第3日(10月14日):晴れのち曇りときどき雨


湯だけ沸かしてココアを淹れ、パンの朝食にした。これが一番水を使わない。出発前に天気予報を聞くと、飛騨地方は午前中はおおむね晴れで、のち曇って、夕方は山沿いなどところにより雨ということだった。今日は鏡平までのつもりだったが、翌日のことも考えると、できるだけ下に下りておいたほうが良さそうだ。新穂高温泉までのコースタイムは10時間なので、下山できないこともない。16:55のバスに乗れば、深夜になるが帰宅することも可能だ。そこで、最低でも鏡平、できればワサビ平、あわよくば下山、を目標に歩くことにした。
出発する頃には雲は流れるようになり、五郎や笠の山頂が時折雲の中から見えるようになっていた。
6:16 出発(2315m, 12.4℃)


いきなり急登。・・・のはずだったが、新しくつけられたらしい道が分かれており、ラクに歩けた。新しい道は合計3箇所で、それぞれ分岐点に小さな手作りの看板があり、「ゆっくり回り道コース」「ゴロゴロ急坂コース」なんて名前がついていた。要するに、岩ゴロ道を直登するのか巻くのか、という違いだ。我々はもちろん、3本ともゆっくりの方を選択した。
ゆっくりコースはその特性から見晴らしがよく、黒部五郎を見ながら歩くことができる。しかし肝心の五郎は雲の中だった。
7:17 尾根上に出る(2590m, 12.3℃)
森林限界を過ぎ急登が終わると道はゆるやかに左(北)に曲がり、夏に残雪があるところで尾根の突端に出た格好になって北の展望が開け雲ノ平と薬師岳が姿を見せた。これから向かう東を見ると、三俣蓮華岳から双六岳にかけての稜線は、ある一線から上が雲の中だった。2661mのピークは見えるので、雲のラインは標高2700mあたりだろうか。方向を東に変え、雲の峰を目指してハイマツの中を進む。ちょっぴりがっかりしたが、2661mピークに差し掛かったあたりでふと振り返ると、それまでしつこくかかっていた雲がようやくとれた黒部五郎岳が目に飛び込んできた。ラテラル・モレーンの内側の落葉したカンバ林が美しい。雲ノ平からの姿もいいが、ここからはカールが真正面なのが印象的。なかなかいい角度だと思った。
7:53 黒部乗越(2635m, 12.5℃)

左にカールを眺めながらさらに登り、黒部乗越に到着。ここは三俣山荘への分岐点で、立派な標識が立っている。ところで黒部乗越というと黒部五郎小舎のある五郎平を指すこともあるらしく、そちらを黒部乗越としている本もある。黒部五郎小舎のオーナーでもある小池潜氏の写真集もそうだ。が、ここの標識には黒部乗越と明記してある。だが乗越というには地形的にちょっとおかしい。はてさて。
分岐を過ぎたあたりでライチョウを見かけた。もう下半身がずいぶん白くなっていた。
8:30 三俣蓮華岳登頂(2800m, 14.6℃)

8:48 三俣蓮華岳発(2830m, 10.8℃)
蓮華岳を出発する頃は山頂周辺の雲はかなり薄くなっていた。このあとはいったん下るが、風は西風で、東側斜面に入るととたんに無風状態になり、ぐっと暖かさが増した。丸山への登りにかけてはまた西側に出た。今度は登りなので風が心地よい。・・・と思ったのは最初のうちだけで、すぐに寒さが身に沁みる。9:15 丸山(2840m, 12.0℃)

9:38 中道分岐(2765m, 14.3℃)

中道は分岐から一気に下ってそのあとはだらだらと登る感じだ。なんとなく双六小屋に向かって下っていくようなイメージでいたが、そのつもりで行くとしっぺ返しを食うことになる。本当に下るのは最後の10数分だけなのだ。
中道は初めて歩いたが、美しくて楽しい良い道だった。行く手には槍が雲の間から時々姿を見せてくれたし、なんといっても右手の双六岳の斜面が圧巻だった。大きすぎてカメラに収まりきらない。輝く枯草に積み重なった巨岩の迫力が凄かった。振り返ると丸山にかけての斜面がずっと黄金色に染まっていて、鷲羽・水晶もきれいに見えた。
10:14 山頂分岐(2720m, 24.1℃)

10:18 巻道分岐(2705m, 24.9℃)

10:30 双六小屋着(2610m, 27.1℃)

人気の双六小屋といえども、さすがに閑散としていた。小屋前広場のテーブルの数が妙に少ない。そのひとつで年配の男性がひとり、おにぎりを食べていた。黒部五郎小舎を出てから今日初めて人に会った。
我々もベンチに陣取って、鷲羽を眺めながら水分と食料を摂った。先ほどまですっきりと晴れていた鷲羽の上空に、いつの間にか怪しい黒い雲がかかっていた。小屋の人の言うには、低気圧が近づいている証拠だという。予報どおり、夕方には雨が降るのだろうか。
11:00 双六小屋発(2595m, 21.6℃)


