ピコ通信(ニュース)/第3号
発行日1998年11月14日
発行化学物質問題市民研究会
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目次

  1. 化学物質対策の全面的見直しを!
  2. 後期第2回連続講座「環境リスク論を考える」中西準子さんの講演から
  3. 海外情報
  4. Q&A
  5. 講座案内・新刊案内・編集後記

2.後期第2回連続講座「環境リスク論を考える」

10月24日の講座(後期第2回)の中西準子さん(横浜国立大学環境科学センター教授)の講演「環境リスク論を考える」を編集部の責任においてまとめたものです。

リスク論はグレーゾーンに対応するため
 私が当時は知られていなかったリスク論を始めて十数年経ちましたが、今は行政の審議会などでも使われるようになりました。リスク論は一般には、安全か安全ではないか、安全と危険の境をはっきりさせるものと誤解されています。また、不確かだからリスク論が使えないという誤った議論もされます。リスク論とは、危険と安全の二分法ではなく、その中間の不確かなところ、グレーゾーンに対処するために、それを定量化するものです。
 私のリスク論の個別技術的なものは、アメリカで発達したリスク評価の数学的なやり方を取り入れていますが、全体の枠組みはむしろ、スウェーデンの環境勘定に近いものです。しかし根本にあるのは、あくまでも日本の環境をどうするかという自分の問題意識から発した独自のものです。ですから、私のリスク論が、世界のリスク論を代表するものではありません。
 リスク論を始めるきっかけは、10年前、流域下水道の反対運動で、反対の理論が不十分だという意識からでした。川の水量の確保と、安全な飲み水の確保とをどう調和させられるか、水質基準以内までなら汚れてもしょうがないと最初は考えましたが、発がん性物質の問題も出てきました。その時に、発がん性物質には安全値はない、微量でもそれなりの危険があるというアメリカの論文を読んで、安全と危険とは連続していることがわかりました。それによると、生き物が生きられないこともリスクと考えられ、それを足たし合わせて量が最も少ないところで調和を求めることができます。もう一つは、市民運動の中でも目的が相互に対立するものがあり、社会党もそれぞれにいい顔をして総合的な政策がない。私が困っていたことは、実は日本の市民運動の課題でもあることがわかりました。
 88年から89年にアメリカに行ってリスク論を勉強してきました。92年の地球サミットでも、先進国の立場だけでは駄目で、発展途上国の立場も考えなければならないことに気がつきました。また、未来の環境問題も大事であって、今の我々ががんになるとかということは問題の一部にすぎないということです。

リスクを定量化
 環境問題を私なりに整理して、環境評価で考慮すべきものとして3つ、C=コスト(経済的損失、資源、ベネフィット)、HR(人の健康リスク)、ER(生態リスク)にまとめ、それらの調和をとることが必要だと考えました。『水の環境戦略』に書いたフェーズ・ルールのような、環境対策と経済を考える場合にもリスクを定量化する必要があります。
 化学物質が人間の健康に与えるリスクについて、今までの考え方は、無作用量を考え、安全率を掛けて、1日の安全量を決める。これ以下なら安全、閾(いき)値があるということで基準値を決めてきました。しかし、発がん性のものは閾値、安全量がありません。1万人のうち100人くらいが病気になるならわかるけれど、それ以下の人数だとわからない。1パーセントぐらいなら、実験でも証明できるが、それ以下だとわかりません。10の-5乗となると、10万人に1人、それを実験でやると、1000万匹ぐらいのラットを使わないとわかりません。
 確かめられないなら安全というのが今までの考え方で、昔は安全とした領域です。発がん性は、安全値はないが、少なければ少ないほどリスクは小さい。そこで社会的に許容できるラインを求める。微量なリスクをどう計るかという方法は、アメリカで始めた考え方ですが、推定であり、一種の空想の領域です。これのいいところは、定量化することができ、足したり引いたりできるので、複合リスクについても計算できることです。
 これも簡単ではありません。どのモデル(式)を使うかによって、数値が100倍1000倍も違ってきます。アメリカでは、EPAは最も厳しいモデルを使って規制する、これに対して企業が反論するということで、議会や裁判でモデルをめぐる闘いが繰り返されました。メガマウス計画といって、放射性のリスクについて100万匹のマウスを使って実験をするよう企業が要求したのに対して議会は、「一つを証明したとしても、他の問題はどうするのか。少ないマウスで、多くの物質についての実験をしたほうがよい」として却下し、実験は50匹のマウスで行ない、あとはモデルでやっていくという方針を出しました。
 絶対値は出せないが、何もないよりはましで、相対値は出せるし、共通の方式を使うので互いに納得できるという利点があります。ただ、モデル(数式)が変わると大きく変わってきます。発がん性についてはアメリカは今大きく変わろうとしていて、日本はこれらを先取りして、水道水基準を決めた時からやや緩いモデルを取り入れています。

