2009年度活動報告

ミッション・コンプリート(岩魚放流の任務完了)

 

 旭山活動レポート愛読者の皆様!(いないか・・!?)1年ぶりの更新です。今年もいろいろありました。しっかりとレポートいたします。





〔活動初日 8/11〕 
イワナが集まらない・・




  AM7:00に熊隊長宅を出発の約束になっていたため、6:30過ぎに隊長宅へ。前夜の宴会はほどほどとのことであったが、何となくみんなの動きはスローである。



今回のメンバーはご存じ本会の「事務局長」こと熊隊長を筆頭に、本会きっての凄腕で束釣りは何度も達成したと言う黒部伝説のフライフィッシャー「ゴッドハンド」エノさんと娘さんの
K花ちゃん※1

 おなじみ黒部伝説の「語り部」デューク石オジとマサヨ姉さん。 日本一山に強い、さすらいの美人イラストレーターのヤマケイことK子ちゃん※2

 そしてわたくし黒部突進王※3の旭山と我が家族3名、妻で○○女教師ミホ、そろそろ来てくれなくなる年頃か?来年女子高生ミク、このところ毎回参加のご存じガクの総勢10名という大所帯である。



 こんな大人数で登るのは久しぶりと、隊長は若干興奮気味である。一方、エノさんは6〜7年ぶりの入山の上、登山初体験の娘さん連れということで、少し不安な様子。デュークはいつものような大阪から夜通し走っての入山ではなく、隊長宅で前泊したせいか舌好調で、「只今御紹介に与りました・・」シリーズのギャグ※4を連発している。心配された
K花ちゃんも、昨年の総会で仲良くなった我が家のガクとお互いの小学校ネタで盛り上がるなどして、何とか薬師沢の小屋まで歩き通した。

 小屋についたら、すぐに釣り仕度。何と言っても、今回の目標は放流※5。最後にマサヨ姉さんと赤木沢に放流してからもう5年も放流していない。会としてのアイデンティティーを保っていくためには、「何としてもこの辺でやらねば・・。」と思っていた。そこへきて、最強の美人イラストレーター、ヤマケイことK子ちゃんの参戦である。ここでやらねばいつやれる。何せロートル化したメンバーだけでは無理である。若手!?会員のオレですら、腹の出た42のオジサンなのだから・・。


 放流するためには、まずイワナである。釣り人が戻ってきたばかりの上流は避け、下流に向かう。しかし、オレもエノさんも子連れである。ここはデュークに頼るしかない。オレはガクに釣らせるべく、延べ竿にテンカララインをつけ、大淵を見下ろす岩の上に陣取った。エノさんはそれよりやや下流でキャスティングを始めた。やはり美しい!!



どんどん陽が落ちてくる。イワナは底から次々に浮いてくるはず・・だったが、イメージだけで終わってしまった。以前は夕マズメになると、どこにいたのかと思うくらい沢山のイワナが水面近くに浮いてきて、盛んにライズしたんだけどなあ・・。と思いながら小屋に引き返す。登山客の皆さんは、「こんな短時間で釣れたの?」「いくつ釣れたの?」と生かしビクを覗き込んできたけど、オレは苦笑いをして薬師沢に浸しに行った。集まったイワナは結局・・2匹!!エノさんもデュークも「小さいのはリリースしちゃった・・」※6と言っていたけど、3人がかりとしてはあまりの貧果・・。


エノさんも「昔は、アベレージが8寸で幾らでも釣れたけど・・」と、時の流れを実感しているようであった。


 最近は乱獲するような釣り人はほとんどいなくなったと思うけど、釣り師自体は増えている気がするから、沢の小屋周辺から離れた場所に避難したものと思いたい。本当に釣り竿を持った人は増えている。赤木沢を登りに行くパーティーの中の一人は、ザックに釣り竿をつけているもの。できるなら、本流を釣り上がって赤木沢に放流してきてほしいもんだ。赤木沢にも5年入れてないし、そろそろ入れないといけないね。