弓折岳の稜線まで再び登り。登りきって稜線の東側に出ると少し下る。その鞍部に、3年前にはなかったベンチが設置してあった。ここは正面が槍ヶ岳と絶好のロケーション。すげえ。先を急ぎたいところだが、腰を下ろしてゆっくりと眺めを楽しんだ。
12:00 花見平
迫力の槍を見ながら進むと雪田に到着。もちろんこの時期は雪はない。ここにも見慣れぬベンチがあり、単独の女性が休んでいた。さらに「花見平」なる看板が。えっ、ここってそんな名前だったの。でも看板が新しいところを見ると、最近つけられた名前なのだろう。(検索してみたら2004年以降の山行記録しかヒットしないようだ)この花見平からの眺めも素晴らしかった。穂高は逆光気味でちょっと霞んでいたが、槍は上手い具合に陰影が強調されて先ほどよりも表情が豊かになった。すげえ。「花見平」よか「槍見平」の方がピッタリだと思ったが、すでに他所についている名前じゃダメなのかな。
眺めを堪能して立ち去ろうとし、鷲羽・水晶が見えるのはここが最後だったことを思い出してお別れに一目見ようと振り返ると、ベンチで休んでいた女性が三脚セルフタイマーで槍を眺める自身の写真を撮っていた。なるほどと思い、相棒にシャッターを押してもらってマネをした。
12:14 弓折岳分岐(2625m, 27.3℃)

ここにもベンチができていた。花見平で休んだばかりなのでここはちょっと腰を下ろしただけで通過した。相変わらず槍の迫力は凄まじく、眼前に迫り来るようだった。
12:53 鏡平山荘(2355m, 24.7℃)

ここでついに空は雲に覆われてしまった。それでも雲は高かったので、念願だった鏡池越しの槍穂連峰をとうとう見ることができた。今まで何度か通っていた道だったが、いつも眺望がなかったのだ。しかし、憧れていた景色ではあったがあまり感動は大きくなかった。曇っていたのと、稜線での迫力ある眺めに圧倒され尽くしたからだろう。
鏡池を出てからすぐに夫婦の登山者とすれ違った。この日4組目の対向者だった。そしてこのあとはもう、対向者に会うことはなかった。
13:38 シシウドが原(2160m, 21.1℃)


シシウドが原周辺は紅葉がきれいだった。
13:51 シシウドが原発(2165m, 23.4℃)

14:36 秩父沢(1830m, 23.9℃)
さすがの秩父沢も水が少なく、橋がなくてもラクに渡れそうだった。ここの橋は鏡平山荘の小屋終いとともに撤去されるという話だ。さて、この時間に秩父沢ということは新穂高下山も夢ではない。16:55のバスには間に合いそうだが、それでは風呂に入れないし、帰宅は深夜。それだったら平湯か新穂高の温泉宿に泊まろうということになり、試しにケイタイを取り出してみると通じるではないか。観光協会を呼び出してみるが繋がらない。夢中になってi-modeで宿を検索したりしているとあっという間に10分ほどが過ぎた。ここで相棒が、空が暗くなってきたことに気付いた。やべえ、とっとと下りよう。あとのことは下で考えればいい。
ザックを背負い歩き始めて数分後、ついに雨が降ってきた。
15:17 林道着(1585m, 22.4℃)

そうこうしていると雨は小康状態になり、その隙に河原に出た。3年前に行われていた補修工事は終わっていて、遠回りすることなく林道に到達できた。
15:35 ワサビ平小屋着(1505m, 21.0℃)
林道に着いてからまた雨が降ってきた。ワサビ平までが長く感じられた。ワサビ平小屋に泊まることも考えたが、すると翌日は朝から1時間の林道歩きとなる。しかも雨の中の歩きになる確率が高い。今日このまま濡れついでに新穂高まで行ってしまおうということになった。小屋で新穂高の宿を紹介してもらえないかと相談すると、同じ双六小屋グループの双六荘を斡旋してもらえた。なんと林道入口のゲートまで迎えにきてくれるという。願ったりかなったり。
ほっとして長めに休憩をとって足を休めてから、傘をさして16時に小屋を出発した。少しして雨は止んだ。17時ちょうどにゲートに着いた。なんだか前より舗装区間が増えているような気がした。ゲートからケイタイで双六荘に迎えをお願いした。行動11時間の長い1日はようやく終わった。
双六荘
双六荘は小さな、古い旅館だった。バス停新穂高温泉口のすぐそばで、ゲートからは車で10分くらいかかった。木の風呂が気持ち良かった。宿の隠居と思しき老人が自慢の湯だと延々と説明。くどい。が、確かにいい湯で、ひと風呂浴びただけで肌がつるっつるになった。
食事もなかなかで、岩魚の笹の葉焼きやきのこ鍋が美味しかった。全般的に味はしょっぱめだったが、山から下りてきたばかりなのでちょうど良かった。ヱビスビールかワインがあったらなお良かったのだが。あと、せめて食事中は禁煙にしてほしい。折角の料理が台無しだ。
20時ごろいったん寝て、夜中に起きてまた風呂に入った。とてものんびりできた。