雨上がりの夜空に
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{3・・・怪雨〜かいう}
「♪もォこないなトコ、おってもしゃあないで 大事にせんならんモン無いし、飽きてもーたー なァ主人公、そんなん言わんと歌ってや そんなことゆーなら、お前歌え、よそモンに頼っとるんやない オレかていっつも ダレなんかわからんように ぎょうさんの人に混ざっとるけど 今なん ワルかて賢こーなって なんやめったに出てけーへん〜♪」 突然揚々と歌い上げたのは、有名なグループのヒットナンバー・・・・のはずだったのだが、 こうも大阪チックになってしまうと、何だかさっぱり分からない。 なのにあまりにも流暢に歌い続ける姿に、BOXにいる全員がしばらくあっけにとられて 動く事すらできなかった。 しかし、とうとう慈子が吹き出した。 「・・・・ぷ・・・アカン、あたしもうガマンできひん〜。服部君凄すぎィ・・・・あはは・・・可笑しいー」 「せやろせやろ!ほれ、はよみんな曲入れぇ、オレ終わってま・・・・ ♪荷物まとめた、この街出たる、今度は税金安いトコ行くねん〜♪」 慌てて歌に戻るその姿に、今度は全員が笑い出した。 「服部必死!!めっちゃオモロイでこいつ〜」 「あ、あたしもやる!貸してその本!!」 「ちょォ待てや、オレ先やって」 和葉も、盛り上がりかけているみんなと歌う平次を見比べて、 参った、といったようなカオで笑い出した。 (ホンマ、スベるギリギリの事やってて、なんでこないに皆乗せてまえるんやろ、 もう特技やで、ここまで来たら・・・) 曲のエンディングが終わる頃には、もう入らないほどの曲が入力されていた。 明るい前奏が始まると、立ち上がったのは頼子だった。 「あたし、あたしーっ!♪・・・・・知らへん間ァに、寝て・・も、てた、午後の・・・え?ぁあ?!」 いつも歌っているフレーズも、急な同時通訳を強いられて、とても歌いきれない。 「・・♪缶ビー・・・あーーっもう!」 メロディラインに置いてけぼりを食らって、握った両こぶしを振り回していた頼子に、 「カア〜ン!!ほい、サイナラ・・」 と、平次がリモコンで曲のフェードアウトをかけた。 「ち、ちょっとっ!なにすんのん!!」 「あかんあかん。一フレーズでも歌えんくなったり、大阪弁や無くなったりしたらソコまでや。 あ、ついでに横文字は翻訳でいこか、改方の名にかけて! ふふん・・・燃えるやろ?ほら、次や次!」 「服部根性わるぅ―ー!」 「嘘やろ?」 「もー、曲なんにしたらええんよー」 「文句は歌てからや。あ、ほんなら完璧に歌えた奴には、皆でこのメニューから 好きなもん奢ったるんはどうや?チョッとええやろ。」 少しばかりの余裕を見せて、犯人を追い詰めるときに似た仕掛けるような笑みを浮かべる。 まったくここまでされれば誰が怒り出してもおかしくは無いのに、誰一人としてそんな事は言わない。 人から好かれこそすれ、嫌われる所など見たことは無い、 この世の中にそういうオーラを持った人間が居るとは思うけど、この傍若無人ぶりときたら・・・ 呆れるを通り越して笑ってしまう。もっとも、 (ソコも好きなんやけどなあ、アタシ・・・あぁ、弱いなあもぅ) 和葉はつくづくその横顔を眺めながら思った。 思い出したようにひざの上の曲目リストを開こうとしたら、突然隣の席が沈み込んだ。 「和葉、もう入れたんか」 「え?へ、平次、・・・これからや、これから!慎重に選ばんと・・・・」 見とれてたなんて思われたら最悪だ、とばかりに開いたページに顔を寄せる。 「・・・・・・今、一杯やからアトにし。ま、ゆっくり選んで最後にでもいれたらええんちゃう」 「・・?