※①〔目録DB〕〔国書DB〕:「日本古典籍総合目録データベース」「国書データベース」〔国文学研究資料館〕
⑩〔中本型読本〕:「中本型読本書目年表稿」
〔漆山年表〕 :『日本木版挿絵本年代順目録』
☆ 享和年間(1801~1803)
◯『増訂武江年表』2p26(斎藤月岑著・嘉永元年脱稿・同三年刊)
(「享和年間記事」)
〝京大坂より画入り読本、新作あまた梓行して江戸へ下せり。(中略)
画者は石田玉山、青陽斎蘆国、一峯斎馬円、丹羽桃渓、合川珉和、松好斎半兵衛、歌川豊秀、速水春暁
斎等其の外数多あり〟
☆ 文化五年(1808)
◯「読本年表」(文化五年刊)
一峰斎馬円画『信夫摺在原草紙』一峯斎馬円画 中川昌房作 板元未詳 ①〈書誌による〉
☆ 文化八年(1811)
◯「読本年表」(文化八年)
一峰斎馬円画『東鑑操物語』一峯斎馬円画 文松庵金文作 文化八年序 ①
〈⑩は文化十年刊とする〉
☆ 文化九年(1812)
◯「読本年表」(文化九年刊)
一峰斎馬円画
『金鱗化粧桜』「一峯斎馬円画」中川昌房作 丹波屋栄蔵他板 ①
『在原草紙』 一峯斎馬円画 感和亭鬼武作 西村与八板? ①〈書誌による〉
(文化五年刊『信夫摺在原草紙』の再版本)
☆ 文化十年(1813)
◯「読本年表」(文化十年刊)
一峰斎馬円画
『螢狩宇治奇聞』「画者 一峯斎馬円」五島清通作 丹波屋栄蔵他板 ①
見返「文化甲戌孟春新鐫」奥付「文化十癸酉歳十二月」〈見返は文化11年〉
『則定仁勇伝』後編「口画 一峯斎馬圓」本文画 石田玉山画 此君亭仙蛾作 山城屋佐兵衛板 ①
『東鑑操物語』 「一峯斎馬圓画図」文松菴かなふみ著 西村弥兵衛他板 ⑩①
『忠孝貞婦伝』 「一峯斎馬円画」 浜松歌国作 山田屋嘉右衛門他板 ①
『青葉笛』 「東都 画工 一峰斎馬円画」高井蘭山作 河内屋茂兵衛 ①
☆ 文化十一年(1814)
◯「絵本年表」(文化十一年刊)
一峰斎馬円画『戌の年俄選』五冊 馬円画・寄松筆 浪花竹斎序 平野屋武右衛門板〔漆山年表〕
◯「読本年表」(文化十一年刊)
一峰斎馬円画
『五大力後日物語』「画工 一峰斎馬円」 狂蝶子文麿作 西宮弥兵衛他板 ⑩①
『河内木綿団七縞』「浪花 一峰斎馬円図画」栗杖亭鬼卵作 河内屋嘉助他板 ①
『和漢乃染分』 「一峰斎馬円画」 五島清道作 丹波屋栄蔵他板 ①
『二葉の梅』 「画図 一峰斎馬円」 栗杖亭鬼卵作 文化十年癸酉九月 秋田屋太右衛門他板 ①
〈文化11年の刊年は①の書誌による〉
『駿河舞』 「画工 一峰斎馬円」 浜松歌国編 河内屋嘉助他板 ①
☆ 文化十二年(1815)
◯「読本年表」(文化十二年刊)
一峰斎馬円画
『蜑人少女玉取草紙』「画工 一峯斎馬円画」河東東漁作 河内屋嘉助他板 ①
〈文化12年の刊年は①の書誌による。①の画像は文化13年板〉
『新編熊阪説話』 「阪陽 一峰斎馬円画」感和亭鬼武著 河内屋嘉七他板 ①
☆ 文化十三年(1816)
◯「読本年表」(文化十三年刊)
一峰斎馬円画
『鎗権三累襂』「画工 一峰斎馬円/狂画堂蘆州 両画」河内屋嘉七他板 ①
五実軒奈々美津著/浜松歌国補
☆ 文化年間(1804-17)
◯『浪華人物録』文化改正 前川文栄堂版(『摂陽奇観』巻45『浪速叢書』第5所収)