編集者の勝手な脚注
※1 かつて一日、束釣り=100匹釣りなど当然と言う凄腕の持ち主、その娘K花ちゃんは親譲りのスタイルと美貌で、芸能デビューの可能性も?。
※2 旅するイラストレーターやまとけいこのお仕事の一部がwebに、 (http://www1.odn.ne.jp/yamakei/) 
※3 川を見るやいなや駆け下りて誰より早く竿を出す所から名が付けられた、妻の○○女教師はもちろん「美人」です。
※4 例えばご飯が美味しかったら、「ただ今ご紹介にあずかりました、飯美味蔵です」とかミカンが欲しかったら「蜜柑好之助」とか使う。
    大変くだらないが疲れている時も頭を使わず理解できるのでそれなりにうける、北野タケシなども多用する。
※5 狭いエリアで交配を繰り返すと遺伝的に弱くなってしまうので、元の本流エリアから汲み上げ放流することで岩魚の種の強化を図る
※6 小さな2年モノなどは放流に適さないと勝手に思い込んでリリースしたが、事務局長などより2年ものでも十分役割を果たすと指摘された。




〔活動2日目 8/12〕デューク、初放流に挑戦す!




 エノさんは、K花ちゃんが大東新道を無事に歩き通せるか、ずいぶん心配していたが、サポートメンバーも沢山いるし、不必要な荷物はデポして行くので、大丈夫だろうと8:30頃に出発。しかし、この時「焼酎」をデポしたことが、後に大きな悲劇になろうとは想像だにしていなかった。


 途中、何とか放流用のイワナを1匹でも増やすべく奮闘するが、生かしビクをぶら下げながらの釣り下りは全くもって難しい。やっぱ
A沢まで一気に下って少し釣り上るのが正解なようだ。エノさん、デューク兄さん、マサヨ姉さんが各1匹ずつ増やし、計5匹を鮎のオトリ缶に移し替えてB沢出合を出発。


 放流用の種イワナを1匹も釣り上げられなかった自分が頑張らねばならない、とヤマケイことK子ちゃんの男前な発言を受け、とりあえず
C沢〜F沢間という、登りの中では楽な区間を分担することになった。K子ちゃんは、空荷でも大変なB沢からの急登をスイスイと上っていく。今やここを登れる若者無しに放流事業は不可能である。

C沢出合で大休止。沢水をふんだんに使えるので「冷水そうめん」を楽しんだ。


 C沢からF沢までのだらだらとした2回のアップダウンは自分の担当である。背負子につけたオトリ缶は思いの外軽かったが、何せ中身は液体である。ユラユラと揺れてバランスを崩しやすい。特に下りはヤバかった。何とかF沢でK子ちゃんにバトンタッチ。ここから峠までの登りがこれまた嫌な登りなのだ。意外とダメージが大きかったのか、いつもなら登りでは負けない兄さんにも遅れをとる。


 といっても、タバコを卒業してから、ここ数年の兄さんは、以前のように遅れることもないし、何せ今回は前泊で入山しているので、気力・体力が充実しているようだ。


 峠からは、いよいよマサヨ姉さんの登場。最初は子ども達もいるし、放流に少し難色も示していたが、やはりここまで来たらやるっきゃない。姉さんも結局男前なのだ。木道からは、いよいよアンカーの兄さん。何せ、初めての放流だ。今や押しも押されもせぬこの会の中心メンバーだが、タイミングに恵まれず、放流への参加は延び延びになっていた。しかし、ついに今回は自分が釣ったイワナを自分の脚で新天地に・・。これで名実ともに、「デューク黒部」を襲名できるだろう。全員の到着を待って放流を行った。


 その後、デューク兄さんと僕は調査釣行へ、後のメンバーは温泉に向かった。放流前の我々を怪訝そうに見ていたグリーンパトロールの兄ちゃん3名とは、宴会でしっかりと仲良しになったのは言うまでもない。


調査釣行では、魚影は多からず少なからずということで、資源的には安定しているようだ。最後に放流してから7年ほど経過しているので、今回の5匹が新たな活力となってくれることを期待したい。


 また、昨年は闇キャン釣行※7の痕跡をいくつか見つけたが、今回は7月から天候不順が続いた所為か入山者自体が少なかったようで、そうしたものは見あたらず、少し胸をなで下ろした。





〔活動3日目 8/13〕 ハッピーバースデー!


