ベトナムのダイオキシン−戦争の遺産と戦う 情報源:Environmental Health Perspectives Volume 109, Number 3, March 2001 (NIEHS 月刊誌「環境健康展望」2001年3月号/NIEHS ニュース) Dioxin in Vietnam: Fighting a Legacy of War http://ehpnet1.niehs.nih.gov/docs/2001/109-3/niehsnews.html 掲載日:2001年4月16日 2000年11月27日から12月1日まで、アメリカとベトナムの両国政府の要請で両国の科学者達がシンガポールに参集し、今後行われる多くの会議の中で最初に討議すべきことがらについて検討した。彼らの使命は“ベトナム戦争中に散布されたオレンジ剤や他の枯葉剤による人間と環境に対する影響を調査する合同研究計画を立ち上げることの可能性について探ること”であった。 この会議は、米環境健康科学研究所(NIEHS - National Institute of Environmental Health Sciences)がベトナムの科学者及びベトナム政府職員とともに東南アジア地域、特にベトナムにおけるオレンジ剤の影響について共同研究を行うよう求めたアメリカ議会の要請に応えて開催されたものである。 アメリカ派遣団は米環境健康科学研究所(NIEHS)、アメリカ環境保護局(EPA)、米疾病管理予防センター(CDC)および国立健康研究所フォガティ国際研究センターの科学者達で編成され、団長はNIEHS理事長のケニス・オールデンが務めた。ベトナム側派遣団は、ファム・コイ・グェン科学技術環境省(MOSTE)副大臣が率いる、MOSTE、国立環境研究所、国立自然科学技術センター、厚生省、ハノイ医科大学、ホーチミン市立医科薬科大学およびベトナム−ロシア熱帯研究センターからの科学者達であった。
この会議は、2000年8月18日にカリフォルニア州モントレーで開かれた公聴会で、招聘された専門家達や一般参加者達がオレンジ剤への曝露に関する科学的な調査が必要であるとの認識を持ったことを受けて開催されたものである。 モントレーの公聴会で出された考えは、その後のシンガポール会議に引き継がれるべき論点を明確にする上で役に立った。 シンガポール会議で両国代表団は、共同作業の目的が、ベトナム人のみならず人間と環境に対するオレンジ剤の影響の程度を正確に評価する点にあるということについて合意した。また、両国代表団は、環境評価調査の研究成果は、オレンジ剤に含まれる化学物質の人間と環境への影響に関し、ベトナムだけでなく、広く世界の科学に寄与すべきであるということについても合意した。 オレンジ剤とは何か 1962年から1971年初期まで続いた枯葉作戦において、ベトコンが潜む森林を枯らし、作物を枯らすために、約1,900万ガロン(約72,000キロリットル)の枯葉剤がベトナムとラオスで撒かれた。各種調合されたものが使われたが、最も多かったのは、フェノキシル系枯葉剤、2,4-D と2,4,5-T であった。調合が異なるものは輸送用ドラム缶のカラーコードに従って名前を付けられた。その中で最も広く使われたのが、多分最もよくその名を知られたオレンジ剤、すなわち2,4-D と2,4,5-Tを等しく調合した枯葉剤であった。今日、“オレンジ剤”という名前は、これら枯葉剤の総称として用いられている。 これらの枯葉剤は、2,4,5-Tの製造過程での副産物である微量の2,3,7,8-四塩化ジベンゾパラジオキシン(TCDD、いわゆるダイオキシン)で汚染されていた。人間の体内におけるTCDDのの半減期は8.7年である。それは残留性有機汚染物質であり、ベトナム戦後25年経った現在でも、枯葉剤として撒かれたTCDDの4分の1は、ベトナムの環境中にまだ残存していることになる。 TCDDは微量濃度でも生物学的には活性であることが分かっている。アメリカ環境保護局(EPA)は飲料水中のTCDDの濃度を13ppq以下に規制している。(EPAは現在この規制を見直しており、2001年の早い時期に結果を報告の予定である。) TCDDは動物の免疫系の機能を抑制することが知られており、またマウスの口蓋裂や尿管異常を引き起こす。TCDDに曝されたラットはホルモンのバランスに異常をきたし、ホジキン病(悪性リンパ腫)や柔組織肉腫のようながん、肝臓障害、脊椎披裂や流産のような生殖障害、神経毒性、ざ瘡様の組織障害を引き起こす塩素ざ瘡のような皮膚障害に冒されると考えられている。 2001年1月に国家毒性計画(National Toxicology Program )は、発がん性に関する第9次報告書の増補版を発行して、TCDDを既知の発がん性物質として追加した。 (訳注:海外情報:ダイオキシン、既知の発がん性物質として認定される−米政府の発がん性に関する第9次報告書 参照) 最初のステップ NIEHS環境毒性学計画の専務理事でありアメリカ代表団のメンバーでもあるクリストファー・ポーティエールによれば、双方は将来の共同作業における多くの領域で広く合意に達した。