◯『浮世絵師伝』p11(井上和雄著・昭和六年(1931)刊)
〝歌麿 別人
【生】 【歿】 【画系】 【作画期】文化
肉筆美人画に「栄文菅原利信」の落款及び「喜多川」「自成一家」の両印を有するものと、肉筆の美人
画に「喜多川歌麿筆」(印文同前)の落款を附せるものとあり、これによりて、栄文(栄之門人)なる
者、別に「歌麿」を自称せしことを証するに足れり。但し、其が作画年代は文化末期なるべければ、或
は二代歌麿に続いて歌麿を襲名せし者なるやも知るべからず、藤懸静也氏は曾てこれを「三代歌麿」と
して紹介されし事あり(『浮世絵之研究』第十八号参照)、然れども、襲名の如何は未詳なれば、こゝ
には仮りに「別人歌麿」として収載し、後の考証を俟つことゝすべし。(栄文の項参照)〟
◯『浮世絵師伝』p20(井上和雄著・昭和六年(1931)刊)
〝栄文 菅原氏、名に利信。(歌麿(別人)の項參照)
校正中、栄文の掛物を手に入れ、比較参考の点を追記す。
浮世絵之研究第十八號に写真版として掲載されし肉筆と比較して年代は早く、文化中年頃の栄之の晩年
画又は英山の若時の画風に酷似して煙管を持つ立姿、芸者の密画にて「鳥文斎一流、一掬斎栄文筆」と
落款し、円印の中へ栄文とあり、此画は彼の独自性を現はしたるものと認めらる。浮世絵之研究第十八
号の写真版中、一〇の落款は幾分か似て居る故同人ならん、然し写真掲載の分は筆力鈍く、歌麿の晩年
風を模倣し居れり、姓名も誇張的の偽名なるべし。(本項、渡邊庄三郎氏執筆)〟
△『増訂浮世絵』p161(藤懸静也著・雄山閣・昭和二十一年(1946)刊)
〝歌麿(栄文)
初代二代の歌麿以外に、猶ほ別に喜多川歌麿を称したものがある。その人は栄之の門人で栄文と号し、
菅原利信といふ者である。栄文の美人画に、栄文菅原利信と落款し、下に「喜多川」「自成一家」の印
文ある二印を押したものがある。又、別に美人画があつて、喜多川歌麿筆と書名し、その下に、栄文の
画に用ひた印と同一の印を押してゐるものがある。而してその二つの美人画を比較すると、全く同一筆
法で、初代二代の筆致と異るものであるから、栄文が喜多川歌麿を自称したものといふべきである。嘗
ては三代歌麿であらうと考へたこともあつたが、三世相続に事実がないやうであるから、正しく三世と
はいへない。或は偽の歌麿であるかも知れないが、然し栄文たることを明かにしてゐるから、他と区別
する為めに、栄文歌麿と呼ぶべきであらう〟