EHP 2006年10月号
疑念ある登録:
EPA の農薬登録レビューは子どもたちを守れるのか?


情報源:Environmental Health Perspectives Volume 114, Number 10, October 2006
Registering Skepticism: Does the EPA's Pesticide Review Protect Children?
http://www.ehponline.org/members/2006/114-10/spheres.html

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2006年10月7日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/kaigai/kaigai_06/06_10/0610_ehp_EPA_Pesticide_Review.html


 EPA が2006年8月3日、アメリカの農薬の安全性の10年間にわたる見直しを完了したと発表した時に、EPA 長官ステファン L. ジョンソンは全く楽観的な声明を出した。”EPA の農薬レビューでは最高の倫理的及び科学的基準を維持することによって、EPA とブッシュ政権はアメリカの家族の世代のためにより健康的な生命を生み出す種子を植えた。”

 しかし、ジョンソンの言葉は、環境活動家らだけでなく、EPA 自身の科学者の何人かからも疑惑のの声を向けられている。EPA のレビューの期限であった今年の5月、EPA の科学者とリスク・マネージャーを代表する組合の9人の代表者らが EPA 長官に手紙を書き、EPAが、特に発達中の胎児、幼児、子どもたちに対し神経毒性があるかもしれない有機リン系農薬(OP)とカルバメート系農薬(カルバミン酸エステル系農薬)を承認しようとしていること(訳注1)についての懸念を表明した(訳注2)。

 ”我々は、発達神経毒性の適切なデータを得るという点において、なすべき多くのことが残っている”とEPA 有毒物質局の上級科学者であり、国家公務員組合憲章280の副代表であるウイリアム・ヒルジーは述べている。この組合の指導者は、EPA の指導層が”規制を受ける産業分界(訳注:農薬業界)からの訴訟を避けること”にあまりにも目を向け過ぎているとヒルジーは述べている。さらに、適切なデータがない場合には、指導者らは予防的であるよりむしろ規制が少ない側の決定を行っていると指摘している。

 しかし、EPA 長官は、EPA の評価は科学的に正当であり、継続使用が承認された農薬によって健康がリスクにさらされることはないと自信を持っていると答えた。”我々はこの国に農薬の安全性のために非常に高いバーを実際に設定したと思う”と EPA 農薬プログラム局の副局長アン・リンゼイは述べた。”もし、あなたがアメリカで購入した食品を食べているなら、それは全く安全である。”

■二つの登録取り消し−カルボフランとリンデン

 EPA の農薬レビューは1996年の食品品質保護法(FQPA)の制定に対応して始まった。この法律は、EPA が生又は加工した食品中に残留する食品用農薬の安全基準を再評価することを求めていた。

 EPA は、どの農薬が禁止されるべきで、どの農薬が新たな許容評価を受けるべきかを決定するために、数万の新たな研究を検証した。これらの研究は EPA の試験所、他の環境機関、及び農薬会社からもたらされた。また過去10年間、EPA は人の健康又は環境に有害かもしれない化学物質をよりよく特定するために用いる新たなリスク評価ツールと手法を開発した。
 レビューにおける調査と分析の段階を通じて、EPA はまた、公衆健康を監視する団体や関心を持つ産業界とともに EPA 自身の諮問委員会からの意見も参考にした。入手可能な全ての研究報告の分析が終わると、EPA はそれぞれの農薬の許容値について決定を下した。それぞれの決定がなされた後に、最終決定を前に、60日間のパブリック・コメントにかけられた。

 ”食品品質保護法は、幼児、子ども、及び特別の感受性又は脆弱性を持っているかもしれないその他の集団に特に目を向けるよう我々に求めていた”とリンゼイは述べている。この法律はまた、EPA の科学者らに、体内で累積効果を持つかもしれない異なる食品用農薬への暴露とともに、食品、水、及び家庭での使用からの合計農薬暴露を検証するよう求めていた。

 1996年以降、新たに登録される全ての農薬はこれらの安全基準に合致しなくてはならなかったが、食品品質保護法(FQPA)が制定される以前に登録されていた農薬の問題があったとリンゼイは言う。そこで EPAは、新たな要求に合致することが証明されていない全ての食品用農薬を再評価するという10年計画の実施に乗り出した。

 議会は EPA が2006年8月3日までに全ての食品用農薬の許容値の再評価を完了するよう命じた。その期限の日に、EPA はこれらの決定の99%以上を完了したと発表した。まだ安全レビューが完了していないのはカルバメート系農薬一式と特にカルバメート・アルジカルブである。
 EPA は現在、潜在的にコリンエステラーゼ阻害剤であるアルジカルブの評価を完了しつつある。EPAはその後、カルボメート系農薬のレビューを一式として提出することができるとリンゼイは述べている。彼らはすでに4つの他のカルボメートに関する個別の決定を終了しており、カルボフランの禁止とその他3つの使用制限を提案している。リンゼイによれば、全体としてEPAは、ほぼ10,000近くの許容値を持つ230種の農薬活性成分と870種の不活性農薬成分を評価した。

