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☆ かんげつ しとみ 蔀 関月浮世絵師名一覧
〔延享4年(1747) ~ 寛政9年(1797)10月21日・51歳〕
(柳原源次郎参照)
 別称 荑楊斎(いようさい) 通称 柳原源次郎 徳基  ※〔漆山年表〕:『日本木版挿絵本年代順目録』 〔目録DB〕:「日本古典籍総合目録」  ☆ 明和五年(1768)     ◯「絵本年表」〔漆山年表〕   ◇絵本(明和五年刊)    蔀関月画『絵本武者録』三巻 柳原源次郎画 河内屋喜兵衛板    ☆ 明和七年(1770)     ◯「絵本年表」〔漆山年表〕   ◇絵本(明和七年刊)    蔀関月画    『絵本深山猿』二巻 柳原源次郎作【作者/絵師】千種屋源二郎 千種屋新右衛門板    『増補国見山』五巻 作者柳原源次郎(蔀関月)千種屋新右衛門板     (絵本国見山と絵本深山猿の二部を一部となし改題せしもの)    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇絵本(明和七年刊)    蔀関月画『絵本国見山』五冊 雪蕉斎(寺井重房)柳原源次郎(蔀関月)画   ◇風俗    蔀関月画    『画本万国誌』 三冊 関月画  俳林淡二編    『万国人物図会』三巻 蔀関月画 俳林淡二編(明和七成、文政九刊)    ☆ 明和八年(1771)      ◯「絵本年表」〔漆山年表〕   ◇絵本(明和八年刊)    蔀関月画『絵本倭詩経』三巻 浪華画工柳屋源次郎〔青莪堂〕岡田三郎右衛門板    ☆ 安永四年(1775)    ◯『浪華郷友録』「画家」〔人名録〕①258(毛必華編・安永四年三月刊)   〝蔀関月 堂島中二丁目 蔀徳基、字阮二、号関月、荑楊斎〟     ☆ 安永六年(1777)    ◯「絵本年表」〔漆山年表〕   ◇絵本(安永六年刊)    関月画    『奈羅花の岡』一巻 応挙筆 武禅筆 流光斎筆 法橋周峯筆 呉春 関月 仙果亭嘉栗序    ☆ 安永八年(1779)    ◯「絵本年表」〔漆山年表〕   ◇絵本(安永八年刊)    蔀関月画『青陽唱詁』一巻 蔀関月 狻猊子序 田原屋平兵衛板    ☆ 天明二年(1782)     ◯「絵本年表」〔漆山年表〕   ◇絵本(天明二年刊)    『歌系図』一巻 浪華流石庵明積選 大野木市兵衛他板     法眼周圭 周峯画 銕笛道人 流光斎 かつら 秀隣斎 関月 嘯川法橋画 法橋白桃図 耳鳥斎      慶子画  五岳写    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇教訓(天明二年刊)    蔀関月画『女訓』柳原源次郎画     ☆ 寛政元年(天明九年・1789)     ◯「絵本年表」〔漆山年表〕   ◇絵本(寛政元年刊)    蔀関月画    『狂歌つのくみ草』一巻 画図法橋関月 如棗亭栗洞編    『操大全玉文章』 一冊 画工蔀関月  塩屋平助板    ◯「絵入狂歌本年表」〔目録DB〕   ◇狂歌(寛政元年刊)    蔀関月画『狂歌つのくみ草』一冊 関月画 如棗亭栗洞編 版元不記載    ☆ 寛政二年(1790)    ◯『浪華郷友録』「画家」〔人名録〕①281(毛必華編・寛政二年九月刊)   〝蔀徳基【字子温、号荑斎、尼崎弐丁目】法橋関月〟    ☆ 寛政三年(1791)     ◯「絵本年表」〔漆山年表〕   ◇絵本(寛政三年刊)    蔀関月画『操百人一首色紙箱』一冊 