雨上がりの夜空に



{2・・・驟雨〜しゅうう}



「はァ〜、暑うー」
「頼子踊りすぎ」
「和葉のシャウトもけっこーキテたやん」
「気持ちこもっとるもん」

軽快な音楽に気分は高揚し、四人は声を上げて笑った。

「もー、ノドからからや。なんか飲まへん?」

慈子が椅子に放られていたメニューを拾ってすでに物色を始めている。
頼子は椅子の背に寄りかかり投げるように言った。

「あたしウーロン、和葉は?」
「んー。レモンティー、アイスの」

美咲が立ち上がってインターホンを取り上げた。

「あ、すみません飲み物お願いしたいんですけど・・・」

そう言いながら、美咲はハッとして受話器に耳をそばだてた。


「もー慈子、はよ決めや!」
「だってこれもエエけど、こっちのも美味しそうやし・・・」

誰も美咲の様子には気付かなかった。
美咲はメニューを覗き込んで話している三人にチラッと視線を走らせると、
イキナリ送話口に向かって

「すいません、なんやよう聞こえへんから、チョッとそっちで注文します」

とだけ言って切ってしまった。
まだメニューを囲んで騒いでいる三人を置いて、ドアを開けようとした時、
たまたまカオを上げた和葉がようやく気付いた。

「あれ?美咲、どこ行くん」
「チョッとトイレ。ついでに頼んでくるわ・・・慈子は抹茶フロートやな」
「え、うん!」

ドアがバタリと急ぐように閉じられた。

「なんやのあのコ、えらいあわてて・・・ガマンしとったんかな」

頼子が首をかしげた時、後ろから感嘆の声が上がった。

「美咲――、すごいっ!」
「は?」
「あたしの飲みたいの、言わへんのにわかるなんて!!」
「あ・・・・・・」
「・・・・・・」

満面の笑顔の慈子をよそに、和葉と頼子はそのまま無言でカオを見合わせた。



「何でお前がここにおるん?」
「いやァ、偶然やね。なに?歌いに来たん」
「道場から追い出されてもてん」
「試合はできんけどミーティングやと、野球部」

カラオケ屋のカウンターでは、制服姿の少年達が手続き中。
最後に雨のしずくを振り払って入ってきた目的の人物を確認すると、踵を返して階段を駆け上がる。

「あ、おい美咲!」
「――は?何」
「お前、誰と来とん」
「ああ、頼子と慈子と・・・和葉。」

わざと後ろを見ずに言う。でも何となくわかる、あいつの動きが止まったのは。

「ほな、又なァー」

すたすたと足早に部屋に向かう。

(・・・・・さて、三分後?それとも五分後か?)

美咲は思わずほころぶ口元を押さえた。



「次、『桃色』ダレ?」
「あ、アタシ!」

何かを振り切ったように元気な様子の和葉が、マイクをにぎって立ち上がった。
そのとき、

「おおっ、なんや皆さんお揃いでー!」

改方学園剣道部2年のムードメーカー八坂が吉本ばりの大げさな身振りでドアを開けて叫んだ。
彼の背後からは馴染みの面々があらわれ、どやどやとBOXになだれ込む。

「ちょっ・・うわ!なんやのアンタらっ・・・!!」

頼子は飲んでいたウーロン茶に咳き込みかけながら叫んだ。

「つれない事言いないな~頼子チャーン。一緒に歌おーや」
「なに、気色ィ事っ・・・ごほっ!やめ・・ごほごほっ・・・・・・・!」

反論が追いつかないうちに言葉は自由を失い、慈子が頼子の背を叩いてやった。

「なにこれっ!ぎゅーぎゅーやないの!!勘弁してや、もォ〜」
「まあまあ美咲、俺らもフトコロさびしいねんー。人数増えたら安うなるからええやんか、な!」

無理やり狭いソファに体を押し込みながら、テーブルにのこったポテトチップを口に
放り込んだのは、面をつけると人が変わるという噂の樫原。

「おっ!ええやんaiko、遠山歌うん?はよ歌ってやー、俺好きやねんその曲」

無邪気な笑顔を三國が向けた。
しかし、和葉はさっきからずっと、このとんでもない状況に処しかねて立ち尽くしたままだった。
そして、さらに次の瞬間追い討ちをかける一言が、ドア向こうから現れた姿とともに降ってきた。

「なあ!服部」

平次は、一瞬和葉を見やったが、何事も無かったように和葉が先ほどまで腰掛けていた場所に座った。

「遠山〜、殆ど終わってしもたやん・・・ほら『どうすれ・・・』」

痺れをきらした三國がリズムを取ろうとした矢先、和葉はカラオケ本体のリセットボタンを押した。
ざわめきとともに盛り上がりかけた空気が、途端に途切れる。
皆口をつぐんで和葉を見やった。
静まりかえったBOXの空気に、我に返れば自分のせいで、
和葉は大人気ない自分に頬が染まった。

(あかん!又こんな・・・)

振り向きざま笑顔を浮かべ、全てを払拭するように言い放つ。

「ごめん!今、携帯鳴って・・チョッと出てくるわ、皆さきに歌うてて」

そして、さっと片手をスカートのポケットに突っ込むと、ドアを出ていった。
一秒と立たぬうち、ざわめきは回復する。
その様子を横目で眺めつつ、平次は自分の横に置かれた見慣れた鞄のポケットに入ったままの
携帯電話を見つけていた。

(下手な芝居しよってからに・・・)


(しゃーないやん。平次の前で、こんな歌うたうの恥ずかしいし・・・・)

様々な気持ちが心の中に渦巻く。怒りが収まらないのもある、しかしそれ以上に、
何事もなくやってきて、遊びに参加している平次に、これほど心を乱される自分が
情けなくもあり、つい選んでしまった歌が自分の心を代弁しているようだと気付くと途方にくれてしまう。

「平次の気持ちがアタシに負けてる・・・か」

口に出して言ってみる。と、思わずフッと口元が緩んだ。

「あほか、そんなん今に始まった事じゃなし!」

とぼけるように口ずさんだら、急に心が軽くなった気がした。

「ま、ええわ。いつまでも辛気臭いのアタシかて嫌やし。もーやーーめた!」

うん!と両手を上に上げて背伸びした。



「ええーーっ!!そんなんアリ?」
「嘘やろォ・・・」
「大丈夫やて。俺ら皆大阪人やし、できひんはず無い」

和葉が戻ってくると、平次がモニターの前で全員相手に演説中であった。

「普通に歌てもオモロないやろ、ええな」
「えぇ〜っ・・・・」
「和葉もそれでエエな?」

突然まっすぐ自分にかかった言葉に、虚を突かれたようにになって、
あまり深く考えずに和葉はうなずいた。

「うそォ、遠山できるん?!」
「まあええから、まず俺が見本みしたるから・・・・」

平次は、すっと和葉の背をかばうように押すと席に座らせた。
訳が分からぬまま一瞬のぬくもりに少しときめきつつも、チラリといたずらっぽいその横顔を見やった。

(平次、あんたナニ考えとんの・・・・・・?)




















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