IPEN 2024年11月 テキスト版
IPEN クイックビュー INC-5
プラスチック汚染に関する国際的な法的拘束力のある文書を
開発するための政府間交渉委員会第 5回会合

情報源:IPEN, November, 2024
TEXT: IPEN Quick Views INC-5
IPEN Quick Views on the Fifth Session of the Intergovernmental
Negotiating Committee to Develop An International
Legally Binding Instrument on Plastic Pollution
https://ipen.org/documents/text-ipen-quick-views-inc-5

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会
更新 2024年11月6日
このページへのリンク:
https://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/plastic/INC5/
IPEN_241100_IPEN_INC-5_QUICK_VIEWS.html

 プラスチック条約 INC-4 交渉は、77 ページに及ぶ長い編集草案で終了した。ただし、シナリオ ノートでは、委員会が同意した場合、INC 議長によるノンペーパーが INC-5 での交渉の出発点として使用される代替テキストとして提示されることが予測されている。

(訳注:ノンペーパー(仏:demarche)とは、正式でない文書であるトーキング・ペーパーよりも、更に形式ばらないと考えられている。公的には「外国の役人に対する要請またはとりなし」とされており、作成国の帰属表示なしに送られる要請文書である。そのため、直接手渡される。|ウィキペディア

 将来のプラスチック条約の交渉を最終決定するにあたり、INC は、条約の健康保護の目的が意味のある世界的な管理によってサポートされていること、およびプラスチックのライフサイクル全体に対処することで 国連環境総会(UNEA)の 決議 5/14 を INC が確実に果たす必要がある。そのためには、INC が次の点を確実にすることが重要である。

(訳注:2022年3月の UNEA での決議 5/14 は▼事務局長に対し2024 年末までに作業を終える野心を持って INC を開催すること及び▼INC に対し海洋を含むプラスチック汚染に関して、法的拘束力のある国際条約文書を制定することを要求|WWF 第1回 政府間交渉委員会(INC-1)
  • 管理措置は世界的なものであり、個々の国の約束に基づくものではない。我々は世界的なプラスチック危機に直面しているため、解決策は世界規模でなければならない。国内ルールに基づくアプローチでは条約をほとんど効果がないものにし大きな貿易障害を生み出すことになるが、一方、世界規模の措置ならすべての経済主体にとって公平な競争の場を作り出す。

  • 条約は、科学的不確実性に対処する際に予防原則によって導かれる。化学物質のグループを規制することで、保護的措置が迅速化され、危険な(いわゆる残念な)代替品のリスクが軽減される。

  • 条約は、プラスチックの生産を削減するための世界規模のメカニズムを含む。

  • プラスチック化学物質は、そのライフサイクル全体と産業部門全体にわたって規制される。製品に含まれる化学物質のみを規制すると、労働者と脆弱な人々の保護が著しく制限される。

  • 十分で予測可能な資金を確保する。十分な追加的かつ予測可能な資金を可能にし、汚染者負担の原則を適用するメカニズムを含む専用の多国間基金も含む金融メカニズムを作成することは、管理措置の効果的な実施にとって重要である。

  • 条約は、強力な監視および報告規定を含んでいる。報告は有効性評価の重要な手段であり、プラスチック化学物質、マイクロプラスチック、ナノプラスチックのバイオモニタリングなど、人間の健康保護の指標を含むプラスチック汚染の傾向を明確に理解する必要がある。

 条約のテキストでは、合意に達しない場合に将来の締約国会議(COP)が多数決で決定を下せるようにする必要がある。このオプションがなければ、COP は最も野心的ではないアプローチに戻ったり、決定が少数の国々によって阻止されたりする可能性がある。ロッテルダム条約や国連気候変動枠組条約などの有効性を著しく妨げた同様の状況が以前にもあった。

市民社会の参加が重要な理由

 条約交渉では、市民社会と権利保有者の参加が繰り返し制限されてきた。会期間中、公式および非公式の作業は非公開で行われた。

 市民社会の参加は、清潔で健康的で持続可能な環境に対する人権の実現の鍵となる。オーフス条約とエスカス条約はどちらも、締約国に国際協定の交渉と実施への国民参加を確保する国際的義務を課している。

