MISTRAL

mistake 3 前


太陽が傾いて来ていた。一日も残すところあと数時間…。
「ねえ、ロザリア。寮に帰る前に、アイスクリームを食べに行かない?」
 二人の女王候補はルヴァの執務室から出てきたところだった。
「アンジェリーク。あなた今、ルヴァ様にお茶をご馳走になったばかりでしょ?」
 呆れたように言うロザリアに、アンジェリークは反論する。
「だからー、ケーキとかパフェじゃなくってアイスなんでしょ?今日はちょっと暑かったし。公園に行ったらアイス屋さんいるかも。ね、いいでしょ?」
「…わかったわ」
 子供のように目を輝かせてねだるアンジェリークに逆らえる人間は、かなり少ないかもしれない…。

 公園へ続く小径を歩いていた二人の女王候補は、聖殿の方から近付いてくる馬車の音に気付いて振り返った。
「こんな時間に聖殿を出られるなんて…一体どなたかしら?」
 アンジェリークは立ち止まり、サッと道の端に寄った。興味深そうに馬車の方を見ている。
「もしかして、どなたか確認するつもり?車内を覗くなんて、はしたないこと出来ないわ」
「だって、気になると思わない?それに道でお会いした時に挨拶しない方が印象悪いと思うんだけど…」
 もっともな意見にロザリアも頷く。
「それは…確かにいえてるわ」
 結局、二人の女王候補は馬車が通り過ぎるまで待つ事にした。
 ガラガラガラッ。
 立ち止まってから一分も経たない内に、白馬に引かれた馬車が近付いて来た。小窓から見えるのは、遠くからでもよく目立つ色の髪…。
「あっ、あれ、オスカー様よ。ねえ、ロザリア。挨拶しなきゃ…」
 二人は道の脇に並んで、馬車の方を向いた。
「オスカー様ー、こんにちわー」
 アンジェリークは、大きな声で馬車に呼びかけた。…が、中からの反応は見られない。
「聞こえなかったのかな〜」
 不審がるアンジェリークの横で、ロザリアはショックを受けたような顔で立ち尽くしていた。
「?どうしたの?ロザリア。何か顔色が悪いけど…」
「アンジェリーク。あなた、オスカー様の隣りに乗っていらした方、見なかったの?」
「え?うん。私のとこからは見えなかったけど…どなたと一緒だったの?」
 アンジェリークの位置からでは、金髪の人がオスカーの肩に寄りかかっているのは見えたが、顔は陰になっていて見えなかったのだ。
「…ジュリアス様よ」
「え?ジュリアス様?何で?」
「それは私のほうが聞きたいわよ!オスカー様に寄り添っているのが女性なら判るけど、ジュリアス様だなんて…」
「でも、オスカー様は男の人に興味ないでしょ?」
 きょとんとした顔でそう返すアンジェリークに、ロザリアは深刻な顔で言った。
「…普通の男の人はね。でもオスカー様の場合、ジュリアス様は特別だから…」
「…そういえばそうかも。おまじないとかしたことある?あのお二人で…」
「無いけど、もともと相性のいいお二人だから勝手に上がってる可能性もあるわ」
「ちょっと占いの館に行ってみよっか?」
「そうね。それからまたルヴァ様にご相談に伺いましょう」
 アイス屋に行く予定だった女王候補の二人は、占いの館へと目的地を変えた。

 一方、守護聖二人を乗せた馬車はジュリアスの私邸の前で停車していた。
「…ジュリアス様。御自宅に着きました」
 オスカーは、極力耳障りにならないよう心掛けて自分に寄りかかるジュリアスに声をかけた。女性を口説く時と同じ声音だという事に本人は気付いていない。
「…ああ。…すまない」
 ジュリアスは、少し枯れた声で黄金の絹糸のような前髪を掻きあげた。髪に隠されていた瞳にいつもの強い光は無く、どこか儚さを感じさせる。
 オスカーは慌てて視線を逸らし、先に車を降りた。
「どうぞ。もし、歩けないようでしたら方をお貸しします」
 自分の身体で扉を押さえ、自然にジュリアスに手を差しのべる。エスコート慣れしている者にしか出来ない仕草だ。
「…大丈夫だ」
 そう言って、ジュリアスの方も何のためらいもなく手を取る。上流階級の貴族は、エスコートされ慣れているのだ。
「歩けますか?」
「問題無い。まあ、そんなに心配だというならついてくるがいい」
 フッと笑みを見せるジュリアスは、今まで見た中で一番美しかった。
「は、はい」