〝画工部 内平の町 一峰斎馬圓〟
☆ 文政四年(1821)
◯「読本年表」(文政四年刊)
一峰斎馬円画『絵本更科草紙』三編「画工 一峰斎馬円」栗杖亭鬼卵作 河内屋茂兵衛板 ①
☆ 没後資料
◯『増補浮世絵類考』(ケンブリッジ本)(斎藤月岑編・天保十五年(1844)序)
(〈 〉は書入れ・〔 〕は見せ消ち)
〝一蜂斎馬円
読本の絵多し〔尤〕〈筆は達者なれど〉下工也〟
◯『古画備考』三十一「浮世絵師伝」中p1408(朝岡興禎編・嘉永三年(1850)四月十七日起筆)
〝石田玉山、 岡田玉山【石田玉山門人】、 青陽斎蘆国、 一峯斎馬円
丹波桃渓、 合川珉和、 松好斎半兵衛 歌川豊秀
速水春暁斎、 已上、京大阪画草紙画者、享和前後人、武江年表〟
◯『京摂戯作者考』〔続燕石〕①228(木村黙老著・成立年未詳)
(「浮世絵師」の項)
〝一峰斎馬円
大坂亀山町、後藤屋敷に住す、原東武の人、葛飾北斎門人、始め馬遠と号し、後浪華に来り、大岡喜藤
次【公儀の絵図引也】の養子となり、馬円と改む、俗称大岡由平、後、藤次と更む、文化七八のころ三
月没〟
◯『新増補浮世絵類考』〔大成Ⅱ〕⑪236(竜田舎秋錦編・慶応四年(1868)成立)
〝一蜂斎馬円〟(名前のみ)
☆ 明治以降(1868~)
◯『近古浮世絵師小伝便覧』(谷口正太郎著・明治二十二年(1889)刊)
(名前のみ、記事なし)
〝浪速
一峯斎馬円・春好斎北洲・歌川広貞・長谷川貞信・柳斎重春
浪速
歌川国広・歌川芳国・戯画堂芦雪・青陽斎春子・五瓢亭貞芳〟
◯『本朝画家人名辞書』上(狩野寿信編・明治二十六(1893)年刊)
(国立国会図書館・近代デジタルライブラリー)
〝馬円 姓氏年代詳ナラズ、浮世絵師ナリ〟
◯『浮世絵師便覧』p205(飯島虚心著・明治二十六年刊)
〝馬圓(バエン) 大坂の人、一峯斎と号す、◯寛政〟
◯『日本美術画家人名詳伝』補遺(樋口文山編 赤志忠雅堂 明治二十七年(1894)一月刊)
(国立国会図書館デジタルコレクション)
〝一峯斎馬円 寛政頃 大坂人 浮世絵を画く〟
◯『浮世絵備考』(梅本塵山編 東陽堂 明治三十一年(1898)六月刊)
(国立国会図書館デジタルコレクション)(51/103コマ)
〝一峰斎馬圓【寛政元年~十二年 1789-1800】 大阪の人、其の伝詳ならず〟
◯『浪華名家墓所記』(宮武外骨編 雅俗文庫 明治四十四年(1911)三月刊)
〝一峰斎馬円(画工)文化七八年没(享年・墓所記載なし)
元東武の人、葛飾北斎門人にして始馬達と号し、浪速に来り大岡喜藤治の養子となり、亀山町後藤屋敷に
住す、後改めて馬円といふ、俗称始め由平、後藤二と更む、小説刻板の密画多し〟
◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)
〔一峰斎馬円画版本〕
作品数:19点
画号他:大岡・大岡馬円・馬円・一峯斎馬円・一峰斎馬円
分 野:読本17・謡曲1・遊戯1
成立年:文化5~6・8~11~14年(18点)
文政4年 (1点)
〈「日本古典籍総合目録」の成立年からみると、『京摂戯作者考』の云う没年、文化七八年は不審である。『原色浮世
絵大百科事典』第二巻「浮世絵師」は天保初年としている〉