(訳注:情報へのアクセス、政策決定過程への参加、司法へのアクセスを3つの柱とし、それらを各国内で制度化し、保障することで、環境分野における市民参加の促進を促すことを目的とした条約。2001年10月に発効。日本は未締結|EIC ネット

(訳注:【中南米】12ヶ国政府、環境・人権活動家に対する保護付与のエスカス条約に署名|Sustainable Japan 2018/10/05

 IPEN やその他の公益市民社会組織は、この分野の専門家であり、そうでなければ審議には含まれないであろう幅広い証拠、科学的評価、革新的な解決策をもたらす。これには、プラスチックの影響を最も受けている地域社会からの独自の研究と視点をもたらすことが多い低所得国および中所得国の専門家が含まれる。プラスチック汚染によって最も被害を受けている人々の参加がなければ、審議は不十分で、条約の成果を損なう可能性がある。

 締約国会議(INC)は、開かれた透明性のある参加型のプロセスを確保し、将来の条約のすべての会議と実施プロセスで市民社会と権利者の完全な参加を保証する必要がある。IPEN はまた、条約、締約国会議(INC)、および補助機関の下での将来の作業にオブザーバーと権利者が参加する可能性を含めるよう加盟国に求めている。国民参加に対するすべての制限は、十分に正当化され、厳密に解釈される必要がある。

健康を保護するプラスチック条約の必須要素

 INC-4 の結果としてまとめられた草案には、健康に関連するいくつかの条項が含まれており、条約の必須要素の達成に貢献する可能性がある。その多くは議長の非公式文書(non-paper)にも反映されている。条約の目的の中心となる健康への取り組みは、女性、子ども、若者、先住民族など、最もリスクの高い人々がプラスチックのライフサイクル全体を通じて保護されるよう、管理措置と実施措置の両方の策定においてより重視される必要がある。

 INC が議長の非公式文書または編集草案文書に基づいて交渉することを選択するかどうかにかかわらず、条約に基づく人間の健康の保護を確実にするために、以下の要素が不可欠である。

目的

 INC は、人間の健康と環境の保護への言及を維持し、この文書の目的が人間の健康と環境の保護であると主張し続ける必要がある。

原則

 条約の規定は、清潔で健康的で持続可能な環境への権利の促進、予防原則、最高水準の健康への権利、人権の保護、情報にアクセスし環境に関する意思決定に参加する権利、利益相反の防止、非公式労働者を含むすべての労働者の公正な移行(just transition)と適切な労働など、健康を保護する条約を可能にする管理および実施措置の原則を適切に運用する必要がある。

(訳注:公正な移行(Just Transition)」とは、環境問題の解決や対策を実施するうえで、関係する産業分野に従事する労働者や、産業が立地する地域が取り残されることなく、公正かつ平等な方法により持続可能な社会へ移行することを目指す概念のこと。|SDGs ACTION/桃井貴子

管理措置
  • 供給(前駆物質を含むプラスチック生産):介入がなければ、プラスチック生産は劇的に増加すると予測され、気候、汚染、健康問題の増加につながる。生産量の増加は汚染の増加を意味する。人間の健康と環境を保護するために、プラスチック条約にはプラスチックの生産を制限/削減するメカニズムを含める必要がある。科学的証拠は、化学物質とプラスチックの汚染が”地球の限界(Planetary Boundary)”を超えていることを示しており、生産と排出が地球全体の生態系の安定性を脅かしていることを意味する。プラスチックの生産全体を削減するメカニズムがなければ、条約の他の条項は、実施コストが大幅に増加し、効果が低下する。

    (訳注:プラネタリーバウンダリーとは、地球の環境に変化(とくに人間の影響)が加わってももとの状態に戻り、地球環境が安定した状態を保てる限界の範囲を示したものである。スウェーデンのヨハン・ロックストローム博士らが、限界の範囲となる九つの要素を分析し、2009年に「プラネタリーバウンダリー」と呼ぶことを提唱した。|SDGs ACTION/伊藤昭彦

  • 懸念される化学物質:条約には、プラスチックのライフサイクル全体を通じて、また”プラスチック製品”だけでなくすべてのセクターにわたってプラスチックに含まれる有害化学物質の規制と排除を可能にする管理措置を含める必要がある。(IPEN の概要”有毒なパイの小さな一切れ”を参照)。プラスチック化学物質を規制するための基準は、下記を明確にする必要がある。