天候不良のため、一日高天原に停滞。子ども達は、小屋のアルバイトやグリーンパトロールのお兄ちゃん達の協力のもと、トランプを自作して遊んでいる。小池さん図柄のジョーカーは秀逸だったが、その後フン失(なぜフンとカタカナ表記なのかは、K花ちゃんに聞いてください。)したのは、残念であった。


この日は、何とマサヨ姉さんの誕生日!(何歳かは本人の為に伏せておく)小屋の香春さんと子ども達でサプライズを仕掛けた。もちろん、オレは事前にサプライズがあることはバラしていたけど、姉さんもまさか高天原でバースデーケーキまで出てくるとは思っていなかったらしい。


 A沢出合での種イワナ集めの際にバンブーロッドを折って少ししょげていた姉さんに、明るい笑顔が戻ってきた。


 しかし、高天原に『ハッピーバースデー』の歌が響き、バースデーケーキ※8を食べるなんて・・。あそこでバースデーケーキを食べた人なんて、日本中探しても、まず、いないだろう。たまたま小屋の関係者で7月〜9月に誕生日を迎える人がいると、そんなこともあるのかな?今度、香春さんに聞いてみよう。


いずれにせよ、みんなから愛されるキャラの姉さんならではだね。


大人は一日コーヒーを飲みながら、うだうだと過ごした。高天原で一日うだうだなんて、これ以上ない贅沢な時間の過ごし方だね。贅沢ともったいないは紙一重だけど・・。






〔活動4日目 8/14〕 今年も~雲の平は晴れだった〜




 高天原には2泊したが、丸一日の停滞だったため、ずいぶん長くいたような、何だか一日分しかいなかったような、不思議な感覚だ。


今日は沢の小屋まで戻るだけなので、急ぐ必要はない。オレと兄さんは、一昨日できなかった下流部の探釣
他のメンバーは温泉に向かう。集合まで実質的には30分ぐらいしか様子を見ることができないが、ここ2〜3年下流方面には入っていないので、少々無理をしてでもやってみる価値はありそうだ。巻き道は全く踏み跡が無いので、釣り人はほとんど入っていないのが窺われる。もっとも、川の中をジャブジャブ下っていくことも可能だが、それでは釣りにならないだろう。

一応、ポイントに到着したので釣り支度をしたものの、やはり6〜7年ほど前の魚影にも型にも恵まれない。そういう意味では、今回の5匹がもたらす影響には大きなものがあると信じたい。ものの本によると、移植した魚は大型化するとともに、強い繁殖力を得るとの論も見受けられるし、そもそも6〜7年前の状況は、そうしてできあがったものとも考えられるからである。

小屋に戻ると、グリーンパトのお兄ちゃん達の出発準備も整い、恒例の「相撲大会」が今まさに始まらんとするところ・・。今年負ければガクは3連敗。薬師沢でもアルバイトをするように持ちかけられているし、何せK花ちゃんの手前でカッコ悪い姿も見せたくないガクであったが、とりあえず、あれだけカメラが構えられている前で小池さんと相撲をとれただけで幸せだろう。グリーンパトのメンバーには、冬に立山山麓でボードのイントラをする予定のお兄ちゃんもいて、下界での再会を約してお別れした。やっぱ、人間は出会いと別れを繰り返して成長していくのだと、夏の終わりにはつくづく思う。