画工蔀関月 出願寛政三年十月 塩屋忠兵衛板    ☆ 寛政六年(1794)     ◯「絵本年表」〔目録DB〕   ◇絵本(寛政六年刊)    蔀関月画『詠百首狂歌』一巻 蔀関月画(注記「大日本歌書綜覧による」)    ◯『虚実柳巷方言』上(香具屋主人著・寛政六年刊)   (『浪速叢書』巻14「風俗」所収)   〝諸芸諸道名人 和絵 玉山 関月 祖(ママ)仙 月岡(他略)〟  ☆ 寛政九年(1797)    ◯「絵本年表」〔漆山年表〕   ◇絵本(寛政九年刊)    蔀関月画『伊勢参宮名所図会』五巻 法橋(蔀)関月図 塩屋忠兵衛他板    〈〔目録DB〕秋里湘夕著〉    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇地誌(寛政九年刊)    蔀関月画『近江名所図会』  蔀関月・西村中和画 秦石田・秋里籬島編   ◇狂歌(寛政九年刊)    蔀関月画『尚友百首』一冊 蔀関月画 松本遮莫詠 増田源兵衛板    ☆ 寛政十一年(1799)     ◯「絵本年表」〔漆山年表〕   ◇絵本(寛政十一年刊)    蔀関月画『山海名産図会』五巻 画図法橋関月 藍江 木村孔恭序 吉田松林同他板    ☆ 寛政十二年(1799)     ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇往来物(寛政十二年刊)    蔀関月画『新増用文筆道大全』一冊 蔀関月(注記「江戸出版書目による」)    ☆ 没後資料    ☆ 文化三年(1806)    ◯「読本年表」〔目録DB〕   ◇読本(文化三年刊)※角書は省略    蔀関月画『義経盤石伝』関月・東野画 一舟子    ☆ 文化十一年(1814)     ◯「絵本年表」〔漆山年表〕   ◇絵本(文化十一年刊)    蔀関月画『近江名所図会』前編 蔀関月・西村中和画 秋里籬島編 河内屋太助板    〈初版は寛政九年刊〉    ☆ 文政十二年(1829)  ◯『続諸家人物志』(青柳文蔵編・北沢貞助 文政十二年七月刻成)   (国立国会図書館デジタルコレクション)   〝蔀関月 名ハ徳基、字ハ阮二、又荑楊斎ト号ス、大坂ニ住シ、人物ヲヨクス〟  ☆ 天保三年(1832)    ◯『画乗要略』(白井華陽著・天保三年刊・『日本画論大観』中)   〝蔀関月、名は徳台、字は子温。浪華の人。雪鼎を師とし、後、雪舟に法(ノット)る。山水人物、濃湿遒勁。    彫本の伊勢参宮名所図会及び山海名産図会有り。極めて精細なり。夫の浪華天満天神祠殿の紙馬(エマ)    篠塚伊賀守図等のごときは筆法蒼老沈確、誠に絶作と為す     柴田義董曰く「関月、山水人物、頗る大家の風度を見る」と     梅泉曰く「古礀より関月に至るまで各々一格を立つ、胆力有りと謂つべし」と。     卓堂先生曰く「画家気習、師弟伝染、其の毒必ず膏肓に入る。而して古礀敬甫、狩野氏の藩籬を脱し     て、雪鼎関月代々其の格を変ず。師弟束縛を受けざること、是の如き皆観るべし」と〟(原漢文)    ☆ 天保四年(1833)    ◯『無名翁随筆』〔燕石〕③307(池田義信(渓斎英泉)著・天保四年成立)   〝法橋関月【天明、寛政、享和年中】     俗称(空白)、大坂ノ人也、姓蔀、号(空白)、叙法橋    始め、月岡丹(蜂屋椎園著・弘化三年(1846)記事)下門人也、玉山が筆意、画法を学び、名所図絵を板    行せり、壮年にして歿せしと云、      伊勢名所図会      山梅名産図会    