2004 第1回入山記録

Z谷レポート Hオジ&マサヨ姉さん&旭山の珍道中・漫遊記

それぞれの「もちモノ」によって、男は「珍道中」・女は「漫遊記」というそうな・・・。

それはさておき、今年の夏はことのほか暑い。とてもじゃないが、くそ暑い稜線歩きは避けたい!できれば涼感あふれる沢でのんびりしたい!そんなこんなで我々は「黒部源流の・・・」という肩書きも忘れ、岩魚の楽園との噂のある別水系のZ谷を目指したのだった。

 お約束の熊隊長邸での宴会をクリアし、われわれが目的とする沢に向かったのは、9時だった。イワナの会に入会して、本当に朝が遅くなった。黒部イワナの起床時間に合わせているのか、単に年をとっただけなのか、それは微妙なところだが・・。

 入山1日目 とりあえず日程にも限りがあることから、沢を下流から詰めることは諦めて、山越えのショートカットルートを選択した。今回はすべてテント泊なので、食料や酒、シュラフなどことのほか荷物が重い。姉さんと僕は20kgオーバー、25kgほどのザック。兄さんは・・・言うまい。重量がこたえるのか、姉さんはいつになくバテぎみ、こちらもなかなかペースは上がらない。2時間ほど歩いたところで、村中さんから教えてもらった沢への下降点に到着した。「熊さん」から熊の巣と聞いていたので、それぞれが用意した熊よけの鈴を鳴らしながら下降する。地図で見ていたよりはるかに長く、苦しい下りだった。

 午後3時に近づいたころ、合流点に到着。早速イワナの泳ぐ姿に心を躍らせる。とにかくバテバテの我々はテン場を見つけると、泊まり支度をし、探釣に出かけた。日帰りの釣り師がたどり着ける領域ははるかに超えているはずで、イワナの桃源郷を予感したが、結構スレている。兄さんがエサ釣りの仕掛けを拾ったことにより、それが裏付けられる結果となった。翌日に期待を残しての宴会はほどほどに切り上げた。

 入山2日目の朝も9時のスタート。兄さんのストレッチはギクシャクしていて笑いを誘う。あまりスポーツとは縁もゆかりもなさそうな御仁だ。遡行を開始するとイワナはそこそこ走るが、桃源郷と呼ぶには程遠い。30分ほど歩いたところで大きな壺を持つ滝に出会う。どうやら、今も姉さんがバイブルとする著名な釣り人の釣行に出ていた「イワナ止めの滝」の写真と酷似しているらしい。この上にもイワナが生息しているという情報はたくさん得ているので、その釣り師はここまでしか入れなかったのであろう。いずれにせよ、両岸とも簡単に上れそうにはない。巻き道を模索するも、断念し、滝の左岸を直登することに決定する。

兄さんのザックからザイルが姿を現したときには、期待と恐れが入り混じっていたが、ザイルを首にかけた僕にはアドレナリンがビンビンしていた。体調不良の姉さんには若干の躊躇もあったようだが、僕と兄さんの「やる気」に覚悟を決めたようだった。最初のルートは手がかりを失って断念、兄さんと姉さんの指示に従って右へルートを取る。見事、クリア。カンバの木にザイルを巻きつけて確保をとり、ザックを持ち上げる。全員が通過に成功するが、姉さんの「ラッキーバンダナ」が滝つぼに飲まれてしまう。バンダナの動きを見ていると、滝つぼに巻き込まれては、流れ出しのほうに戻ってくるという動きを繰り返している。「登りに失敗したら滝つぼに飛び込めば言いや」と考えていたことが大間違いであったことを思い知らされる。姉さんはひどく残念がっていたが、きっと、われわれの身代わりとなってくれたのであろう。

その後も、巨岩帯やゴルジュに苦しめられザイルに頼る登りが続き、なかなかペースがはかどらない。時々不安が脳裏を横切る。そしてついに、数十mはあろうかという切り立ったツルツルのゴルジュの前に姉さんは「もう、撤退」と叫び、自分もこれでもう駄目だなと覚悟を決めた。しかし、兄さんの目は死んでいなかった。多分あそこしかないだろうな、とはうすうす感じていた巻き道、草つきのスラブと藪の出会う
V字の溝を登りだしたのだ。登れるかもしれないが、降りることは難しそうな場所を・・。もう後には引けない。僕と姉さんは後に続いた・。どれほど登ったろうか、草つきは危険な状態になり、藪は密集して前に立ちふさがっている。とりあえず、安全と歩きやすさの折衷案として、藪とスラブの境目を登ることを提案する。いつの間にか、僕がトップに立っていた。しばらくして、何者かの足跡を見つけたが、熊?では無く人間のものと分かったとき、不安がスッと飛散するような気がした。しかし、水もほとんど持っていないのに、尾根筋を目指すことにはまだまだ不安が大きかった。