 8月3日に発表された最近の行動として、EPA はカルボフランだけでなく、有機塩素系のリンデンもまた禁止する提案をパブリック・コメントにかけた。カルボフランは鳥類に強い毒性を持つ殺虫剤である。ほとんどのカルボフランの用途は取り消され、残りの用途についても今後4年の間に廃止されるであろう。リンデンはいくつかの穀物種子の処理用として使用されている。それは環境中及び人の体内に蓄積することが知られており、発がん性も疑われている。DDT を含むほとんどの有機塩素系農薬は1960年代と1970年代に禁止されており、リンデンは他の52カ国で禁止されていた。しかし、カリフォルニア州を除く全ての州では、リンデンは未だに疥癬とシラミの処置−これは EPA ではなく FDA によって規制される−のために子どもに直接用いることが許されている。

■有機リン系農薬と神経毒性

 EPA の8月の決定による提案では、完全な禁止はカルボフランとリンデンの二つだけで、その他の多くの議論ある農薬は承認されているが、この点についてリンゼイは過去10年の間に多くの農薬とその用途がすでに取り消されており、とりわけ 32種の有機リン系農薬の禁止があると指摘している。これらの農薬の多くは動物研究においてがん影響、不妊の問題、又は発達神経毒性と関連性があった。有機リン系(及びカルボメート系)農薬が作用する主なメカニズムはコリンエステラーゼ阻害であり、農薬が神経伝達物質アセチルコリンの分解を阻害し、様々な神経毒性影響を引き起こす。過去10年間に、17種類の有機リン系農薬が取り消されたが、多くの環境団体及び EPA のある科学者らは EPA がこのクラスの他の農薬の再登録(訳注4)を拒絶することを望んでいた。

 ”この有機リン系農薬に対する決定はよくないと私は思う”と、ペスティサイド・ネットワーク・アクション(PAN)北アメリカの上席科学者マーガレット・リーブスは述べている。彼女の団体は、残りの有機リン系農薬とカルバメート系農薬のあるものを承認しないよう提言する手紙を EPA 長官ジョンソンに出した EPA の科学者らを正当であると評価し、支援すると述べている。

 その手紙によれば(訳注3)、残りの食品用有機リン系及びカルバメート系農薬の発達神経毒性に関し、その可能性ある健康影響について確固とした科学的決定を下すため研究はほんのわずかしかなされていない。”確固としたデータの実体がない場合には、食品品質保護法(FQPA)は EPA に対し、農薬許容値を設定する場合、そのリスク評価において追加的に10倍の安全係数を用いることを求めている”とその手紙は述べている。手紙の著者らは、”残りの有機リン系及びカルバメート系農薬の許容値を評価する時に、もし発達神経毒性について不確実性があるのなら、予防として(as a precaution)”、この10倍の保険をかけるよう EPA に要求した。

 PAN のリーブスによれば、10倍の措置であってもまだ十分ではないかもしれない。いくつかの研究は、有機リン系農薬の暴露に対する脆弱性は、これらの化学物質を体内で分解するひとつの酵素である paraoxonase 中の遺伝的変異性のために、異なる集団の中で特に幼児の中で大きな変動幅あるということを示している。”同一生物種内での変動幅は通常考えられているよりも大きく、食品品質保護法(FQPA)によって求められる10倍要素よりも大きいかもしれない”とリーブスは述べている。

 しかし、EPA の組合指導者の手紙に対して、EPA の副長官スーザン B. ヘイゾンは、どのような農薬に関しても公式な発達神経毒性研究が存在しないことをもって自動的に10倍の安全係数が適用されることが保証されるわけではないと答えた。”むしろ、どのような安全係数が幼児と子ども対し法的に求められる保護を提供するかを決定するために、全ての入手可能な科学的証拠の重みに基づいて EPA は判断を下すべきである”と彼女は書いた。

 リーブスによれば、特定の農薬の発達神経毒性の研究が必要であるかどうかについての決定は、今までの証拠と毒性データによる。”我々は、我々が持っている証拠の全体を見るであろう”とリンゼイは述べている。”もしその化学物質が神経毒作用を引き起こす可能性を示す兆候があるなら、我々は前進し、神経毒性作用試験を行うよう要請するであろう。”

 ある化学物質がヒトに神経毒性を持つという兆候には、神経毒性を示す動物研究、農薬と神経学的問題との因果関係を支持するヒト疫学研究、又はその農薬が神経毒性があるとすでに知られているメカニズムを通じて作用するという証拠が含まれる。リンゼイは”我々はそれらが必要であるように見える時には我々は非常に多くのことを彼らに要請していると思う”と述べている。

 産業界団体であるクロップライフ・アメリカの規制政策と科学の指導者レイ・マックアリスターによれば、EPA は有機リン系農薬とカルバメート系農薬の毒性調査について完全な仕事をやった。”私はこの二つの農薬グループについて EPA がもっと徹底的に調査したとは思わない”とマックアリスターは述べている。1999年以来、産業界は有機リン系とその他の農薬に関する多くの発達神経毒性の研究を実施し、EPA はそれらを彼らの意思決定プロセスにおいて考慮した。”もし、何かあるとすれば、EPA がとったアプローチは恐らく実際に必要とされるよりもっと保守的で、もっと保護的であった。だから、我々は EPA の決定が十分に保護的ではないということについて心配する必要はないと考える。”