関月の実子蔀関牛、天保中大坂に住す〟    ☆ 弘化元年(天保十五年・1844)    ◯『増補浮世絵類考』(ケンブリッジ本)(斎藤月岑編・天保十五年序)   (( )は割註・〈 〉は書入れ・〔 〕は見せ消ち)   〝法橋関月  名 徳台  字 子温     俗称(空白) 蔀氏  大坂の人なり、蔀関牛といへるは、関月の男〔にや〕〈なり〉     画をなし、又刻本の文に関月が筆耕をなせる有、始め月岡丹下の門人なり、玉山が筆意画法を学び、     名所図会を板刻せり、壮年にして没せしと云、門人に〈中井〉藍江あり〈名直、字は伯養〉(藍江、     播州名所図会を画く、師の筆意に違ふ事なし)       伊勢参宮名所図会 八冊       山海名産図会      欄外〈月岑按に、玉山は関月の門人なりと云人あり、こゝに玉山を師とするは如何あらん、玉山         よりは遙にまされり〉〟    ☆ 嘉永四年(1851)    ◯『古画備考』二十七「名画十五 自安永」中p1127(朝岡興禎編・嘉永四年四月二日起筆)   〝蔀関月 名徳台(ママ)、字子温、浪華人、師雪鼎、後法雪舟、山水人物、濃湿逎勁、有彫本伊勢参宮名所    図絵、及山海名産図絵、極精細、若夫浪華天満天神祠殿絵馬、篠塚伊賀守図等、筆法蒼老沈確、誠為絶    作、柴田義董曰、関月山水人物、頗見大家之度、梅泉曰、自古礀至関月、各立一格、可謂有胆力、卓堂    先生曰、画家気習、師弟伝染、其毒必入膏肓、而古礀、敬甫、脱狩野氏藩籬、而雪鼎、関月、代変其格、    師弟不受束縛如是、皆可観也、画乗要略    ☆ 安政二年(1855)    ◯『古今墨跡鑒定便覧』「画家之部」〔人名録〕④213(川喜多真一郎編・安政二年春刊)   〝蔀関月【名徳基、字子温、浪花ノ人、雪鼎ヲ師トス、後雪舟ヲ法?、山水人物甚風致アリ】〟     ☆ 安政四年(1857)     ◯「絵本年表」〔漆山年表〕   ◇絵本(安政四年刊)    蔀関月画『算法大全』一冊 蔀関月(藤原徳風)撰 藤原甫序 再板    ☆ 安政六年(1859)     ◯「絵本年表」   ◇絵本(安政六年刊)〔漆山年表〕    長谷川雪瑛画    『本化高祖累歳録』五冊 法眼雪旦 堤等舟筆 蘭泉画 鄰松画 山本春重画 長谷川雪堤                北尾政演 東牛斎蘭香行年七十歳画 長谷川雪瑛 春英画 法橋関月                寛政甲寅原版歟 深見要言輯 広岡屋幸助求版    〈寛政甲寅は寛政六年。〔目録DB〕は寛政五年刊とする。但し画工名はなし〉    ☆ 文久二年(1862)    ◯『本朝古今新増書画便覧』「ク之部」〔人名録〕④340(河津山白原他編・文化十五年原刻、文久二年増補)   〝関月【蔀氏、名ハ徳臺(ママ)、字ハ子温、浪花ノ人、画ヲ月岡雪鼎ニ学ブ】〟    ☆ 明治元年(慶応四年・1868)     ◯『新増補浮世絵類考』〔大成Ⅱ〕⑪233(竜田舎秋錦編・慶応四年成立)   〝法橋関月    蔀氏、名は徳台、字は子温、法橋に叙す。浪花の人也。始め月岡雪鼎の門人なり。玉山が筆意を学び、    名所図絵を板刻せり。〔割註 一説に玉山は関月の門人也と云、未詳、筆意玉山よりは遙にまされり〕〟     伊勢参宮名所図会 全八冊 山海名産図会 二編〟  ☆ 明治十四年(1881)  ◯『新撰書画一覧』(伴源平編 赤志忠雅堂 明治十四年五月刊)   (国立国会図書館デジタルコレクション)   〝蔀関月 名ハ徳基、字ハ阮又子温、荑楊斎ト号ス。