ピコ通信/第26号
発行日2000年10月13日
発行化学物質問題市民研究会
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目次

  1. 労働省の「化学物質管理指針」を解説する(中)
  2. いよいよ来年4月からPRTR実施/99年度PRTRパイロット事業報告書発表
  3. 第3期連続講座 第1回 報告「環境ホルモン研究最前線」/小島正美さん
  4. 【海外情報】環境保護への新しいアプローチ(1)
  5. 化学物質問題の動き(2000年9月)
  6. 連続講座案内/編集後記

2.いよいよ来年4月からPRTR実施
 99年度PRTRパイロット事業報告書発表

 8月25日、環境庁から「特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律」(以下PRTR法)に基づく1999年度PRTRパイロット事業報告書の概要が発表されました。
 PRTR法は、1999年7月に公布され、2001年4月から事業者による排出量・移動量の把握が始まり、2002年4月以降に届け出、集計、公表というスケジュールになっています。
 PRTR(Pollutant Release and Transfer Register:環境汚染物質排出移動登録)を試験的に行うパイロット事業は、97年度から毎年実施され、今年度も24都道府県・6政令都市で実施中です。

事業の概要
99年度パイロット事業の概要は以下のとおりです。

1.対象地域
 13都道県市(北海道、宮城県、東京都、神奈川県、新潟県、岐阜県、愛知県、兵庫県、広島県、山口県、仙台市、川崎市、北九州市)の全域又は一部の地域

2.対象化学物質
 人や生態系に対する有害性を有することが判明しており、暴露可能性が高いと考えられる176物質。(98年度調査と同じ。PRTR法対象物質とは必ずしも一致しない)

3.事業所
 全ての製造業及び一部の非製造業を営む一定量以上の対象物質を取り扱う一定規模以上の事業所、8,425事業所。(97年度は1,818事業所。98年度は2,040事業所)

4.報告内容
 98年度1年間の対象化学物質の事業所からの大気・水・土壌への排出量、廃棄物に含まれての移動量等。

5.スケジュール
 99年10〜11月に調査票送付、平成99年12月〜2000年1月を目途に回答。
 パイロット事業では、農薬の散布、自動車のような移動発生源、家庭からの排出などについて、「非点源」からの排出量として推計を行っています。

トルエン、キシレンが大量に

1.排出量が多かった化学物質の例
・トルエン(溶剤、工業原料等)
・キシレン類(溶剤、工業原料等)
・ジクロロメタン(溶剤、金属洗浄剤等)
・p−ジクロロベンゼン(防虫剤等)
・塩化水素(塩酸を除く)(工業原料等)
・ホルムアルデヒド(工業原料、接着剤、防 腐剤等)
・ベンゼン(工業原料、ガソリンの成分等)

2.環境媒体別の排出状況
 点源からの排出量を環境媒体別にみると、大気への排出が物質数、報告件数ともに多く、環境排出量のうち97%が大気への排出でした。次いで公共用水域への排出であり、土壌への排出は極めて少ない状況でした。

3.業種別の排出状況
 排出量の多いトルエン、キシレン類、ジクロロメタンは概ねどの業種からも排出されていました。排出量の合計で見ると、機械系製造業と化学系製造業で全体の約7割を占めています。

4.非点源からの排出状況
 農薬散布、自動車などの移動発生源からの排出ガス、パイロット事業の対象外の業種からの排出、家庭・オフィスからの塗料、接着剤、防虫剤などの排出について、環境庁において可能な範囲で推計を行っています。対象規模未満の事業所からの排出量の推計も試みています。

5.地域別の排出状況
 点源の報告物質数や排出量の多い物質について、地域差が見られましたが、トルエン、キシレン類、p-ジクロロベンゼンはほとんどの地域で排出量が多いという結果でした。

6.97、98年度との比較
 3年間とも報告がなされた事業所のみを抽出し比較したところ、99年度に点源からの排出量が多かった20物質のうち、15物質については環境排出量が97年度より減少しています。

