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   画賛編 大田南畝(四方赤良・蜀山人)の詩・狂歌 〔画賛編〕   大田南畝関係
  【こ】※実際に揮毫したかは問わない。◯は欠字、◎は表示不能文字
画題画賛出典巻・頁年月日
こい
「鯉と鮎とながれあそぶ画に みなかみへ心うきうきのぼるらん竜門の鯉玉川の鮎」巴人集②404天明3年
1783/05/
「鯉を画けるに題す 潜処鱗為次 躍時波作層 竜門三十仭 懸水幾時登南畝集13
漢詩番号2288
④263享和3年
1803/05/
「鯉の画に 魚の名はむさし下総ふたつもじ牛の角文字川向ふ島」あやめ草②74文化7年
1810/05/
「鯉の画に 六々のいろこの数をかぞへみんひとふたつもじ牛の角文字」千紅万紫①236文化7年
1810/05/
「鯉の画に 竜門の上下きたる出世鯉あられ小小紋は滝のしら玉」放歌集②163文化8年
1811/08/
ごうきょう
江郷
「江郷秋晩図に題す 夢中何似画中人 頃刻長時箇々真 江上蓴鱸楓未冷 先知酒旆入看新」南畝集17
漢詩番号3244
⑤126文化6年
1809/07/07
こうしょへい
黄初平
「黄初平の図に題す 誰謂神仙道異常 能将頑石作痴羊 閑人叱々黄初起 為我還開戯一場」南畝集16
漢詩番号3079
④75文化4
1807/07/
こうばい
紅梅
「山家に紅梅のかたかきたる扇に 紅のこぞめの梅の色そへて春の光も深き山ざと」をみなへし②34文化5年
1808/05/
「紅梅に雪のかヽりたる画に 白妙の雪につゝめるくれないのこぞめの梅の色ぞゑならぬ」をみなへし②35文化5年
1808/
こうもり
蝙蝠
「柳下蝙蝠図に題す
 無鳥の島を尋んと欲れば 蝙蝠滅多に飛ぶ 応に山椒を取て食(ハ)むべし 柳陰清水微なり」
壇那山人
藝舎集
①458天明4年刊
1784/
こおんな
小女
「羽子の子をつく小女のゑに はごの子のひとこにふたこみわたせばよめごにいつかならんむすめ子」をみなへし②11明和?
ごけ
後家
「十二月の景物に女の風俗ゑがけるに 八月 白無垢 けいせい
 北国のしるしの雪のしろむくはたれをたのみのけふの約束」
七々集②285文化12/12/
こけいのさんしょう
虎渓三笑
「虎渓三笑図に題す 終年不出山 一日不知禁 借問遠公心 相忘為誰甚」〈『杏園詩集』第一⑥34〉南畝集2
漢詩番号0283
③97安永3年
1774/06/
「虎渓の図に題す 遠公曾入匡廬山 影不出山心自閑 若使虎渓橋一絶 有時何送故人還」
〈廬山は晋の慧遠が隠棲した東林寺のあるところ。虎渓橋はその結界に懸かる橋〉
南畝集13
漢詩番号2325
④272享和3年
1803/07/
「虎渓三笑図に題す 山中影不出山中 結社安居是遠公 一夕三人相見笑 虎渓明月引清風」南畝集16
漢詩番号2923
⑤27文化3年
1806/08/
「虎渓三笑図 社中真理已忘言 世上風雲不足論 一夕偶然橋外去 呵々大笑動乾坤」南畝集16
漢詩番号3028
⑤60文化4年
1807/02/
「虎渓三笑図に題す 慧遠法師陶与陸 誰言三笑不同時 匡廬満地蓮華界 開眼乾坤定阿誰」南畝集16
漢詩番号3171
⑤102文化5年
1808/05/
ここざん
小孤山
「団扇に小孤山を画けるを題す
 聞道江心第一関 画中髣髴小孤山 手持団扇如明月 風起煙蘿石壁間」
【三才図会に云ふ、小孤山は安慶宿松県に在りと】
南畝集9
漢詩番号1743
④91寛政3年
1791/07/
ござんそう
五山僧
「月僊和尚、都五山の僧を画たる賛 むすこにはさぞいやがられ給ふらんひとつ廬山の五老人たち」巴人集②338
②440
享和4年
1804/05/
ごしょぐるま
御所車
「御所車の図に題す 何人筆軸自粼々 引出毛車画両輪 源氏葵争御息所 菅原梅駐時平臣」七々集
万紫千紅
②243
①243
文化12年
1815/08/
ことばこ
琴箱
「琴箱を担ぐものゝ雨にあふかたかきたる
 かつぎゆく琴の音にもも(ママ)やかよふらんふりくる雨の軒の点滴」
紅梅集②347文政1年
1818/07/
ことわざ
 ことわざ (別資料)
このような
お市(升屋)
「如仰升美眼中爽利、百川にも百倍歟。昨日美人の図賛に
 此やふな娘は江戸に百川のおそよ升屋のおいちなるべし と書捨候」
〈竹垣柳塘宛、三月十一日付書簡〉
書簡136⑲200文化4年
1807/03/11
こぼく
枯木
「寒巌枯木図 曾聞枯木倚寒巌 婆子焼庵事不凡 六十年来一俗漢 未知詩律近来厳」南畝集17
漢詩番号3435
⑤182文化7年
1810/11/
こぼくちくせき
古木竹石
「古木竹石の図 古木懸厓託半身 此君貞友自相親 但令緑葉青苔在 独立巌々不待春」南畝集20
漢詩番号4322
⑤439文化14年
1817/11/