浪花ノ人月岡雪鼎ノ門人、画ヲ善クシ、後法橋ニ任        ス〟  ☆ 明治十七年(1884)  ◯『扶桑画人伝』巻之四(古筆了仲編 阪昌員・明治十七年八月刊)   (国立国会図書館デジタルコレクション)   〝関月    蔀氏、名ハ徳基、字ハ子温、通称原二、大坂ノ人。月岡雪鼎ヲ師トシテ画法ヲ学ブ。後チ又和漢ノ画法    ヲ学ンデ人物山水ニ長ジテ一家ヲナス。其画ク所甚ダ風致アリ。又詩書ヲ能クス。寛政九年十月二十一    日没ス、五十一歳。明治十六年迄八十七年〟    ☆ 明治二十一年(1888)  ◯『古今名家書画景況一覧』番付 大阪(広瀬藤助編 真部武助出版 明治二十一年一月刊)   (東京文化財研究所「明治大正期書画家番付データベース」)   ※( )はグループを代表する絵師。◎は判読できなかった文字   〝南北派混淆     ◎◎人物(谷文晁)/ 人物 法橋関月 / 人物 浮田一蕙〟  ☆ 明治二十二年(1889)  ◯『古今名家新撰書画一覧』番付(大阪 吉川重俊編集・出版 明治二十二年二月刊)   (東京文化財研究所・明治大正期書画家番付データベース)   ※( )はグループの左右筆頭   〝序位混滑    (東京 画書 谷文晁)仙台 画 建部陵岱 大阪 画 法橋関月 大阪 画 法橋関牛 (大阪 画 林閬花)〟  ☆ 明治二十四年(1891)  ◯『近世画史』巻四(細川潤次郎著・出版 明治二十四年六月刊)   (国立国会図書館デジタルコレクション)   (原文は返り点のみの漢文。書き下し文は本HPのもの。(文字)は本HPの読みや意味)   〝蔀関月 関牛 山月    蔀関月 名徳基、字子温、原二と称す。大坂の人なり。画を月岡雪鼎に学ぶ。又和漢の諸家法に倣ひて、    自(おのづか)ら一家と成る。山水・人物に工(たくみ)なり。詩書を善くす。寛政九年月歿、年五十一。    嘗て伊勢参宮名所図絵・山海名産図絵、二書の画を作す。頗る工緻なり。又嘗て篠塚伊賀守国の図を作    し、浪華天満の菅神廟の楣間(びかん:長押の間)に掲ぐ。鑑賞家推して絶作と為す。    関牛 名徳風、字子偃、家声を墜(おと)さず。門人に山月有り。氏名を詳らかにせず。泉州岸和田の人    なり。山水・人物に長ず。法橋に叙位せらる。文政中歿〟  ☆ 明治二十五年(1892)  ◯『古今名家新撰書画一覧』番付 大阪(鳥井正之助編 中島徳兵衛出版 明治25年2月刊)   (東京文化財研究所・明治大正期書画家番付データベース)   〝古人之部皇国各派 不判優劣      東京 伊藤若沖 西京 河村文鳳 大坂 蔀関月 西京 浮田一蕙 東京 酒井抱一     大坂 岡田玉山 大坂 長山孔寅〟  ◯『日本美術画家人名詳伝』上p39(樋口文山編・赤志忠雅堂・明治二十五年刊)   〝蔀関月    名ハ徳基、字ハ子温、関月ハ其ノ号、又荑揚斎ト号ス、通称原二(或ハ原ヲ阮ニ作ル)大坂ノ人、月岡    雪鼎ヲ師トシテ画法ヲ学ブ、後チ又和漢ノ画法ヲ学ビテ人物山水ニ長ジ、遂ニ一家ヲ作ス、其ノ画ク所    甚ダ風致アリ、又詩書ヲ能クス、法橋ニ叙セラル、著ハス所、伊勢参宮名所図絵及ビ山海名産図絵アリ、    寛政九年十月廿一日没ス、年五十一〟、  ☆ 明治二十六年(1893)    ◯『浮世絵師便覧』p213(飯島半十郎(虚心)著・明治二十六年刊)   〝関月(クワンゲツ)    大坂の人、蔀氏、名は徳基、字は子温、俗称原二、月岡雪鼎の門人、寛政九年、死五十一〟    ☆ 明治三十年(1897)  ◯『古今名家印譜古今美術家鑑書画名家一覧』番付 京都   (木村重三郎著・清水幾之助出版 明治三十年六月刊)   (東京文化財研究所・明治大正期書画家番付データベース)   〝近代国画名家〈故人と現存とを分けている〉    ※Ⅰ~Ⅳは字が大きさの順。