1.PRTR制度を市民が有効活用するための活動
−環境事業団へ助成金申請−
化学物質問題市民研究会では、2001年度からの新たな活動の中心をどこに置くかを検討してきました。
PRTR法(特定化学物質の環境への排出量の把握及び管理の改善の促進に関する法律)が今年4月から施行され、各事業所からの報告が来年度提出される予定になっています。PRTR制度(環境汚染物質排出・移動登録制度)がいよいよ本格的に動き出すわけです。
そこで、市民が使いやすく地域の環境改善に役立つ仕組みつくりをやってみることが、いま重要なのではないかと考えました。さらに、その成果をもとに、市民の手で市民のためのPRTR使い方マニュアルを、つくりたいと思いました。そこで、今年度のとりくみ課題としてこのたび環境事業団の地球環境基金へ、「PRTR制度を市民が活用するためのシステム構築事業」の活動のための補助金申請をしました。
以下は、環境事業団へ、申請のために提出した内容の概要です。
1.事業の目的
生活環境中に存在する多種多様の化学物質の中には生態系や人体に有害性を有している物質があり、様々な形でその影響を受けている。ところが、こうした化学物質に関する正確かつ分かり易い形で情報が市民に提供されていないために、有害化学物質に対する適切な対処が取られていないのが現状である。
現在、PCBやダイオキシンなどをはじめとする「環境ホルモン」と称される化学物質をめぐる問題がクローズアップされてきているが、こうした問題に行政や事業者だけでなく、市民レベルにおいても、自らの生命と健康を守っていくために、これら化学物質に対する適切な対応がますます求められている。
市民にとっては、日々の暮らしの中で、いったいどういう化学物質がどれだけの量・濃度で環境中に存在しており、その影響度合いはどれ程のものかといった情報や、これらの化学物質による影響を防止するためにはどういった手段や政策が必要なのか、等について判断できる情報などの入手が不可欠である。
そこで、1999年に成立したPRTR法が2001年度から実施されることに伴い、この制度を市民が有効に活用できる仕組みづくりが必要である。そのためには、まずはこの制度がどのように運用されるのか実地に試行し、自治体、企業との協カ関係のあり方などについて検証しながら、市民が活用できるシステムの構築を図るため、本事業を企画するものである。
2.事業の概要
本事業は、2つの事業から構成する。
2.1ケーススタディ
対象地域の自治体の協力と対象企業の理解を得て、データベースの作成と地域リスク評価を実施し、当該自治体、企業、市民による対話と相互理解を進め、有害化学物質の自主的削減への実施プログラム作りなど、リスクマネージメントとリスクコミュニケーション・システムのあり方を検証する。
(1)対象地域及び対象工場
- @千葉県(京葉コンビナート企業群)
- A山梨県(国母工業団地)
- B神奈川県(京浜コンビナート企業群)
(2)対象とするデータ
- @工場の発生源別データ
- A汚染物質別排出負荷データ(地域総量の算出)
(3)データベース化
- 対象企業が作成するデータ及び行政側が保有するデータベースを検討、地域住民が必要とするデータを集め、それをデータベースにする。
(4)対象企業に対する外部監査及び地域環境負荷量をもとにした地域リスク評価の実施
(5)地域研究集会の開催
- 上記の調査結果をもとに市民、企業、自治体三者による対話集会を「地域研究集会」としで開催し、ケーススタディーの成果を公表し、普及する。
2.2市民によるPRTR活用マニュアルづくり
地域住民がPRTR制度を有効に活用し、企業、自治体などとの対話を進めるためのマニュアルを作成し、その普及活用のために市民講座等を開催する。
(1)マニュアルづくりのための市民委員会の結成
- PRTR法を活用のマニュアル作成のため、学識経験者や企業、行政の専門家の協力を求めて「市民委員会」を設ける。
(2)活用のための市民学習講座等開催
- マニュァルの普及活用をすすめるため、市民学習講座や企業人を対象にしたセミナー等を開催する。
