★顧問ごあいさつ |
川口恒子女史 | 創立の時から深く金大フィルと関わりを持たれ、長く金大フィルの顧問として、我々を見守ってくださったのは川口恒子女史(教育学部教授、退官)でした。金大フィルは常に自主自立の精神を貫いてきましたので、在学中に実際にお目にかかったことはありませんでした。しかし、演奏会毎、プログラムの冒頭に「ごあいさつ」として、寄せられた短い十行あまりの文章の中に、女史の金大フィルへのわが子に接するような愛情が込められています。金大フィルの歴史そのものを伺うことができるのです。 |
![]()
![]() 25周年記念エッセイ |
||
第26回 1965年 |
金大フィルハーモニ一管弦楽団の定期演奏会を今年も元気よく開催する運びになって、よろこびにたえません。 昨年活躍したメンバーは沢山卒菓したし、校舎の改築のため今までのよい練習の場所もなくなって、悪い条件で練習せざるをえなかったり、いろいろ困難があったにもかかわらず、副指揮者として新しく浅地教官をお願いして一生懸命練習を重ねて参りました。また少ない予算ながらも楽器も徐々にそろい、ここに1年の努力の総決算を御披露することができ、一同はりきっております。ベートーヴェンの交響曲第八番を始めとして、若人の情熱をみなぎらせた数々の演奏をどうぞ心ゆくまで御鑑賞下さいませ。 なおいつに変らぬ親愛のお気持ちで、お忙しいなかを客演して、後輩一同をはげまして下さいます方々に対して、あつく御礼を申し上げる次第でございます。 中央にばかり集りすぎる文化は、頭デッカチであります。こうした金大フィルのオーケストラ活動こそ地方文化のいしずえとなるもの、皆様の御力添えにより、一層しっかりとつちかって行かねばならないものだと存じております。よろしく御願い致します。 |
|
第27回 1966年 |
各大学におけるオーケストラ活動は年々盛んになるようで結構なことと思います。ある大学では国際的文化使節として渡航して、外国大学オーケストラと交歓公演に出かけたところもある時節です。本学においても今年は、小松公演を持つことが出来て、喜ばしいことです。 さて、大学オーケストラはクラブ活動であるため各人の考え方も様々だし、腕前も色々で、弦と管のバランスも年によって違い、それをまとめることがなかなか困難なものです。今回は学生の中から指揮者をえらび自分達としては出来るだけの努力をつみかさねたようです。 最近、前田家に、バッハ、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、ショパン、トビュッシー等の大作曲家の自筆楽譜や手紙類が所蔵されていたことがわかって、国際的な反響をまきおこしたことは皆さま御存知の通りです。金沢人としてまことに嬉しい限りであります。加賀藩以来の高い文化の伝統をうけつぐペき当大学のオーケストラとしては、最近のわが国音楽界のレベルアップの実情を体得して、安易な自己満足たおちいることなく、より高い芸術性をめざして前進しなければなりません。 皆様方の忌悸なき御批判、御助言をたまわりまして、より一そう前進への、はげみと努力の方向を見出し、不断により高く向上して行きたいと願わざるをえません。 本日はお寒いところ、御来場有難う存じました。 |
|
第29回 1968年 |
金大フィルは、昭和25年第1回以来、次々と伝統をうけつぎ、いよいよ第29回目の演奏会を開く運びとなりました。 今年は珠に、1年生の入団が多かったようです。私が研究室にいると、夏の夕方、「新世界」の第2楽章が風にのってよく聞えて来ました。ドボルザークと真剣に取り組んで、それぞれパート練習にうちこんでまいりました。今まで何度か手がけたシューベルトやベートーヴェンとはまた違った難しさがあるにちがいありません。ドボルザークと申しますと私には忘れがたい思い出があります。数年前、ミュンヘンから汽車でウィーンに着いた時、ホテルの予約もとらずに、のんびり町を歩いて、通りかかった宿屋に泊ることにしました。「ゴールデン・ラム(黄金の羊)」の絵看板が出ています。 早速案内を乞うて幾曲り、通された部屋は相当の時代ものでした。一種独特の匂いを気にしながらもベッドでひと休みしていますと、俄かに空も暗くなって、耳をつんざく大音響、すわ化物が出た!ドン・ジョバンニの石像が歩んで来たかと思うような気味悪さ,これがウィーン名物の春の雷鳴。数日ウィーンの町を歩き廻っているうち、ふと見ると大理石の銘碑に「ドボルザークここに住みき」と書かれているではありませんか。 新世界はアメリカのことですが、正しくは「新世界より」で、アメリカから祖国ボヘミアを懐しんだ曲、チェコの名曲をゆっくり御鑑貰いただければ幸いです。 エグモントを作曲したベートーヴェンの家もウィーン大学の近くにありました。おそらくは初演の劇場も、その場より遠くなかったと思います。 南ザクセンに生まれたヘンデルが、テームズに船をうかべた国王のためにかいた「水上の音楽」。そのテームスの川のほとりはすっかり昔と姿をかえたことと思われますが、250年昔のテームズを想像しながらゆっくりおたのしみいただければ幸いです。 山下教官はじめ後援の皆様の御苦労を感謝すると共に、今後の若ものたちの音楽的成長をあたたかく見守っていただくようにお願い申し上げます。 |
|
第30回 1969年 |