 今回発表された99年度のパイロット事業報告を見ると、97、98年度と比べ大きな変化はないようです。
 今回もトルエンとキシレンの環境排出量がひじょうに多いのですが、この2物質はハザードランク(注)がD以下と毒性がもっとも低い物質に分類されています。しかし、トルエン、キシレンの代謝物が遺伝子を傷つけることが三重大学医学部の川西教授らの研究で明らかになっています。次いで多いジクロロメタンはハザードランクBに分類され、毒性が強い物質です。
 いよいよ来年4月からPRTRが実質的に始まるわけですが、PRTR制度が有害化学物質の画期的削減につながるよう市民の側も準備していかなくてはなりません。(安間)

(注)ハザードランク
 A:人に対する発がん性がある物質
 B:人の発がん性が強く疑われる物質または慢性毒性、生態毒性などが強い物質
 C:人の発がん性が疑われる物質または慢性毒性、生態毒性などがBより弱い物質
 D以下:慢性毒性、生態毒性などがCより弱い物質

3.第3期・連続講座 第1回 報告「環境ホルモン研究最前線」
 9月21日(土)に行われた小島正美さん(毎日新聞編集委員)の講演より
 (文責 当研究会)

 
 
小島正美さん

DES
 環境ホルモンの核心は何かというと、「DESとサリドマイドと水俣病」に突き当たります。女性ホルモン剤DESでは、それを飲んだ母親から生まれた子どもに、生殖器異常が生じました。熊本大学の先生がやった、DESを与えたネズミの母親から生まれた子どもの行動異常を見る実験では、知能低下や、自発運動量が減ったという結果が出ました。調べると脳の海馬の領域が小さかったり、神経細胞の枝分かれが少ないことがわかりました。

ビスフェノールA
 DESに似たものに、ビスフェノールAやノニルフェノールがあります。ビスフェノールAについては新しい研究がいっぱい出ています。ビスフェノールAの溶出基準は2500ppbで、これはネズミでの無作用量5000マイクログラムを基準としたものです。しかし、アメリカのボン・サールの研究では、体重1s当たり2マイクログラムや20マイクログラムで、子どもの精子が減ったり、前立腺が肥大したりしています。それをあてはめると、基準は1ppbにしなければなりません。缶詰でも20や30ppb出ているので、この基準では、食べ物に触れる容器にポリカーボネートは使えないということになります。
 国立環境研究所の遠山さんのグループの実験では、20マイクログラムでも親の精子が減ったという結果が出ました。より多い量で影響がなかったという結果も一方ではありますが、ビスフェノールAが男性ホルモンの量を減らすことははっきりしています。
 京都大学の実験では、甲状腺ホルモンの働きを低下させることが分かりました。名古屋市立大学の実験では、セルトリンが減って落ち着きがなくなるという結果が出ました。九州大学の実験では、脳に入るとホルモンを働かせなくしてしまい、0.1ppbでも、子のオスの行動がメス化するのが観察されたということです。行動を調べるテストは、まだ確立していないという反論もありますが、厚生省の委託した実験で、生殖以外に行動への影響があるという結果が出たからには、基準の再検討が必要という段階に来ています。
 蛍光増白剤も、広島大学の実験でビスフェノールAに似たものになることが分かりました。体の中では解毒される一方、逆にホルモン作用を強めるような動きもあることが出てきています。横浜国立大の実験でも、環境中で解毒されてもホルモン作用が必ずしもなくならないことが分かりました。

専門的論争と新聞記者
 環境ホルモンの最近の議論は、何が出ているかから、出たものがどの程度危険なのかということに移ってきています。最近は、ずっと追いかけている私でさえ分からないぐらいの難しい議論になっているので、新聞記者は入れ替えもあるし、他の記事も書かなければならないので、追いかけ切れなくなっています。
 そのため、研究発表がたくさん出ているのに、記事にならないという変な状況になっています。遺伝子組み換えも桁違いに難しいので、モンサントの除草剤耐性の遺伝子の破片が別なところに入ってしまったことがあって、農水省も発表したのですが、記事になっていません。新聞記者は引き継ぎをしないのと、ブームが去ると書かなくなるという問題もあります。

