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連載 ネパール・タライ平原の村から(135)
「病気をするとジャングルへ」- 民俗知の今③

ネパールの農村で暮らす、元よつば農産職員の藤井牧人君の定期報告。その135回目。



 山岳部のプン・マガルの親戚を訪ねる時、市販薬を持って行けば喜ばれます。一方、医薬品が手に入りにくい山岳部で自生しているシルティムル(山胡椒の一種)が頭痛に効くからと分けてもらい、平地へ持ち帰ると、“今は薬局があるから、そんなの効かない”と笑われたことがあります。

 でも、笑いながらも、民家や田畑の周辺の見落としそうなところに薬効植物があり、草むしりされずに残してあったり、どこの軒先に、どの辺に薬草が自生しているか、案外詳しく把握しているものです。

 亡くなった妻ティルさんもご近所さんから苗をもらったり、挿し木で増やしたり、その辺に自生している草を摘み、「これにはこれ」という日常でした。彼女が服用した薬用植物について、効能について、使い方について、いくつか取りあげてみます。

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 ヒンドゥー教徒の民家の前に必ず植えてあり、ビシュヌ神が宿るとされるホーリーバジル。風邪全般に効くことから誰もが知っている代表的な薬草です。喉が痛い時、僕は頭から布を被り、ホーリーバジルを熱湯に浸して蒸気をゆっくり吸うフェイシャルスチームをよく勧められました。葉を煮だして飲んだり葉を噛み続けることも勧められます。赤ん坊の悪寒や喘息にもよいといわれています。

 戸外の水汲み場の近くで育つ菖蒲は、根を天日乾燥させ粉末にしたのを煎じて飲みますが、これもよく使いました。ミントは食欲不振に、すり潰して塩・トマトを混ぜ、アチャール(お浸し)にもします。田んぼの畦や民家の軒下の地表に這うように自生してあるツボクサは、すり潰して服用すると発熱や咳、風邪に効果的です。

 マンゴーの樹皮は胸焼け・胃炎に効き、乾燥した樹皮を煮だして服用。ハイビスカスの包葉は、ハーブティーにもなりますが、葉が豚の駆虫薬になり、枝葉は家畜の飼葉です。アロエは火傷や痔の薬、ケムナ(フトモモ科)の樹皮は煮だせば咳止め。畦に繁殖するけど毒性があり家畜も喰いつかないオオカッコウアザミの葉は、草刈りで切ってしまった時の止血に。

 インドでムラの薬局と呼ばれるニーム、髪つやを出す染色植物ヘナの葉は、すり潰してかぶれた肌に塗る。ヨモギは家畜の駆虫薬や湿疹がある時、水に浸した茎葉を浴びる等々。

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 僕が住んでいたナワルプル郡カワソティでは、薬局の市販薬が容易に手に入り、即効性があるという認識が一般的です。一方で薬効植物には、お金がかからないこと、ゆっくり効いて身体にやさしいこと、風邪の予防や慢性化しない初期に服用すると効果があるという認識もあります。その辺で採取した生薬と市販薬を併用する人も多く、単に昔ながらの薬効植物の利用が消滅していくだけではないようです。
 ■もらったりその辺で採れた我が家の民間薬いろいろ

 科学的、医学的、経済的な観点から薬効成分に価値を見出すというより、自然とのつきあい方そのものに大きな値打ちがあるのではないでしょうか。

 平地のタルー人の長老が言いました。「最近の人たちは病気をすると現金を持って病院(薬局)へすぐ行くが、ワシらはジャングルへ行く」。出稼ぎから山腹のムラへ帰省中のマガル人が言いました。「ムラでは食べものがとれ、薬もとれる」。

                     (藤井牧人)


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