昨年から本年にかけて,音楽界はとても活況を呈しております。国内オーケストラの意欲的な演奏に加え、世界各国交響楽団の来日も相ついで、まことに賑やかなことです。その中で、昨年1月14日、東京文化会館大ホールでの東大オーケストラ定期演奏会が特に印象的な記録を残しております。 さて当地方におきましても、オーケストラ愛好の方々が年々増えているのではないでしょうか。色々の楽器がかもし出す豊かな色彩、指揮棒のもと、リズムに身をゆだね、沢山の演奏者が作曲者の心を心として歌いあげる音楽の楽しさはまた格別です。 このたび初夏の風さわやかな7月2日、金沢大学フィルハーモニー管弦楽団においても記念すべき第30回公演の運びとなりました。これは団員のふだんの努力の継続のたまものではありますが、市民の皆様の理解ある御支援があったればこそと感謝いたしております。 楽団編成に学生と共に多大の尽力をされたのは、現、愛媛大学の佐々木宣男教授でした。無我夢中演奏会の前日は、パンをかじりかじり夜通し猛練習をしたこともあったようです。金沢を遠く離れて、就職したOBの若者も、あたふたとかけつけてまるで音楽に酔ったように、喜びに満ち足りた表情で演奏していた姿も忘れられません。時には管楽器が多かったり、時には弦楽器が多かったり、曲目の選定もなかなかに、難かしい問題だったに違いありません。ひけるようになると卒業してしまうことは学生オーケストラの避けることのできない宿命です。歴代の指揮者もこの点は一番の御苦労だったと思います。ともかくも、色々の困難をのり越えて第30回定演にたどりついたことは、誠におめでたいことです。これからは先輩の築きあげた地盤の上に、じっくりと真の音楽、真の演奏を築きあげることだと思います。第1回以来、かげになり日なたになり御助力下さった方々、いつも快よく客演していただく方々、熱心なOBの方々、重複をさけてお名前はいちいち申しあげませんが、心から御礼申し上げます。 それでは、シベリウスの重く暗く、また力強い北欧の民族のリズムを、実に庶民的だったシューベルトのやさしい音楽を、そして世界中の人々を勇気づけるベートーヴェンの交響曲を、ごゆっくりお楽しみ下さいませ。金大フィルが今後とも皆様に愛されてゆくことが出来ますように、団員が心をあわせて、努力を続け、より充実した演奏活動が継続出来ますように祈ります。 |
|
第31回 1970年 |
ことしの夏、世界音楽者国際会議がモスクワで開かれました。私は日本代表の一員に加えさせていただいて出かけました。クレムリン宮殿に近いバロックの優雅な組合会館の円柱ホールで会議がぎっしりの日程、会議のあとの夜のコンサートが楽しみでした。私にとって一番印象深いのは、日本ではきかれないプロコフイエフのピアノ協奏曲第一番。彼がペテルブルグ音楽院在学中に作曲した精力に溢れた作品を、オケは国立音楽院附属高校生、ピアノはその女子学生です。古典的な形式のうちに今世紀新鋭のモダンな気力にみちたものでした。会場のシャンデリアもゆれ動かんばかりのはげしく豊かな響きはいつまでも耳になり響くような思いでした。 会議の報告でも、世界中の子供たちや青年の音楽についての課題が中心でした。親のみえなどのためでなく、自分の意思で本当に真剣に音楽にとりくむ各国の若者達のこと、殊にソヴイエトの子供達のことをきいて羨しいことと思いました。ロシアの大地から生れたすばらしい音楽やそれをうけつぐ子供達、そこには独自な特色があると共に、世界通ずるものがあります。 金大フィルも、学生達の意志と情熱と自発的なもりあがりで今年はすでに二十一年になります。ここに三十一回日の演奏会を持つことが出来ますことは、それを支えて下さる皆様のあたたかいはげましのおかげと思います。ことしはウェーバーの名曲「魔弾の射手」序曲、へンデルのコンチェルト・グロッソ、サン・サーンスの交響詩をはじめ、ベートーヴェンの交響曲の中で最も陽気で明るい、舞曲的な第七番を演奏します。 皆様のあたたかい思いやりとはげましの拍手とをお願いして御挨拶にかえさせていただきます。 |
|
第37回 1977年 ![]() |
昭和25年発足以来たゆみない歩みを続けて、本日第37回定期演奏会を開くはこびとなりました。 会場も金大理学部講堂(旧四高)に始まり、北陸学院栄光館、北国講堂を経て、金沢市観光会舘で演奏できる程、団員もふえ、演奏曲目も巾広いものに成長して参りました。その間、東京音楽学校ピアノ科教授灘波菊江夫人のウェーバーのコンチェルト・ステュックの独奏や、芸大指揮科教授金子登氏を指揮者にお迎えしたこともあります。最もしばしば演奏したシューベルトの「未完成」、ベートーヴェンの交響曲のほとんどすべてをはじめ、バロックから現代に至るあらゆる名曲をこなして、当地にしっかりした金大フィルの伝統をうちたて、市民とのつながりを築きました。若人の音楽的な情熱の結晶をみがいて、歴史を作りあげたのです。今回は特に群馬交響楽団の常任指揮の経験をお持ちの伴有雄氏を迎えて、団員一同はりきっております。どうか皆様の心に残る立派な演奏を期待して、心からの御声援御鑑賞をお願い申し上げます。 (金沢大学教育学部教授) |
|
第38回 1978年 ![]() |
野草のようにたくましく 秋もすぎて、北の都に冬の訪れを迎える季節になりました。西欧の国々でも、この霧と寒さの季節こそ一段と音楽会で賑わうシーズンでございます。さて、金沢大学フィルハーモニー管弦楽団も充実した回を重ねて、いよいよ第38回定期演奏会を12月10日に石川厚生年金会館ホールで開催するはこびとなりました。去る7月2日には、久しぶりにヴァイオリン協奏曲を含めた演奏で夏の一夜をお楽しみいただきました事は、まだ皆様の御記憶に新たなことと思います。森の都にふさわしい素敵なホールが出来たことは市民にとっても演奏者にとっても大変うれしいことでございます。N響はじめ、外国の有名オーケストラも次々とこのホールで演奏会を催している中で、金大フィルハーモニーがどんな演奏をするか。それは一にかかって若人がもつ音楽への純粋な情熱、全心霊を傾けた体あたりの演奏以外にありえないのではないでしょうか。 金大フィルハーモニーは昭和25年発足以来順調な歩みを続け、近年は特に団員の数も100名を超え盛況となりました。管楽器奏者もふえ大きな曲にも挑戦できるようになりました。今回のブルックナー(1824〜1896)交響曲第4番は彼の交響曲中最も有名なものでロマンティックの別名で呼ばれています。ベートーヴェンほどまだ親しい名ではないかも知れませんが、彼はベートーヴェン形式を尊重し、それにバッハとワーグナーの形式を部分的にとっています。彼の交響曲は死後20年もたってからやっとその真価が認められました。指揮はOBの藤島、モーツァルトの交響曲「プラハ」は学生指揮者桐村、いずれもサマーコンサートで練磨を重ねた顔です。「魔笛」序曲にはクラリネットの小山内が指揮にあたります。ふまれても、なおたくましくのびる野の草のように、皆様の御批判をいただくことによって、ますますたくましく成長するオーケストラとなりますように、相変りませぬ御声援をお願い申し上げます。 |
