憂慮する科学者同盟 2022年9月22日
レイチェル・カーソンの沈黙の春は なぜ今日でも心に響くのか アニータ・デジカン 上席アナリスト 情報源:Union of Concerned Scientists, September 22, 2022 Why Rachel Carson's Silent Spring Still Resonates Today Anita Desikan, Senior Analyst https://blog.ucsusa.org/anita-desikan/why-rachel -carsons-silent-spring-still-resonates-today/ 訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会) http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/index.html 掲載日:2022年9月26日 このページへのリンク: http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/kaigai/kaigai_22/220922_UCS_ Why_Rachel_Carsons_Silent_Spring_Still_Resonates_Today.html
この本で名前が挙げられている全ての有害化学物質は、1975 年までに米国で禁止されるか、厳しく制限されたが、有害化学物質の害から我々を守るために強力な科学に基づく政策立案が必要であるというカーソンの根底にあるメッセージは、今日でも特に当てはまる。カーソンが言ったように、”我々がこれらの化学物質と非常に親密に暮らすつもりなら、すなわちそれらを食べたり飲んだり、骨の髄に取り入れたりするのであれば、それらの特性とその力について何か知っておくべきである。” 有害な化学物質への暴露に関する科学に基づいた意思決定の必要性は、体系的な人種差別と白人至上主義の長く残酷な遺産のために、環境に対する有害性からの危害の矛先にしばしば直面する黒人、先住民、有色人種、低所得者、田舎の地域社会など、社会の主流から取り残された地域社会にとって特に重要である。この公平性に焦点を当てた視点は、カーソンの本にはない。それは、マーティン・ルーサー・キング・ジュニアやシーザー・チャベス(訳注:アメリカの著名な農業労働者組合の共同創設者)などの公民権と労働者の権利の指導者の献身によって初めて最前線にもたらされた。その後、影響を受けた地域社会のメンバーによって取り上げられ、環境正義運動に組み込まれた。カーソンの仕事の中で、及び化学物質を規制するために設計されたその後の規制インフラストラクチャーの中で、この見落としを認識し、これらの環境上の不正義を特定して対処するために取り組むことにより、今日の世界でより良い行動をとることを約束することが重要である。 何万もの潜在的に有害な化学物質を研究、規制、または禁止するためのより強力な行動を取るよう政府に圧力をかけ続けているため、カーソンの 1962 年の本が今日の世界について我々に教えてくれることを少し考えてみることは有用である。 カーソンは手ごわい連邦科学者だった レイチェル・カーソンは、職業人生のほとんどを海洋生物学者及び米国魚類野生生物局のライターとして過ごした。本の序文によれば、『沈黙の春』のインスピレーションは、カーソンがそこで過ごした時間から直接得られたものである。同機関で働いている間、彼女と彼女の同僚科学者らは、農業管理プログラムで DDT やその他の長期間持続する毒物が広く使用されていることに不安を感じていた。 これらの懸念は今日でも生きている。たとえば、我々の 2018 年(訳注:トランプ政権下)の調査では、米国魚類野生生物局の多くの科学者らが、絶滅危惧種や準絶滅危惧種の保護などの問題について科学が脇に追いやられたり、政治化されたりしていることに警鐘を鳴らした。我々は現在、今年の魚類野生生物局の科学者らと他の6つの機関の科学者らを調査して、現政権(訳注:バイデン政権)の間にこれらの懸念が変化したかどうか、またどのように変化したかを調査している。 『沈黙の春』を読んでいるときに、カーソンが連邦科学者としての訓練を見事に活用して、政策立案の基礎としての科学を主張したことに私は感銘を受けた。たとえば、第10 章でカーソンは、1957 年に米国農務省 (USDA) が侵略的なヒアリ種を防除しようとした悲惨な試みについて説明している。計画は、南部の 9 つの州の 2,000 万エーカーに大規模な殺虫剤散布を実施することであった。使用された殺虫剤のひとつは、人間や他の動物の神経系に損傷を与える可能性のある発がん性化学物質であるヘプタクロル(訳注1)であった。 連邦及び学術の科学者らが、殺虫剤散布作戦が家禽、家畜、ペット、及びその他の野生生物の個体数の大幅な減少を引き起こしていることを示す研究を発表したとき、米国農務省(USDA) は”誇張され、誤解を招くものとして被害の全ての証拠を退けた。”カーソンは、農務省もこれらの農薬が安全かどうかの調査をしなかったと指摘した。 ”要するに農務省は、使用される化学物質について、すでに知られていることの基本的な調査さえせずにそのプログラムに着手した。または、調査したとしても、調査結果を無視したであろう。” カーソンはまた、当時の政府機関に内在する偽善をはっきりと指摘した。科学者らは連邦機関で働くために雇用されたが、農薬に関する決定を下す際に機関は科学的研究を使用することを求められなかった。 ”必要な知識の多くは現在利用可能であるが、我々はそれを使用していない。我々は大学で生態学者らを訓練し、政府機関で採用することさえあるが、彼らの助言を受け入れることはめったにない。我々は、代替がないかのように化学的な死の雨が降るのを許すが、実際には多くの選択肢があり、機会が与えられれば、我々の創意工夫により、すぐにもっと多くのことを発見することができたであろう。” 産業界は彼女を沈黙させたかった レイチェル・カーソンは、彼女が報告している真実が彼らの製品の販売を危険に陥れることを知っていた産業界代表者らから反対の猛攻撃を受けたにもかかわらず、彼女はその科学的意見を勇敢に表明した。本が出版される前でさえ、産業界の代表者らと彼等の政治的同盟者らは『沈黙の春』を強く非難し、その信用を貶めるために、名誉毀損訴訟て本の出版社を脅したり、広報活動による反撃のために 25,000 ドルを集めて資金を提供したり(1962年当時としては莫大な金額)、殺虫剤の利点を説明する多くの広告と編集者への手紙を発行する等、大々的な偽情報キャンペーンを行なった。 産業界の主な主張は、DDT などの農薬が禁止、制限、または規制されれば、農業システム全体が崩壊するというものであった。そして、彼らは本当に誇張的的であった。 1963年、アメリカン・シアナミド社の幹部は、「人間がカーソン女史の教えに従うなら、我々は暗黒時代に戻り、昆虫や病気や害獣が再び地球上で栄えるだろう」と述べた。産業界から資金提供を受けている 2 人の化学者が、DDT の導入後に鳥の個体数が実際に増加したと主張して、一般の人々に誤った情報を伝えようとしたが、この主張は科学界によって圧倒的に反論された。 しかし、おそらく最も陰湿なことは、化学産業界の何人かはレイチェル・カーソンを個人的に標的にしたことである。彼女を批評する人々は、カーソンをおそらく共産主義者(例えば、不誠実で非愛国的)であり、非科学的で自然好きなヒステリックな女性として描いた。ある農業専門家は、この本によって促された主要な議会公聴会を取材していた記者に、”有機農家や園芸クラブの感情的な女性を満足させることは決してないであろう”と述べた。 昨年発表された科学的研究(訳注2)で我々が検証したように、産業界による偽情報キャンペーンには、科学政策のプロセスを操作するための長く積極的な歴史がある。産業界は、科学に疑問を投げかけ、科学を傍観し、科学者に嫌がらせをすることは全て、規制政策を業界に有利な方向に向け、利益率を高めるための強力な方法であることを知っている。 化学物質の安全性には、科学に基づく意思決定が必要である 『沈黙の春』への迅速な対応として、当時のジョン・F・ケネディ大統領は、農薬の健康への影響を研究し、カーソンの研究を調査するために、政府の科学諮問委員会に「生命科学小委員会(Life Sciences Panel)」と呼ばれる特別小委員会を設置した。当時、科学諮問委員会(Science Advisory)は、現在の大統領科学技術諮問委員会(President’s Council of Advisors on Science and Technology)と同様に、大統領に科学的助言を提供した。(その後、それは解散し、ホワイト ハウスの科学技術政策局(Office of Science and Technology Policy)によって、置き換えられた。)小委員会の報告書は、カーソンの調査結果を強く支持した。カーソンの本はまた、議会の公聴会を促し、1964 年に連邦殺虫剤、殺菌剤、及び殺鼠剤法(Federal Insecticide, Fungicide, and Rodenticide Act)の最初の点検につながり、当時、農薬が公衆の健康と環境に甚大な害を引き起こしていることを科学が示した時でさえ、農薬を市場に出し続けるために産業側が使用していた「抗議登録(protest registration)」と呼ばれる主要な抜け穴をふさいだ。 カーソンの著書はまた、1976 年の有害物質規制法(Toxic Substances Control Act of 1976)の通過を促すのにも役立った。これは、今日の化学物質を規制し、安全のために新しい化学物質の試験を要求する主要な法律である。しかし残念ながら、この法律はカーソンが 1962 年に指摘した問題を解決していない。化学産業は 60 年前と同じ戦術の多くを展開し続けており、化学物質を規制するために科学に基づく手段を使用する我々の能力を弱体化させ続けている。 今日、「憂慮する科学者同盟(UCS)」 は産業界の偽情報と戦い、PFAS やエチレンオキシド(訳注3)などの有害化学物質に対する科学に基づく強力な保護を提唱することで、レイチェル・カーソンの遺産を継承している。我々の政府には、環境への害から我々を守るために科学を使用するという基本的な義務がある。カーソンのように、我々は権力に対して真実を語り、政府に責任を負わせて、全ての地域社会、特に十分なサービスを受けていない社会が、利用可能な最善の科学を使用してこれらの害から保護されるようにする必要がある。 Posted in: Science and Democracy Tags: Chemical Safety, Environmental Justice, public health, Rachel Carson, Silent Spring, toxic chemicals 訳注1:ヘプタクロル
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