1.【PRTR法】対象化学物質の選定案まとまる
化学物質管理促進法(PRTR法)
日本政府は、1996年2月に開かれたOECD理事会で、加盟各国に対してPRTR(環境汚染物質排出・移動登録)の導入が勧告されたことを受けて、昨年7月頃から環境庁、通産省においてそれぞれ法制化に向けての検討を開始。今年1月に法案の骨子が作成され、今通常国会(第145国会)会期中の7月8日の本会議でPRTR法案(正式名称は「特定化学物質の環境への排出量の把握及び管理の改善の促進に関する法律案」)が成立しています(『ピコ通信』第12号で既報)。
この法律の第2条に、「第1種指定化学物質」及び「第2種指定化学物質」についてそれぞれ政令で定めることとされており、この選定にあたっては、7月28日に公布された政令により、環境庁、通産省及び厚生省がそれぞれ中央環境審議会、化学品審議会及び生活環境審議会で検討することとされました。ただし、実際の審議は円滑・効率的に行うため、各審議会に設置される3つの専門委員会が合同で開催することとされています。
対象物質の選定審議が開始される
政府は9月10日、この3つの審議会にPRTR対象物質の選定について諮問しました。これを受けて、それぞれ中央環境審議会環境保健部会PRTR法対象物質専門委員会、化学品審議会安全対策部会化学物質管理促進法対象物質検討分科会及び生活環境審議会生活環境部会PRTR法対象化学物質専門委員会が設置され、10月から3専門委員会合同による検討が開始されました。
対象物質の選定基準案が示される
11月4日に開催された第2回合同専門委員会で、PRTR及びMSDS(化学物質安全性データシート)対象化学物質の選定方法についての案が示されました。それによると、第1種指定化学物質(PRTR対応)に291物質、第2種指定化学物質(MSDS対応)に361物質がリストアップされています。
同法第1条の目的によると、「特定の化学物質の環境への排出量等の把握に開する措置(以下「PRTR」という)」及び「事業者による特定の化学物質の性状及び取扱いに関する情報の提供に関する措置(以下「MSDS」という)」等を溝ずることにより、事業者による化学物質の自主的な管理の改善を促進し、環境の保全上の支障を未然に防止することとされています。
そして、「第1種指定化学物質」の選定基準は、@発ガン性、変異原性、経口慢性毒性、吸入慢性毒性、作業環境許容濃度から得られる吸入慢性毒性情報、生殖/発生毒性、感作性、生態毒性、オゾン層破壊物質の9項目の有害性の範囲のいずれかに該当、A1年間の製造・輸入量が100トン以上(農薬は10トン以上)のもの(ただし、現時点で製造・輸入の取扱いのないものは除く)、B最近10年間で複数地域から検出されたもの−という3つの判断基準を満たすことが条件とされています。
一方、「第2種指定化学物質」の選定基準については、@有害性の範囲は第1種と同じ範囲、A1年間の製造・輸入量が1トン以上、B一般環境中での検出が最近10年間で1ヶ所報告があるもの−を対象物質とすることが適当とされています。
今回リストアップされた第1種指定候補物質(291物質)をみると、その中には「非意図的生成化学物質」のダイオキシン類も含まれてますが、49物質は農薬、オゾン層破壊物質(フロン類)が19物質、残りは各種工業品です。
以上の選定基準のほか、製造・輸入量が年間1万トン以上に及ぶものや、物性等により曝露量が多いと想定されるものは、今回の判断基準とされた有害性分類項目に限らず、有害性や分解性等の性状を踏まえ必要に応じて追加するとされています。また、「蓄積性」が高い物質については、有害性の評価に高蓄積性であることを加味して検討を行うこととされており、現時点では流動的です。
2000年4月までに告示予定
今後の予定として、さらに対象物質のリストを精査し、11月16日に開催される中央環境審議会環境保健部会、化学品審議会安全対策部会の合同部会及び生活環境審議会生活環境部会に報告後、パブリックコメント(意見提出)手続きに入るとされています。なお、同日の部会には、届出対象となる業種やスソ切りの考え方も提示される予定であり、これらを伴せてパブリックコメントにかけたうえで、2000年4月までに政省令として告示される予定です。
当研究会では、今回の選定基準案と次回の部会で提案される成案を含めて、その評価を行ったうえで、パブリックコメントを提出したいと考えています。
2.第2期・第7回市民連続講座 「危うい!食品の安全性−ダイオキシン、環境ホルモン汚染を中心に−」
