●劉ヨンフン委員長(中)
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活動報告―韓国ドゥレ生協訪問(下)


四大河川事業に抗する八堂有機農業


 ドゥレ生協連合会の金起燮(キム・キソプ)常務理事にお話を聞いた翌日、ドゥレ生産者会の鄭燦珪(チョン・チャンギュ)事務局長に案内いただき、ソウルの西郊にある「八堂(パルダン)」地域を訪問した。韓国有機農業「発祥の地」として知られる八堂。だが現在、存亡の危機に直面しているという。


八堂というところ

 八堂は、ソウル中心部を流れる漢江沿いに車で西へ約1時間、北漢江と南漢江が合流して漢江となる結節点に位置し、行政区分では京畿道南楊州市鳥安面と京畿道楊平郡楊西面の一帯を指している。かつて八つの御堂があったことから八堂と呼ばれるようになったという。

 1973年、この地域に取水などの目的でダムが建設され、八堂湖が形成された。その後、1975年には近隣地域も含めて上水源保護区域に、1990年には水質保全特別対策地域に指定されるなど、八堂はソウル首都圏に上水を供給するための重要な位置を担ってきた。

 一方、もともと当地で農業を営んできた農民たちは、ダム建設に伴って旧来の農地の約70%が水没したり強制収用されるという悲運に見舞われた。これに対して、農民たちは別の土地を購入したり、河川敷の国有地で占有許可を得たりして農業を続けた。

 水質保全のため各種の法律がかけられ、犬小屋一つ作るのも許可が必要なほどの規制がかかる中、農民たちは生計を維持しながら水質を保全する方策として、化学肥料や農薬を使わない親環境農業、有機農業を選択するに至ったのである。

 「『八堂生命の暮らし』は、1976年に楊坪二水頭一帯で有機農業を始めた『正農会』を母胎とする。両水有機営農組合、八堂有機農産物流通事業団の「新農」を経て、1995年……『(社)八堂生命の暮らし』として発足した。八堂生命の暮らしは、かつて『有機農業』という言葉さえ不慣れな時期に八堂湖一帯で有機農業を実践し、34年の間『安全な食べ物』を生産するのに力を注いできた。」(『エコジャーナル』[韓国]09年9月12日付電子版)

 地方自治体も、こうした農民の動きを支援した。たとえば、ソウル市は上水源を保護するため、都心に有機農産物直売所を設置するための費用を補助したり、営農のために低利融資を行ったりした。とりわけ、都市住民の食の安全に対する関心が高まった2000年代以降、楊平郡や南楊州市、京畿道など地元自治体は有機農業・親環境農業を戦略的に育成すべく、財政支出も含め各種の支援策を積み重ねた。こうして、慣行農業を続けていた農家が陸続と有機農業へ転換すると同時に、新規就農を志す若者たちも次第に集まり、八堂は韓国における有機農業の一大中心地となった。もちろん、ドゥレ生協・ドゥレ生産者会にとっても主要な産地、生産者として位置づけられている。

 「楊平郡の資料によれば、親環境農業を実践する農家は97年の418戸から、10年を経て12倍を超える5131戸になったという。これにより、農薬および化学肥料の使用量も大幅に減り、農薬使用量は97年に比べて75%、化学肥料は60%も激減した。そして2000年代に入り、安全な食べ物に対する関心と『ウェルビーイング』の風が、この地域の親環境農産物を有機農業界でも認知度の高い農産物にしたのである。」(『オーマイニュース』[韓国]09年6月30日付電子版)


強行される四大河川事業

 しかし、八堂の命運は、ここへ来て急速に暗転し、存亡の危機に直面することとなった。その原因こそ、韓国政府が進めている「四大河川再生整備事業(四大河川事業)」に他ならない。

 四大河川事業とは、要するに巨大な土木工事である。ソウルを流れる漢江、中西部を流れる錦江、南西部を縦断する栄山江、東南部を縦断する洛東江、これら四大河川について、総額22兆ウォン(約1.8兆円)以上を費やして河岸工事や川底の浚渫を行い、ダムや固定堰などを建設する計画だ。李明博政権の掲げる「韓国版グリーン・ニューディール」の目玉であり、洪水の防止、水資源の確保のほか、レジャーや観光資源の開発も目的とし、19万人の雇用創出を含め、経済効果は23兆ウォンと喧伝している。

 もともと韓国の大手ゼネコン「現代建設」の社長を務め、ソウル市長時代には市中心部の高架道路を撤去して「清渓川」を復元した李明博大統領ならではの計画と言えるだろう。しかし、大規模公共工事による景気浮揚という発想自体への疑問とともに、工事に伴う自然環境の破壊や河川の水質悪化が懸念されている。実際、巨大な事業規模に比べて環境アセスメントの期間は4ヶ月に過ぎず、昨年11月から本格的な工事を始め、今年5月までに全体の6割を終える予定を組むなど、拙速な計画に各所から批判の声が上がった。

 実は、李大統領は大統領選挙の際にも、漢江と洛東江を運河で連結し、ソウルと釜山を水路で結ぶ「韓(朝鮮)半島大運河構想」を唱えていた。ところが、財源や収益性、環境への懸念といった諸問題が噴出し、大統領就任から約半年後に事実上の白紙撤回を余儀なくされている。指摘される問題点を見れば、四大河川事業は大運河構想の焼き直しと言える。それを抜本的な見直しもなく強行したのである。