・・」 隣から振ってきたその声は、今までのテンションとは裏腹に低いトーンで他の者に聞こえることは無かった。 「♪俺らの生まれてくる、めっちゃめっちゃ前にはもう、 三角のちっちゃい宇宙船は〜・・・・♪あーもぅあかん!」 「♪あんたヒミツにしといてくれる〜それかこのまんま・・・♪無理やて!・・・」 「♪孤独の嘘ついて笑い〜♪」 「それ変やで!ちゃんと訳しぃ、意訳で!」 脱落者の続く中、次第にみんな躍起になってくる。 勢いばかりでなかなか歌は続かない頼子。 つい横文字の曲ばかり選んで墓穴を掘っている樫原。 ゆっくりした曲を選ぶ慈子はナカナカの善戦。 歌えなくなると踊ってごまかす三國と八坂。 歌うより他人への突っ込みが厳しい美咲。 しかし平次は、それとなく調子を合わせてはいたが、それぞれを似合いのポジションに煽って 皆が夢中になる程に、スッと身を引いて和葉の隣に腰を下ろす。 和葉は気付かぬうちに、妙なテンションの戦いから守られた形になっていた。 その事にやっと美咲が気付いたのは、騒ぎ過ぎで今度は本当にインターホンの声が聞こえず、 BOXの外に出た時だった。 細く区切られたドアのガラスから見えたのは、周りの喧騒とは別世界の平次と和葉。 しかも平次はそっと気付かれぬように いたわりの眼差しで和葉を見つめているではないか・・・・。 「あーすっきり!」 鼻歌交じりにドアに手をかけようとした樫原を美咲がすばやく制した。 「チョッと待ち!・・・なあ、アレ、どう思う?」 「え?あ、なんやアイツ〜!」 「あほ!そんな覗き込んだら気ィ付かれてまうやん」 「ぐえっ、襟ひっぱんなや、猫ちゃうでオレ」 「ダレがそんな可愛げあるのん・・・あーもぅちゃうちゃう!どーでもええからチョッと聞きィ」 美咲は強引に樫原に耳打ちした。 そうして、それきり美咲は戻らなかった。 代わりに何気ない素振りで戻った樫原は三國に耳打ちし、それを聞いた頼子が八坂に伝える。 慈子だけは頼子の判断で知らせる事は無く・・・・ 「あーーっノドかわいた。美咲遅いなあ、もー待ちきれへん」 「あ、俺も行くわ」頼子と八坂がとび出す。 踊りまくっている樫原に、慈子が少し外れた合いの手を入れていたが、 「すまん、オレ、ちょっとトイレ・・待っとって!」 とまた一人消える。三國はずいぶん前に電話をかけに行ったきりだ。 「♪めっちゃええ友達〜♪」 最後にゆっくり歌い終えた慈子が、 「なんやぁ、みんな遅いなあ・・・・あたしみてくるわー」 マイクを置いた。ドアを出る慈子に、和葉が思わず 「あ、アタシが・・・」と立ち上がりかけると途中で手首をぐっと掴まれた。 「まあ、お前は居れや」 「えー?何言うとん、みんな遅すぎやで」 真剣な顔で講義する和葉に平次はしれっと返した。 「・・・・・・ま、たまにはアイツらのしょうもない作戦に乗るのも悪ないやろ・・・」 「はぁ・・・・・・?」 BOXには二人の荷物以外残っていなかった。 「なんやねん美咲、二人きりにしてまお、て」 「やっぱりあたし心配や、ちょォ覗いて・・」 「あかんよ頼子、今行ったら台無しやん」 「そんなこと言うて、オレら何やねん、また雨に濡れて帰るんか?」 「なんや汗かいて余計寒なってきたし・・・」 出ては来たものの、文句たらたらの面々に流石の美咲も追い詰められかけた時、 慈子がのんびり口を開いた。 「そおや、あたし、ファミレスのただ券あったんや・・・・ ほら、1、2、3、 4、5・・いっぱいあるー」 「おまえこれ、新規オープンの店のやん・・・って期限明日までやで!」 「えー?あれ、忘れてたあたしー・・・・」 かくして、まったく悪びれなく首をかしげて笑う慈子に、全員が従ったのは言うまでも無い。 |