|
第39回 1979年 ![]() |
あまりにも物質文明の発達した今日、求められるものは豊かな精神です。昨年バッファローより金沢を親善訪門したロウ・クワルテットは金大フィルの代表たちとの交歓の席で美しいアンサンブルをきかせてくれました。アメリカでは社会や青少年の問題などもあって、大学でも特に音楽に力を入れているよし、金大フィルのはたす役わりの重大さを力説し、激励して帰って行きました。 早大オーケストラの場合、ヨーロッパのカラヤンコンクールに参加し、OBの山岡重信氏の指揮で青少年部の一位に入賞しました。若いオーケストラには特に優秀な指揮者の指導を必要とします。金大フィルでも第39回定期演奏会開催にあたり指揮者にニューイングランド音楽院で研鑚をつんだ客演の佐藤功太郎氏を迎えました。当然のことですが、練習はなかなか手きびしく団員たちは音楽のきびしさをあらためて痛感しているようです。それだけに一同情熱を傾け、はりきって腕をみがいて難曲にいどんでいます。「ラコッツイ行進曲」や「白鳥の湖」はいわずもがな殊にブラームスの交響曲はすばらしいだけに厚みのあるハーモニーを表現するのは大変な努力です。 寒さをふきとばすような若者たちの情熱を美しいものへのあこがれとを、管と弦との精魂こめた響きの中に聞いていただければ幸いです。金大フィルの成長を今後とも暖かく御声援下さいますよう、お願い申し上げます。 |
|
第40回 1980年 ![]() |
金沢大学フィルハーモニー管弦楽団は本年30周年を迎えることとなりました。かえりみますれば、同好の者が集まり旧四高講堂で第一回の演奏会を開催したのが昭和25年の秋でした。はじめはささやかでありまたしたが、若人の情熱と良き理解者、協力者を得て次第にオーケストラの形を整え、今では団員の数も100名を越える盛況となりました。
さて第40回定期演奏会は厚生年金会館で前回にひき続き佐藤功太郎氏の指揮により本日開催のはこびとなりました。佐藤氏は、ニューイングランド及びベルリンでみがきをかけたよき指揮者、よきトレーナーです。その成果を期待する次第です。ゲーテの悲劇にベートーヴェンが作曲したエグモント序曲は、壮大なドラマをどの程度予感させるでしょうか。ハチャトウリアンは、カフカス山脈の南方グルジア共和国の首都トビリシの生れ。アルメニア人の強烈な野生味は東洋的な面白さを味わわせてくれることでしょう。トビリシはソヴニュトの中では気候の良い保養地で、独ソ戦の激しい頃、ソヴィエトの音楽家たちはここに集まり音楽活動を続けたと聞いております。1970年夏、私はトビリシを訪れましたが、何度か侵略者と戦った悲愴な歴史が今に残っています。チャイコフスキーの交響曲第五番は、彼の存命中に出版された最後の交響曲です。そのスラブ的な憂愁と情熱、団員の全力を投入した演奏はみなさまをどのようにひきつけるでしょうか。 尚、プログラムの後尾に、30周年記念誌をつけ加えました。金大フィルの歩みをご覧いただき、このオーケストラが今後ますます充実発展いたしますように、よき理解者として変らぬ御支援の程をお願い申し上げます。 |
|
第41回 1981年 ![]() |
金大フィルハーモニー管弦楽団は1月24日厚生年金ホールで恒例の定期演奏会を開催することとなりました。指揮はネスカフェのゴールドブレンド・コンサートでおなじみの石丸寛氏です。 ベートーベンの「フィデリオ序曲」はすでに何度も手がけてきた曲ではありますが、指揮者によってその表現の味わいがどう変化するでしょうか。ウィーンフィルハーモニーが同じ曲でも、カラヤンがふった時とべームがふった時とではテンポを始めとして著しく曲の解釈が変化するにもかかわらず、ウィーン・フィルとしての特色が厳然として存在することと連想します。チャイコフスキーの「眠れる森の美女」、シベリウスの「交響曲第2番」、田園交響曲ともいわれる北欧の風土の色濃いこの曲をどこまで表現できるでしょうか。 金大フィルは全団員130名をこえる金沢大学最大のクラブ活動です。創立以来先輩からひきつがれた30年の伝統があります。芥川也寸志氏指揮のNHKにも出演、日本の大学オーケストラとして屈指のものに成長しようとしています。地方文化にとっても誠に貴重な存在です。団員達の奮起をのぞむと共に、県民の皆様のいっそうの力強いご声援をお願い申し上げます。こよいはくつろいで心ゆくまでお楽しみ下さいませ。 |
|
第42回 1982年 ![]() |
金沢大学フィルハーモニー管弦楽団は、本日第42回定期演奏会のはこびとなりました。昨秋は北陸三大学学生交歓芸術祭があり、その当番校としてとりわけ忙しかったようです。 今年は例年とは幾分違った気分で行こうということでしょうか、ウェーバーの歌劇「魔弾の射手」の序曲やワ一グナーの歌劇「ローエングリン」の第3幕への前奏曲や婚礼の合奏などが選曲されました。隣県からも合唱団が応援に来演されます。ステージいっぱいの演奏が大きくもりあがることが期待されます。さて交響曲はチャイコフスキーの第6番「悲愴」。作曲者自身が「私の一生で一番よい作品だ。」とたびたび言いもし書きもした傑作です。東京シティ・フィルの堤俊作氏の指揮でチャイコフスキーをどう解釈し、どこまで表現できることでしょうか。一昨年同じ作曲者の交響曲第5番を演奏したことが役立っているのにちがいありません。 外は冷たい風が吹いていても、ホールには若人の熱気があふれています。音楽へのよろこびに満ちた一夜をともにエンジョイしていただけますように。 |
|
第43回 1983年 ![]() |