 他の人々はそれほど確信を持っていない。5月の手紙の著者らは、EPA は科学的高潔性と健全な科学の原則、農薬登録者から受け取った発達神経毒性データについての適切にまとめられた又は引き出された結論と一貫性がないことを著者らは懸念していると述べた。著者らは、2006年1月の検査者一般報告 『食品品質保護法を通じてデータの品質と子どもたちの健康を改善するための機会』 を引用しているが、それは、農薬の発達神経毒性に関すデータベース・・・それは食品品質保護法(FQPA)によって要求されているように最終的な許容値評価決定が基礎を置くべきデータベース・・・について完全性と信頼性の点で劣る結果を生み出した EPA のテスト・プロセスにおける欠陥を指摘している。  他の問題として、彼らは、EPA の要求する農薬テストは発達中の動物における挙動、学習及び記憶について十分な科学的評価を含んでいないと書いている。

 有機リン系農薬とカルバメート系農薬への急性高レベル暴露が重大な神経毒性を引き起こすことがあることはよく知られているとカリフォルニア大学バークレー校の教授で、当地の NIEHS の子ども環境健康研究センターのディレクターであるブレンダ・エスケナジは述べている。しかし現在、有機リン系農薬へのもっと低レベルでの暴露が新生児の神経毒性と関連があり得ることを示すいくつかの証拠があり、もう少し大きな子どもに及ぼす潜在的な健康影響に関する多くの研究が現在、実施されていると彼女は述べている。

 農薬に暴露する大部分の人々は同時に複数の農薬に暴露しているとエスケナジは述べている。”従って、単一の成分がヒトの疫学的研究で観察される健康問題の’原因で’あると述べることは実際には難しい。”

■予防と進展

 EPA の組合指導者らは、そのような不確実性は、完全な科学的確実性が欠如している場合には安全側向けることを唱道する予防原則に基づき、これらの農薬の多くを禁止する理由となると信じている。それとは対照的に、ある観察者らは、現在の食品品質保護法(FQPA)の登録プロセスは、農薬が安全ではないということを証明するのは登録者ではなく、他の団体(訳注:EPA)にその責任をおいていると述べている。
 ”EPA が、これらの農薬は我々の国のすでに生まれている子どもたちやこれから生まれてくる子どもたちの神経系発達に害を及ぼさないであろうと科学的自信ををもって言うことができるまで、残りの有機リン系及びカルバメート系農薬の使用登録を続けることの正当性はない”と組合の指導者らは書いている。

 組合の手紙はまた、EPA は農業用農薬を散布する農民の家族に与える影響を考慮してリスク評価を行っていないと主張している。その手紙によれば、EPA の分析は、農地の近くの家が家庭用途で承認されていない農薬に暴露しているかもしれないということを考慮していない。

 しかし、リンゼイは、”我々が行うリスク評価の方法は、その暴露シナリオで子どもたちや家の中の人々が安全であることを保証すると実際に考えている”と答えている。

 だだひとつの農薬が不明確であることを除いて、EPA はその仕事をほとんど完了させたと考えている(訳注4)。”我々はアルディカーブの個別評価とそれら5種類のカルバメート系農薬の累積評価を完了した時に、我々は食品品質保護法(FQPA)の許容値再評価の全てを完了したことになる”とリンゼイは述べている。”我々がそれを完了させることは最優先事項である。”

 しかし、組合指導者ヒルジーは農薬再評価が完了したとは考えていない一人である。”EPA 指導層は、我々が手紙の中で提起した我々の懸念は処理されたと考えているが、我々は彼らが対応したとは考えていない。我々は彼らと話し合い、そしてEPA は、EPA の科学者らによる記録に基づいて提起された特定の懸念に対し、どのように素直に対応するのかにについて、ある種の合意に達することが必要であると考えている。”

メリッサ・リー・フィリップス(Melissa Lee Phillips)


訳注1:
訳注2:
訳注3:
訳注4:
Organophosphate Cumulative Risk Assessment; Notice of Availability / Federal Register: August 2, 2006
EPAの有機リン系農薬30種以上についての累積リスク評価(Cumulative Risk Assessment)のパブリックコメントのお知らせ(期間:2006年8月2日〜10月2日)
The organophosphate group includes over 30 pesticides including acephate, azinphos-methyl (AZM), bensulide, chlorethoxyfos, chlorpyrifos, chlorpyriphos-methyl, diazinon, dichlorvos (DDVP), dicrotophos, dimethoate, disulfoton, ethoprop, fenamiphos, fenthion, fosthiazate, malathion, methamidophos, methidathion, methyl-parathion, mevinphos, naled, omethoate, oxydemeton-methyl, phorate, phosalone, phosmet, phostebupirim, pirimiphos-methyl



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