 それによって直接的に被害を被るのが、河川流域で農業を営んでいる農民だ。

 「国土海洋部から入手した『地方自治体河川占用耕作地現況・事業区間内私有地』資料によれば、占用許可を受けた全国の農民2万1930人が栽培する河川敷農地 5277万㎡(1599万坪)が四大河川事業の過程で消える。また占用許可を受けていない2833人が耕作している919万㎡(278万坪)の農地も消える。……これらの農耕地は四大河川事業の過程で掘り返されて水没したり、親水公園・自転車道路・散歩道などに変わることとなる。」(『ハンギョレ新聞』[韓国]10年3月18付電子版)


八堂有機農業の危機

 八堂地域もまた、四大河川事業における「漢江再生事業」の一環に組み込まれた。昨年6月に公表された政府の「四大河川再生マスタープラン」によれば、南楊州市鳥安面では、現在の自然河岸を堤防に換えて自転車道路を設置し、楊平郡楊西面では生態湿地公園や体育文化施設を建設するという。そのため、河川敷の農地約21万坪が強制収用される予定である。

 かくして、この二つの区域で親環境・有機農業を行っている約100世帯の農家は、河川敷農地の占有許可期間が満了する2009年末には「不法占有者」に転落する境遇となり、それまでに農地を移さなければならない状況に置かれた。

 それに対して、政府はたしかに施設補償と2年分の農業損失補償を約束してはいる。また、南楊州市と楊平郡は代替地を準備している。しかし、農民たちが30年以上にわたって労力を注いできた農地は、国有地との理由で補償対象とはならない。また、代替地の面積は強制収用される敷地の半分にもならない上に私有地の賃貸であるため期間も限定されている。また、現状は林野であるため、開墾して「有機農業認証」を受けるまでには最低でも3年はかかるという。

 当然にも、八堂の有機農民たちは猛反対した。無謀な計画を阻止するため、「八堂生命の暮らし」を中心に「農地保存・親環境農業死守のための八堂上水源共同対策委員会対策委員会(八堂共同対策委)」を結成し、政府や地元自治体への働きかけ、生協や市民団体との共同行動を続けてきた。

 政府の対応は頑なであり、昨年10月の地形測量、今年2月の地質調査と、いずれも大量の警察部隊を動員して強行した。ただし、その後は動きが停滞している。5月中旬に予定されていた土地の強制収用も延期となった。その背景には、四大河川事業に対して宗教界からの批判が拡大したこと、6月の統一地方選を前に騒動を回避したかったことなどが考えられる。統一地方選の結果は、与党ハンナラ党の大敗北に終わった。しかし、八堂のある京畿道では金文洙知事が再選された。同知事は、八堂の有機農業を地域ブランドとして持ち回り、かつては八堂を国際有機農業運動連盟(IFOAM)主催による「世界有機農業大会」の2011年の開催地にしようと誘致運動の先頭に立ったにもかかわらず、現在は四大河川事業を推進している。その意味で、八堂は依然として、予断を許さない状況にある。


八堂有機農業の立脚点

 われわれが鄭燦珪氏の案内で訪れた当日、八堂では四大河川事業反対運動の一環として、八堂明朗菜園の開場式が行われていた。これは、いわば「農地トラスト」のようなものであり、強制収用が予定された農地の一部を希望者に分け、 共有してもらう取り組みである。希望者はドゥレ生協をはじめ、都市在住の生協組合員の家族だという。まるで産地見学会のような雰囲気と、八堂を取り巻く緊迫した状況とはアンバランスに感じられるが、いわゆる農民運動に収まらないところが、八堂の八堂たる所以と言えるのかもしれない。

 「単に農産物を収穫して流通する経済手段とだけ考えないのが八堂の特徴だ。有機農業哲学を土台に社会・文化的な都農(都市と農村)共同体を作るというのが八堂のアイデンティティを形作っている。……私たちは多数ではない。しかし強固な信頼で連帯している都市生協組合員、市民社会団体、学者、政党、宗教家まで合わせれば、私たちは決して少数ではない。今まで私たちがどのように闘ってきたか見れば理解できる。八堂の闘いは少数の被害農民の抵抗を超えている。」(『オーマイニュース』[韓国]09年12月8日付電子版)

 これは、当日もお会いした、八堂共同対策委・劉ヨンフン委員長の言葉である。彼は、四大河川事業に反対する立場について、こう語っている。

 「基本的に四大河川事業は生命の大切な価値を無視する考え方に基づいている。私たちの社会が育てた人間中心の無差別開発論理の頂点だと見る。……私たちが八堂有機農地の保存を叫ぶ理由は、八堂の有機農地の中に数多くの生命体が相互に関係を結んで生きているからだ。」

 「成長と物質中心の価値観に基づいた現代産業文明の限界が現れている今日、すべてが共に健康に生きるためには、生命中心の価値観、世界観を確立しなければならない。その生命の原理・共同体の原理が最もよく発現するものこそ農業だ。そして有機農業は、まさにこの哲学を土台にしている。気がつけば親環境・有機農業も商品のように包装されるのは明らかだ。すでに兆しが見え始めている。しかし、八堂は真の有機農業とは何か悩んで実践する場所として残り得る数少ない大切な地域だ。死守すべき所以だ。」

 「私は親環境・有機農業の観点で見れば、四大河川事業こそ自然と人間、人間と人間の間の有機体的関係を徹底的に破壊する最も典型的な反生命的価値観の所産と見る。だから、それとの闘いの意味は、私たちに『どのように暮らすのか』『どんな世の中に生きることを望むのか』を尋ねる非常に適切な問いでもあると話している。」(同前)

 以前に訪問した原州と同様に、八堂の有機農業とドゥレ生協の間にも、生命中心の価値観、世界観の共有に基づく連帯の関係が形成されていることがよく分かった。今後も情勢に注目していきたいと思う。

                                           (山口協:研究所事務局)




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