金沢大学フィルハーモニー管弦楽団は近年プロの指揮者を迎え100名を越す団員で懸命に大曲ととりくんでおります。さて第43回定期演奏会は東京シティ・フイル常任指揮者・音楽監督の堤俊作氏を指揮者に迎え、石川厚生年金ホールで今宵開催のはこびとなりました。初めてマーラーの第一交響曲、ジャン・パウロの詩にもとづいて名づけられた「巨人」にとりくみます。管の優秀なプレイヤーの増加もあって大編成の曲の演奏が可能となりました。北陸初演ではりきっております。マーラーが24歳で着手し28歳で完成した曲です。青春の喜び悩み、人生への戦いなどが表現され、各楽器はそれぞれの特色が生かされ巧妙にうたっており、若者の共感をよぶことでしょう。 シューベルトの交響曲第8番はポピュラーであり何度も演奏されています。岩波書店の図書11月号の岩城宏之氏の文章の一部を引用します。−−−それにしても「未完成」の演奏は実に難しい。とにかく出来そこないで、しかもすばらしく美しい曲だから困るのだ。‥・‥・僕がウィーン・フィル事務所の年1度の虫干しで見た限りでは「未完成」の彼の自筆はきれいだった。非常に丁寧に書いてあった。ただアクセントの記号が中途半端に長いのである。考えてみればアクセントとデイミヌエンドとは親類関係にあると言える。両者は紙一重ということができるのではないか。‥・‥・天才の気軽な不始末には後世のわれわれがいつも泣かされる。−−マーラーの交響曲は未完成の血筋をひくものと言われています。金大フィルが最初に手がけた「未完成」と今到達した「巨人」と大へん面白いとり合せではないでしょうか。マーラーは唐詩の世界を音楽で西欧に紹介したすぐれた作曲家です。 どうぞごゆっくりお楽しみ下さいませ。今後とも金大フィルの発展のために御理解・御支援をたまわりますようお願い申し上げる次第でございます。 |
|
第44回 1984年 ![]() |
成人式も終わり寒さも一層厳しい時節でございます。金大フィルの定期演奏会も第44回開催のはこびとりました。今年も指揮は東京シティフィルの堤俊作氏を迎え、19世紀チェコスロバキア国民音楽の始祖スメタナと北ドイツ後期ロマン派の巨匠ブラームスの作品を演奏いたします。 スメタナの「モルダウ」は71年の第32回定演プログラムに記録されています。本日は連作交響詩「我が祖国」6曲中より3曲演奏されます。3年連続団員達ともすっかりなじんだ堤氏の指揮で、伝説や歴史をちりばめたチェコの自然の美しさをどれだけ表現できるでしょうか。昨年はブラームス生誕記念で、全集も刊行され研究評論もさかんでした。金大フィルでは、最初にブラームスを演奏したのは第32回定演で交響曲第1番、第33回'72年と第37回'77年には第2番、第39回'79年には第4番、そして今回は第3番となりました。ベートーヴェンの英雄と比較される大曲です。そこにもられた憧憬と歓喜を充分お楽しみ下さい。 金大フィルは最も安定したオーケストラとして県下の期待を担っております。若い力の結集で今後も発展を続けますよう、皆様のお力添えをお願いする次第でございます。 |
|
第45回 1985年 ![]() |
若人たちのオーケストラへの夢は年毎に深まり、金沢大学フィルハーモニー管弦楽団は160名をこす団員となりました。今年は二期会の若手指揮者、末廣誠氏を迎え、本日観光会館において45回定期演奏会開催のはこびとなりました。 さて、最初のベートーヴェン序曲「エグモント」は、金大フィル歴代指揮者によりすでに5回演奏されています。末廣氏は桐朋のパーカッション出身、雄大で悲壮なこの序曲にとってティンパニーへの配慮は効果を発揮することと思います。次は20年ぶりにピアノ協奏曲の登場です。ラフマニノフの第2番は戦後映画「あいびき」の伴奏音楽として使われたことは皆様ご存じのとおりです。ロシア的なガッチリした構造とやさしい抒情性、ピアニスティックな効果を発揮出来る傑作です。独奏は現在フリーで活躍されているピアニスト米田ゆりさんです。 指揮者と息のあった演奏が期待されます。オーケストラのメンバーにとってもアンサンブルの勉強のよい機会となるでしょう。最後はブルックナーの交響曲第4番です。彼はスメタナと同年の生れで、近年よく演奏されるようになりました.高名なオルガン奏者の彼にふさわしい一時間余りの大曲です。自らロマンティックと名づけたほどに、オーストリーの自然を素朴に楽天的に表しています。深い森の神秘的な囁きもきこえてきそうです。 今宵は色とりどりの音楽をごゆっくりお楽しみ下さいませ。今後とも金大フィルの演奏に皆様のご理解とお力添えをお願い申し上げます。 |
|
第46回 1986年 ![]() |
昨年は、また沢山の一年生が入団し、金沢大学フィルハーモニー管弦楽団は170名となりました。
6月のサマーコンサートに引き続き、7月には数年ぶりに京都大学音楽部交響楽団との合同演奏会も行なわれとても活発な一年でした。
さて本年の定期演奏会は1月25日、観光会館で開催されます。昨年にひき続き指揮は末廣誠氏です。鹿児島大学教育学部音楽科卒。桐朋学園研究科出身。 一曲目は先ずブラームスの「大学祝典序曲」、四つの学生歌をメドレーにして作曲された名曲でユーモアあふれる快活な序曲です。ブラームスがプレスラウの大学から名誉博士の称号を受けた時の記念作品です。次のドビュッシーの「小組曲」はピアノ連弾が原曲でオーケストラに編曲されたもの。一年生が皆ステージに上るそうでドビュッシー独特のハーモニーと詩的な美しさをせいいっぱい表現してほしいものです。最後はチャイフコフスキー「交響曲第5番」、第4番と第6番の緊張感とは反対にほのぼのとしたあこがれとなぐさめの感じられる親しみ深い曲です。序奏のはじめにクラリネットで奏される重々しい主想旋律が全楽章を通じてあらわれる循環形式が珍しく、第4楽章では壮大なクライマックスとなり絢爛たるコーダを経て、主想旋律の最強奏で終ります。この曲は第40回定演でも演奏しました。 金沢大学フィルハーモニー管弦楽団がより充実したオーケストラに成長発展するよう暖かいご批評ときびしい励ましをいただきますようお願い申し上げます。 |
|
第47回 1987年 ![]() |
金沢大学フィルハーモニー管弦楽団は金沢大学の最もめざましいクラブ活動の一つとしてゆるぎない基礎をきづいて参りまして、1月24日石川厚生年金会舘で第47回定期演奏会開催の運びとなりました。