代表団は調査のための3つの主要な領域として、人間の健康に対する影響、環境に対する影響、および、ベトナムでのTCDD研究に対する能力の蓄積、を確認し、分科会においてこれらの領域をどのように調査するかについて意見を交換した。 NIEHS疫学部門の調査官ウォルターJ.ローガンは人間の健康に対する影響についての討議をとりまとめた。討議の主題は、ベトナムの科学者達がどの研究テーマを最も重要であると考えているか確認することであったとローガンは述べている。ベトナム人は優先度の高い、人間の健康に関する4つの領域を選び出した。第1の領域は、TCDDへの曝露が原因と考えられる疾病に関する疫学的調査。第2の領域は、免疫、生殖、及び遺伝的問題等、ベトナム人のTCDDへの曝露による生物学的影響の調査。第3の領域は、曝露した人々の生活共同体レベルでの教育とリハビリテーションの方法を見出すための調査。そして最後にベトナム人が興味を抱いているTCDDへの曝露に対する新しい治療法の評価、及び、ベトナムの伝統的な薬草医学をどのように取り込むかということである。 EPAの環境評価国際センター理事、ウィリアム・ファーランドはオレンジ剤の環境への影響の程度及びその改善に関する研究についての議論をとりまとめた。双方はベトナムにおけるTCDD汚染の危険地帯を特定することに合意したが、多くの議論は、新しい環境改善技術に関すること、及び、それらを双方がどのように分担するかということに費やされた。例えば、免疫蛍光法や遺伝子発現分析法など、環境中に残留するダイオキシンの分析を、より早く、より安価に行う方法によって、高度に汚染された地域を特定するための作業効率を上げ、ダイオキシンの環境中の移動の監視に役立てることができる。 人間に対する影響と改善のための研究を行うことは、ベトナムにおける能力の蓄積に役に立つ。実験室、装置、システム、及びトレーニングの全てが必要であるが、必要な資源を得るためには少し時間がかかる。例えば、ベトナムの科学者がアメリカで研究手法のトレーニングを受ける、あるいはインターネッットによって遠隔トレーニングを受ける、等である。 CDCの環境健康国際センター科学部長、トーマス・H. シンクスはインフラストラクチャーのグループ討議を率いたが、彼のグループは多くの主要な項目について合意をみた。環境中及び人間の体内に存在するダイオキシンの健康への影響を測定し、またダイオキシン濃度を測定する分析技術の技量を向上させること、ベトナムの実験室における分析技術の品質保証への対応、科学者の交換とベトナム人科学者がTCDD研究に必要な技量を収得するためのトレーニング等、である。 次のステップ 双方が考えていることは、できるだけ早く共同作業を立ち上げることである。次のステップは双方がそれぞれの政府に対し“科学技術に関する共同作業協定”に基づいて、公式のものとした案を提言することである。この協定は2000年10月17日にアメリカ政府及びベトナム政府によってサインされたもので、健康、技術革新、企業経営、災害対策、海洋と水資源の管理等に関する分野で、両国から科学者を出し合うことを意図したものである。 この協定のもとに、科学技術共同委員会を設置し、共同作業を行う分野と方法を決め、共同作業の結果得られる知的財産を双方がどのように所有するかを決め、また紛争が生じた場合の解決方法を決めておく必要がある。この協定は、オレンジ剤の研究のためだけに結ばれたものではないが、オレンジ剤研究を進める上で有益な協定である。 アメリカ側としては、ベトナムとの共同作業において、連邦政府の多くの機関の協力を仰ぐことになる。“CDCはこの作業を支援したい。多分、我々が専門領域とする分野、すなわち、疫学、健康への影響に対する調査、ダイオキシン等に対する人間の曝露に関する測定、関連技術のトッレーニング、等で支援することができる。しかし具体的な目標と優先順位が決まってから、我々の支援の詳細を決めることになる」とCDCの環境健康国際センター科学部長シンクスは述べた。 現時点では何も最終決定はされず、予算もついていないが、双方は実りある会談を行った会場を後にした。NIEHS理事長のケニス・オールデンによれば、共同作業を築き上げるための次のステップは、両国がデータを交換することである。彼は、数ヶ月したら双方が一連のワークショップとセミナーを開始することができると期待している。そこで科学者達はデータを比較し、研究方法を決定する作業を行うことができるとし、「私は、物事がうまく行くと楽観的である。少なくとも、我々はベトナムとアメリカの両政府に対し、未だに健康に悪影響を及ぼしているTCDDに注意を向けさせるよう、氷山の一角をうち破った。我々は、科学的な研究を通じて、もつれた“これらの影響”を解きほぐすことができる」とオールデンは述べた。 (スーザン M. ブッカー) (訳:安間 武) |