コトバ表現研究所
はなしがい153号
1999.4.1 

 新学年が始まりました。専門学校での今年の担当科目は「社会学」となりました。しかし、これまで担当した「教養講座」での「コトバとコミュニケーション」に基本的な変化はありません。コトバの力をつける訓練(書きなれノート、表現よみ、印つけよみ、コトバのスクラップ帳)、新聞の読み方、手帳とメモ、話の構成と話し方、敬語、電話のかけ方などです。今年の「社会学」では、新聞のよみ方や情報のとらえ方に重点を置こうと思っています。

●若者たちの幼稚化

 昨年一年、高校卒業生のクラスばかりを担当していろいろな発見がありました。長い間、中学卒業生のクラスと並行して担当したので、年齢の差を意識しました。話し方や話す内容に差をつけて、冗談や洒落も年齢に見合うようにしました。しかし、今になってみると、年齢の差はあっても教育の根本は同じなのだと思います。問題になるのは年齢への配慮ではなく、精神の発達段階に合わせた教育です。

 近ごろ、「若い人たちが幼稚化している」という声をよく聞きます。正確には、幼稚化というより精神的な発達が遅れているのです。その一因として、今の社会は若者が成熟を望みたい社会ではないことがあげられます。しかし、嘆いてばかりいられません。どんな成長が必要なのでしょうか。

 子どもの発達の研究では、フランスの児童心理学者ピアジェが有名です。さまざな実験をして、子どもの発達を研究しました。翻訳された本もたくさんありますが、一般の人が読みやすいものではありません。最近、わたしが読んだ波多野完治・滝沢武久『子どものものの考えかた』(1963/岩波新書)は、やさしく分かりやすいものでした。

 この本で紹介されたピアジェの因果律の十七種類の発達段階をおもしろくよみました。因果律というのは考えの基本で、原因と結果のつながりのことです。わたしは卒業試験で、理由と根拠を組立てる次のような文章構成の問題を出しました。
 「@○○は……である。Aなぜなら……からだ。Bというのは……からだ。」

 しかし、きちんと回答できた学生は三分の一ほどでした。今年の授業でも考え方の教育をするので、ピアジェの因果律は参考になりそうです。

●十七種類の因果律

 原因と結果は自然の世界に存在するものを知ればよいというのではありません。結果から原因を考えて「……だから……だ」と「理由づけ」して考えるものです。十七種類の因果律は、子どもの精神発達の段階を示すものです。(1)から(6)までは、四、五歳くらいまでの子ども、六歳ごろから(3)(4)がなくなり、あとはおとなまでつながる考え方です。

 (1)動機論的因果――「大きな山はおとなのために、小さな山は子どものためにそびえる」と、主体(山)の心理的な動機を理由にします。

(2)目的論的因果――「舟は旅行する人をはこぶために浮く」と、原因と結果がひっくり返しです。(1)とのちがいは、主体(舟)の意識のないことです。

 (3)現象論的因果――「この小石は白いから沈むんです」と、時間や空間が接近したものを見て、その表面だけを関連づけてしまいます。

 (4)とけこみによる因果――「部屋の中の風や影は、部屋の外の風や陰からやってくる」と、二つのものの見た目の共通性を因果にしてしまいます。

 (5)魔術的因果――「ある呪文を唱えれば、身の危険を避けることができる」という「オマジナイ」です。子ども自身の考えやコトバや身ぶりで因果をつくれるという考えです。

 (6)善悪的因果――「雲は、人間が眠るときに、夜を作りださなければいけないんだ」と、現象の因果を道徳的な要請によって説明します。

 (7)人工論的因果――「すべてのものが人間(神さま)によってつくられた」という前提による因果律です。(2)の考えも「旅行するために、人間が舟をつくったんだ」と発展します。

 (8)アニミズム的因果――「山は成長する」「太陽は生きているから動くんだ」と、人間の活動になぞらえて自然現象をみるものです。はじめは、机、椅子にも生命をみとめますが、しだいに雲や島や車など動くもの、そして、太陽や風や時計など自分の力で動くもの、最後に動植物だけが生きているという考えへと発展していきます。

 (9)力動的因果――「水に浮くものは重い。だって重いものは水にしがみついている力があるんですもの」と、内部に力をもつものが動くという物理的な色彩をおびた考えです。

 (10)まわりのものの反作用としての因果――(9)が発展して、「物理学的な因果律」によって説明します。雲の動くわけを、「雲の中の力」(力動的因果)と見ていた子どもが、「風が雲をあと押しする」と作用・反作用を考えるようになります。古代ギリシャの科学の発展に通じるものがあります。

 (11)機械的因果――「自転車は人がペダルをふむときだけ走る。ペダルの力が自転車に移動するからだ」と、物理現象をはじめて科学的に見ます。

 (12)生み出しによる因果――「雲は煙や風や火が変化して生まれた」と、ものの起源を、ものの変化から考えます。「物質の変化」は科学の芽生えです。

 (13)物質の同一視による因果――「太陽は、雲がただころがって、まざり合い、乾燥した結果、生じた」と、太陽と雲を同一視します。もののうわべでなくて、背後の共通性を見とっています。

 (14)濃縮化と稀薄化による因果――「石も土がしっかりとかたまったものだから硬いんです」と、ものがいろいろな濃さの構成物質でつくられていると考えます。「水は、ジャブジュブしてうすいから軽く、木や石は、厚くて強いから重い」も同じです。

 (15)アトミズム的因果――「岩は小石からできているもので、その小石は砂のかたまりだ」と、ものを最小限の要素(アトム)の集まりと考えます。

 (16)空間的因果――「小石をコップの水に入れると水面が上昇するのは、小石が水中に沈むからだ」と、アトミズムの考えを空間のものに応用します。

 (17)論理的因果――「U字管に水を入れると、両側の水面の高さが等しくなる」――これを平衡の原理から推論することができます。

 以上、十七種類の因果律は、ものの認識の発達段階を考える基礎です。わたしたちおとなも、ものごとの因果関係を考えるとき、うっかり子どものような考えに陥る危険があります。わたし自身も用心しなければならないと思っています。


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