(絵師名)は同一グループ内の別格絵師。    〈故人の部は字の大きさでⅠ~Ⅳに分類。(絵師名)はそのグループ内の別格絵師〉    Ⅰ(狩野探幽・土佐光起・円山応挙)酒井抱一 渡辺崋山  伊藤若沖    Ⅱ(谷文晁 ・英一蝶 ・葛飾北斎)田中訥言 長谷川雪旦    Ⅲ(尾形光琳・菊池容斎・曽我蕭白)岡田玉山 司馬江漢  浮田一蕙 月岡雪鼎 高嵩谷      蔀関月    Ⅳ 大石真虎 河辺暁斎 上田公長 柴田是真 長山孔寅 英一蜻  英一蜂 佐脇嵩之      高田敬甫 西川祐信 橘守国  嵩渓宣信 英一舟  葛飾為斎〟    〈江戸時代を代表する絵師としての格付けである〉  ☆ 明治三十一年(1898)  ◯『浮世絵備考』(梅本塵山編 東陽堂 明治三十一年六月刊)   (国立国会図書館デジタルコレクション)(36/103コマ)   〝蔀関月【天明元年~八年 1781-1788】    名は徳基、字は子温、通称原二、月岡雪鼎の門弟にて、大阪の人なり、後ち法橋に叙せらる、玉山が筆    意を学びて、名所図会の類を画けり、寛政九年没す、享年五十一(版本二、書名省略)〟  ☆ 明治三十二年(1899)  ◯『新撰日本書画人名辞書』下 画家門(青蓋居士編 松栄堂 明治三十二年三月刊)   (国立国会図書館デジタルコレクション)(198/218コマ)   〝蔀関月    名は徳基 字は子温 通称は原二といふ 又荑楊斎と号す 法橋に叙せらる 大阪の人なり 初め月岡    雪鼎に師事して画法を研究し 技大いに進む 後広く和漢の画風を探討し 刻苦して遂に一家を為す     描く所風致ありて 尤も愛すべし 就中人物・山水に工(たくみ)なり 寛政九年十月二十一日没せり    年五十一(扶桑画人伝 続諸家人物志 画乗要略 鑑定便覧)〟  ☆ 明治三十五年(1902)  ◯『古今名家新撰書画一覧』番付 大阪(鳥井正之助編集・出版 明治三十五年正月刊)   (東京文化財研究所・明治大正期書画家番付データベース)   ※ⅠはⅡより字が大きい。(絵師名)は同一グループ内の別格絵師   〝故人皇国各派不判優劣   Ⅰ(江戸 谷文晁 〔平安〕森狙仙 円山応挙 長沢芦雪 松村呉春 越前介駒岸)    〔江戸〕酒井抱一 菊池容斎〔平安〕浮田一蕙 山口素絢〔大坂〕上田公長 〔オハリ〕田中納(ママ)言   Ⅱ(平安 尾形光林 土佐光起〔江戸〕伊藤若冲 狩野元信 葛飾北斎 河辺暁斎)    〔大サカ〕長山孔寅 蔀関月〟  ☆ 明治四十四年(1911)  ◯『浪華名家墓所記』(宮武外骨編 雅俗文庫 明治四十四年三月刊)   〝蔀関月(画工)寛政九年十月廿一日没 年五十一 北中島木寺村 正通院    名は徳基、字子温、俗称原二、浪花の人にして月岡雪鼎の門人なり、近代画工の名家なり、山海名産図絵、    伊勢参宮名所図絵の二部は此人の画なり、叙法橋〟  ☆ 昭和年間(1926~1987)    ◯『狂歌人名辞書』p70(狩野快庵編・昭和三年(1828)刊)   〝蔀関月、名は徳基、字は子温、通称原二、浪花の画家、始め月岡雪鼎に学び、後ち和漢の画法を折衷し    て一家をなし、法橋に叙せらる、寛政九年十月廿一日歿す、年五十一〟    ◯『浮世絵師伝』p63(井上和雄著・昭和六年(1931)刊)   〝関月    【生】延享四年(1747)   【歿】寛政九年(1797)十月廿一日-五十一    【画系】雪鼎門人      【作画期】明和~寛政    大阪の人、初め柳原氏、名は徳基、俗称源二郎(一に原次郎)、菁莪堂(また二酉堂亭)と号し、絵本    を描くの傍ら書肆を営み、家を千草屋と云へり、安永五年頃書肆を廃めて画事を専らとし、爾後蔀氏に    改め、名は旧の如く徳墓、字は子温、俗称は約して原二とし、新たに関月を号とせしなり。