今回は第44回定演の指揮者堤俊作氏門下の逸材、金洪才氏の指揮で演奏されます。まずベートーヴェン「レオノーレ」序曲第3番は彼の唯一のオペラ「フィデリオ」の4曲作曲された中で一番傑出した序曲です。私はライン河のほとりコープレンツの町のオペラ劇場で見たのですが、暗い牢獄の場の特異な情景を思い出します。政敵にとらえられて監獄の地下室につながれた夫を自ら男装して探し出し身をもって救う貞淑、勇敢な主人公はベートーヴェンの理想の女性像であり、彼は心魂をかたむけて作曲したのでした。次はグリーグ「ベール・ギュント」第1組曲、イプセンの依頼をうけて作曲した劇音楽で上演後二つの管弦楽用に編曲したもの。ノルウェーの民話を題材とします。主人公ペールは冒険好きの野心家、こわいもの知らずに世界を放浪したあげく捨てて顧みなかった清純な恋人ソルヴェイグが白髪の老女となったもとに帰り永遠の眠りにつくという物語です。最後のベルリオーズ「幻想交響曲」は彼の代表作であり、この作品の動機となった熱愛する女性を一定の旋律で表し、各楽章を通じ多少変化させて使用する固定楽想は、後のリスト、ワーグナー、フランクなどに影響を与えました。22歳のベルリオーズはパリ・オデオン座でイギリスのシェイクスピア劇団の上演をみて主演女優に熱狂的な恋をするが相手にされず片想いを通して独特な幻想的作品となりました。私はパリ留学中リリレー街角のベルリオーズ像の前で想ったものでした。 今回はからずも三つの女性像につながる音楽となりました。御ゆっくりお楽しみ下さい。今後とも金大フィルに対し変らぬご声援とご鞭撻をお願いします。 |
|
第48回 1987年 ![]() |
金沢大学フィルハーモニー管弦楽団は、石川県民の温い期待に包まれながら、年毎に若人の情熱をかたむけた演奏を積み重ねてまいりました。新しい年を迎えて1月23日石川厚生年金会館で、第48回定期演奏会の運びとなりました。 今回は昨年にひき続き、桐朋学園大出身の若手俊才(東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団指揮者)金洪才氏の指揮で演奏されます。先づ「チャイコフスキーのスラブ行進曲」。セルヴィアとトルコとの戦争の時、チャイコフスキーはじっとしておれなくて、南方スラブ・セルヴィアのメロディを主題として用い、民族を鼓舞するスラブ行進曲を作ったのです。民族音楽に興味をいだく金氏が、どのように表現するでしょうか。次に「ブラームス交響曲第2番」は、ブラームスの田園交響曲とよばれていますが、ベートーヴェンのそれのような自然描写はありませんが、あたたかく喜ばしい気分、さびしく厳粛な感情もあります。本フィルでも前にも演奏されており、更に好演がのぞまれます。最後に「グリーグのピアノ協奏曲」はノルウエー民謡風の清純な旋律、軽妙なリズム、幸福な結婚生活を反映するようなみずみずしい和声、溌剌とした情熱が感じられます。殊に第2楽章は雪どけを待つ北国の春への憧れにも似て、私たちの共感をよびます。北国講堂落成記念に私が弾いた30年前を、昨日の事のように思い出します。本日は芸大大学院在籍の長尾洋史さんのフレッシュな力演が期待されます。 どうぞ、ごゆっくりお楽しみくださいませ。忌憚のないご批判を賜わり、金大フィルの今後の発展にお力添え下さいますようお願い申し上げ、ごあいさつといたします。 |
|
第49回 1989年 ![]() |
金沢大学フィルハーモニー管弦楽団は昭和25年発足以来、石川県におけるオーケストラの地盤を耕しつづけて参りました。本年1月21日第49回定期演奏会を金沢市観光会館で開催の運びとなりました。 指揮は第47回定演以来おなじみとなった東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団の金洪才氏です。 さて、金大フィルが何度か手がけたことのあるベートーヴェンの「エグモント序曲」から始まり、次はプーランクが、マリー・ローランサンの絵から啓示をうけたバレエ組曲「牝鹿」で、若い男女の優雅な踊りの雰囲気を楽しめることでしょう。終曲は有名なチャイコフスキーの「悲愴」です。彼は1892年12月パリヘの旅の途中で構想が浮び、頭の中で作曲しながら幾度となく泣いた。と、甥ダヴィドフにあてて書きました。1893年秋完成し「私の一生で一番よい作だ」と度々言った自信にみちた傑作です。初演の後、第六交響曲ではさびしすぎると相談された弟モデストが「パテティチェスキー」と名づけたという古今の交響曲でも第一流に位する名曲をどこまで表現出来るでしょうか。第48回の定期演奏会と比較して、出来ばえは如何でしょうか。進歩がみとめられるでしょうか。忌悼のない感想をおきかせ下さいませ。 昨年、プロによるオーケストラ・アンサンブル金沢が発足し、よきライバルが誕生したわけです。金大フィルも学生オーケストラとしての醍醐味をますます発揮してほしいものです。世界に通用する大学オーケストラになるよう高い目標に向って一段とはげんで下さい。県民の皆様方の変らぬあたたかいご支援ときびしいご批判を、重ねてお願い申しあげ、ごあいさつといたします。 ここまでが、川口恒子氏の「ごあいさつ」です。以降は、複数の先生が顧問を務められています。 |
|
第50回 1990年 |
金沢大学フィルハーモニー管弦楽団の創立40周年とあわせ、第50回の記念定期演奏会の開催にあたり、昭和25年の創団以来当団を支え、また今回は例年以上にご援助下さった地域の方々、OBの方々、指導者の方々、並びに本日この会場におはこび下さった全ての方々に厚く御礼を申し上げます。当団が、創立当初の小さな学生団体としてスタートして以来、実に40年という歳月を経て本日のような発展的な姿で皆様の前で演奏することがかないますのは、一重に皆様方の御支援のお蔭と、唯々感謝の気持ちで一杯であります。 一口で40年と言いますが、40歳と言いますと人間では不惑の年、心身共に落ち着きを持って円熟期への導入となるべき年齢でありますが、当拭は毎年メンバーの入れ替わる学生オーケストラであり、一概に40年の実演の裏付けを彼等に求めるのは、いささか酷と言えましょうが、それでも本日の50回記念演奏会のため、今迄にない大曲である、マーラーの交響曲第5番に挑みました。指揮者には堤俊作氏を迎え、氏の厳格かつ壮大な音楽作りのもと、幾度も強化練習を重ねてまいりました。その成果を本日の演奏会でお聴きいただければこの上ない喜びと存ずる次第であります。 最後に、どうか今後も、皆様のご支援をいただき、第60回、第70回の定期演奏会が今回以上に発展した形態で開催できます様、切にお願い申し上げ、御挨拶といたします。 金沢大学フィルハーモニー管弦楽団顧問 教育学部助教授 松中久義 |