このように、一定の規模の活動に着手し遂行しようとする時には、まとまった資金が必要ですが、事業団の基金が受けられるかどうかはまだ判りません。交付の成否は5月に発表されますので、この事業についての次回の報告は6月号以降となります。

2.第3期連続講座 第6回 報告「子どもの健康と化学物質」
立川 涼さん(元高知大学学長)
2月17日(土)に行われた講演より(文責 当研究会 )
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| 立川 涼さん |
マイアミ宣言とクリントン米政府の取り組み
1997年、先進諸国8カ国の環境大臣が集まって「マイアミ宣言」を出しました。そこで、子どもの健康は大人とは違うアプローチで保障しなければならないということを申し合わせました。環境問題として子どもの環境保護が最優先する、化学物質を取り込まないために、予防が最も効果的だとも書いてあります。各国がこれにもとづいた施策を取り始めていますが、クリントン米大統領が一番明確に、子どもの健康問題への取組みを行いました。それには最近、がんなどの子どもの疾病が増えているという背景がありす。
クロルピリホスの規制決定
米国は1995年に食品品質保護法(仮訳)Food Protection Actという法律を作り、子どもの毒性基準は大人の10分の1にするとか、食品、大気等トータルに取り組むことなどが決められました。農薬の環境ホルモン的毒性について検計するため、40種ぐらいピックアップして、クロルピリホスの規制が決まりました。
これらはほとんど有機リン系の農薬です。有機リン系の殺虫剤は、コムギなど広い範囲に残留が認められます。農地で使われる農薬が土壌の微生物により割合早く分解されるのに対し、家庭内農薬は、空気中に晒されるだけなので、残留性が高いのが特徴です。昨年12月に、子どもに触れる環境での使用禁止が決まりました。子どもを意識した使用禁止は恐らく初めて、画期的なことです。
子どもをとりまく食の状況
米国ではポテトチップスなどの、ジャンクフードによる子どもの肥満や健康被害が増大しています。世界的にも広がっていて、地域の食が滅びて、世界共通の食になりつつあります。イタリアではスローフードと言って、地或に根ざした食を見直す動きがあります。ほんとうの意味で正しい食生活をすることが、子どもにとっても有効なことです。
学校給食の食器も、アルミやプラスチックでは、犬か猫の食器みたいです。陶器やガラスは割れる、重いということもあるけれど、クリアーできない問題ではありません。割れることで、子どもの勉強にもなります。
子どもは大人とはちがう
子どもに大人とちがう化学物質の影響を考える必要があるのは、生物学的と生活環境という2つの側面があります。胎児の時は母親の薬物代謝活性のおかげで、あまり曝されません。生まれてすぐは、薬物代謝活性はずいぶん低くて、10歳ぐらいまでに徐々に増えていきます。成長過程なので体重当たりでは、大人より有害物質の摂取量も多く、脳神経系その他が育つ段楷なので影響を受けやすいのです。
また、子どもは背が低く、床を這い回るので、大人が吸うのとちがう空気を吸っています。埃や化学物質をたくさん吸っている可能性があります。室内の上の空気を測っただけではわかりません。絨毯や衣服もかなり化学物質を吸着しています。
具体的解決策は
クロルピリホスを規制したのは、行政、産業界、学者、市民が参加した委員会です。これは極めて民主的な方法ですが、全員が合意に達するまで結論が出せないので、企業が慎重論を出すと、いくらでも遅くなります。手続き的にはよく見えても、結論が出るのがあまりに遅すぎます。POPsでも、最初40ぐらい候補があったのが、叩き合いをして結局事実上売っていないものばかり残りました。これは国際的に認知されたリスクアセスメントの方法ですが、予防を考えた場合には、有効な手段ではありません。
21世紀は、生活重視の、多様な価値覿の時代になります。その時、消費者による買う、買わないの選択は大きな武器になります。法律で規制できなくても、消費者が買わなければ有害なものはなくなります。
新しい法律が社会を変える
