8月29日 晴れ
2:30起床。なんだか頭が痛い。夜行疲れが完全にとれていないのか、それとも高山病か。テント内の気温は15.6℃。標高2500mの高所にしては暖かい。外を覗き見ると素晴らしい月夜で、剱岳も完全に姿を現していた。周囲のテントのうち半分くらいはすでに起きていた。前剱だか一服剱だかの斜面に灯りが揺れているのが見えた。ここではみんな行動が早い。暗いなかで朝食をとり、パッキング。おそらく使う場面はないだろうと考えて、ストックは置いていくことにした。望遠レンズを持っていこうか最後まで悩んだが、ウエストに装着しなければならないので岩場で邪魔になるだろうと思い、置いていくことにした。また、軽量化の意味も含めて、三脚も置いていくことにした。
4:20 剱沢発(高度計:2545m)
まだ暗い中をヘッドライトを着けて出発。まずはテント場管理棟の脇から急な坂を下っていく。下に見えるはずの剱沢小屋の明かりがまったく見えないため若干不安になったところで、さらに「←剣山荘近道 | 剱沢小屋→」といった標識を見かけ混乱する。剣山荘へは剱沢小屋を経由していくものとばかり思っていたがどうもそうではないらしい。ここは剣山荘への道をとった。4:50 剣山荘(2475m)

巨岩を渡って少しするとようやく剣山荘に着いた。小屋からはこれから山頂へアタックする登山者たちが続々と出発するところだった。東の鹿島槍の空がオレンジ色に染まってきた。
剣山荘の裏手へと道は続く。15分登ると第1の鎖場が。金属のプレートが打ち付けてあって、「1番目鎖場」とあった。後続の大学生パーティが「うわ、もう鎖っすよ」「おお俺興奮してキター」「まじ超ヤバいっす」と楽しそうにわめいているのが聞こえた。もうこの頃はだいぶ明るくなってヘッドライトは消しても歩けた。この鎖場は難なく通過。鎖は使わなくても問題ないくらいだった。5分後、第2の鎖場に到着。ここもどうということはない。
5:15 一服剱(2640m)

この日は地平線近くに雲があったせいか、期待していたような赤い剱岳は見られなかった。ていうか、一服剱から目の前に見えるのは前剱だった。それにしても、ここを一体どうやって登るというのだろう。なんというか、猛烈な迫力の岩壁である。塩見岳の天狗岩の登りを思い出した。
5:53 前剱大岩

登りきって振り返ると、南アが見えているのがわかった。
6:10 前剱着(2825m)
さらに10分ほど進むと4番目の鎖場となり、このあたりでいよいよ剱岳の本体が姿を現した。鎖はこれまた呆気なくクリアして前剱到着。前剱は直下を巻けるが、しばらく休んでいなかったので、きっちり山頂に寄って休息をとることにした。ここまで来ると西側の展望が開けて白山や富山の街が見えた。剱御前の後ろあたりから薬師岳も出てきた。剱はまだまだ遠く感じた。もっと上に行けばもの凄い景色が待っている、という予感がする。
しかし、それにしてもこの岩塊の凄さは・・・一服剱からの前剱の眺めも凄かったが、ここはその比ではない。使命を帯びたシバアサマがこれを見たときはどんな気持ちになっただろう。もちろん、100年前にはカニのたてばいなんてなかったのだ。
6:26 前剱発(2820m)


このあとコルへの下りになるのだが、なにも考えずに素直に前のパーティについて行ったら下山専用道を下りて行ってしまった。通らなかった上り専用道に6番目の鎖場があったもよう。
というわけで次の鎖はナンバー7「平蔵の頭」。ここでまた下り道と上り道とに分岐。この分岐の手前は稜線の西側で、日陰でひんやりと気持ちよかった。この7番目の鎖は鉄釘とのミックスでちょっとアスレチック気分。それを乗っ越してから長い鎖を使ってコルへと下降する。ここは下山用の鎖(No.12)がすぐ隣に並んでいて行き違う。特に問題のない第8の鎖場を過ぎて平蔵のコルへ。
7:18 平蔵のコル(2845m)

鎖と釘がミックスされたたてばいは、さすがに長かった。結構そこら中にホールドはあるし難しくは感じなかったが、最後の方の釘3本で、もう考えるのが面倒になって力任せに体を引き上げてしまった。やはり後ろから人が大勢やってくるというのはプレッシャーだ。釘3本のあとで小さな岩棚に乗り上げて右にトラバースすれば、核心部は終了。
ちゃんと計測していないが、取り付いてから通過するまで7,8分くらいかかったようだ。通過後間もなく、よこばいとの分岐があった。よこばいの鎖場ナンバーは10。ということは、この先山頂まではもう鎖はないということだ。
8:02 剱岳登頂(2995m)


