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乙女のいいなり....渋谷塔一

(00/11/11-00/11/22)


11月20日

CHRISTMAS MUSIC
Emma Kirkby(Sop)
London Baroque
BIS/CD-1135
クリスマスの話をするのはまだ早いでしょうか。いやいや、最近は何でも早め早めが喜ばれるようで、逆に今ごろクリスマスなんて遅いぐらいです。これは世界的な傾向のようで、この「Christmas Music」というそのものズバリのタイトルのCDが店頭に並んだのは10月末のことでした。
パッヒェルベルのカノンや、コレルリの「クリスマス協奏曲」といったインストものに、エマ・カークビーが参加したクリスマスにちなんだカンタータが加わっています。余談ですが、パッヒェルベルのカノンというのは、本来はクリスマスとは何の関係もない曲だったのではないでしょうか(ジングルベルなら分かりますが)。一説には、山下達郎がこの曲を下敷きにした「クリスマス・イブ」というヒットを出したために、逆に本家の方にクリスマスのイメージが伝染ってしまったとも言われています。あ、これはあまり信用しない方がいいですよ。
しかし、このロンドン・バロックによる優雅さとは全く無縁の重苦しい演奏を聴くと、クリスマスとは無関係という風説が妙に説得力をもってくるから不思議です。
ところで、カークビーを最初に聴いたときの驚きというものは、今でも鮮明に思い浮かべることができます。それはヒルデガルト・フォン・ビンゲンだったのですが、人間の声の持つ根源的な美しさというものを生まれて初めて感じたものでした。
そのカークビーも歳を重ねて、ほとんどお婆さんと言ってもいいようなジャケ写。時の流れの残酷さを感じずにはいられません。ここではアレッサンドロ・スカルラッティとバッハのカンタータを歌っていますが、このジャケ写を見てしまったあとでは、もはや昔の感動は戻っては来ません。それでも、スカルラッティはまだそれなりに美しく感じることはできます。しかし、バッハはちょっと。やはり、ドイツ語の語感はこの人には合っているとは思えませんし、なによりも、最近のさまざまなスタイルを持った若手の歌手の台頭の前には、もはやカークビーのあの独特の唱法はレゾン・デートルを失いつつあるのです。
それと、このレーベルの音というのが、かなりリアルさを追求したものですから(チェンバロの生々しさ!)、生の声がそのまま聞こえてくると辛いものがありますし。
ロンドン・バロックはといえば、低音が濃厚すぎて彼女の声にはミスマッチ気味。やはり彼女には、厚ぼったいバックは似合いません。リュート1本程度の伴奏ぐらいで、最も持ち味が出せるのでは。

11月15日

SAINT-SAËNS
Le Déluge
Jacques Mercier/
Orchestre National d'Ile de France
RCA/74321 77747 2
この「おやぢの部屋」も、長くやってますとお馴染みの常連さんがついてくるみたいです。このあいだサン・サーンスの「レクイエム」をご紹介したところ、そんな常連さんのおひとりから「サン・サーンスついでに『ノアの洪水』も紹介してください。」というリクエストを頂きました。じつは、「レクイエム」は、以前別のレーベルで出ていた音源を、フランスBMGがごく最近権利を獲得して発売したものだったのですが、同じ演奏家によるサン・サーンスのオケ伴奏の声楽曲が、同じようなケースで発売されているのです。もとは2枚のアルバムだったものが2枚組の1セットになっています。1枚目は1993年に録音されたもので、「リラとハープ」などのヴィクトル・ユゴーのテキストによる合唱曲。そして、2枚目に、お目当ての「ノアの洪水」が入っているのですね(録音は1990年)。なんという偶然。もちろん純然たる新譜ですから、「おやぢ」で扱うのに何の問題もありません。
「ノアの洪水"Le Déluge"」というのあ、有名な旧約聖書の創世記の「ノアの方舟」のエピソードをもとに、ルイ・ガレが歌詞を書いたオラトリオです。初演は大成功で、その後もしばらくは人気を保っていたといいますが、現在ではほとんど忘れ去られている曲です。CDのカタログにも、このメルシエ盤しかありません。
曲全体は、前奏曲と、それに続く3つの部分からなっています。第1部は「人類の堕落・神の怒り・ノアとの契約」、第2部は「方舟と洪水」、そして第3部は「鳩・方舟からの脱出・神の祝福」という構成。いやぁ、じつにわかりやすいではありませんか。これだけで、物語が目に浮かんでこようというものです。テキストはフランス語ですが、音楽による情景描写が巧みですから、言葉がわからなくても物語は良く分かります。実は、こういうことは意外と難しいもの。それをなんなくやってしまっているところに、オール・ジャンルの作曲家サン・サーンスの卓越した才能が感じられます。もっとも、そのせいで、彼の音楽がいまだに軽く見られがちだというのは、残念なことですね。大洪水が起これば半音階でクレッシェンドとディミヌエンド、鳩が飛んでくればフルートのスケール、それでいいじゃないですか。
ところで、この曲の前奏曲の後半に、ヴァイオリンによる大変美しいメロディーが現れます。これは、いろいろな形に編曲されている、かなり有名なもの。元ネタがこんなところにあったなんて、知ってました?曲の中で幾度となく繰り返されるこのテーマに身を委ねているうちに、あなたはサン・サーンスの音楽のとりこになっていくのです。この際、ピケマル(ピクマル?)指揮の合唱の頼りなさや、オケのおとなしさには目をつぶりましょう。

きのうのおやぢに会える、か。


(since 03/4/25)

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