Top浮世絵文献資料館浮世絵師総覧
 
見世編大田南畝(四方赤良・蜀山人)の詩・狂歌 〔見世編〕大田南畝関係
(遊郭・芝居・商家・料亭等)
【た】※◯は欠字、◎は表示不能文字
店名(屋号)詞書・詩歌出典巻・頁年月日
だいがくどう
大学堂 (尾張)
「尾陽の大学堂、工みに翰墨を製し、詩を乞ふ
 闔国人称大学堂 翩々藻翰自飛揚 筆為五色雲生墨 一世文房甲尾陽」
〈闔国は全国〉
南畝集20
漢詩番号4530
⑤499文政3年
1820/03/
だいじあん
大慈庵 (長崎)
「夏日、西山の大慈庵に過飲す
 満天煙樹緑陰々 曲径青苔白日深 唯有蛾眉山色在 閑雲一片酔余心」
南畝集15
漢詩番号2676
④383文化2年
1805/05/
たいとろう
大斗楼 (両国)
「野湘山、諸子を邀へて両国橋の大斗楼に宴す
 世上人求名与利 湘山意与世人異 二州橋畔会名流 忘却世間名利事」
南畝集20
漢詩番号4376
⑤455文政1年
1818/05/
だいまる
大丸
「初午の日、深川大丸の別荘にて【社を繁栄稲荷といふ】
 此やどに大に丸くまとゐして繁く栄ゆく神やいのらん   両方の松と松とが行あひて池の心もひろき大丸」
六々集②224文化12年
1810/02/02
「宵祭の日、大丸のもとにて 大丸の大丸一座大一座酒のまん引用心用心」七々集②257文化12年
1815/09/14
たかきや
高木屋
「ふきや町高木屋にて 高きやにのぼりてみればふきや町民のかまどのにぎやかなみせ」七々集②276文化12年
1815/11/
たかはし
高橋 (鰻屋)
「高橋鰻鱺【高橋在新石町】 大和田遠深川深 鄽小高橋勝大金 春木何如鈴木久 森山不負富山心」
〈大金・春木・鈴木・森山・富山は当時評判の鰻料理屋か〉
紅梅集②366文政2年
1819/04/
「高橋屋がうなぎをたゝへて 江戸前のうなぎの筋は筋違の新石町のその名高はし」紅梅集②368文政2年
1819閏04/
たちゅうあん
太中庵
「本町薬店太中庵のもとめによりて 正銘のこれが本町一丁目江戸の太中庵の妙薬」
〈小林龍斎製の薬種〉
七々集
万紫千紅
②257
①290
文化12年
1815/09/
たびや
足袋屋
「駒込吉祥寺の桜をみる。此寺の門前に洞家済家襪子(タビ)所あり
 駒込の花をふむべき沓はなし洞家済家の襪子あれども」
〈洞家は曹洞宗、済家は臨済宗〉
放歌集②182文化9年
1812/03/06
たまや
玉屋 (吉原)
「火炎玉屋といふ青楼にて たまたまやとは思へどももえ杭に火のつきやすき火炎にぞいる」
「春日野といへるうかれめ 春日野の若紫のうちかけにお客のみだれかぎりしられず」
「宮戸といふうかれめ 宮戸川わたりもあへず引四ツの鐘が淵こそはやうきこゆれ」
あやめ草②78文化7年
1810/07/