EHP 2006年12月号
権限の阻害:EPAは商業用化学物質の
安全を確保する力があるか?


情報源:Environmental Health Perspectives Volume 114, Number 12, December 2006
Spheres of Influence
Obstructing Authority: Does the EPA Have the Power to Ensure Commercial Chemicals Are Safe?
http://www.ehponline.org/members/2006/114-12/spheres.html

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2007年01月02日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/research/ehp/06_12_ehp_EPA_power.html


 1976年以前は、アメリカ政府はどのような化学物質が輸入されているのか、製造されているのか、使用されているのか、あるいは環境中に放出されているのかについての記録をは事実上持っておらず、これらの化学物質が市場に出される前に規制する方法がなかった。しかし議会が、化学会社は現在彼らがアメリカの製品中で使用している既存化学物質について EPA に報告し、製造しようとするどのような新規化学物質についても着手前に届出を提出することを求める有害物質規制法(TSCA)を採択したことにより、この状況は変わった。
 しかし30年後の現在、専門家らは TSCA が当初の約束に応えているかどうか、そして EPA は実際にそれを実施する力があるのかどうか問うており、これは議会が米会計検査院(GAO)に調査するよう要請した疑問である。

 GAO によって2005年6月に発表された報告書 『化学物質規制:健康リスクを評価し、化学物質検証プログラムを管理するための EPA の能力を改善する選択肢がある』 (訳注1)は、TSCA は EPA にアメリカで使用されている化学物質の安全性を確保するための権限を与えていないと主張している。2006年8月2日、米会計検査院(GAO)天然資源・環境ディレクターのジョン B. スティーブンソンは、上院の環境公共事業委員会でこの報告書で見いだされたことについて証言した。何人かの他の環境科学者らが、TSCA はアメリカ市民の健康と環境を適切に保護するためには大きな改正が必要であるとする GAO の意見を支持した。

 ”TSCA の見直しはもっと早く行われるべきであった”と元EPA 予防農薬有毒物質局副長官であり現在はジョンホプキンス大学ブル−ムバーグ校公衆健康学教授のリン・ゴールドマンは証言した。”TSCA について議会が行動を起こさなくても、我々は多くのレベルで見られる連邦政府の化学物質管理の侵食を監視し続けるであろう。”

 しかし、何人かの他の専門家らは、TSCA は当初意図されたことをほとんど成し遂げていると証言した。現EPA 予防農薬有毒物質局副長官ジェームス B. ギルフォードは、”TSCA は、新規化学物質が適切にレビューされること、既存化学物質を評価するために必要な情報の報告又は開発を求めることができること、及び、不合理なリスクを及ぼすような化学物質は効果的に管理されることを確実にするために必要な権限を EPA に与えている”と述べた。

TSCA の下での既存化学物質規制

 EPA が1970年代後半に TSCA の下で最初に化学物質のレビューを始めた時には、約62,000種の化学物質がすでに市場に出ており、TSCA は会社に対しこれらの化学物質に関するどのような健康・環境安全性データも提出することを求めなかった。”既存の化学物質は TSCA の適用を免除されたので、EPAはそれらを評価し規制するために必要なデータを収集するための一定の権限を与えられた”とゴールドマンは述べている。

 しかし実際には既存の化学物質を規制することは困難であったとスティーブンソンは述べている。スティーブンソンによれば、EPAはこれらの既存化学物質のうちわずか約200種にテスト実施要求をしただけであり、禁止したのはわずか5種の化学物質又はそのグループだけであった。

 彼は、これは化学物質が安全であることを示す責任を化学会社に課すのではなく、化学物質が危険であることを示す責任をEPAに課していることが大きな理由であると述べている。もしEPAの科学者が既存の情報に基づき、既存の化学物質がリスクを及ぼすかもしれないといぶかったなら、EPAは化学会社から情報を入手するために規則に基づいた手数のかかる手続きを経なければならないとスティーブンソンは述べている。この手続きは数年かかる。