そんな時、兄さんの「沢の流れる音がする」という言葉に耳を澄まし、比較的近くに音が聞こえたことが大きな勇気となった。必死の登りの末、たどり着いた尾根筋の木の間から沢の流れが見えたときは、何とかなるぞという元気がふつふつと沸いてくるのを心から実感できた。そこからの下降は決してたやすいものではなかったが、うまく沢筋を見つけることができた。すでに疲労困憊の我々3人は、なんとかテントを張れそうな所まで歩を進めたが、現金なもので、薪を集め終われば、姉さんに食事の用意を任せていそいそと釣り支度を始めるわれわれ二人の姿があった。徐々にイワナが濃くなってきているのがわかり、桃源郷への予感を感じさせながら2日目も星空の夜は更けていった。

 いよいよ3日目、予定では、次の沢で釣りをしているはずだが、まだまだこの沢は長そうだった。この頃には何日かかろうが、とにかくこの沢をやっつけることしか頭に無くなっていた。うんざりするほど重い荷物を背負って歩き出すと、すぐにイワナが走り出す。何日も満足に釣りをしていない姉さんがついにブチ切れて「もう、釣りせえへん?釣りしようよ!」と言い出した。兄さんも、気おされるように、「ほな、釣っていこか?釣ろ!釣ろ!」と後に続く。この沢をやっつけるだけであれば、あわてる必要などまったくないので、当然同意して釣り支度にとりかかる。早速準備をした姉さんが第1投を放り込む。と、一瞬間をおいてピンクのパラシュートに向かって巨大な影が飛び出す。フライの下流に回りこんだそいつが、半分ほど魚体を水面上に現しながらしっかりと針をくわえ込んだ瞬間、我々が「でかっ!」と叫ぶのと、姉さんが合わせをくれたのは同時だった。

姉さんは、決して取り乱したりはしなかったが、やや取り込みをあせっているように見えたので、「姉さん、もっと遊ばせないと!」と、言っては見たが、瀬の中を縦横無尽に走る魚体はあせるなというのが無理なほど大きかった。兄さんも、かなり熱くなっていた。「ネット!ネット!」という僕の声に反応したはいいが、ネットを持って魚を追い回し、必死で逃げ回るイワナに姉さんのロッドは大きな弧を描いている。しかし、しっかりと針がかりしていたので、さすがの大イワナも観念したようである。兄さんのネットに納まったイワナは
32p強。体高・体幅とも立派の一言であった。天然の尺イワナを釣ったのは初めてという姉さんは満面の笑みで、体調不良を訴えていたのも嘘のようだった。

 第一投から尺が出たことにより、いよいよイワナのエルドラドは本物だ!という我々の期待を裏切ることなく、その後はイワナが出続けた。黒部のイワナほどはがっついていないのか、ほかの筋を流れるフライにいくつもの方向から飛びつくというようなことはないが、イワナのいる筋に流してやれば確実に出てきた。バレたために反動で打ち返したフライに違うイワナが食いついたり、一つの淵から10匹連続で釣れたり、挙句の果てには、27pほどの良型をリリースしている人間の頭の上から放り込んだフライに尺が出たり、まさにハイライトの一日であった。三人それぞれが尺を上げ、25p以上の良型20以上、トータルで100をはるかに超える釣果であった。結局7時間ほどの釣り三昧。歩いたら1時間ほどの距離しか進まなかった。必死になってゴルジュを越えたご褒美であったのだろう。なんとも幸せな一日だった。

 ついに4日目、いくらお天気続きとはいえ、いつまでも沢の中にいるのは不安である。今日こそは稜線に出たい。地図上ではかなりいいところまで来ていると思うが、なにせ昨日一日釣り三昧をしたためほとんど進んでいない。足元を走るイワナを恨めしく思いながら渡渉を繰り返す。そのうち、尺が潜んでいそうな大淵にたどり着いた。ここを逃す手はない。情報によれば34pは出ているのだ。「突進王、まかせるよ」の言葉に甘えて竿を出させてもらう。良型をバラしたあと22p、18pぐらいのが続く。基本的に大きいのから餌をとるはずという信念を持っているので、見切りをつける。兄さんが「もうやめるの」という顔をしているので、ロッドをそのまま渡す。さすがに兄さんは生粋のフライフィッシャーだけあって、俺のロッドでもきれいにロングキャストをする。狙いも正確で好い所を攻める。俺が流した所からほんの30pほど奥の対岸ギリギリにフライを落とすと、黒い影がサッと動くのが見えた。大きい。