リスクベネフィットの立場をとる
 アメリカでは、個人のリスクをある程度以下に、アメリカ人全体のリスクをある段階以下に抑える、この2つの原則でリスクを管理しています。10の-6乗以下ならいいというのは誰かが決めたわけではなく、一つ一つ企業と市民が裁判争いをする中で、社会全体で決められてきました。
 発がん性のものは、だいたい禁止されて代替品が使われますが、それではリスクは減りません。リスクの考え方には、RISK FREE(リスクゼロ)、RISK BASED(10の-6乗とかの規制)、RISK BENEFITがあり、最後が私の立場です。リスクの裏にはベネフィットがあります。リスクを受ける人とベネフィットを受ける人が異なる公害のような時にはこの考え方は成り立たず、環境問題のようにリスク・ベネフィットを共有しているところでのみ成り立つものですが。
 ハザード(毒性)とリスク(危険性)は違います。毒性と曝露量とをかけたのがリスクになります。ダイオキシンは、ハザード(毒性)は高いですが、それが即リスク(危険性)にはなりません。リスク評価をする時に重要なのは、endpoint(エンドポイント)をどこに定めるかです。たんに危険だというのとリスクとは違います。発がんリスク、心臓病リスクとか、何の危険かというendpointを決める、曝露量を知る、毒性を知る、このことで始めてリスク評価ができます。ダイオキシンの発がん性についても、発がんのどの過程で危険かというendpointを定めないと、議論が噛み合いません。

ダイオキシン削減には、農薬や難燃剤規制
 焼却場周辺の住民や一般の人のダイオキシン摂取量について、宮田秀明さんのと環境庁の測定値の両方の数値を使って比べてみました。これによると、焼却場周辺の住民より魚多食者の方が多い、焼却場周辺の人でも魚から採る量が一番多いことがわかりました。血液中濃度は、一日摂取量75ピコグラムだと脂肪分1グラムあたり25ピコグラムで、日本人の平均ぐらいです。焼却炉周辺の247ピコグラムだと80ピコグラムぐらい。そこから生涯発がんリスクを評価すると、1万人に何人というオーダーです。2人に1人ががんになるというレベルは考えにくいです。ここで使った宮田さんの数値は他の人がやったのと比べるとだいたい高いので、多すぎるのではないかと思っています。
 大学ではダイオキシンの発生源についても研究しています。霞ヶ浦や東京湾の底質の泥、丹沢などの山で大気を計っていて、ダイオキシンの130の異性体のうち、うちでは83を計っています。よそでは20種ぐらいです。これだけ計るのは発生源を探るためです。発生源としては、焼却炉だけでなくいろいろな所から出ていると考えています。
 今年1月発表したのですが、東京湾のダイオキシンの31パーセントは60年代に使われていた農薬PCPから出ています。CNPからのダイオキシンも量が多いですが、毒性がないと考えられています。これによって、どこをどう減らせば何年でどれだけ減らせるか、対策がとれます。ダイオキシン削減についてはまずはPCBを、今でも増加している難燃剤の方を規制したほうがいい。ダイオキシンと同じくらいリスクがあるものも他にたくさんあります。そういうことも考えながらリスク管理をしていかなければなりません。


3.海外情報

【ヨーロッパ議会】
ホルモン撹乱物質の段階的廃止を求める決議を可決
《ENDS Daily98年10月21日号より》
ヨーロッパ議会はホルモン撹乱物質の段階的廃止を求める決議を可決しました。
この決議には法的拘束力はありませんが、決議に続いて出された立法化へ向けての議会の勧告では、ホルモン撹乱物質のリストを作成することなどが記されています。また、勧告では、(欧州連合の)科学委員会は、特定の部門に優先的な対策の焦点を当てるべきであるとしており、その部門として、保健医療や美容関係、塩ビ、玩具、洗剤、そして農薬由来の内分泌系撹乱物質の残留という理由から食料品が挙がっています。
この決議はもともと、デンマークの社会党議員によって起草されました。草案の段階で決議は、人間や動物の生殖能力やその他の健康影響に関する科学的な証拠がわずかであっても、予防原則に基づき、その物質は市場から引き上げるべきである、と述べていて、内分泌系撹乱物質の使用に対する深刻な不安を浮き彫りにするものでした。が、この草案の徹底した方針は、修正案によって緩められてしまい、“欧州連合がこうした影響に対して立法化をするには十分な科学的データが必要である”、という表現になってしまいました。
 しかし、この修正案は残りの決議の多くと符合しない点があり、たとえば、決議の他の部分では、既存化学物質に対する「後向きのリスク評価」が、産業界によって、改善を遅らせたり、まったく行なわなかったりする言い訳として使われてはならない、と述べられています。

埋め立て処分場は危険!
《Rachel's Environment & Health Weekly #617より》
 ニューヨーク州保健局の最近の研究で、固形廃棄物の埋め立て処分場の地中からのガスが出ている付近に住む女性の間では、膀胱がんと白血病の発症が4倍に増えている、という報告がありました。この研究は、38の埋め立て処分場の近くに住む男性と女性の7種類のがん(白血病、非ホジキンリンパ腫、肝臓、肺、腎臓、膀胱、脳)の発生について調べたものです(統計的な有為性が5%に達したのは、膀胱がんと白血病の2種類)。埋め立て処分場の近くに住む女性では、7種のがんすべてについてその発症数が上昇しており、男性では肺がんと膀胱がん、白血病が増加していました。処分場から出るガスに典型的なのは、塗料の薄め液、溶剤、農薬、その他揮発性の有機化学物質(VOC)で、それらの多くは塩素系です。
 今回のニューヨーク州保健局の研究では、25の処分場について発生して出てくるガスから、ドライクリーニングの溶液(テトラクロロエチレンなど)、トリクロロエチレン、1,1,1-トリクロロエタン、ベンゼン、塩化ビニル、キシレン、エチルベンゼン、塩化メチレン、1,2-ジクロロエタン、クロロホルムなどの揮発性の有機化学物質を検出しました。

化学物質問題市民研究会
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