問題は妊娠中の時期
 サリドマイド剤を飲んだ母親の子どもに手足の異常が起きました。その時に一番重要だったのは、飲んだ量ではなくて、時期でした。最終月経から5〜8週目に飲んだ母親の子どもに、形態の異常が発生しました。国立医薬品食品衛生研究所大阪支所の研究では、可塑剤のフタル酸ジブチルDBP投与の動物実験で、12〜17週で停留精巣、15〜17週で生殖器と肛門の距離が短くなったという結果でした。
 あちこちの学会でこのような発表がされているのですが、全国各地で何千と開かれるので、追いかけ切れません。重要な議論をしているので、市民団体も資料を取り寄せてチェックしておいたほうがいいですね。

胸腺がおかしくなっている
 大阪大学の西川助教授が500物質のホルモン作用を調べたら、ベンゼン環を持っているものには作用があるが、農薬等にはないというふうに、かなり削られています。しかし、ホルモン作用より、赤ちゃんに免疫機能が出てくる時にどう作用するかという方が問題だということになってきました。  胸腺は、リンパ球を、サイモシンというホルモンによって、免疫に働くT細胞にするところです。自分の細胞と外からきた異物を識別する能力をリンパ球につけるので、「胸腺はリンパ球の学校」と言われています。ちゃんとしたT細胞にならないと、自分の細胞に反応してしまいます。最近自己免疫疾患が増えているのは、化学物質が胸腺の機能をおかしくしているからではないかというのです。
 北里大学の坂部先生によると、ビスフェノールA、ノニルフェノール、オクチルフェノール、フタル酸エステル類によって、サイモシンが出なくなり、胸腺の働きが阻害されます。坂部先生は、ホルモン撹乱だけではないので、情報撹乱といった方がいいと言っています。末梢リンパ球のCキナーゼという物質の量が減ることで、リンパ球が減ることがわかります。ADRというDNAを合成する時に必要な酵素や、CDCという細胞分裂に必要な酵素も増えません。

撹乱作用の核心は受容体
 受容体=レセプターとは、細胞が情報をキャッチするためのアンテナです。ノックアウトマウスと言って、特定の受容体のないマウスで実験をすると、確かに物質に反応しません。医薬品というのは、受容体を反応させたりさせなかったり、コントロールするものです。マウスでは、早い時期に胸腺ができて、その後T細胞ができ、それから受容体ができてきます。この時期に化学物質が来たらどうなるかという、そういう細かいレベルの実験が今盛んに行なわれています。
 受精卵が分裂していろいろな臓器が出てくる過程と、リンパ球が胸腺でT細胞になる過程はよく似ています。この時に化学物質が来たらどうなるかというのが、情報撹乱の核心で、精子が減るとかいう問題だけではありません。
 脳ができる時に化学物質がきたら、子どもの脳神経系の発達が抑えられます。富山医科薬科大学の先生の実験では、蚊取線香のペルメトリンが、子供の脳神経細胞の発達を抑えてしまうという結果がでました。

ADHD(多動症)
 アメリカでは、以前からADHD対策がとられていて、リタリンという薬を飲ませていて20年たつが、特に害は出ていないと言います。日本では、厚生省にADHD研究班があって、小児科の先生はリタリンを認めるように言っているけれども、精神科の先生は、反対しています。
 ADHDは親のしつけの問題ではなく、脳の中に微細な障害があるのは確かですが、原因は全然わかっていません。福島章先生は化学物質によると言っていますが、学会の中では少数派です。成人になるまでに、自分の行動をコントロールするすべを学ぶことで、脳の神経細胞の回路も変わって行きます。昔からあった子どもの遊びに、治す要素がすべて含まれています。