|
第51回 1991年 ![]() |
本日はお寒い中、金沢大学フィルハーモニー管弦楽団第51回定期演奏会にご来聴いただきありがとうございます。 今回はワーグナーとブラームスという重みのある充実したプログラムになりました。いずれもオーケストラの醍醐味が満喫される曲目です。プログラムに相応しい演奏になるよう練習を積んで来ましたが、なにか皆様の心に残る演奏になりますればと願っております。 今日、学生オーケストラ、アマチュアオーケストラの演奏レベルは全国的に向上し、演奏技術によって選曲が限定されることがなくなって来ているように思います。これはメソードもさることながら、なによりも音楽に参加する人々の層が厚くなってきたからでしょう。また種々演奏会やレコードを鑑賞するに留まっていたクラシック愛好家が自ら音楽することに価値感を求める傾向にあることを意味しているとも考えられます。 そのジャンルはオーケストラ、ブラスバンド、ストリングアンサンブル、重奏、合唱、重唱と多種多彩であります。仲間は仲間を呼びこの輪は益々大きくなっていくでしょう。そしてこのようなアマチュアの好楽家が実は音楽文化を支えているといっても過言ではないのではないでしょうか。当フィルハーモニーでは入団してはじめて楽器を持った団員も何人かいるでしょう。しかし彼らもこのようにブラームスやワーグナーの世界に入っていけるのです。いやもしかしたら彼らは今、ブラームスに夢中になっているかもしれません。確かにクラシックは奥が深いのですが入り口は広く、以外と入りやすいのです。ご来聴くださった皆様の中にも鑑賞だけでなくご自身、なにかやってみたいと思っている方がきっといらっしゃると思います。いかがでしょう、本日のステージの学生達のようにこれからなにかアンサンブルをおはじめになってみませんか。皆様のクラシック愛好心がさらに深まり歓びは倍加するに違いありません。 本日はようこそおいで下さいました。重ねてお礼申し上げます。 敬 具 金沢大学 教育学部助教授 松永久儀 |
第52回 1992年 ![]() |
今宵はお忙しい中、ご来聴いたださ有り難うございます。 昨年の秋、当団顧問の山下成太郎先生が私の教官室にお見えになり、私に団の顧問になるよう要請がありました。その任にはふさわしくないと固くご辞退申し上げたのですが、余りに強い説得に、1年間だけの期限つきで承諾することとなりました。顧問は普通1人で充分だと思うのですが3人も必要なのは何故なのかいまだに釈然としません。 私事になって恐縮ですが私と金大フィルとの関係は私が金大に赴任した昭和44年に遡ります。当時は先の山下先生が指揮をされていましたが、私も47年まで定期演奏会に出させてもらいました。その後もオケ活動には大きな共感をもって今日に到っています。それは私自身のかつての経験と若い学生諸君の演奏をオーバラップして見ることが出来るからです。 今日はWagnerの「ローエングリン」前奏曲と同歌劇からエルサの大聖堂への行進、そしてメインの曲としてA.Brucknerのシンフォニー第7番をご披露いたします。Wagnerをほとんど偶像のように崇拝したBrucknerはオルガンの名手で、よくオルガンやピアノに向かって単純な三和音を連打して心を爽やかにしたと、トーマス・マンがその小説の中で書いていたように思います。第7番シンフオニーのAdagio楽章は尊敏するWaggner、への葬送の歌と一般に言われています。まだまだ演奏は未熟でしょうが、最後までごゆっくり演奏をお楽しみ下さい。 金沢大学 教養部教授 稲垣大陸 |
第53回 1992年 ![]() |
今宵は年末のお忙しい時期に、貴重な時間をさいて私たちの演奏会にご来場くださいまして、まことに有難うございます。
のっけから私事にわたって恐縮ですが、本年はわたしにとって悪夢のような年になりました。大雪となった2月のある日、前日まで元気だった妻が心不全で急死したのです。わたしにとって肺腑を抉るような恐ろしい事件でした。わたしはわたしの人生ではじめて号泣しました。夫が言うのも変なことですが、家族おもいで家庭的で、屈託のない明るい性格であり、青春時代をともに歌い、わたしの人生を美しく豊かなものにしてくれた人間だっただけになおさら悲しいです。2カ月間ほど食事も喉を通らないほどでした。雨が降っても、夜星々を眺めても故人のことが思い出されて、自然と眼に涙が溢れてくる辛い日々でした・・・・・。そんな時、苦境に自己を見失うことなく、私を元気づけてくれたのは音楽でした。ベートーヴェンの弦楽四重奏曲、モーツアルトのピアノ協奏曲、シューマンの歌曲集「女の愛と生涯」、リムスキー・コルサコフの「シェエラザード」など、そめ悲しさ、美しさが以前にもまして心に染み入るようでした。 絶望の淵から希望に燃える明日を生きる勇気を与えてくれる音楽はまさしく神からの貴重な贈り物と言えるでしょう。それにしても今宵のようなコンサートに妻と一緒に来る幸福を持つことが出来ないと思うと残念でなりません。いまあらためて悲しみの情がこみあげてまいります。 金大フィルは年間を通して精力的に演奏活動を行なっておりますが、今宵が最大のメインイベントです。若々しい学生諸君の音楽への情熱をお汲みになって、今後とも暖かいご支援のほど心よりお願い申し上げます。 金沢大学 教養部教授 稲垣大陸 |
第54回 1994年 ![]() |
ご来場の皆様、今宵も冷寒の折り私たちの演奏会にお越しくださいまして、心より感謝申し上げます。
