明月院1998.7.2

ふいに沙羅双樹(夏椿)の花が見たくなって北鎌倉へ行ってきました。心が疲れてきたときは、なぜか北鎌倉の町を歩きたくなるんですよね〜。美しい仏様のお顔を拝見したり、何より庭に植わった花々を見るのが楽しみです。一人で鎌倉に行くときは、あっちもこっちもと欲張らずにポイントを絞って出かけるようにしています。だから午後から出かけても十分楽しめる。ただ、いつも同じ場所になってしまいますが。ウォークマンにまさしさんの歌のカセットを入れて、目的地までの雑音は消してしまいます。

北鎌倉駅から円覚寺方面の小さな改札口を出て、今日の行き先は明月院です。平日の北鎌倉は、静かで歩きやすい町。今日は陽射しが痛いくらいに上天気です。行く道すがらの民家の凌霄花(のうぜんか)の、橙赤色の大きな花が綺麗でした。私はこの花、けっこう好きなんですよ。異国の雰囲気があって。(中国伝来なんでしょうけど)門前の花に小さな名札が下げられていたりして、小さな心遣いをされているお宅もあります。夏萩がいい感じです。金雀枝(えにしだ)も今が盛りです。
鎌倉方向へ線路に沿ってしばらく歩くと、道がカーブします。その分かれ道を左に(まっすぐな道)今度は川に沿って歩きます。左手の「鎌倉明月」という甘味処を過ぎると、今度は葉 祥明美術館があります。最近は、「サニーのお願い〜地雷ではなく花を」という絵本を描いて有名な、絵本作家の個人美術館です。私が高校生のころは、便箋やノートなどのステーショナリーに、葉 祥明さんのイラストが流行りました。イギリス風な建物が、鎌倉の景色にも馴染んで素敵です。さあ、もうすぐ明月院です。

総門前はちょっと暗い趣ですが、「あじさい寺」としてあまりにも有名です。休日は紫陽花見物の人で、参道にずらりと行列ができるほど人気がありますが、やはり平日は人影がまばらでした。総門から山門までまっすぐに続く石段の両脇は、色とりどりの紫陽花に埋もれてしまいそうです。紫陽花ってこんなにたくさん種類があるのねと感激するほど。町中の紫陽花は日に黄ばんで美しくなくなっていますが、さすがに谷あいのここでは盛りは過ぎていたけれど、まだまだ美しかったです。白い小花の紫陽花がウエディングベールのようで素敵。やっぱり白い花は好き。
総門を入ってすぐ左には、北条時頼公の廟所と墓所があります。ちょっとご挨拶のお参りをしました。静けさのなかでは鶯の声や、紫陽花の香りまで際立ってくるみたいですね。山門から左手奥の開山堂の前の栴檀(せんだん)の高木が、山からふいてくる涼風になびいていました。下界とは一線を引いたような清々しさを感じます。「明月院やぐら」は、湿った雰囲気があって、少しゾクッとしますが、見ていると不思議と静かな気持ちになります。*(「やぐら」とは、鎌倉特有の洞窟のような墓です。室町時代の関東管領上杉憲方の墓で、「明月院やぐら」は鎌倉最大規模と言われています。)

開山堂をはさんで、やぐらとは反対がわにある「瓶の井」(つるべのい)は、「鎌倉十井(じゅっせい)」の一つとしても有名です。本堂の脇に立つ沙羅双樹の花は、残念なことに終わってしまっていました。今年は、すべての花の開花が早かったようですね(T_T) 小さな竹林は、華やかな色味がない分「わびさび」の境地ですね。人けがまったくなかったので、石に腰掛けてしばらく目を閉じてみました。さやさやと葉を揺らす風と清水の音が心地よい。竹林の入り口に掲げてあった唐詩が、この空間を言い当てています。

「孟宗竹林」

荷風送 香気
竹露滴 清響

大きな朴(ほお)の木の大きな葉っぱが面白くて、今度(来年の春)はこの花も見に来ようと思ってしまいました。朴の花は、白い花。マグノリアの花とも言われます。そのまま帰るには惜しく、いつものように東慶寺に向かいました。閉門の30分前です。東慶寺はさらに人影がなくて、奥の墓所はまったくの私一人きり。鳶の姿もなく、葉ずれ音さえ聞こえません。孤独ってこういう感じなのでしょうか。用堂尼さんの墓所に「来ましたよ」とご挨拶をして、帰ろうと山門まで戻るとここにも小さな沙羅の木が。もちろんここの花も終わっていて、蕾と見間違うような咲き残りがあるだけでしたが、来年の楽しみがもうひとつ増えました。

夏萩のこぼれ散るまも恋やまず

嫁ぐ日のベールに似たり白紫陽花

古寺に涼風はこぶ竹落ち葉

山桃の実結びて青き開山堂

沙羅の花今ひとたびの夢を見む

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