99年11月6日(土)に行われた藤原邦達さん(山形大学農学部講師)の講演より
(文責・当研究会)
食の安全性は、栄養、衛生、狭い意味での安全という3つの要因から成りたっています。食の安全が重要なのは、日常性、反復性、長期性の3つの特徴があるからです。これはミスがそのままになりやすく、問題が積み重なっていくことを表わしています。今日は、まもなくやってくる21世紀に、食の安全をどう守っていくかという方向でお話したいと思います。
私は70才を超えましたが、20世紀後半の様々な食の安全の問題を経験してきました。中心の研究テーマはPCBでしたが、今類似したダイオキシンや環境ホルモンの問題がクローズアップされています。21世紀の課題を考える上でも、過去の被害の悲惨な実例を学ばなければなりません。
悲惨な実例−カネミ油症
水俣病や森永ヒ素ミルク事件、こういう被害を受けた方々の痛みを基本におかないと観念の遊戯になってしまいます。カネミ油症事件は、裁判の初めから和解のところまでおつきあいをしました。当時はPCBが原因とされましたが、研究が進むにつれて、ダイオキシンやコプラナーPCBが原因であとるわかってきました。患者さんは肉体的な被害を受けただけでなく、生活全体が泥沼のような苦しみに追い込まれました。裁判が和解に終ったために、真の原因がどこにあったか、真の責任がどこにあったかも究明されないまま幕引きがされてしまいました。治療方法とか補償とかも宙に浮いたままです。
68年10月3日に初めて発覚したのですが、それより前の2月の時点で、ダーク油事件といって餌にPCBが混入してニワトリが大量死する事件がおこりました。縦割り行政の中で、農水省から厚生省へ情報が伝わりませんでした。この時に手を打っていたら、油症事件は防げたのではないか、このことは大きな教訓です。
新しい課題
さらに、ここ数年で出てきた新しい課題があります。化学物質による汚染の問題は、これまでは細胞やDNAに対して外部から侵入して傷をつけることで、発がん性、催奇形性、変異原性などを引き起こすという問題でした。ところが、新しく出てきた環境ホルモンは、DNA系に対して誤った情報を与えるという問題です。それに加えて、戦後、化学物質の数は100倍も1,000倍も増えました。単品について許容量を下回っているから大丈夫だという論理が通用しなくなり、微量でもトータルの影響が問われています。この複合影響の学問はほとんど進歩していまんせ。これは科学者にとっての大きなテーマですし、消費者の皆さんもこれを抜きで考えることはできません。
もう一つの新しい課題は、遺伝子組み換えです。遺伝子は化学物質といってもいいので、これは化学物質の問題の一環だと私は思っています。他の化学物質の場合は、問題があればストップをかけて汚染の拡散は防げる。しかし遺伝子組み換えの場合は、つくられた遺伝子が増殖する、あるいは類縁植物に広がることで環境中に広く拡散するという問題を抱えています。このように、食の安全を考える上で新しいテーマが押し寄せてきています。
カネミ油症の教訓
PCBの問題では、66年にスウェーデンの学者が、オジロワシにPCBが蓄積していることが発見されましたが、これはカネミ油症の防止(PCB禁止)にはつながりませんでした。それどころか、油症事件の後のPCBの生産量は大きく増大しました。国内では72年に、愛媛大学の立川さんのところと私のいた京都市衛生研究所で、生物内に蓄積していることがわかり、そこで初めて厚生省が動いて、製造を中止しました。このような国や産業の体質は、まだ払拭されていません。
PCB汚染の特徴は、環境汚染を介して食品汚染が起こるということです。生物濃縮を通して、人に影響が出てくる。人のさらに次の次元は胎児で、胎児に濃縮されるということを教えました。政府はPCB汚染事件では、食品規制をしました。規制水域を決めて、汚染魚の規制をやりました。ところが現在、許容量のレベルでPCBよりはるかに高いダイオキシンについて、国は排出規制まではしたものの、食品規制をやっていません。即刻食品規制をせよという国民運動を起こさなければなりません。
食品添加物
食品添加物は化学合成のものが348種、天然系が400数種許可されています。食品添加物は、許容量からいうとダイオキシンの100万倍も安全な側にあるけれども、使用量は100万倍も多いのです。製造過程での事故もあるし、輸入大国として世界中の添加物を受け入れている危険性もあります。添加物は戦後うなぎのぼりに増えましたが、一方で問題が起こって取り消されたものも50種を超えています。日本生活協同組合連合では、総量規制という考えをとって、できる限り摂取量を減らすため、許可されている添加物の22種は不使用という方針をとっています。
