TopPage  Back


(99/12/14掲載)


 今年の126日に70才の古稀を迎えるオーストリアの指揮者ニコラウス・アーノンクールは、かつてはオリジナル楽器(古楽器、ピリオド楽器などの言い方もありますが、私はこの表記が好き)黎明期のトップランナーとして、ウィーン・コンツェントゥス・ムジクスという団体を主宰して、数々の刺激的な演奏を世に問うてきました。その後、第二世代とも言うべきクイケン兄弟やトン・コープマン(ラストネームを10回繰り返して言えたらエライ)らの台頭によって、スタイル的にはやや色あせた感は否めませんが、パイオニアとしての業績を讃えるにはいささかの逡巡もありません。
 そのアーノンクールですが、最近ではもっぱらモダン楽器のオーケストラ(いや、つまり普通のオーケストラのことなのですが)への客演がメインの指揮活動になっているようですね。ここ
34年の間にリリースされたベルリン・フィルとのブラームス全集、ロイヤル・コンセルトヘボウ管(4mally known as アムステルダム・コンセルトヘボウ管。余談ですが、ロイヤル〜はイギリスのオケだと思い込んでいた人がいましたっけ。)とのドヴォルジャークとブルックナー、ウィーン・フィルとのブルックナーなどのCD(TELDEC)は、いずれも高い評価を受けており、いまや巨匠と呼ばれることに対する障害など何もないかのように見えます。

 オリジナル楽器を演奏する際には、楽譜の版や校訂を吟味することから始まって、アーティキュレーションや奏法などに細心の注意を払うことは、必要欠くべからざるものです。このような作業を長年に渡って行ってきたアーノンクールにとっては、モダン楽器を指揮する時にも、従来の習慣にとらわれず楽譜を徹底的に読み取るところから出発するということは、ごくあたりまえのことなのでしょう。その結果、普通の演奏では聴くことのできないような新鮮な表現に出会えることもたびたびです。ただ、なにごともやりすぎては他人の反感をかってしまいます。彼の場合も、時として見られる過剰すぎる演出にはなかなかついていけないという穏健なリスナーは、少なくはありません。(実はわたしもその一人なのですが。)

 さて、ここでは、「まだむの部屋」でも取り上げられていたドヴォルジャークの交響曲第8番をとりあげて、その辺の「やりすぎ」を検証してみましょう。
 われわれフルート奏者にとって、この曲ほどやりがいがあり、またおっかないものもありません。冒頭のフルートソロから始まって、至る所に聴かせどころがいっぱい、終楽章にはとてつもなくむずかしい大ソロが控えていて、フルート奏者の出来いかんによってこの曲の評価が決まると言っても過言ではありません。ロイヤル・コンセルトヘボウ管の美人首席奏者エミリー・バイノン(だと思います。なんの根拠もありませんが、音を聴く限り彼女以外考えられません。)は、その点で全く完璧、非のうちどころがありません。つまり、そういうことで、私のこの演奏に対する評価は決まってしまうのです。
Emily Beynon
 さて、その上でどうにも気になって仕方がなかった次の2点の「やりすぎ」について。

■第2楽章12小節アウフタクトのFl
 全音版のスコアでは三十二分音符になっています。念のため参照した「プラハ版」でも、同じく三十二分音符です。もちろん、KALMUS版のパート譜も三十二分音符。もっと言えば、かなり初期の印刷譜が種本になっていると思われるドーヴァー版でも三十二分音符。ところが、アーノンクールはバイノン嬢にここを三連符で吹かせているのです。(譜例参照)
楽譜
アーノンクールの演奏
 アーノンクールのことですから、自筆稿か、初演のパート譜あたりまでさかのぼってこのような譜割りを発見したのかも知れませんが、そのあたりまで考慮した原典版であるプラハ版ではそうはなってはいないので、三連符であった可能性はかなり低いのではないでしょうか。私は、これは、他の部分との整合性を考慮したアーノンクールの勇み足だと思っているのですが。

■第4楽章253小節のVc
 全音版はこのようになっています。
で、アーノンクールは「楽譜に忠実に」この通り演奏させています。ところが、こんな風に弾いている人など、今までは聴いたことがありません。さすが腐ってもアーノンクール、今までみんなが見落としていたことを明らかにしてくれたのか、と興奮してはみたものの、誰もこうは弾いていなかったのには、それだけの理由があったのです。KALMUS版のパート譜では、ご覧の通り音が変わっています。
 そしてプラハ版(「2カッコ」をカウントしているので、なぜか256小節目)。
 
これは単なるミスプリントだったと思ったのですが、。プラハ版のスコアの校訂報告を見直してみたら、自筆稿が全音版と同じ音(C)であった事が分かりました。ごく最近のマッケラスの録音(SUPRAPHON/SU 3848-2)でもこの音が採用されていましたから、全音版は自筆稿に従ったのでしょう。しかし、第2楽章の前項に関しては、自筆稿でも三連符ではありません。
 


 TopPage  Back

Enquete