初めての「パブリックハウス」での仕事。和郎を驚かせたのは、
そのお店の洗練された内装、グレードの高い料理、最先端の音響機材。
そしてなんといっても、
「客層」でした。
それまで和郎が働いてきたクラブやキャバレーのお客さんと違い、
そのお店のお客さんのお目当ては、「女性」や「自分が唄う」
ことではなく
「店の雰囲気」そして「音楽」だったのです。
和郎は、若い人たちがデートコースにするこのお店「クロス」で働けることに、とても喜びを感じました。
和郎は、自分と同じ年代のお客さん達と、気軽に会話を交わしながら、
とても楽しい日々を過ごしました。
服装も今までのような、スーツにネクタイではなく、
流行のカジュアルな洋服。
それは今までの「仕事場」で味わったことのない空気でした。
しかし、和郎には決定的な不満がありました。それは、演奏する音楽が
「ジャズ」ではなかったことでした。
そのころオシャレな若者達が集まるお店では、
きまって、当時流行っていた、
「クロスオーバーミュージック」といわれる曲がかかっていました。TOTO、シャカタク、スタッフ、グローバーワシントンJr.、パットメセニー、アース・ウィンド・アンド・ファイアー・・・etc。
和郎は決してこれらのアーティストが嫌いなわけではありませんでした。
しかし、どうしても「ジャズ」がやりたかったのです。
この不満は,どんどん募っていくばかりでした。