一、問題設定
遺族給付については代位の規定の適用を否定すべきとする主張があるようである。その論旨について、具体例をあげて説明しよう。
例えば、Aの生前は退職年金(あるいは老齢年金)が月額およそ二一万円支給され、それとは別に労働収益が月二万円あったとする。そして、Aの死亡により、退職年金(あるいは老齢年金)が支給停止され、遺族年金が月額およそ一二万円支給されることになったとする。この場合には、Aの遺族Xは加害者Yに対して月額で労働収益分二万円の損害賠償請求ができる(慰謝料、過失相殺等は考慮しない)。その後の稼働年数を一〇年とすると、総額二四〇万円になる。しかしXがすでに遺族年金を三二〇万円強を受け取っていたとすると、代位の規定によって、損害賠償請求権は全額保険者(退職年金を支給している共済組合等)に移転していることになる。Xはいっさい損害賠償請求できず、結局、(すでに支払われた部分についても将来においても)遺族年金のみを受け取ることになる。月額一二万円の収入のみということになるのである。他方、保険者はもともと月額二一万円の退職年金(あるいは老齢年金)支給義務があったのであるが、Aの死亡によって月額一二万円の遺族年金支給義務に切り替わったことになる。保険者の負担は軽くなったにもかかわらず、代位規定の適用があるとすると、保険者はYに対して二四〇万円の損害賠償請求権をさらに取得することになる。
このような状況を前提に、「代位規定の適用は保険者に過分の利益を与えることになる」と論じるのが、代位規定の適用を否定すべきとする主張である。抽象的にこの主張をまとめると、次のようになるだろう。
「加害者の行為によって被保険者が死亡しなかったとしても、保険者は退職年金(あるいは老齢年金)を支払わなければならなかったはずである。したがって、保険者が代位の規定によって損害賠償請求権を取得したり、支給を免れるいわれはない。また、代位規定を適用すると、年金受給分だけ損害賠償額が減額されることになるので、遺族の収入が大幅に減少してしまう。」
本稿ではこの議論について検討する。
二、結論
遺族給付も代位の対象となる。
三、証明
例えば、地方公務員等共済組合法第五〇条は一般的に代位の規定の適用を定めており、死亡弔慰金と災害見舞金についてはとくに代位の適用がないことを定めている。しかし、遺族年金についてはこのような適用除外の規定はない。したがって、遺族年金にも代位の規定の適用はある。
四、解説
前述したように、遺族給付については代位の規定の適用を否定すべきとする主張があるようである。その議論の内容は、これも前述したが、次のとおりである。
「加害者の行為によって被保険者が死亡しなかったとしても、保険者は退職年金(あるいは老齢年金)を支払わなければならなかったはずである。したがって、保険者が代位の規定によって損害賠償請求権を取得したり、支給を免れるいわれはない。また、代位規定を適用すると、年金受給分だけ損害賠償額が減額されることになるので、遺族の収入が大幅に減少してしまう。」
この議論は、実定法に根拠を持つものではないので、実定法解釈ではなく、立法政策論的妥当性の検討である。しかし、筆者は、立法政策論の問題としても、遺族給付に代位規定を適用してよいと判断する。
代位規定の適用の有無は、加害者の利害には無関係である。代位規定の適用がないとすれば、加害者は被害者に支払い、代位規定の適用があるとすれば、加害者は保険者に支払うだけである。利害が対立するのは、被害者と保険者である。したがって、私保険であれば、この点は被害者と保険者の保険契約の規定にゆだねてよい事項である。保険は貯蓄ではない。貯蓄ではないのであるから、その契約にもとづいて支給内容が変化するのは当然である。減額されることもあってよいのである。それを、保険者の不当あるいは過分な利益ということはできない。支給額が減少すれば、その分は保険料が安くなるという保険加入者一般の利益になるのである。代位の規定を否定したほうが被害者にとって有利になるが、その分保険料が高額になる。保険加入者である潜在的被害者に転嫁されることになり、保険加入者一般の負担は大きくなるのである。私保険であれば、低い保険料で制限的な給付にするか、高い保険料で気前のよい給付にするかは契約によって決める事項である。社会保険であれば、政策の問題である。どちらか一方のみが妥当だと一様に決定できるものではなく、代位の規定を適用するという判断にも妥当性はある。とくに、社会保険については、その給付内容は必要に応じた保障という観点から決定される。遺族給付は、本人によって生計を維持されている遺族が、本人の死亡によって生計を維持する収入がなくなる場合に支給されるものであり、損害賠償請求が可能な場合にはもはや遺族給付を残存させる必要はない、あるいは、遺族給付を受給できる場合にはもはや遺族の損害賠償請求は必要ないという判断にも合理性があると筆者は考える。
そして、高い保険料を負担してでも代位の規定の適用のない気前のよい給付が欲しいという者は、支払うつもりであった高い保険料と現実の低い保険料との差額で、給付を補う私保険に独自に加入することができるのである。
*本稿は、筆者が名古屋大学大学院法学研究科在学時の平成五年に、同大学院において開催されていた民事判例研究会において発表した判例研究「退職年金の逸失利益算定と遺族年金の控除」をもとに執筆したものである。また、本稿の要旨は、石原治『不法行為改革』(平成八年、勁草書房)二一八頁注(10)以下に発表済である。なお、当時判例研究会の担当教官であった伊藤高義先生が、このテーマについて「損益相殺」『新現代損害賠償法講座6損害と保険』(平成一〇年、日本評論社)の中で論じている。