 EPA担当官らは1980年代に既存化学物質を規制しようと試みたが、第5巡回区合衆国控訴裁判所(U.S. Fifth Circuit Court of Appeals)によってEPAのアスベスト禁止案が却下されてくじけたとゴールドマンは述べている。同法廷はEPAがTSCAの二つの要求を示さなかったと裁定したとゴールドマンは述べている。すなわち、アスベストは公衆の健康に”不合理なリスク”を及ぼすということ、及び、アスベストを禁止し、より安全な代替物質に替えることは”最も負担とならないアプローチ”であるということ、を示さなかったとするものである。同法廷は、有害物質が環境に放出された後に管理する方が放出する前に汚染を防止することよりも負担とならないアプローチであると感じたのだとゴールドマンは上院で述べた。今日でも、アスベストの建設工事用及び自動車(ブレーキ)用の使用が許されている。

 多くのEPA担当官らはアスベスト禁止が全ての可能性ある代替の中で実際に最も負担のからないということを証明することはほとんど不可能であると感じている。ゴールドマンによれば、彼女がEPAで仕事を始めた1993年までに、EPAの弁護士、科学者、そして技術スタッフはすでに市場に出ている既存の化学物質を規制することには非常に気が進まなくなっていた。アスベスト判決は、”既存化学物質の規制に対する一種の弔鐘であった”と彼女は述べている。

自主的なデータ提出と(Q)SAR)

 1990年代後半、既存化学物質に関する健康・安全データを補おうとする取組の中で、EPAは高生産量(HPV)チャレンジプログラムを導入したが、それは化学会社は年間100万ポンド(約500トン)以上製造している化学物質−約2,800種の化学物質(市場に出ている化学物質の量では約95%)について自主的にテストデータを提出するというものである。ほとんどの化学会社はこのHPVチャレンジプログラムに参加することの利益を理解したとアメリカの化学会社を代表する団体である米化学工業協会(ACC)のプロダクト・スチュアードシップ・チームのディレクター、キャスリーン・ロバーツは述べている。

 安全データを自主的に提供することは従来の規則に基づく手続きよりもはるか速いとロバートは述べている。”化学会社が自主的に行うことは効率的であり、正直なところEPAがその情報を受け入れるならもっと効率的である”と彼女は述べている。

 自主的な交渉は、化学物質が安全であることを確実にするために間違いなく最も早く最も容易な方法であるとゴールドマンは同意するが、しかし産業側はまた、EPAが既存化学物質の使用を規制するために TSCA を利用することについて非常に怖がっていることを知っている。”自分の道具で規制する能力を持っていないなら、交渉では非常に弱い立場になる”と彼女は述べている。

 化学会社が新規化学物質を製造又は輸入したいと望んだ時に、会社は製造前届出(Premanufacture Notice / PMN)を製造開始90日前までにEPAに提出する。この届出は、化学的構造、プロセス及びありそうな応用についての情報、予想製造量、及び会社が保有するテストデータを含むとロバーツは述べている。TSCAは新規化学物質の健康影響に関する特定のテストを実施することを会社に要求していないので、もし、会社が何もテストをしなければ、EPAは、新規化学物質と似たような構造を持つ他の化学物質とを比較すためにコンピュータ・モデルと自身の専門家としての判定を使用する。(訳注:構造活性相関((Quantitative) Structure-Activity Relationship: (Q)SAR))

 モデリングは有用なツールであるが、それは常に潜在的な危険性を明らかにするわけではないとスティーブンソンは述べている。”モデルは物理化学的特性を予測するに当たり常に正確であるわけではなく、一般的な健康影響の評価は、同様な分子構造をもった化学物質に関する情報を入手可能であるかどうかにかかっている”と彼は述べた。

 しかし、元EPA 予防農薬有毒物質局副長官ロバーツによれば、”もしEPAは同様な化学物質が存在しないと感じるなら、彼らは会社にテストを実施するようと求めればよい。会社はテストをするか、又はその新規化学物質を取り下げる。”彼女は、EPAが全ての化学物質について日常的なテストが求められていないということでEPAは会社に自由にさせていると考えるの間違いであると述べている。ゴールドマンもまた、新規化学物質についてのEPAの検証はすでに市場に出ている既存化学物質よりも綿密であると指摘している。