情報公開法は、行政だけでなく、様々な社会セクターに広がっていく可能性があります。PRTRは企業にも情報公開を求めるものです。情報公開することで、それぞれの組織が、社会的存在として緊張感をもってきっちりとした運営をすることなります。
グリーン購入法も、対象は役所だけですが、いずれ民間企業にも波及して、メーカーも環境負荷の少ないものを作らざるを得なくなるでしょう。
NPO法、男女共同参画法も、男女の役割や、企業中心の社会を変えていきます。これらの法律はできがよくありません。しかし、法律が悪いと言っていても仕方がありません。地域でこそ、法律に上乗せ、横出しをしてその精神を生かすことができます。
日本人は政治的な訓練、教養が足りませんが、現在のような歴史の転換期にこそ、政治的な判断能力が問われます。
質疑応答
会場 建設省の委員会の調査では、室内でフタル酸エステルはあまり検出されていない。シックハウスとしての問題は少ないのでは。
立川 フタル酸エステルはあらゆるところから検出される。私は30年前にフタル酸エステルを一通り調べた。毒性はあまり高くない。しかし絶えず新しい問題がでるので、毒性についての完全なデータというのはありえない。毒性の議論は水かけ論になって不毛。どういう対策をとるかは、科学の問題ではなく、政治的、社会的な選択であり、予防を考えたら、厳しい線をとるペきだ。
会場 フタル酸エステルは、ガスとしてではなく、むしろ埃や粒子状物質に吸着した形で室内に存在するのでは。
立川 ガス化してから挨に吸着する。ガス化したのも埃についたのも一緒に吸うので、科学的に厳密に分けるのは意味がない。
会場 以前はガス化したものしか調べていなかったが、最近粒子状物質に吸着したものも調べる必要があるという方向になっている。
藤原(研究会代表)以前、横浜国大の加藤龍夫先生が、農薬が大気中に高い濃度で長時間浮遊し続けるという測定結果を出していた。それから蛍光灯の安定器や、保管中のノーカーボン紙のPCBの量が減ってきている。揮発しにくいのに、どう考えたらいいのか。
会場 水の沸点は100度だが、常温で洗濯物は乾く。ものには蒸気圧があって、沸点以下でも蒸発する。フタル酸エステルやPCBが沸点が高いにもかかわらずガス化するのはそのためだ。
立川 化学の立場では、絶対閉鎖系はありえない。あらゆるものが少しだけでも水に溶けるし、大気に出ていく。その微量に出たものが、時間と生物濃縮によって、人間と環境に影響を及ぼす。
会場 子どもの安全のために基準値を10分の1に下げよという要求に、厚生省は、動物実験の結果に種差として10分の1、さらに人間の個体差として10分の1をかけているから、子どもにも考慮していると答えた。OECDなどではもっと下げようというのに、日本ではむしろ甘い方へもって行こうとしている。許容量とは、英語ではリミット=限界という意味で、ここにも考え方の違いがでている。
立川 室内の大気汚染は、屋外とも物質的にちがうので、特異的にとらえる必要がある。毒性データをもとにしたリスクアセスメントの積み重ねで、行政が対策をとるというのでは、時間がかかりすぎる。消費者が不買運動などをやってメーカーに作らせなくする方が、速くて意外に有効だ。
会場 1月のシックハウスの国際セミナーでは、アメリカの学者から、日本の行政も企業も、基準を守ればいいという姿勢だと責められていた。基準はあくまでも健常な人の限界値なので、できる限り低くしろというのが欧米の考え方だ。日本でもヨーロッパのように、接着剤、塗料のラベル化に動き出している。
立川 基準値が科学的根拠だけなら、各国で同じはずだ。安全を保証するものではなく、行政が無理なくできるという線にすぎない。日本の法律は、いったん決まるとなかなか変わらないので、新しい科学や技術が取り込めない。市民として、法律の作り方や運用についても意見を出していく必要がある。
会場 規制よりも、企業の自主的取り組みや情報公開と市民の監視でよくなっていくという話だが、日本の現状ではうまく行くと考えにくい。NGOでも化学物質の規制法を作ろうという動きがある。子どもを化学物質から守りたいという思いと、一方でそれが優生思想に傾くのではという危惧がある。