「ねえ、ロザリア。今日って、何の曜日だっけ?」
 占いの館の前で立ち止まったアンジェリークは、何気なく訊いた。
「おかしな事言う子ね。今日は日の曜日に決まってるじゃない…て、あら、今日は占いの館はお休みだわ」
 ロザリアは目をパチクリさせた。
「そう!私も今気が付いたの。サラさんとパスハさん、きっとデートだと思うの」
「また明日出直したほうがいいということね」
「うん。でも、もしかしていらっしゃるかもしれないから、私、ちょっとだけ覗いてみるね」
 アンジェリークはそう言って、二つに分かれた赤いカーテンをそっとめくった。
「サラさん。いらっしゃいますか?」
 遠慮がちに声を掛けてみるが、返事は無い。
「やっぱりお留守かしら。サラさーん!」
 今度は少し大きめの声で呼んでみる。
「あら、どうしたの?女王候補さん」
 どこからか声がしてアンジェリークは、キョロキョロと辺りを見回した。
「う・し・ろ。今、デートの帰りなの」
 赤い髪に金の瞳の火龍族。占い師というよりは踊り子の方が似合う女性が、ロザリアの横に立っていた。
「やっぱりデートだったんですか?」
「んもう、当たり前じゃない。ねえ、パスハ?」
 カーテンの陰に隠れていたパスハは、黙って頷く。
「実は、サラさんにお聞きしたいことがあって来たんですけど…お休みの日だから無理ですよね…」
 アンジェリークは、頼みにくそうに言った。
「んー、確かに今日は駄目。…って言いたいトコなんだけど、何か悩んでるみたいだしデートも終わったし…いいわ。相談に乗ってあげる」
 「本当ですか?」
 そう言ったのが、アンジェリークでなくロザリアだったことにサラは目を丸くした。
「ええ。私で力になれれば。どうぞお入りください」
 サラは笑顔で二人の女王候補を室内へ案内した。最愛の恋人には、お別れのウィンクを忘れずに…。

「それで?二人して私に相談なんて珍しいわね」
 サラは水晶玉の向こうから覗き込むように二人の女王候補を見た。
「えっと、なんて言ったらいいのか判らないんですけど。取り合えず、オスカー様を占って頂けますか?」
 アンジェリークは慎重に言葉を選びながら言う。
「?オスカー様を?いいわよ」
 サラは水晶玉に両手をかざして何度か交差させた。
「貴女との相性は70.新密度は…160ね」
「あ、すいません。仲の良い守護聖様を知りたいんですけど」
 アンジェリークは、慌てて言った。ロザリアの視線が痛い気がする…。
「仲の良い方はジュリアス様ね。仲の悪いのはクラヴィス様。これは占わなくても判ることだと思うのだけれど…」
 不思議な顔をするサラに、ロザリアは冷静に言う。
「ジュリアス様との相性、かなり良いのではありませんか?」
「ジュリアス様と?あら、ほんと。いつの間にか98になってるわ。おまじないをした覚えは無いんだけど…変ね」
「…やっぱり…」
 二人は顔を見合わせて溜息を付いた。
「新密度は今のところ、140といったところかしら。ま、このお二人は強い信頼関係で結ばれてるからそんなに不思議なことじゃないと思うけど…どうかしたの?」
 サラは美しい金の瞳で二人を交互に見る。
「サラさんは恋愛に御詳しいですよね?男の方同士での恋愛って成立すると思われますか?」
 アンジェリークは思い切って訊いてみた。
「あ、そういうこと…」
 サラはやっと判ったというように微笑んだ。
「そうね。恋愛には色々な形があるわ。好きな人の幸せを願うのも愛だし、傍で支えてあげるのも愛。同性に惹かれる人も…たぶんいるでしょうね」
「そう…ですか」
 そう答えたアンジェリークより、隣りのロザリアの方がかなり暗い顔をしている。
「ま、そんなに気にしなくても、守護聖様方に限ってそんなことにはならないわよ」
 明るく笑うサラに、アンジェリークは申し訳なさそうに言った。
「あのー、ロザリア、もう先に出て行っちゃいました…」