脳神経系へ影響する要素
 脳に影響するものは化学物質だけではありません。動物実験では、スキンシップの欠如や、個室で育てたりすることでも、異常が出ています。栄養の面では、リノール酸の油と、α−リノレン酸の油とで、摂る比率によってネズミの行動が変わります。α−リノレン酸は神経細胞の膜を作るのに必要で、江戸時代につくられていたエゴマの油に入っていましたが、今はリノール酸の油が主流です。
 α−リノレン酸は体内でドコサヘキサエン酸DHAになるので、魚を摂ればいいのです。DHAを学生に与えると、試験の成績には差がでなかったが、ストレスを与える実験では、沈着冷静だったという結果が出ました。リノール酸はがんやアトピー増加の原因となっているという研究もあります。
 生殖器異常がなくても、性行動に異常が出るというのは、脳の発達の異常が起きたからです。脳の一部をとると、卵巣が萎縮したりするように、生殖器官と脳は一体です。生殖器官が異常な時には、脳でも異常が起きています。

難燃剤をめぐる論争
 母乳中のダイオキシンは減っていますが、難燃剤PBDEの濃度が増えてきています。化学構造がダイオキシンそっくりで、塩素のかわりに臭素が入っています。ダイオキシンと同じように種類によって毒性が違います。業界では、毒性の高い種類のものは中止したと言いますが、母乳中からは検出され、毒性研究は進んでいません。スウェーデンやアメリカでは、電線の難燃剤をやめたら火災が増えたという説もあります。臭素系からリン系に変え始めていますが、リンも無害ということではないので、論争になっています。

リスク分析
 中西準子先生は、ダイオキシンによる死亡率は低いのだから、リスクは低いと言っています。もっと緊急に取り組むべき物質があるという主張にも一理はありますが、ダイオキシンの毒性は、免疫系がジワジワと阻害されるもので、死亡率だけで判定できるわけではありません。業界も、難燃剤の毒性ばかり書かないで、使用停止による火災の増加も書くように言ってきています。これは非常に難しい議論で、きちんと考えなければならないので、このような研究会で専門家を呼んで議論をして欲しいと思います。
 リスク分析だけだと、10万円盗まれた時に捜査に何百万もかけるのは無駄だという議論にもなりかねません。ほっておけば、もっと犯罪者が増えるから捜査すべきだという、正義感の理論というものもあります。同じ10万といっても、収入の多少によって価値が違うし、被害者と部外者とでは価値判断はまったくちがってきます。雪印の事件だって、下痢ぐらいで、回収して300億円も損害を出す必要はなかったという主張もできるわけです。

生まれた子どもの男女比
 生まれた子どもの性比では、プラスチック工場の労働者の子どもに、女が多かったというデータと、違いはなかったというデータがあり、議論は分かれています。京都の医者がステロイドホルモンを使った妊婦の子どもが女児ばかりだったと発表しましたが、学会では受け入れられませんでした。受容体が出現する時期なら影響があるのではという指摘もあります。学会で受け入れられないデータを記事にするかどうかは新聞記者としても、むずかしい判断です。

記事の書き方読み方
 同じことを取りあげた記事でも、記者が勉強しているといないとでは内容に大きな差が出ます。東京都が室内のフタル酸エステルを調べた結果の記事を見ても、発表のそのままか、汚染が数値として裏付けられたのは初めてという、まちがったコメントを加えるような結果になります。フタル酸エステルは70年代からいろいろな所で検出されていたことを知らないからこういう記事になるのです。
 私は、使用量の少ないフタル酸ジブチルDBPが高濃度で出たことを取りあげて、「なぞの環境ホルモン」という記事にしました。別に私の記事がいいというつもりはありませんが、同じ中味でも記事によってこんなに変わるという見本としてとり上げました。一つの記事だけを信じるのではなくて、いくつかを比較して読むということも、読者には必要なことです。
 新聞記者は、自分が何も知らないことも記事にしなければなりません。医者に取材にいくとよく馬鹿にされますが、市民団体の人も、取材にきたら、記者を教育するつもりで接して下さい。そうしないと自分たちの言いたい事が記事になりません。私も皆さんに教わりながら、ここまで勉強してきたのです。

化学物質問題市民研究会
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