天気は快晴、K花ちゃんに雲の平からの眺望を味わってもらうことにして出発する。峠ではエノさんの方が少し弱気だったが、長い梯子を登り切り、水晶岳が目の前に見え出すとそこは相変わらずのパラダイスだ。心なしかみんな少し元気アップの様子。見晴らしの良い観測所!?で昼食をとるのもいつものコースだ。残念ながら、今年は笠ヶ岳が完全に見えることは無かったが、あれが五郎だ立山だ薬師だは当たり前で、五郎沢、本流、赤木沢だなどと沢まで同定しまうところが、我々の悲しい性だろうか?そして、我々は十分すぎるほど眺望を堪能し、ベースキャンプ地の沢の小屋に向かった。その後に待ち受ける悲劇など、つゆも知らずに・・。途中槍の穂先などに感動しながら・・。


沢の小屋に着くと、エノさんはいつになく「ヤル気」である。といっても、きっと思う存分ロッドを振れなかった自分に対する気遣いであることは痛いほどわかり、恐縮至極である。しかも、釣り人が沢山入っていることから、自分が主張した薬師沢への釣行を、種沢という意識で長い間遠ざけてきたという「禁」を破って同行を承知していただいた。


自分にとっては、入会以来色々な方から聞いていた「ゴッドハンド」のエノさんと二人きりでイワナ釣りができる嬉しさと緊張でいっぱいだった。エノさんは、ずっとポイントを先に分けてくれ、それでもしっかりイワナを出していた。ちびっ子のイワナに手を焼きながらも、フッキングせず宙を舞うフライにお互いに笑みを交わし、夏の終わりの夕暮れのひとときを一緒に過ごせたことを一生の宝物にしたい。


やや、センチメンタルに過ぎるかもしれないが、黒部の伝説の一つであるエノさんの姿を自分の目に焼き付けさせてくれるために、エノさんは同行してくれたのだと思う。今後、自分が黒部に通い続けられる限り、その伝説を語り継ぎ次世代に引き継ぐことが、自分に課せられた使命である。


 エノさんに限らず、武田さんや高原さんや村中さん、小池さんらの第一世代、ケイピンさんや藤本さん、西山さんたちの第二世代、そしてデューク兄さん、マサヨ姉さんなど我々第三世代、こうして積み上げられてきたイワナの会の歴史を後世に語り継いで行くことが、ほぼ最年少会員である自分の使命であると思うようになってきた。幸いにして、ヤマケイことK子ちゃんやUイチローなど会の活動に興味を示してくれる若い人たちも出てきた。この流れを大事にしたいなあ・・と思いながら、悲劇の待つ沢の小屋に戻った。


沢の小屋に戻ると、ちょうどお客さん達の食事が終わった絶好のタイミング。いつものように「アテ」を持って食堂に。これもいつものように、ヤマちゃんに、「水割り用の黄色いポット」を求めると、「何を割るんですか?」

「???」「焼酎だけど・・」「本当に割るんですか・・?」加藤さんまでそんなことを言う。何が何だか分からないまま、「琥珀色」の液体を、焼酎を割るには最高と思っている沢の小屋の水で割り、口に含んだ。「何だこりゃ!!」明らかに焼酎ではない。


 狼狽する自分に、バイトの一人が言う。「すみません。昨日の夜、みんなでいただいちゃいました。」「・・・!?え、俺はそんなにあんた達と仲良かったっけ・・?この前初めて逢ったばかりでしょう?」何て台詞が頭の中で渦巻いている。姉さんもあんぐりと口を開けている。しかし、よくよく話を聞いてみると、ほとんどは事務局長の熊隊長とK子ちゃんが飲んだそう。


 てっきり熊隊長は太郎まで戻ったと思いきや、悪天候により沢の小屋で停滞。そこにK子ちゃんが戻ってきたので、俺のデポした焼酎を飲もうということになったらしい。熊隊長とK子ちゃんが飲んだ※9のなら仕方がない・・。