TSCA 改訂についての議論

 現EPA 予防農薬有毒物質局副長官ギルフォードによれば、現在のTSCAは、EPAに化学物質が安全に製造され使用されており、公衆と環境は適切に保護されていることを確実にするために必要なツールを提供している。それにもかかわらず、EPAの報道担当官エネスタ・ジョーンズは、”適切な次のステップを検討するためにGAOによる勧告を見直し中である”と述べている。

 GAOによって勧告された変更の多くは、例えば、EPAは化学物質が”不合理な(unreasonable)”リスクではなく、”著しい(significant)”リスクを及ぼすことを示すことが求められている、あるいは、それが健康リスクを示すであろう(will)ではなく、健康リスクを示すかもしれない(may)というような、簡単な言葉の変更であるとスティーブンソンは述べている。”それは小さなことのように響くが、実際には非常に大きな違いがある”と彼は述べている。

 その他の勧告には、化学物質会社はそれによりテストを実施することが求められる強制力のある同意協定(ECAs)を行使する権限をEPAに与えることが含まれる。この場合には、非常に高生産量であること及びテストの必要性があることに基づき化学物質製造会社及びプロセス会社にテストデータを生成することを求める権限をEPAに与えること、及び企業の機密情報を州と外国政府と共有する権限をEPAに与えることである。

 アメリカ化学工業協会(ACC)は、TSCAの枠組みは強力であり、EPAは必要なことを行うための権限を持っているという立場であるが、”我々はこのツールの実施に関してはある程度の弱点があるかもしれないと認めることができる”とロバーツは述べている。例えば、HPVチャレンジプログラムの下で求められているデータを会社がをまだ提出していない残りのわずかな高生産量化学物質について、EPAは確実に提出させるべきであると彼女は示唆している。”EPAはこの数年の間に財政的及び人的資源を削減されてほんのわずかしかそれらを持っておらず、したがって彼らが議会によって描かれたことを実現するようにこの法を実施することはかなり難しいと私は思う”と彼女は付け加えた。

 しかし彼女はまた、実施における弱点はTSCA自身が修正される必要があるということではないとし指摘している。”我々が目をむける必要があることはそのツールをいかによりよく実施するかということであると私は思う。ツールが良くないと決める前に、今までより上手にそのツールを使用する方法がないか見つけよう”と彼女は述べている。

 TSCAの実施を調整することはこの法をもっと効果的にすることに役立つであろうとスティーブンソンは同意するが、それが全ての回答ではないと述べている。”EPAは、あることについては新たな法律なしにできるであろうが、他の場合には、議会が行わなくてはならないある改正がこの法には必要である。”

 TSCAは改正されるべきであると元EPAのゴールドマンは述べているが、しかし、EPAの科学者と管理者は、議会が改訂を行う前にまず学界及び産業界の科学者、環境活動家、弁護士、その他の専門家からもっと多くの情報を集めるべきであるとしている。現在、状況は改革に向けて進展を期待するにはあまりにも分極化していると彼女は述べている。(この分極の多くは、欧州委員会によって提案されている厳しい化学物質の新たな規制の枠組み REACH に対する産業界、政府、及び活動家の大きく異なる反応によって生じた。)

 スティーブンソンによれば、TSCAはまたリスクベースの枠組みを含むことができ、それにより有害であると考えられる化学物質類は他の化学物質より安全性の立証をもっと求められるはずである。”我々は産業界の見解にも注意を良く払わなくてはならない。EPAがそのようなテストを気まぐれに要求すれば、それは非常に費用のかかる主張となる”と彼は述べている。”EPAが、たとえそれが必要であると考えても産業界からあるものを得ることは非常に難しいということはその通りである。我々は責任をもう少し産業側に移すことができると考える。”


訳注1:参考資料


化学物質問題市民研究会
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