なんやと・・・」

言いかけて平次は頭に手をやった。

「――っ、ちゃうて・・・・・その、お前、なんであないに怒っとってん。
しかもオレら来た時かて、まだ怒っとったやろ」
「――!・・・そんなことも分かれへんの?!」

和葉は押しとめていたものがどっと溢れ返った気がした。

(あ、アカン怒鳴ったら。また何言いたいんか分からんようになる、落ち着こ、落ちつ・・・)

押しとめた気持ちが視界を歪ませ溢れそうになった。

「・・アンタがデリカシー無いからやん・・・・!!」

吐くように言った。・・・言ってしまった。言ってしまってから、
あまりのあからさまな言い方に頬が熱くなり、今度は怖くて平次の反応が見られない。
何時からだろう、思ったことをそのまま口にするだけでは済まなくなったのは・・・・。

が、しかし。

「へ・・?なんで?」

素っ頓狂な声。和葉は想像を絶する反応に思考がストップしてしまった。

「な、なんで・・・って・・」
「オレわからへん。説明してくれ、和葉」

思い切って顔を上げると、なんと平次は叱られた子供のように所在無さげにしている。

「あ、あの、ホンマにわからへんの・・?」
「ああ」

なんだか今はすっかり気勢を削がれた和葉が、一つ深呼吸をすると言った。

「今日。出かけるて言うてたやん、そやのに、中止になってもーても平次が
嬉しそうに部活行ったから・・・やから腹立ってん!」
「えーと、・・・なんで?」
「・・・・・・・」

和葉はショックだった。
(本当に平次は行きたくなかったんだ)という思いが頭の中で回りだす。
その様子に平次は慌てて付け足した。

「そら、行けんのはオレかて残念やった!ケド・・・・・でも、お前が・・・」

そう言うと平次は少し赤くなってそっぽを向いた。
「お前がその・・言うたやんか・・・・・」
「え・・・?何を?」
「せ、せやから・・・・」

いつしかコーヒーは冷め、尋ねようとして、和葉は無意識に二人の距離を縮めて・・・・
ピロリーーリーラリーーラ・・・・・
絶妙なタイミングで鞄の中から音がする。

「あ、アタシや、ちょっと待ってて」

別に外に出る必要など無かったのだが、いつもの癖でBOXを出た。

「はい、もしもし・・・え?・・あ!」

和葉の顔色が少し変わり、両手で包み込むように携帯を持ち直す。

「・・・・うん、ここは・・・そうそう!そこやよ。・・・・え、わかった。
へ?・・・・・内緒?うん・・・ええよ。・・・・うんうん。ほなまた・・・・・」

電話を切った和葉が不思議そうに受話器を見つめていると、再び、ピロリー、と携帯が音を立てた。

「あれ、メール?」

『――しっかりやりやー!和葉―― 美咲』

ディスプレイを見つめた和葉は見る見るうちに真っ赤になった。

(あ・・・あの子ら〜〜・・・・・・・!!)

何を、しっかりやれ、と言うのだ。しかももうすぐ・・・・和葉は、携帯を握ったまま立ち尽くしていた。



「ふふっ、ナイショやでー・・・和葉ちゃん!」

紫陽花色の訪問着、くちなし色の華奢な傘。
小ぶりの携帯をハンドバックに仕舞い、店に足を踏み入れる。

「いらっしゃいま・・・・・」

店員は、今日一日で何度『目の保養』が出来るのだろうか・・・・・と言葉を無くした。




















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