兄さんがしとめたそいつは尺を超えていた。素直に脱帽である。その後は薬師沢に似た開豁な沢を詰め、稜線へ。大きいものはいなかったが、かなり上のほうまでイワナは生息していた。

 日程を大幅に変更してしまったのでどうしようか迷ったが、幸いに村中さんと連絡が取れ、下山をして打ち上げを行うことになった。温泉で汗を流し、仮眠を取って深夜に帰宅する村中さんを待つ予定が、キヨカさんと盛り上がり、ろくな仮眠も取れず無理やり起こされての反省会となった。もう一度行けと言われたら、躊躇するが、終わってみれば本当に楽しい釣行であった。しかし、今度はルートもわかったことだし・・なんてまた行ってしまうのかなあ。


2004 第2回入山記録8/228/26

 「ヤベッ!」嫁さんの実家でパッキングをしていた俺は重大なことに気がついた。何の気なしに積んできたザックは、小屋泊まり山行にはあまりにも大きすぎる。半分も中身が入っていないザックを担いでいくのも格好が悪いので、頼まれていた蕎麦粉を届けがてら熊隊長にザックを拝借することにした。

 本来なら、東京のS水さん御一行と行動を共にするつもりであったが、前日に入山されたというので、一人での入山となった。8:15、いつものように、遭難碑に合掌して上り始めるが、とにかく体が軽い。前回のI谷釣行の貯金だろうか?考えてみれば荷物は半分以下である。オーバーペースに気をつけるが、体はほぐれ、なおも軽快である。途中からは自己記録が狙えるペースであることに気づいて、思い切り飛ばす。11:15に太郎に到着。2時間30分で着いたのは自己記録である。きっと、Hオジは俺を鍛えなおすために敢えて荷物を背負わずにいたのだと深く感謝する。

 太郎の小屋では意外な人物に出会った。最初の教え子のS君である。以前届いた手紙から、冬にスキーをやっているのは知っていたが、山もやっているのは知らなかった。「先生と同じように歴史を勉強したい」と早稲田に進学したが、現在は5年生だそうである。部活も見ていたため、年間300日ぐらい一緒にいたが、ここまで同じものを好きになって(本人には俺のマネをしている意識はないかもしれないが)くれるのも教師冥利に尽きる。

7〜8人のパーティーで、室堂から槍まで抜けるのだそうで、「ごくろうさん」と励ます。「先生、ここは何度か来ているのですか?」と質問されたので、「16回目かな?」と答えると、一同から「スゲ〜」と、感嘆と嘲笑とが入り混じった複雑な反応が返ってきた。まあ、一般的に言って『変わり者』であることには違いないだろう。

 1時少し前に沢の小屋に到着。「山ちゃん」「心平さん」の出迎えに敬礼。開口一番「今年は数も型ももう一つで・・」という心平さんとしばし情報交換をした後、早速探釣に出かける。B沢〜沢の小屋間は、高天原からの帰りに釣る予定なので、上流に出る。幸い先行者も無くのんびりと釣ることができたが、情報を裏付けるように型が小さく、いつもなら絶対出るような場所でも反応があまり良くなかった。結局、3時間弱で12匹、25pを超える良型は出ずじまい。下界とは比べるべくもないが、天下の黒部としてはさびしい釣果であった。夜の酒盛りも心なしか寂しく、心平さんと二人しんみりと夜は更けていった。

 翌日は雨、朝寝を決め込む。高天原のS水さん御一行は停滞だろうか?天気予報は明日も悪そう。今日くじけると、高天原に行く気力がうせそうなので、11時過ぎに雨をついて出発。雲への登りは毎度ながら嫌になる。この辺で出会わなければ、清水さんたちは停滞だな?と思っていたところに雲の小屋から降りてくる一団が・・。去年までとは打って変わって(失礼!)頼もしいリーダー姿の清水さんであった。奥さんも相変わらずのブルーベリーハンターぶりで、すでにたくさん収穫してきたようだ。一緒に沢の小屋に戻って宴会!という考えも頭をかすめたが、ここまでの登りをもう一回やる気力もなく、一人高天原に向かった。コロナ尾根から高天原峠への道は木道や梯子が新設され、やや歩きやすくなっていた。

 15時過ぎに高天原に到着、小池さん・香春さんと再会を楽しむ。今年のバイトは松村君。さわやかな感じの好青年だ。昨年までのバイトの二人はともに下界で放送関係の仕事に就いたらしい。そのうちの「戸部さん」(この字でいいのかな?)とは、前日沢の小屋付近ですれ違い、小池さんによろしくとの伝言を頼まれたので、その旨伝える。お客さんの夕食が始まるころ、温泉へ。贅沢に独り占めをする。夜は軽く宴会。

