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ジンマンのCDと ベーレンライター新校訂版との比較

(交響曲第8番の場合)

(98・8・4掲載)

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 ベーレンライター社から刊行中の、ジョナサン・デル・マーの校訂によるベートーヴェン全集を使用した初録音盤という触れ込みで「アルテ・ノヴァ」という廉価盤専門のレーベルから発売されているCDの2枚目(7番・8番)が出ました。(デイヴィッド・ジンマン指揮/チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団)
 1枚目(5番・6番)が出た時に申し上げたように、この演奏はデル・マー版を忠実に再現したというよりは、デル・マーがもともと共同作業を行っていたオリジナル楽器の演奏家のスタイルを大胆に取り入れたたいへんユニークなものだったのです。私自身はこういう変わり者は大好きなのですが、オーソドックスな名演が支持されやすいこの国の音楽界ではとうていメジャーにはなりえないと思っていました。事実、1枚目は値段の安さ(880円!)ばかり強調されて、内容については殆ど黙殺されていました。
 ところが、いったいどうしたというのでしょう。演奏のスタンスは1枚目と全く同じだというのに、この2枚目はちょっと様子が違います。まず朝日新聞の「クラシック試聴室」で取り上げられたかと思ったら、「レコード芸術」では、なんと交響曲部門の最初の2ページぶち抜き「特選盤」という、破格の待遇を受けているではありませんか。しかも、このような演奏からは最も遠いところを理想とされていたはずのあの宇野巧芳先生までもが全面的に褒めちぎっているのですから、世の中分からないものです。
 ところで、このCDに収録されている「第8番」は、現時点で唯一デル・マー版の現物を見ながらジンマンの演奏が聴けるものです。ところが、譜面と音とをつきあわせてみると、ちょっと不思議なことが判りました。


第3楽章トリオ
チェロパートには"soli"とあります(譜例下)。デル・マーは注釈で「すべてのソースで"solo"と記されているが、当時の演奏習慣や別の曲での表記の方法を考え合わせると、ここはソロになったパッセージをパート全員で弾くと解釈すべきだ。」と述べていますから、これは「パートソロ」ということなのです。ところが、ジンマン盤ではどうも一人で弾いているように聞こえます。たっぷりルバートをきかせて室内楽のように管楽器とからみあうのはそれなりにスリリングで楽しいものですが、デル・マーの意志は完全に無視されています。
※ベーレンライター版(BA 9008)40ページより転載

第1楽章23小節目
フルートパートの最後の音はデル・マー版ではユニゾンでdになっています(譜例下)。
※ベーレンライター版(BA 9008)の4ページより転載
 従来のブライトコップフ版にある1番フルートのf(譜例下)は、自筆稿のインクのシミを写譜屋がまちがえて書いたのだというのがデル・マーの意見です。ところが、なんとジンマンはここで1番フルートにfを吹かせているのです。またしてもデル・マーの面目はまるつぶれじゃないですか。
※音友版(OGT 8)4ページより転載

          

 そんなわけで、ジンマンはデル・マー版の基本的なコンセプトはとりあえず押さえているとはいうものの、肝心のところを見落として(あるいは無視して)自分勝手に解釈しているという感は否定できません。だから「特選盤」なんて本当はウソなんですよ。

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