私は昨年、ゼミの学生さんたちとフェーリックス・メンデルスゾーン・バルトルデイーを扱ったテキストを読みました。音楽を限りなく愛する者にはとても楽しい読物でした。テキストの中でもっとも印象に残ったのは天才音楽少年フェーリックスが12歳のときにワイマルに文豪ゲーテを訪ねる場面です。これは実際あった話なのです。少年は当時72歳のゲーテの前でピアノを弾き、とても気に入られます。 ゲーテが所有するモーツァルトの手書きの楽譜もメンデルスゾーンがいともたやすく、初見演奏するのでゲーテはこの少年の腕前に驚嘆し、殆んど時の経つのも忘れる程です。この少年が後にあの有名なホ短調バイオリン協奏曲、珠玉のピアノ曲集『無言歌』、詩的情緒豊かな交響曲『スコットランド』を作曲し、バッハ復活にも功績をあげることとなります。後世に残るような名曲を作曲出来る人はごく少数の人に限られていますが、私たちも先人の残した名曲を追体験しながら演奏したり、鑑賞したりするだけでもとても幸せなことと思います今宵も金管の華やかな音色、木管の憂愁を帯びたメロディー、弦の奏でる減七の和音、絢爛たる半音階的パッセージ、嵐のようなリズムなどオーケストラ音楽の持つ精神的魅力を存分に堪能していただければと願っております。 昨年は教養部の角間キャンパスヘの移転にともない、城内に残る練習場まで遠くなるなど、厳しい条件のもとで半年間真剣に練習に取り組んできました。今夜は晴れのステージです。日頃の練習の成果が充分に発揮できて、団員ひとりひとりが納得のいく演奏会になることを期待してやみません。今後とも暖かく、ご支援のほど心よりお願い申し上げます。 金沢大学教授 稲垣大陸(ドイツ文学) |
第55回 1995年 ![]() |
本日は、金沢大学フィルハーモニー管弦楽団第55回定期演奏会にご来場賜り、厚くお礼申し上げます。 気鋭の指揮者・岡田司氏をお迎えして、金大フィルは今回、ついにブルックナーの最高傑作ともいうべき大曲、交響曲第8番ハ短調に挑戦することになりました。聖フローリアンやリンツ大聖堂のオルガニストも務めたブルックナーは、オーケストラの音をオルガンの響きに見立て、無限の宇宙と悠久の自然を思い起こさせるような悠揚迫らぬ音楽を人類至高の財産として残してくれました。なかでもこの交響曲第8番は、神に生涯を捧げた作曲家の人生に織り込まれた苦悩と慰め、喜悦と哀しみをきわめて純粋な音楽的抽象に高めた稀有の傑作といえます。孤独な呟きの彼方で奏でられるブルックナー独特のあの弦の長いトレモロに耳をそばだてたり、ワ一グナーから学んだ分厚い響きの総奏のあとに唐突に訪れる総休止に空気の震えを感じることは、忙しくたちふるまっている現代人の不得手とするところかもしれません。この曲と向かい合うことは、時代と、その中に生きている自分を問い直すことでもありまず。若い団員がこの巨大な構築物と向かい合い、そこから新しい響きを引き出すことには、はかりしれない意義があるように思われます。 折しも、この演奏会は、昨年5月金大フィルが角間に移った後の初めての定期となりまず。旧きよき時間が流れていた城内キャンパスから、システマティクで無機質な時間の流れる角間に移った初めての定演でブルックナーか選ばれたことに、なにか因縁めいたものを感じずにはいられません。 冬の長い夜の一時、あの有名な第3楽章アダージョの魂の響きにしばし身をゆだねてみてはいかがでしょうか。ゆだねすぎても大丈夫。まもなく訪れるクライマックスによってきっと新たな覚醒に導かれるでしょうから。 金沢大学教育学部助教授 松下良平 |
第56回 1995年 ![]() |
シベリウスの七つの交響曲(第八番は未発表)のうち、第二番と第四番は特に歴史的に評価されていますが、本日、メイン曲として選曲した第一番はシベリウスの個性が十分発揮されておらず、チャイコフスキーの影響、すなわち国民楽派、あるいは後期ロマン派の特色を出すにとどまっているとされています。しかし私はこの第一番のスラブ的、北欧的色彩に魅力を感じています。また、シベリウスの個性を感じています。選曲に当たっては種々議論をしたことと思いますが、”以前第二番を演奏したから第一番にした。"だけの理由が優先されたのではなく、どうしても第一番にしたかった理由が本日の演奏内容に表現されることを期待しています。 プロの指揮者、プロの独奏者との協演は、アマチュアオーケストラの活動には欠くことの出来ない要素となって来ています。アマチュアだから云々という妥協が心のどこかで起こっていると、人々を感動させることは出来ないと思っています。技術のことを言っているのではありません。しかし、技術は軽視できません。恐らく彼らはこのテーマに真正面から向かって、本日に至っているものと思います。 本日は、お忙しい中ご来聴くださりありがとうございます。金大フィルの活動に対し、皆様からのご支援の程をお願い申し上げます。 金沢大学教育学部音楽科教授 松中久儀 |
第57回 1997年 ![]() |
今回の定演プログラムの三曲はアマチュアオーケストラにとって高度な技術を必要とするものである。しかし選曲として妥当であり、また意欲に満ちたものと言える。三曲に共通するものとして抒情を奉げたい。それについて、リエンツイはごく初期の作であること。他の2曲は共に作曲家の円熟期の代表作であるが、交響曲はその第二楽章に代表されている通り叙情豊かな作品であり、またヒンデミットの曲は彼が第二次世界大戦を避けてアメリカへ移住した後に作曲され、抒情と郷愁を漂わせている。 さて金大フィルの演奏史をひもとくと、プラームスの交響曲第一番は、昭和46年第32回定演の折、またリエンツイは、昭和56年第6回サマーコンサートの折に初演を行っているが、ヒンデミットの、「ウエーバーの主題による交響的変容」は今宵が初演となる作品である。アマチュアオケにとって、演奏技術と表現内容という問題が常に横たわっている。本日のワーグナーでは金管楽器と他の楽器群の対峙と協調、そして単純なリズム型における美しさの追求、ヒンデミットは楽器間の「からみ」の難しさ、そしてプラームスでは第一楽章の序奏を氷河とたとえるならは、それは終業章に向かって流れとなり、山野を下り、大河となって海へ到達するという壮大な趣を有している。この表現は難事である。金大フィルの皆さんにはその若さと日夜の研鑚で、それらの大きな課題を乗り越えて素晴らしい演奏を披露してくれるくれる事を期待し願ってやみません。 ご来場を深く感謝し今後とも暖かいご声援を願う次第です。 金沢大学教育学部音楽科教授 山下成太郎 |
