雨上がりの夜空に



{1・・・五月雨〜さみだれ}



「イエーィ!」
「ええやんええやん」
「あ、次これ次これぇ」
「なんやの、アンタさっきかて歌てたやん」
「ええやん、もう始まっとるしーー♪」

肩越しの友人達の声さえ遠くに聞こえる。
窓に当たる雨はさっきより強くなった気がした。

「あーーっよっこらせっと!・・わ、いややなァ、おばちゃんやんあたし」
勢い良く和葉の隣に座った元気なショートカットの頼子は、自分の口から飛び出した
言葉に悪態を付きながら和葉に笑いかけた。

「・・・・・・和葉?」

反応の無い彼女にやっと気付き、もう一度声をかけてみた。
しかし高く結わえられたポニーテールはこちらを向いたままだった。
軽くため息をつき、少し考えると、後ろからその両肩に掴みかかって耳元で囁いた。

「まーたアイツの事考えとん?んー?」
「ひゃっ・・・・え、・・・・あ、なに?頼子」

明らかに今までの行動は無視されていたのだと分かると頼子は「へ」、と息をついて
天井を見上げた。
「やっぱし聞いてへんかったんやな、アンタ」

考え事をしていたとはいえ、そんなに人を無視し続けていたのか、と少しうろたえつつ、
和葉は頼子に向かって両手を合わせた。

「ごめん!何やった?チョッと考え事してて・・・」
「そやろそやろ『あー平次は今頃何してんのやろ』って!」
「!・・ち、ちゃうってっ!!」

うろたえに赤面が加わり、思わず合わせていた手が今度は頼子の肩をぐっと掴む。

「いやー、やめてぇ和葉に襲われる〜!」

頼子はふざけてそのまま後ろにひっくり返った。その勢いで、和葉は彼女の上に
被さるように倒れてしまった。

「頼っ・・・・」
「ちょっとー、アンタらなにやっとんの」

二人がカオを上げると、ゴージャスなコーラスが主をなくして叫ぶ中二人の少女が
じっとその様子を睨んでいた。

「和葉・・・・そんな趣味あったんやー」
「こんなとこでまで技かけて・・・」
「誰も敵えへんもんな、アンタには。そやからて手当たり次第はどうかと思うでー」
「な、何言うとんのっ!」
「ああもう、欲求不満和葉ちゃーん。危険やわァ」
「もう・・・ええ加減にしてっ!!」

立ち上がり、両手の拳を握り締めて、ふざけて笑っていた彼女達をうっすらと涙さえ
浮かべて睨みつけた。
三人の少女は思わず顔を見合わせて彼女に近づいた。

「・・・和葉ァ・・・」
「いややわぁ、冗談やん」
「泣かんとってよー」
「泣いてへんもん・・・」

どうにか、涙をこぼすことなく和葉はストンとイスにかけた。
しかし、明るさを取り戻した訳ではなかった。

「何か・・・あったん?」

人のよさそうな慈子が顔を覗き込んで尋ねる。

「――服部くんと。」

きれいに編まれたお下げを揺らして美咲が少し下がった位置から付け足すと、
その言葉に、全員が振り返った。

「図星かいな」

頼子のその言葉にさえ和葉の反応は薄かった。
美咲はテーブルの上のリモコンを取ると次々とかかっていた曲を一息に消した。

「・・・・で?」

日本から、今や世界的な一大産業にさえなったカラオケも、年頃の彼女達の手にかかれば、
あっという間に談話室に相談所に早変わりする。

「え、ええよ・・、みんな歌ててよ、せっかく来たんやし」
「やめやめ、アンタみたいに辛気臭いカオしたんおったら、なんも楽しないし」
「ご、ごめん」
「ちゃうよ、アタシらが言いたいんは・・・その、一緒に遊びに来たんやし、和葉が楽しなかったら
あたしらもつまらへんやん、せやから・・・」

慈子が甘えたような声で必死にとりなすと、ようやく四人の空気がほわりと溶け合った。
和葉は、少し困ったような笑顔を三人に向け、視線をおとして口を開いた。

「・・・またやってしもてん、アタシ・・・・・・・」



「雨にならんかったら、行こや」

彼がそう言ってくれた時、やっぱり凄く嬉しかった。
ヨソから練習試合に来る野球部の控え室として、いつもの剣道場が使用されることになっていた。
・・・・だから・・・・・、珍しく平日早くから、あの指定席に座って、
風をうけて、少し遠出をして・・・・・・・・・・。

そう、雨さえ降らなければ。

熱帯から気の早い台風が、イキナリずるずると連れてきたこのシーズン、
この国にとっては必要な物だってわかっていた。
こんな小娘のわがままにお天気がいちいち付き合っていたらそれこそ大変だ。
・・・・・・でも、一日ぐらい待っててくれても良かったのに・・・。

そしてそれより彼女の心を梅雨空にしたのは・・・

「あー、あかんな。雨降ってしもたわ」
「ハア・・・めっちゃ残ね・・・」
「よっしゃ!ほんなら、・・」

思いの外の明るい声に期待をしてしまったのはタイミングのせい。

「オレ、稽古行ってくるわ!」

和葉の目に映ったのは、満面の笑顔で鞄を取り上げ、すでに半身をひるがえして
道場へ行こうとしている姿。

「あっ・・・・・ちょっ・・・」
「あ?・・・・・なんやねん」

一瞬まるで水をさされたように曇ったその瞳に、二の句を注ぐことはできなかった。

「おかしな奴っちゃなあ、ほな行くで」

少しかみ締めた唇に、想いが逃げ場を失った。

「アホっ!」

ぎょっとして彼は立ち止まった。

「なんやねんイキナリ・・・・あーしゃーないなぁ、ほれ、これ持ってけ、ほんではよ帰れ」

手渡されたのはグリーンの折り畳み傘。
しかし、親切なはずのその行為にさえ自分は素直になれなかった。

(まるで、初めから雨降るってわかってたみたいや・・・)

「いらん!!」

傘を胸元に押し付けると走って教室を目指す。

「アホ!もう知らんぞ!」

背中にぶつかる声を最後に足音が遠ざかる。
和葉の心に雨が降り始めたのはその時だった・・・・・・・。


はっとカオを上げたとき、頼子は上を向いていた。
口元には何処かしら笑っているような空気。
美咲はため息をついていたが何となく安心しているようにも見える。
慈子だけが和葉の顔をじっと覗き込んで心配そうに首をかしげていた。

「とりあえずな、和葉」

頼子は弾みをつけて立ち上がると、放り出してあったマイクを取り上げた。

「あたしらに付き合ってでも歌いや!」

膝にぽいとなげられたマイクにきょとんとしていると、冷静な美咲の声が肩越しにかかる。

「ほーやほーや、さ、歌うで!」

美咲はリモコンを取り上げると本も開かずナンバーを入れた。
戸惑っている慈子を頼子がぐいっと引っ張った。

「アンタはこっちや」

派手なイントロがボックス一杯に響き渡る。頼子は息を吸い込むとナカナカの発音でキメた。

「♪Are you ready――?♪」


「・・・・ついてへんわ」
「まあ、しゃあないて」
「それにしても暑っついなあ・・・・ちょー冷たいもんでも飲んで行かへんか? 」
「男ばっかしで入るんかここ・・・」
「まあええやんか、それともまだ歩くか?」
「・・・・いや、もうええ」

小さなビルの下、パサリとグリーンの傘が閉じられた。




















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