彼は安永以    後漸次和漢の画法を研究し、殊に人物・山水等に長じたり、又多少学殖ありて、詩文及び書道に堪能な    りしと云ふ、画く所『絵本武者録』(明和五年版)・『絵本倭詩経』(同八年版)・『伊勢参宮名所図    会』(寛政九年版)・『山海名産図会』(同十一年版)其他数種あり、晩年法橋に叙せらる。居所初め    は京町堀二丁目(また土佐堀一丁目)蔀氏となりて後は堂島中二丁目に住す、墓は北中島木寺村(大阪    府下)正通院にあり〟    〈『浮世絵師伝』は「歴史的仮名遣い」による表記のため、「関月」は「カ」ではなく「ク」の項目にあげている〉    ◯『浮世絵年表』(漆山天童著・昭和九年(1934)刊)   ◇「安永六年 丁酉」(1777)p133   〝七月、墨江武禅・高嵩谷・流光斎・蔀関月・桂宗信の挿絵に成る『狂歌ならびの岡』出版〟    〈「日本古典籍総合目録」は『狂歌奈良飛乃岡』(仙果亭嘉栗編)とする〉      ◇「寛政元年(正月二十五日改元)」(1789)p149   〝 三月、蔀関月の挿画に成れる『狂歌つのくみ草』出版〟     ◇「寛政九年 丁巳」(1797)p161   〝十月二十日、大阪の浮世絵師蔀関月歿す。行年五十一歳。(関月は大阪の人にして初め月岡丹下に学び    たるも後浮世絵を画かずして終れり。通称原二、名は徳基、字は子温、中江藍江は実に関月の門より出    でしといふ)    五月、蔀関月の画ける『伊勢参宮名所図会』出版。〟     ◇「寛政一一年 己未」(1799)p164   〝正月、蔀関月の遺作『山海名産図会』出版〟    △『増訂浮世絵』p192(藤懸静也著・雄山閣・昭和二十一年(1946)刊)   〝蔀関月    名は徳基、字は子温、通称を源二郎といふ。後に略して原二と称す。大坂の人である。菁莪堂といひ、    雪鼎に学び、後ち雪舟に私淑し、一流をなす。初め柳原氏、絵本を画き書肆を営み、千草屋といふ。後    ち書肆を廃め、画を専らとし、蔀を氏とす。晩年法橋に叙せらる。寛政九年十月二十一日没す。歳五十    一。墓は大阪府下、北中島木寺村正通院にあり。関月の門人には、山月、流光斎、桃渓、中井藍江等が    ある〟    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   〔蔀関月画版本〕    作品数:22点(「作品数」は必ずしも「分類」や「成立年」の点数合計と一致するとは限りません)     画号他:関月・蔀関月・柳原・源次郎・徳基・柳原源次郎・荑楊斎一世    分 類:絵本5・狂歌2・地誌(名所図絵)2・和歌(百人一首)2・風俗2読本1・往来物1・          教訓1・歌謡1・祭祀1・物産1    成立年:明和5・7~8年(6点)        安永7~8年  (2点)        天明1~2年  (2点)(天明年間合計3点)        寛政1・6・9・12年(7点)        文化3年(1点)        文政7年(1点)        天保4年(1点)
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