ダイオキシンの人体汚染
ダイオキシンがどれくらい体に取り込まれているか、厚生省の最近の調査では、全国平均120.7pg、体重1s当たり1日2.41pgとなっています。しかしこれは平均で、関東のC地区は3.18pgです。この人体に入ってくる量こそが人体に問題を起こすので、一番大事な数値です。食べ物を介して入るのが90%以上を占めるので、食品規制することが一番重要なのです。
昨年WHOが決めた耐容量は1〜4pgですが、2〜6pgで軽微な影響が認められたとも書いてあります。国が今回TDIを4pgという、WHOの上限にきめたのは大変甘い数値で、世界の流れから取り残されることになると思います。
母乳中のダイオキシンは、九大の長山惇哉教授のデータでは許容量の18〜180倍、厚生省のデータでも10倍以上となっています。こういう母乳を飲んで、魚を平均より多く食べる人では、許容量の4pgを簡単に上回ってしまいます。そのような日本人が相当数いるということです。
魚の規制を
魚から採る量は食品の80%になります。近海魚は遠洋漁の10倍も汚染されています。母乳中のダイオキシン量が20年で減っているというデータは、魚の摂取量と近海魚の摂取量が3分の2になったからで、ダイオキシンの量が減ったからではありません。
妊産婦、授乳婦は魚の食べ方に気をつけることが必要です。母乳保育をやめることもよくないので、食品規制、特に魚の規制を厳格にやる必要があります。その場合には、漁民には国がキチンと補償しなければなりません。日本人は近海魚:遠洋魚を1:3の割合で食べています。20年前は1日平均120g、今は100gです。漁民の中には近海魚を1日数百g食べている人もいます。厚生省は沿岸漁民の血中のダイオキシン濃度の測定データを出していません。
環境ホルモンのDESのように、20年たってから影響が現われる例もあります。ダイオキシンが20年後どのような影響をもたらすかわからないからこそ、今すぐ規制をかける必要があります。魚を日本人ほど食べない外国にも、魚の規制をやっている国があります。日本は単位面積当たりの環境負荷が高くなりやすいのでおさらです。PCBの時に食品衛生調査会がやった手法でダイオキシンの食品規制値を私が出してみたところ、TDIを3pgにおいた場合、日本の魚の1〜2割は食べられなくなるという結果でした。
遺伝子組み換え作物
遺伝子組み換え作物は現在4,500種が圃場実験中ということです。21世紀には市場に出回るものは数百種に増えると思われます。出回ってから5年しか経っていないので、慢性毒性などわからないことだらけです。
表示をすることになりましたが、認証には欠陥があります。ガイドラインで実施されているので、法的裏付がありません。食品添加物のように厳重な審査システムのもとにおかなければなりません。遺伝子組み換えの結果がいいことだけではないことが漸次わかってきています。最大手のモンサント社は、PCBで巨利益を得た会社です。夢の化学物質が悪夢の化学物質に変わっても、その社会的な責任をとっていません。
厚生省は実質的同等だと言いますが、DNAの構造が変わり、生産する蛋白質も変わるのだから実質的相違といった方がいいと思います。
このような重大なことが、法的裏付のないガイドラインで行なわれているため、認証も企業の任意で、データの検証もできない、罰則もないし、国も指導監督責任をもたないということになっています。食品添加物の場合はポジティブリストシステムといわれる高度に発達した安全性確認の方法です。遺伝子組み換えも早くそういう形にしないといけません。
「食生活権」の主張を
今までの化学物質問題は、生体内の遺伝子、DNAに対して、外から入ってきて発がん性、催奇形性、変異原性などをもたらす遺伝子構造破壊系ですが、それに、遺伝子撹乱系の環境ホルモン、遺伝子機構変更系の遺伝子組み換えが加わりました。さらに複合総合影響系があり、単品だけとってどうこう言える時代ではありません。
規制としては、人体に入るところの食品規制が一番大切です。これは私たちの人権に係わる問題で、安全な食を求める「食生活権」をもっと強調しければいけません。それが私たちや次の世代の健康を守ることであるし、そのような内部努力がまだまだ不足しているという反省も必要です。