諏訪の森法律事務所 Lawyer SHIGENORI NAKAGAWA

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第1審判決 判決抜粋

第三 当裁判所の判断
一 同性愛、同性愛者について

証拠(甲五九、六〇、六五の2、八六、八八、八九、九四ないし一〇一、一〇三ないし一〇五、一〇六の1、2、一〇七の1、2、一〇八ないし一一五、乙七、一〇、証人トム・アミアーノ、原告風間孝)及び弁論の全趣旨より、次の事実が認められる。


同性愛は、人間が有する性的指向(sexual orientation)の一つであって、性的意識が同性に向かうものであり、異性愛とは、性的意識が異性に向かうものである。同性愛者とは、同性愛の性的指向を有する者のことであり、異性愛者とは、異性愛の性的指向を有する者のことである。(弁論の全趣旨)


2 同性愛に関する状況について

(一)かって、同性愛に関する心理学上の研究の大半は、同性愛が病理であるとの仮定に立ち、その原因を見い出すことを目的としていたが、一九七五年以来、アメリカ心理学会では、同性愛に対する固定観念・偏見を取り除く努力が続けられてきた。
(甲一〇四、一〇五)

また、国際的にも影響力のあるアメリカ精神医学会により作成される精神障害の分類と診断の手引き(DSM)においては、一九七三年一二月、アメリカ精神医学会の理事会が同性愛自体は精神障害として扱わないと決議し、DSM−IIの第七刷以降「同性愛」という診断名は削除され、代わって「性的指向障害」という診断名が登場しDSM−IIIにおいてはそれが「自我異和的同性愛」という診断名に修正された。これは、自らの性的指向に悩み、葛藤し、それを変えたいという持続的な願望を持つ場合の診断名である。しかし、この「自我異和的同性愛」という診断名も、同性愛自体が障害と考えられているとの誤解を生んだこと、右診断名が臨床的にほとんど用いられていないことなどから、一九八七年のDSM−IIIの改訂版DSM−III−Rからは廃止された。
(甲一〇六の1、2、一〇七の1、2)

更に、世界保健機構で作成されているICD国際疾病分類の第九版であるICD−9をアメリカ連邦保険統計センターが修正し一九七九年一月に発効したICD−9−CMでは、「同性愛」という分類名が「性的逸脱及び障害」の項の一つとしてあげられていたが、ICD−9の改訂版であるICD−10の一九八八年の草稿では「同性愛」の分類名は廃止され、「自我異和的性的定位」という分類名が用いられており、これについては、「性的同一性、性的指向に疑いはないが、もっと違ったものであればよいのにと願い、それを変えるための治療を求める場合がある。」と記述されている。同じく一九九〇年の草稿では、「自我異和的性的定位」の項に「性的指向自体は、障害と考えられるべきではない。」と記述されている。
(甲一〇七の1、2、一〇八ないし一一〇)

日本においても、精神科国際診断基準検討委員会によってわが国の診断基準の「試案」が作られ、そこにおいては種々の意見があったが、「同性愛」は「性障害」の診断名としては取り上げられず、「同性愛」は精神障害に入らないとの前提のもとに、参考項目に付加的分類名として残されるのみとなった。
(甲一一一)

このように、心理学、医学の面では、同性愛は病的なものであるとの従来の見方が近年大きく変化してきている。

(二) 次に、同性愛に関する記述をみると、次のように種々の記述があるが、同性愛を異常視する従来の傾向の見直しが行われている状況にあるといえるであろう。

1.「イミダス」(集英社、平成二年版、甲八六)では、「同性愛」を「解剖学的に自分と同じ性に対するエロチックな反応のこと」と定義し、ゲイ解放運動、一九七三年にアメリカの精神医学会が同性愛を精神障害とみなすことをやめたこと、同性愛の原因等の紹介の後、「男性ホモの場合は強迫的で反復性のある肉体関係がつきまとい、対象を変えることが多い。」と記述していた。
しかし、「イミダス」は、その後平成六年版において、右「男性ホモの場合は強迫的で反復性のある肉体関係がつきまとい、対象を変えることが多い。」との記述部分を削除し、「同性愛も異性愛も、人間の性のあり方の一つと考えるのが妥当だろう。」との記述を付け加えている。

2.「知恵蔵」(朝日新聞社、平成二年版、甲八八)では、「同性愛」を「男女が異性を愛する心情と同じように同性を愛すること」と定義し、従来同性愛者が厳しい差別の中におかれ、同性愛に対する偏見(異常視)の見直しが求められていることが述べられた後、スウェーデンでは一九八八年一月に「共同生活者の共有住居と共有財産に関する法律ー同棲法」が施行され、同性愛のカップルも結婚した夫婦と同じように社会的に認知されたこと、一九八九年七月にサンフランシスコ市で同性の結婚を認めたことが紹介されている。

3.「広辞苑」(岩波書店)は、その第三版(昭和五八年一二月第一刷発行)で、「同性愛」を「同性を愛し、同性に性欲を感ずる異常性欲の一種。」と定義していたが、第四版(平成三年一一月第一刷発行)では、「同性愛」を「同性の者を性的愛情の対象とすること。また、その関係。」と定義している。(乙一〇)

4.「大辞林」(三省堂 昭和六三年)も、「同性愛」を「同性の者を性的愛情の対象とすること。また、その関係。」と定義している。

(三)文部省における状況について
文部省発行の「生徒の問題行動に関する基礎資料」(昭和五四年一月、甲八九、乙七)では、「同性愛」を「性的な行為が同性間で行われる場合である。」と定義し、原因についての記述の後、「この同性愛は、アメリカなどでの”市民権獲得”の運動もみられるが、一般的に言って健全な異性愛の発達を阻害するおそれがあり、また社会的にも、健全な社会道徳に反し、性の秩序を乱す行為となり得るもので、現代社会にあっても是認されるものではないであろう。」と記述している。

しかし、同じく文部省発行の「生徒指導における性に関する指導」(昭和六一年三月、甲九〇)では、同性愛に関する記述はなされていない。

なお、文部省は、原告アカーの抗議に応じ、右記述を不適当なものと認めて見直しを考えていると報道されている。
(甲一一二ないし一一五)

(四)ところで、従来同性愛者は、婚姻制度の枠組みの外におかれていたが、サンフランシスコ市では、平成三年二月から同性愛者のカップルの内縁関係を市が認定する制度が発足した。
(甲五九、六〇、証人トム・アミアーノ)


3

右のように、同性愛についての状況は、近年急激に変化しているが、従前の状況下においては、同性愛者は孤立しがちとなり、自分の性的指向に関し悩み苦しんでいたことがうかがわれる。

サンフランシスコ市でも同性愛者に対する嫌がらせ、暴行が起こり、同性愛者の自殺も問題となった。また、教育の場では、一般の生徒は、同性愛者を性的な存在としてしかとらえず、完全な人格を持ったものとしてはとらえない傾向があった。そこで、サンフランシスコ市では、右のように従前正当な認知を与えてこなかった同性愛者の生徒の教育を受ける権利を保障するため、一九八九年から、同性愛者の生徒のためのサポートサービスが取り組まれている。

また、同種のサポートサービスは、ロサンゼルス市、サンディエゴ市でも取り組まれている。
(甲六五の2、九四ないし一〇一、一〇三、証人トム・アミアーノ)


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