    • プラスチック化学物質であるかどうか。(プラスチック成分(モノマー、ポリマー、添加剤を含む)、加工助剤、NIAS(食品接触材料に意図的に添加されていないが、存在する物質のこと)、またはプラスチックのライフサイクル中に意図せずに生成される化学物質などプラスチックに関連する化学物質および化学物質のクラスを含む)
    • ハザードデータが利用可能かどうか。
    • 人間の健康や環境に既知の、又は潜在的な悪影響を及ぼすかまたは潜在的な悪影響があるかどうか、または循環性への障壁が増大するかどうか。
 基準を満たした化学物質は、除去や安全な代替の可能性、およびそれらを含む製品の輸出入の制限を含む適切な管理メカニズムの下で対処されるべきである。化学物質の規制は、予防原則に従い、懸念される化学物質をグループ化し、新しい科学的証拠が出現したときには懸念される化学物質のリストを更新するメカニズムを含める必要がある。これには、条約の将来の付属書を修正するための手順を確立することが含まれる。

化学物質グループの初期リスト

 どの化学物質が初期リストのための評価に適しているかについて INC-4 中に、EU 並びにノルウェー、クック諸島及びルワンダの 2 つのグループの国々が、検討すべき化学物質類のグループについて提案したことは注目に値する。提案されている化学物質グループには、次のものがある。
  • フタル酸エステル類
  • ビスフェノール類
  • アルキルフェノール類
  • 難燃剤類
  • 金属および金属化合物類
  • 紫外線安定剤類
  • パー及びポリフルオロアルキル化合物類(PFAS)
 これらのグループを含めることは科学的証拠によって裏付けられており、これらは人間の健康と環境に悪影響を及ぼすことが知られているプラスチック化学物質である(例: BRS 2023プラスチック、EDC および健康問題のある有毒物質、並びに PlastChem)。したがって、IPEN は、この化学物質グループのリストを、最初のリストに関する議論の出発点として支持する。
  • 透明性と追跡可能性:プラスチック製造に使用されるすべての化学物質およびプラスチック成分に関する情報は、世界的に標準化されたラベルと世界規模のデータベースを通じて小売業者、廃棄物管理者、リサイクル業者、消費者を含むバリューチェーン(価値連鎖)全体に公開され、伝達される必要がある。透明性は、危険な化学物質の迅速な特定を可能にし、より安全な代替品への置き換えを促進し、ライフサイクルのあらゆる段階で安全な労働条件のための要件となる。この要件は、国民の知る権利を満たすのに役立つ。

    (訳注:バリューチェーン(Value Chain)とは、企業における各事業活動を価値創造の視点からとらえ、それぞれの活動がどのように全体の価値に貢献しているかを分析するフレームワークのこと。|カオナビ/ビジネス用語全般

  • 排出と放出:透明性と密接に関連しているのは、人間の健康に悪影響をおよぼす可能性のある化学物質や粒子の排出と放出を最小限に抑え、監視する義務である。この規定は、プラスチックの生産、使用、廃棄から生じるすべての排出(プラスチック排出だけに限定されない)を防ぐように設計されるべきであるる。汚染物質の排出と放出に関する公開データは、国民の知る権利の実現をサポートする。

  • 既存のプラスチック汚染:既存のプラスチック汚染を考慮する場合、条約は、人間の健康と生態系を脅かす生産施設や廃棄物処理施設を含むホットスポットの特定と修復を優先する必要がある。

  • プラスチック廃棄物、プラスチック廃棄物の国境を越える移動を含む:条約は、周辺地域の健康を考慮した廃棄物の環境上適正な管理(ESM)を確保し、焼却や化学リサイクルなど、人間の健康と環境に害を及ぼす措置を避ける必要がある。条約は、有害化学物質を含むプラスチックがリサイクルさるのではなく、非燃焼技術によって破壊されることを確実にする必要がある。条約は、作業の重複を避けるために、国際協力とバーゼル条約との一貫性を促進する必要がある。


参考

化学物質問題市民研究会
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