第58回 1998年 ![]() |
本日は、金沢大学フィルハーモニー管弦楽団の第58回定期演奏会に御来場いただき、まことにありがとうございます。
俊英、金洪才氏と四人の独唱者をお迎えして、金大フィルはいよいよ交響曲史上の一大革命にして不滅の金字塔でもあるベートーヴェンの交響曲第9番に挑みます。ご存知のように、今では「第九」と言うだけで、通じる名曲中の名曲です。 21世紀を目前にした今日、19世紀のはじめの頃に書かれたこの曲を演奏するのは、決して容易ではありません。合唱つきの大曲ですから技術的なむずかしさもありますが、人類の平和に向けて「すべての人が兄弟となる」ことを訴えたベー卜一ヴェンの願いをどのように理解すればいいのか、という問題もあるからです。来世紀へ引き継ぐべき人類の課題(夢や理想)なのか、未曾有の殺戮の世紀であった20世紀への鎮魂と慰謝なのか、それとも啓蒙的なロマン主義のひとつの歴史的証言にすぎないのか、この曲をめぐってはいろいろな解釈が可能だということです。演奏する団員一人ひとりの思いが共鳴と対立をくりかえすことから生まれる響きを、「第九」の喧嘩が過ぎ去った年の初めにあらためてゆっくりと味わってしいただけるならば、うれしく思います。 最後に、合唱をに御協カいただいた方々、ならびに本日の公演に御尽力賜りました関係者の皆様にこの場を借りて心よりお礼申し上げます。 金沢大学教育学部教授 松下良平 |
第59回 1999年 ![]() |
本日はお寒い中、当管弦楽団の定期演奏会にご来聴くださいましてありがとうございます。 メインとして選曲しましたブラームスの4番は4曲の交響曲の中では最も古風な作風をもっております。教会旋法やシャコンヌ、バロック的な旋律等、時代を遡るような手法がみられます。ブルッフのヴァイオリン協奏曲は3曲残されていますが、なんといってもポピュラーなのはこの第1番です。ヴィルトーゾのヨアヒムとの親交が作曲の動機であるといわれています。ヴァイオリンの技術、音色をあますところなく表出した作品で、メンデルスゾーンやヴィニアウスキーのヴァイオリン協奏曲と並んで多くの好楽家に親しまれています。光栄にも本日はN響の篠崎史紀氏をソリストとしてお迎えし、共演出来ることになりました。オーケストレーションも華がでて、とくに第1楽章の独奏ヴァイオリンとオーケストラのアンサンブルは魅力的な構成になっています。 各大学の学生オーケストラは年々その活動内容が向上しております。プログラムにおいてはプロとなんら変わらない曲目が選曲されるようになりました。しかしプロのように数多くのステージを経験することは出来ません。演奏したい曲が沢山あるのですがその曲は次回の曲目として後輩に残されていきます。私達の時はベートーベンをやった、私達の時はチャイコフスキ一をやった・・・というように先輩達が作ってきた演奏史が大変貴重な財産となっています。本日ご来場の方々の中には元団員であった先輩達が多くいらっしゃると思います。後輩がどんな演奏をしてくれるのか、先番がどう評価してくれるのか、プロの団体の演奏会にはないステージと客席との交信があります。 ご来聴の各位に感謝申し上げ、またこの活動が更に発展していきますようにご支援の程をお願い申し上げる次第です。 金沢大学教育学部教授 松中久儀 |
第60回 2000年 ![]() |
本日は、金沢大学フィルハーモニー管弦楽団の第60回定期演奏会にご来場いただき、まことにありがとうございました。 今回の記念すべき定演では、わが国を代表する指揮者の一人、佐藤功太郎氏をお招きして、グスタフ・マーラーの大曲、交響曲第1番二長調に挑戦します。28歳の若きマーラーが書いた、彼の交響曲の中でも特に親しまれているこの名曲には、青春の歓喜、迷い、憧れ、苦悩、激情、といったものが美しいメロディの中に縦横に織り込まれています。作曲されてからすでに一世紀以上の年月が経ちましたが、青春を生きるものが抱く想いや感情はそう簡単には変わらないもの。マーラーに共感する若き団員の真摯な熱気を、存分に感じていただけたらと思います。 マーラーに先立っては、マーラーと同様にウィーンで、活躍し、彼が交響曲第一番を書いた年齢とさほど変わらない年で、生涯を終えたフランツ・シューベルトの、これもまた美しく快活でしかしどこか悲しげな「ロザムンデ」序曲が演奏されます。新しいミレニアム(千年期)の門出にふさわしい、若さあぶれるコンサートを楽しんでいただけるならば、大変うれしく思います。 最後になりましたが、本日の公演にご尽力賜りました関係者の皆様方に、この場を借りて心よりお礼申し上げます。 金沢大学教育学部教授 松下良平 |
第61回 2001年 ![]() |
2001年という記念すべき年の初めに、金沢大学フィルハーモニー管弦楽団の定期演奏会は61回目を迎えることになりました。本日ご来場いただきました皆様には、心からお礼を申し上げます。 今回の定演では、広島交響楽団・正指揮者の小田野宏之氏をお迎えして、三つの名曲を演奏いたします。ベートーヴェンのオペラ《フイデリオ》の劇中で演奏される「レオノーレ」序曲第3番は、牢獄からの解放の喜びを高らかに歌い上げるものであり、チャイコフスキーの交響曲第5番ホ短調でもまた、冒頭部の暗くくぐもった響きのテーマが最後には歓喜の歌へと変わっていきます。両曲とも、新生あるいは再生への願いといったものをみなぎらせているように思われます。めざましい繁栄の陰で戦争と暴力につきまとわれた20世紀を乗り越えていくためにも、これらの曲はふさわしいといえましょう。この二つの曲に挟まれた、グノーのオペラ≪ファウスト≫からの美しいバレエ音楽ともども、次代を担う若者たちの溌刺とした演奏をゆっくりとお楽しみいただきたいと思います。 最後になりましたが、本日の公演にご協力をいただきました関係者の皆様方に、この場を借りて厚く感謝申し上げます。 金沢大学フィルハーモニー管弦楽団顧問 金沢大学教育学部助教授 松下 良平 |