読書記録2002年1月
『パンツをはいたサル−人間は、どういう生物か』
栗本慎一郎(光文社)/哲学/★★★★
人の闇の側面を凝視する、一風変わった人間論。
バックボーンは経済人類学者カール・ポランニー、その弟、物理学、生化学、科学哲学者のマイクル・ポランニー、そしてジョルジュ・バタイユだ。他、動物行動学、法学、宗教学、歴史学、民族学、構造人類学、吉本隆明さん、岸田秀さんの共同幻想論、精神分析学、などなど…ありとあらゆる学説を縦横無尽に駆使し、既成の人間観、世界観、善悪の基準を破壊、相対化する。
カール・ポランニー、マイクル・ポランニーという学者さんについては名前すら知らなかったのでなにがどう活用されているのかわからない。
バタイユの思想について、浅い理解しかできていないけど少々。人間というのは光、善も求めるけど同じだけ、いやそれ以上、本質的に闇、悪も大好きなんである。下にふたつ図式を。
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ふたつの「力」、フォルスとピュイサンス
フォルス→無意識(の第一次過程)・低い物質・馬鹿馬鹿しくて恐ろしい闇・衝動的感情、行動
不安定、偶然、持続しない→その意味で非力
↓ ↑
↓支え ↑自らの根拠、支えであるフォルスを抑圧
↓ ↑
ピュイサンス→理性・確固とした崇高な観念が我々を規制し指導するのを見てみたいという欲求
安定、必然、持続する→権威持つ
これは酒井健『バタイユ入門』を参考にまとめた。
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破壊・消費→秩序が破られる世界→聖的、非日常的世界・死・あの世
↓ ↑
↓の為の手段 ↑その目的・より大きな快楽、陶酔を得るため抑圧
↓ ↑
創造・生産→秩序が支配する世界→俗的、日常的世界・生・この世
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こんな具合だ。この対立する両者をうまい具合にバランスとらないで予定調和を目指すと、抑圧がフッとゆるんだとき凄まじい破壊的出来事が起こりうる、と栗本さんは語る。
この本で語られることはどこまで信じていいのか疑わしいものもあるけれど、こういう世間一般の価値観をブチ壊す言説、私は好きだ。この手の本を読むと、善だの悪だのと浅い思考で正論ぶって語るのがアホらしくなる。未だにそれをやる私はまだまだアマイんだろう。
『「豊かな社会」のゆくえ−アメリカン・ウェイ
ジャパニーズ・ウェイ』
三浦展(日本能率協会マネジメントセンター)/社会学/★★★
「消費社会」と「豊かな社会」
「豊かな社会」と郊外
「豊かな社会」と人類学
の全三部。タイトルについて考察される。
一部。
産業革命、ビクトリア朝、アメリカの大量生産大量消費体制確立までの歴史を振り返りながら、そこから生まれた「都市」の分析、今後の推移の予測、で、それを土台とする「文化」の模索がされる。
二部。
産業構造の変化からアメリカで生まれた、都市でも農村でもない特殊な空間、郊外について…問題やその欠如をうめるには、といったことが論じられる。
三部。
ものが溢れきったこの「豊かな社会」が人に与える影響、実際出現してきた新しいタイプの人間や現象についての考察がされる。
ひとこと感想。
結局タイトルの「豊かな社会のゆくえ」は誰にもわからないのだけど、経済的な豊かさは完全に満たされてるわけで。従来のモノサシを基本として豊かさを探しても、もう意味はないということだ。戦後日本、団塊世代の方々が追求した夢、アメリカン・ウェイ・オブ・ライフはもう完成した、今までと同じようにその道を進んでも先はない、ということだ。まずはもっと「無駄な時間」が必要なのではないか、と私は思う。
『「家族と郊外」の社会学』
三浦展(PHP研究所)/社会学/★★★★
高度経済成長期に出現した、新しい特殊な空間、「郊外」についての考察。
著者の三浦さんは他の著書でも「郊外」に着目し、様々に分析し論じている。私自身が典型的郊外の住人なので、非常に興味深いはなしばかりだ。
地方の魅力も都市の魅力もなく、大量生産による規格化、画一化された消費が蔓延し、微少な差違化レースが繰り広げられる競技場…そこには人の働く姿は見えず、就労者は寝に戻るだけ、生産の場ではない消費の場。主婦たちは消費で競争、子供たちは受験競争…。地域に根ざしたコミュニティはなく常に孤独…。
こう並べるとイヤな空間だね、ホント。
三浦さんは『マイホームレス・チャイルド』で段階ジュニア世代の分析をしていて、そこでのキーワードは「脱所有」と「脱郊外」だ。私自身まさに段階ジュニア世代ど真ん中で、「脱所有」の価値観には非常に共鳴するのだが、「脱郊外」はというと…いくら問題の多い特殊な空間とはいえ、生まれたときからず〜っとニュータウンで育ったものなんで、これからの若者は「脱郊外」、といわれても困惑してしまうものがある。私は、この異常な空間に慣れきった異常な人間なのかもしれない。郊外の気に入らない面は確かにあるし、それは受け入れる気はないが。私はこの郊外の内側で脱郊外的価値観を持って生きてみたい、かな。
現代社会やそこに住んでいる自分自身を考えるうえで、「郊外」というのは欠かせないと思う、ということで興味深い一冊だった。
『失敗という人生はない−真実についての528の断章』
曽野綾子(新潮社)/断章集/★★★
曽野綾子さんということで、キリスト教が絡む断章が多い。キレイゴトに偏ってしまいがちになるか…と思ったら全然、人の影の側面も見据えた、強靱な断章が多くて楽しかった。
アフォリズムってのは気の利いた言い回しで、賛同しかねることも「むぅ」と唸らされてしまう。私もこんな洒落た文句を使えたらなぁ。
『バタイユ入門』
酒井健(筑摩書房)/哲学/★★★★
バタイユの生涯を追いながらのその思想紹介。読んでいると、著者のバタイユへ対する思い入れの深さが伝わってくる。
ジョルジュ・バタイユ…これまで読んできた本から私に思い浮かぶキーワードは…過剰、蕩尽、エロティシズム、聖性、掟の侵犯→死…こんなところだろうか。竹田青嗣さんの恋愛論のバックボーンになっていたり、『眼球譚』『太陽肛門』を読んで度肝を抜かれたりしたので、バタイユについてはもっと理解したいと思っていた。でも原典を読んでも私には理解不能だろうし…ということでこれを読んでみた。
イイ入門書だった、私には。
光に満ちた、秩序を求める健全な人間、希望ある未来への進歩…こういった一般の人間観、世界観を、バタイユの思想はおもいっきり覆してくれる。『眼球譚』のラスト、回想を読んだときも思ったんだが、特殊な少年時代を送ったバタイユだからこそ、ここまで特殊な思想を構築することができたのだろうか。目を背けたくなるものも正視できる強さを、私も得たい。