◯「江戸座談会-奇人譚」(『江戸文化』第四巻四号 昭和五年(1930)四月刊)
(国立国会図書館デジタルコレクション)
◇「岡本北辰」(17/37コマ)
〝(伊藤)葛飾北斎の弟子に岡本北辰をいふ人がある。これは本所の旗本でした。この人が奇人で御維新
の時に、榎本武楊と函館へ落げて流浪して醜態を極めてすつとこ冠りをして逃げた、それから食物がな
くて綿の実を食つて房州に流れた、其の時は旅画師になつて無事経過した。剣術が出来て晩年は小松川
警察の剣道指範になり、画がうまい。北斎の偽なんかうまい、この人が嫌ひなのは犬。唐竹割の腕を持
つてゐても犬がこわい。犬が来るとワーッと云つて竹刀をかついで逃げ出して行く。
府下南葛飾郡の鹿骨(しかもと)村、小岩村一円は傘の名産地だつた。飴屋の大きな傘に、人物の極彩
色を施して米国に輸出しました。この北辰先生のやつた仕事は、江戸末期の芸術(凧絵や絵馬)に全力
を注いださうで、かなり傑作を残しました〟