 ヤマちゃん
も俺を気遣ってくれて、熊隊長のツケにするから・・と言ってビールを何本も持ってきてくれた。


きれいなきれいな星空の元、デッキで子ども達やエノさん、兄さん、姉さんと語らいながら最後の夜は更けていった。


編集者の勝手な脚注
※7 この辺り一帯はキャンプ指定地がないが、警備隊やグリーンパトロールの目を盗んでこっそり幕営をする人がいる。
※8 ホットケーキミックスなど山小屋の貴重な食材を使って手作りされた、結構本格的なケーキであった。
※9 デポしてあった焼酎は結構高級な銘柄で、色が黄金色であったので、わざわざそれに合わせて焙じ茶に水をいれて微妙な色調整まで行った。  そこまでやるかと言うようなM中熊隊長の手の込んだ手口で、水で割って口にするまで気がつかなかった訳である。 しかし熊とK子ちゃんが先に戻るのに、高級焼酎をデポしておくと言う危機管理意識の欠如が今回の悲劇の原因になったと考えられる。


〔活動5日目 8/15〕エノさん、ごめんなさい

いよいよ下山の日。初めて黒部に脚を踏み入れて15年。ここから下界に戻るのも20回を超えているが、毎度毎度センチメンタルになる。来年は来られるだろうか。来年ここに来るまでには、嬉しいこともあるだろうけど、苦しいこと悲しいことも沢山乗り越えなければならないなあ・・なんて。でも、下界の煩わしさがあるからこそ、黒部の有り難みがある。下界で満足しきっていたら、黒部で解放されようなんて思わないもんね。


太郎で昼食の準備をしていると、他の登山客もふり返るほどの大声で「師匠!」と。辺りを見渡すと、愛しいUイチローが・・。デジカメを片手に、「写真を・・」とねだられ、つかの間のアイドル気分を味わう。本当に可愛いヤツだ。姉さんも、久しぶりにあった息子のよう・・。(この際、兄さんと姉さんの養子にしたら・・)イワナの会の将来は是非こいつに託したい。何とか、山岳警備隊への就職を後押ししたい。

ガクは太郎で合流したK子ちゃんとさっさと下ってしまった。エノさんもK花ちゃんと無事下山。我々のミッションは終わった。


夜は熊隊長@M中さん宅で反省会。焼酎を飲み干された恨み辛みを笑いに変えながらの宴会であったが、その罪滅ぼしか、村中さんが前から俺が欲しいと言っていたSAGEのロッド※10を正式に譲ってくれることに・・。セットにしようと思っていたオービスのリールが見あたらないというので、「山行中、エノさんがオービスのリールは沢山持っていると言っていたから、そのうちエノさんからもらいますよ・・」と冗談を言ったら、エノさんが「待っててね。」と席を立ち、その後、「これね・・」とオービスのリールを僕の手に・・。何が何だか分からなかったけど、「ひょうたんから駒」じゃないけど、大変なことになってしまったことは自覚した。


いい年して軽はずみな冗談を言って、SAGEのロッドとORVISのリールを一瞬にして手に入れてしまった。罪悪感をひしひしと感じつつも、これで、イワナの会の伝説※11を本当に語り継いでいかなければならない。そんな十字架を背負ってしまったプレッシャーと喜びを感じつつ、夏の終わりの夜は更けていったのである。



編集者の勝手な脚注
※10 セージのロッドは日本にあまり出回っていない時代に写真家の高橋K市氏がカナダから持ち帰ったもの。 オービスのリールも最近のモノではなく、かなり以前に英国ハーディ社がOEM生産して、オービスブランドで売り出したもの。 共にブランド名以上に価値があるモノと思われる。
※11 源流の熊ことM中熊隊長は今回、お茶がわりの缶ビールの他に、隊員が苦労して担ぎ上げたハーディのボックスワインをフルボトル換算で4本中3本飲んだ上に、大量の焼酎を平らげた。 これが本当の岩魚の会の伝説かも知れない。  しかしなんぼほど飲むんやー!



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(C)黒部源流の岩魚を愛する会