山頂はかなり混んでいたので、北方稜線の入り口の方まで行って休んだ。展望は360度で素晴らしかった。遠く富士山も浅間も南アも八ツも白馬も槍も御嶽も笠も黒部五郎も水晶も薬師も白山も全部見えた。もちろん、すぐ隣りの後立山連峰は白馬から針の木まで完璧に見えた。ここまで高くなると能登半島の形がよくわかった。浅間の奥にはあまりに遠すぎてどこだか見当もつかないような山も見えた。夏山っていいなあと心から思った。眼下を見下ろすと、北方稜線のギザギザが凄かった。源次郎尾根を人が歩いているのが見えた。剱沢はいかにもカールな地形だった。
結構な人数の団体がいたらしく、彼らが去ったあとはかなり広くなった。立山や槍が見える南面に移動して、まったりと景色を楽しんだ。
9:50 下山開始(2995m)


よこばいは、まず大きく下ってから横にスライドし、ハシゴを下りてからまた鎖を下る。ウェブ上の情報でも、またエアリアマップの解説にも、このスライドの最初の一歩が難しいと書いてある。実際、人が詰まっているのだが、いざ自分の番になってみたらあっさり通過してしまってどこが難しいのかわからなかった。相棒K(身長155cm女性)も同じ感想で、彼女は鎖のずっと下の方の岩棚に乗って平然としていた。みんな鎖に惑わされているのではないだろうか。
自分の場合、鎖よりもはるかに怖かったのがハシゴに乗り移るときだった。鎖をまたぎつつ体を反転させてハシゴに取り付くわけだが、鎖に足が引っかかって頭から真っ逆さまに落ちていく自分をうっかり想像してしまってちょっと下半身がむずむずした。
10:24 平蔵小屋跡(2855m)


少しするとケルンのある小広場があって、前剱を巻くつもりなのでここで休憩をとった。それにしても暑い。
11:14 前剱(2800m)


道は前剱直下で上り下りが合流する。予定どおり前剱は巻いていった。すぐにナンバー4の鎖場にかかる。鎖場の数字は13が最後だが、ナンバー1~4は上りルートと共用のため、ふたたび通ることになる。
11:55 一服剱(2645m)


休憩を終えて下り始めて少しして、振り返って見たら前剱の後ろの方に雲が湧いていた。テント場に戻ったら剱を眺めながら夕方までのんびり過ごしたいと思っていたが、これではもう無理かもしれない。
12:31 剣山荘(2505m)


ほっと一息ついてから剱沢小屋へ向かう。往きは真っ暗でわからなかったが、実はこの道の周りの花畑が素晴らしい。広い斜面にクリーム色のアオノツガザクラが一面に咲いていて、ところどころにチングルマが混じっていた。チングルマの多くは穂になっていたが、もっと早い時季なら花が多くてまた違った美しさが楽しめたことだろう。ほかにはミヤマキンポウゲやミヤマリンドウなど。相棒もすっかりリラックスしたようすで、花の写真撮影を楽しみながら歩いていた。
13:17 剱沢小屋(2505m)

剱沢小屋は前年に建て替えたばかりの新しい建物。剱岳の方(北)を向いて建っており、背後のテント場の方角は大量の石垣で完璧にガードされていた。道理で、往きの暗闇の中では見えなかったわけだ。
まだテントに戻っても暑いと思い、小屋の建物の日陰のベンチでのんびり過ごすことにした。今度はアルコールが欲しくなったので小屋で氷結レモン(缶チューハイ)を買って飲んだら、1本だけでかなり酔っ払ってしまった。挙句に先ほどのカルピスとの相乗効果で胸やけが・・・
13:57 剱沢キャンプ場(2555m)

この夜は素晴らしい星の夜だった。星座早見盤を持ってきていたのだが、あまりにも星が多すぎてどの星をつなげていいか見当がつかなくて、まったく役に立たないほどだった。月が出て明るくなる20時過ぎまで、ずっと空を眺めていた。この日のテントは30張りほどだった。
この日の最高高度は2,995m、最低高度2,480m、積算上昇690m、積算下降700mだった。買って半年たっていないプロトレック・マナスルは今朝まではピカピカだったが、この頂上アタックでかなり箔がついた。