 天気予報どおり、またも雨、その上風も強いときたもんだ。今日もゆっくり朝寝を決め込む。昼前に起き出し、松村君と釣り談義。イワナの毛ばり釣りは、今年が初めての体験らしく、すべてが新鮮のよう。沢の小屋から借りてきたというテンカラ竿には、つぶれたフライと50pくらいのハリスがついていたので、「ダメダこりゃ」と指導する。まあ、イワナの会にはその道のエキスパートがいて、これからボチボチ入山してくるから、詳しくはそちらに・・。ということで、話を切り上げた。彼の話によると、小谷のイワナはかなり下流まで生息域を広げているらしく、立石下流には小谷育ちのイワナが落ちて行っているかもしれない。夜はお決まりの宴会ということになるが、この日はスペシャルゲストが2名いた。グリーンパトロールのお姉ちゃんたちである。26歳、独身の松村君は若い女の子が来るということで、昼間から少なからず期待していたようだが、それは見事に吹っ飛ばされた。確かに若い女の子たちではあったが・・。これ以上は言うまい。詳しくは総会の折にでも、香春さんや小池さんに聞いてほしい。後から聞いた話では、前夜宿泊した沢の小屋でも、心平さんやみどりさんを混乱の淵へと叩き込んだようである。

 夜が明けると、天気は絶好。B沢からの釣りに期待が膨らむ。大東新道をビュンビュン飛ばして1時間30分でB沢に到着。早めのお昼をゆっくり食べ、本流用の長いリーダーに付け替えてフライを結ぶ。岸よりのやや流れのゆるくなったところから、25pオーバーの良型ばかりが6匹連続で飛び出す。2日間の増水の後、絶好の天気の中、先行者もなし、これなら榎本さんや岩渕君でなくても大釣りができるかもしれない・・。そんな予感は、幻想であった。A沢出合の上流はフライを打てども打てども反応がない。時々、水溜りで泳いでいるイワナを見かけるのみである。そのうち、風も出てきてフライのコントロールもままならず、集中力も切れてくる。瀬に出ていないなら、淵を攻めようと気持ちを切り替えたのは正解だった。何度かフライを流すうちに底から少しずつイワナが浮いてくる。5つ、6つ・・・20から30ほども浮いてきたろうか?そこからは吉田の姉さん風に言えば「入れ食いや〜」って感じになった。しかし、気づくのが少し遅く、やっと黒部の釣りらしくなってきたところで沢の小屋に到着となった。尺は出ず、数も25ほどであった。

 翌日は、薬師沢を釣り上っての下山というルートも考えたが、小屋の皆さんとのんびりコーヒータイムを楽しむことにした。酒を飲み干し、アテを食いつくして軽くなったザックに水陸両用シューズを詰め込む(沢の小屋の道具置き場がせまくなったから、というのは言い訳で、先月のI谷に気を好くして来年は違う沢を狙っていたりする・・かな?林オジ)と、アルバイトの吉田君(岩魚の会にいるとこの苗字の人によく出会う)が太郎に戻るというので、一緒に出発した。吉田君、これは公共のページだから控えるが・・、頑張れよ。と、いうわけで太郎でもお気遣いいただいてしまった。

 ずっと同じコースを歩いていた年配の方(百名山完登者・・自分が浪人時代に住んでいた隣町に在住)を富山駅まで送る約束をしていたので、折立までダッシュで下る。自己新記録の1時間30分で下るが、下山王のタイムには遠く及ばない。いったいどんな下り方をしているんだろう?とても上る姿からは想像出来ないが・・。まあ、いずれにせよ親切をして爽やかに今回の山行を終了することができた。(可愛いお姉ちゃんを引っ掛けてどこかにしけ込んだと勘ぐった御仁もおられたが、自分はそこまでギラついていない。というか、ギラつくような可愛いお姉ちゃんには山では滅多に会うことができない。今回、小池さんが長い山暮らしの中で初めて見たというアナグマに偶然俺も出会ってしまったけれど、それぐらいレアである。)

 翌朝、ザックを返しながら、入山するエノさん御一行を見送るため熊隊長宅へ。あれだけ渋かった状況でもきっと大釣りしちゃうんだろうなあ、この人たちは。と思いながら見送る。まだ、I渕君のレポートがアップされてないからわからないけど、きっとそうに違いない。そして俺はへこんじゃうんだよなあ。

Home 活動報告

C黒部源流の岩魚を愛する会