立川 政府が基準値を決めるやり方も否定はしない。しかし、それでは遅くて間に合わない。行政にお願いするのではなく、住民側が政策形成能力をもつことが必要だ。
会場 接着剤のわずかな可塑剤を問題にするより、車の室内汚染こそ問題だ。政府はそこには手をつけられない。
藤原 日本ではマイアミ宣言への取り組みがない。予防原則も、取り入れられていない。このことを各方面に訴えて行く必要がある。化学の教師に問題意識がなく、この講座にもほとんど参加してもくれない。子どもを守るべき教師がそういう状態であるということこそが問題だ。
立川 予防原則は、化学物質の量で判断すべきで、医学的毒性データはもとになりえない。量には議論の余地はない。対策がとられて量が減りつつあればいいし、原因もわからずに増えているものこそ深刻だ。
会場 安全係数は、発がん性では、10かける10は100ではなくて、500や1000にもなる。クロルピリホスが1000になったのは、乳幼児の脳に対する神経系や発達系への影響が分かったからだ。
会場 クロルピリホスは製造中止ではなく、業界の自主的な使用中止によるもの。やめさせるのは消費者の意識変革しかない。
会場 木材の展示会で、イソシアネート系を使った建材が、ホルムアルデヒドが出なくて安全と表示されていた。こんな小細工で惑わされないよう、色々な軸で総合的に見られるようにしたい。
立川 安全というのは、物質だけではなく、使い方の問題でもある。日本では安全に使えている農薬でも、途上国に行ったら安全には使えない。毒性だけではなく、ライフスタイルや社会経済システムも問われる。
会場 清掃工場に反対しているが、食物連鎖より、呼吸による取り込みが重要なのではないか。
立川 大気汚染を量的に考えたら、タバコ、車の排気ガスが大きくて、他はそれほどでもない。ダイオキシンも、一部例外を除けば、焼却炉からより食べ物からの量が大きい。逆に言うと、あらゆる人がダイオキシン被害に曝されている。
会場 クロルピリホスは、林野庁でも、必要最小限だけ撒くように指導している。基礎を60センチ上げ、通気孔がふさがらないようにすればシロアリは防げる。1月の国際シンポで、日本はシロアリが多いから駆除剤を使うという日本側に対して、海外の学者は、湿った土地は土壌改良するのが当たり前、日本では基礎に金をかけないと、反論していた。
会場 戦後、輸入材の多用で、シロアリ駆除剤を使わなければならなくなった。化学物質に依存する体質を変えて行かなければいけない。日本がクロルピリホス規制でアメリカに追随したのは、輪人品だからで、国産で輸出もしているスミチオンはまったく手をつけない。町内会で率先して薬剤散布をしている。
会場 自然エネルギー利用法も自民党の族議員につぶされた。はっきりした政変がない限り解決しない。
藤原 どう広げていくか。切実な被害者は必至に情報を集めている。そういう人たちのところに行商して情報を伝えたい。秩父困民党が足で歩いて情報を広げて行ったやり方を学びたい。EPAはファクス一つで2000ページのダイオキシンの資料を送ってくれた。関連情報も向こうから教えてくれる。日本の役所では、聞いたことさえ答えてない。それでも聞けば、職員の意識改革にはなる。
立川 アメリカでは注文のあった報告は評価される。評価システムがあるから、積極的に知らせようとする。
会場 塩ビのおもちやの法規制を求めていきたいが。
立川 法的規制も当然やるべきだが、消費者が買わないことも必要だ。
会場 おもちやはほとんどプラスチック製だが、どう考えるか。
立川 一般論としては、化学物質からは逃げられない。人類にとって社会制度となっている。化学物質を脊定的にのみとらえるのではなく、賢く安全に使いこなす社会システムとライフスタイルの確立が大事だ。
藤原 大人は買わないにしても、子どもはそれが分からない。子どもにとって危険なものは規制が必要だ。行政も縦割りを排して、健康や安全のところは一つに、子どもについても教育と安全を含めて一つにするべきだ。最近いろいろ法律ができるが、企業の拡大生産者責任が不十分だ。たとえば、塩ビをメーカーに処理させるようにすれば、処理が難しいということで、初めて設計段階から有害なものを排除していこうという動きになる。