1960年、5月24日、ボブディランと同じ日に、大阪に生まれる。
当時の赤ちゃんにしては3500gと大きく、親戚からは大物になるかもなんて思われて
とっても期待されて生まれてきた和郎だった。



そんな和郎が初めてピアノに触ったのは4才のころ。
家賃2500円の公団住宅にすんでいた和郎がなぜピアノと出会ったか。
その謎の鍵は、和郎の母、陽子が握っていた。

時は陽子が若かりしころにさかのぼる。
陽子が高校の時の2つ上のあこがれていた先輩に
あの「宮川 泰」さんがいたのである。
陽子はピアニストになることを夢見ていたが、家庭の事情で就職。
毎月の給料からこつこつ溜めたお金でアップライトピアノを購入。
先生にもつかず、自分で練習していた。
そんな母のもとに、和郎が生まれたのである。


 

 

和郎は、ある日、母に連れられ
高級住宅街にある、「ピアノ個人指導」と書かれたお宅を尋ねた。
先生と母が何やら話しているあいだ退屈した和郎は
始めてみるグランドピアノにふらふらと近寄りそうっと触ってみた。

『汚い手で触らないで!』

和郎は、M先生に怒鳴られました。
それが和郎のピアニスト人生の始めの一歩だったのです。

ちなみに、その時触ったグランドピアノは
その後発表会の前の2,3回のレッスン以外は
一切触らせてもらえない、大事なピアノだったのです。

さて、和郎は、学校が終わるとまっすぐ帰宅し
ピアノの練習をする日々が始まりました。
ピアノを習いはじめて三年、7歳の頃
和郎少年は、練習曲をすっかり退屈に感じるようになってきました。

BACHは好きだったのですが、モーツアルトは苦痛だった和郎。
「ここはこうした方がおもしろいな!」
和郎は、好きに和音を変えてメロディーをくずして
リズムをロック調にしたりして喜んでいました
『自分流に音を作る』その快感を初めて覚えた和郎。
7歳でした!